表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝶遊苑国香魔伝 -後宮に隠れ住む魔女-  作者: ヴィルヘルミナ
第三章 後宮に咲く魔性の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/34

第四話 神力の拘束

 後宮内の食堂の壁に、文字が書かれた大きな紙が貼られていた。読み書き必須の女官と違って、侍女は文字が読めない者も多く、読める者が読み上げて教えている姿があちこちで見られる。


「あー、もうすぐ『星詠みの宴』かぁ。私たちは……前半組だね」


 毎年夏に行われる『星詠みの宴』では、後宮内に国内の有名占星術師や占い師の女性たちを招き入れ、月妃も侍女も下女もすべての女性が無料で占いを受けられる。期間は八日間。前半の四日と後半の四日に別れている。


「あら。昨年よりも占い師が十四人増えていますわね」

 名前を数えていたホンファが呟く。今年の占い