25(第二章完結)
それでもこのままではいけないと思ったか、一人の参謀が意を決したように前に出て、実情を率直に伝えた。
「大将軍閣下。火炎神ロキはアンゼリカ嬢をその背に乗せたまま、いずこかに飛び去りました。その行方は全く分かりませぬ」
「何だとっ!」
激高したリヒャルトは実情を率直に伝えた参謀の胸倉をつかんだ。
「それでは契約違反ではないかっ! 職場放棄だっ! 許さんぞっ!」
「閣下」
見かねた他の参謀も発言する。
「無念のお気持ちは分かります。しかし、ここは撤退いたしましょう。このままではブロイ帝国軍は大地神ネルトゥスとロートリンゲン王国軍に殲滅させられます」
「閣下」
他の参謀の発言に勇気づけられたか、別の参謀も発言する」
「せめて工兵部隊は先に逃がしましょう。あれは大国であるブロイ帝国にしても貴重な存在です。喪失したともなると責任問題になりかねませぬ」
「閣下」
若き参謀たちの頑張りに感化されたか、最年長の参謀が諭すように言う。
「閣下。あなたはまだお若い。前回の敗戦でも帝国資料館副館長という閑職に左遷されたにもかかわらず、僅か半年で大将軍職に就かれたではありませんか。生き延びればきっと憎きロートリンゲン王国の連中に一泡吹かせる機会はございます」
「……分かった。全軍撤退を命ずる」
参謀たちはほっとした。気難しくも扱いにくい上司。ただでさえそんな存在なのに、一緒に異国の地で死ぬなどまっぴらである。
運よくリヒャルトだけが死に、自分だけは生き延びられたとしても「あの」リヒャルトの下で参謀をしていたという過去があっては、他の王族貴族に仕官するのも厳しい条件になるだろう。
そして、リヒャルトはもう別のことを考えていた。
(今回の敗戦でも、そのことを理由にリヒャルトを追い落とそうとする馬鹿が出てくるだろう。だがもうリヒャルトは帝国資料館副館長なんて回り道をする気は毛頭ない。大将軍職に留まる。そのためにはだ。まずはこうして、それでも逆らう奴には……)
◇◇◇
残されたブロイ帝国軍兵士はロートリンゲン(ロレーヌ)王国軍兵士によって掃討され、凱旋したロートリンゲン(ロレーヌ)王国軍兵士たちは大歓声で王城内に避難していた国民に迎えられた。
留守居役の最高責任者であった女性宰相アンネリーゼは夫である大将軍ゲルハルトに声をかけた。
「お疲れさん。今回も頑張った兵士たちは十分ねぎらってやって」
「そうだな」
頷く大将軍ゲルハルト。
「褒賞もあるが、出来るだけ休ませてやりたいんだ。全員がいっぺんに休むわけにもいかないが」
「うん。その辺はうまくやって。頼りにしているよ」
◇◇◇
次に女性宰相アンネリーゼは現地視察に出た。今回の戦役でもっとも気になるのは火炎神ロキの焼いた大地のことだ。焼失面積は国土のかなりの部分を占める。
「どうですかね?」
アンネリーゼは国一番の凄腕農業者トマスに問う。
「うーん」
トマスは少し考えて答える。
「焼かれたのが痛くないと言えば嘘になるが、そう悪いことばかりじゃないよ。焼かれた草や株は灰になるが、これは『草木灰』と言って、結構いい肥料にもなるんさ。うまく混ぜ合わせればあの『トカゲちゃん』も喜ぶ土になるだろうよ」
「よかった」
アンネリーゼは安堵した。この国の国民はなんだかんだで逞しいらしい。前向きな姿勢は本当に助かる。
◇◇◇
「宰相っ!」
王城に帰還したアンネリーゼのところに駆け込んできたのは魔法大臣のヨハネスである。
「何ですか? おじいちゃん。騒々しい」
「おじいちゃん言うな。宰相っ! 温泉施設を作れっ!」
「温泉施設―っ? 何ですか? 藪から棒に」
「こないだ噴火したアンフェル山の近くで温泉が噴出したんじゃっ! 宰相っ! 温泉施設を作れっ! これでわしの腰もよくなるぞっ!」
「おじいちゃん。国費の私物化はほどほどに」
「何を言うかっ! いくら魔法大臣でも温泉施設を一人で使わんわ。広く国民に開放すれば、健康増進に繋がるじゃろう?」
「ふーん。それはそうかもね」
今の状況からすれば、焼かれた国土の復興、鉄の鉱脈の開発が優先事項ではある。しかし、その後でいいというのなら一考の価値はありそうだ。
「期待しているぞ。宰相」
「まあすぐのすぐには出来ないけど、気長に待ってくださいよ。おじいちゃん」
◇◇◇
王城内に避難していた国民は戦役が終わったということで帰宅した。中には火炎神ロキが大地を焼いた時のあおりで家を焼かれた者もいたが、みな近隣の家に一時住むことになり、住む場所がないという者は出なかった。
(この助け合いの国民性はなかなかいいよね。やっぱり政治がいいからかな?)
女性宰相アンネリーゼは自画自賛した。
前回より厳しい戦役を乗り切った専門兵も交代で休養をとった。中にはアンフェル山の近くで自然湧出した温泉に、設備が全くないのに入りにいった剛の者たちもいたという。
「わしだって、もうちょっと若ければそうしていたわい」
これは魔法大臣ヨハネスの弁である。
王城が落ち着いたので大地神ネルトゥスに乗った摂政ハインリヒと「渓谷の魔女」フリーダは帰城した。
女性宰相アンネリーゼが相変わらず人見知りの激しいフリーダのため、王城から人が少なくなるまで待たせるようにしたのである。
実際、大地神ネルトゥスに乗ったまま、王城の屋上に降りたフリーダは人の少なさに安心したようだった。凱旋して歓声を浴びるとか苦手なのである。
ハインリヒと共に大地神ネルトゥスから降りたフリーダに駆け寄ったのは国王ハンスだった。慌ててハインリヒの胸元に飛び込むフリーダ。
「兄上。フリーダは人見知りだと言ったでしょう。何をしようとしたんです」
ハインリヒの問いに小さくなる国王ハンス。
「いや、今回も危険を顧みずに国を守ってくれたので、せめて握手をしようかと」
「陛下。フリーダちゃんに感謝の気持ちを伝えたいのなら別の方法でお願いします」
アンネリーゼの言葉にますます小さくなる国王ハンス。
結局、ハンスはその後のアンネリーゼのアドバイスに従い、ハインリヒの寝室に豪華な食事を届けさせ、フリーダと二人きりで食べられるよう設定した。
いや正確に言えば、二人きりではなかった。すぐ脇にトマス特製の肥沃な土のたっぷり入った浴槽の上でご満悦の顔で眠るネルがいたのである。
おっさん殿下とひきこもりの魔女 第二章 完




