さよなら疫病神!
「ねぇ、知ってる?この前の変異者騒動だけど、蛾男が全部なんとかしてくれたらしいよぉ?戦ってるとこ見てた人がいるんだって〜」
「知ってる知ってる〜。でも蛾男って元は悪いヤツじゃなかったの?なんか10年前くらいに、ヒーローと戦ってたんでしょ?」
「本当はそっちが悪者だっんじゃない?」
「あーね」
「きゃははははは」
放課後、流は耳にいつものイヤホンを装着して、下品な声で駄弁っている、他校の女子高生達の横を通り過ぎた。
例の騒動から数日が経ち、街は何事もなかったかのような落ち着きを取り戻していた。
ふと目をやると、目の前の電柱に『貴方の家族や友達は変異者かもしれません!!それっぽい奴を見かけたら変異者特捜隊までご連絡を!!報奨金差し上げます!!』というチラシが貼ってあった。
「もしもーし、流さん?」
「…ん?」
隣を歩いていた由香里に声をかけられて、流はイヤホンを外した。
「何か考え事ですか〜?心ここにあらずって感じですよ?」
流は遠い目をしながら、淡々と語りだした。
「あの時…蛾男はどうして僕を見逃したんだろうと思ってね。もしかしたら…前に君が言っていたように、奴は僕が思っていたような奴じゃなかったのかもしれない…なんてな」
「はぁ」
流は足を止めると、物憂げな表情で呟いた。
「なぁ…今まで黙ってたんだが、僕は…」
「知ってますよ、変異者なんですよね?」
彼女の言葉に、流は思わず目を丸くした。
「…いつから、気づいてたんだ?」
「う〜ん、いつからでしょう?なんとなく、そうなんだろうと思ってました。前にトンボ男に襲われた時に助けてくれたのも、本当は流さんなんですよね?私だってそこまで鈍くないんですよ」
「………君は怖くないのか?僕は変異者で、それに…」
「疫病神なんかじゃないですよ、流さんは」
由香里が食い気味に言った。
「…どうして、そう思うんだ?」
「今、私が不幸そうに見えますか?」
彼女はさらに続けた。
「前に教室で流さんに助けられた時、幸せ〜って思ったんです。周りで皆が死んでるのに…変ですかね?」
「………まったく、君は本当にどうかしてるよ」
流は苦笑交じりに、そう言った。
「ヘヘぇ。あっ…!」
由香里は突然、ハッとした表情を浮かべた。
「私ってば、学校にバッグ置いてきちゃいました!取りに行って来ます!!」
「…そうか、じゃあ待ってるよ」
「ごめんなさい〜!光速で戻って来ますね!」
そう言って踵を返すと、由香里は慌ただしく駆け出した。
小さくなっていく彼女の後ろ姿を、流がボンヤリと見送っていると、車道を隔てた向かいの歩道から、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
視線をやると、彼と同じ学校の生徒である、4人組の男子高校生が屯しながら歩いてるのが見えた。一人は荷物持ちをさせられているのか、スクールバッグをいくつも抱えていた。
学校で『変異者予備軍』と呼ばれている、山崎という名のどんくさそうな少年だった。
生徒の一人が山崎の尻に蹴りをかました。
「オラ、ちんたら歩いてんじゃねぇよ予備軍!」
「ちょ、エグいて!」
「おいおい、あんま怒らせっとワンチャン本当に変異しちまうぞ?」
流が何か声をかけようかと考えていると、山崎がバックを地面に放り出し、ワナワナと震え出した。
「………毎日毎日、予備軍予備軍てよぉ〜!もうとっくに変異者なんだよ俺ァ〜〜!!」
そう叫ぶと、山口の衣服から幾つもの鋭いトゲのようなものが飛び出し、まるでムカデを思わせる、奇怪な姿へと変異した。
そのまま彼は軽く腕を振るうと、少年達の肉体を一瞬でバラバラに粉砕した。
吹っ飛んだ3人の頭部が、宙を舞いながら言った。
「うお!こいつマジモンじゃん!」
「きち〜!」
「俺らこれワンチャン死んだわ!」
彼らを亡きものにすると、山崎は近くで固まっている、親子連れの方を睨みつけた。
「な〜にジロジロ見てんだよ〜!どいつもこいつも俺をバカにしやがって〜!ちょっと女子更衣室にカメラ仕掛けたくらいで…!」
山崎が親子へと襲いかかる。
流は幼い頃のトラウマを思い出し、親子を救出に向かうために、反射的に蛾男の姿へと変身しようとした。
しかし、どういうわけか何も起こらない。
…何故だ?僕の中で、奴に対する憎しみが薄れてしまったのか?
それなら、仕方ないか…。
流は母の命を奪った雷男の力を使い、指先から雷を放つと、山崎の上半身を木っ端微塵にした。
親子は山崎の肉片や鮮血を、全身に浴びることになった。
周囲は瞬く間にざわめき出した。人々の視線が、流へと一身に注がれた。
「えっ、なになに?」
「アレ変異者?ツノ生えてっけど」
「あいつ流じゃね?ホラ、同じクラスの陰キャ」
「前から怪しいと思ってたんだよ、俺」
「あっ、報奨金報奨金!」
「おーい、来いよ蛾男〜!次の獲物がいるぞ〜!」
奇異の目に晒されながら、自嘲的な笑みを浮かべると、彼は小さく呟いた。
「………やっちまったな。まあ…いいか」
流はその場で跳躍すると、軽やかにバク宙して建物の屋上へと着地した。
「おっ!飛んだ飛んだ!」
「マジ、ヤベェ」
「ウケるんですけど」
人々は彼の様子を、携帯で撮影し始めた。
流は屋上から、由香里が去って行った方をチラリと見下ろした。
しかし、彼女の姿は既に見えなくなっていた。
「……………」
後ろ髪を引かれる思いで、流はその場から飛び去ると、人々の前から姿を消した。
一ヶ月後…。
ひっそりと静まり返った、人気のない夜の市街地を、吉見由香里は1人、伏し目がちに歩いていた。
耳元では、流に貰ったカセットテープの物静かなメロディが、イヤホン越しに流れていた。
彼は今頃、どこにいるのだろうか?
そもそも生きているのだろうか?
彼女には何も分からなかった。
「はぁ~〜………」
深いため息をついた途端、由香里は後ろから何者かに襟首を乱暴に掴まれると、そのままあっという間に空高くまで連れ去られた。
「えっ?えっ?ええええ〜!?」
由香里を拉致した蝉のような姿の変異者は、ジージーという鳴き声を上げながら、彼女に言った。
「イェ〜イ♪可愛い子ちゃんゲットォ〜♪」
「ぎゃえええ!!?ちょっと嬉しいけど降ろしてください!!そこまで私可愛くないですよ!!」
「ん〜〜?確かによく見るとそんな可愛くねーなァ…」
「でしょでしょ!?ねっ!?ねっ!?」
「そんじゃ降ろしてやるよ!ポイッ♪」
「へっ?」
蝉男はもう不用とばかりに、由香里を無造作に投げ捨てた。
「ぎゃああああああああれっ?」
由香里は真っ逆さまに落下しながら、こちらへ目掛けて地上から急接近してくる、謎の影を視界に捉えた。
「ひっ…!おごぉっ」
そいつは由香里を片腕でキャッチすると、勢いそのままに蝉男へと肉迫し、カマのように変異したもう片方の腕で彼を一刀両断した。
「ぴゃ?」
蝉男を瞬殺すると、灰色のパーカーを身に纏った、そのカマキリに似た怪人は、由香里を抱えたまま、近くのビルの屋上へと華麗に着地した。
「あ、ありがとうござ…えっ!?」
何かを察したのか、由香里は驚きの声を上げた。
怪人は彼女を静かに降ろすと、黙って立ち去ろうとした。
その背中に、由香里は慌てて声をかけた。
「ままま待って!流さん…ですよね!?」
「……………」
怪人の動きが止まった。
「そうなんでしょ!?い…行かないでください!私…!」
「………別にどこも行かないって、君の兄貴に約束されちまったからな。すぐ側にはいられないが…現にこうして君を助けられただろ?」
流は振り返ることなく、彼女に言った。
「だからそんな顔するなよ、僕はそれなりに元気でやってるからさ。それじゃ…君も元気でな」
「ちょっと待っ…どわっ!」
由香里は駆け出した途端、つまづいて転びそうになった。
顔を上げた頃には、彼は姿を消していた。
「流さん…」
由香里は少しだけ項垂れると、やがて笑みを浮かべて、外れたイヤホンを耳につけ直すと、前を向いて呟いた。
「…ありがとう、私の王子様」
耳元でpavementのfrontwardsが流れ出した。
第2部完!!!




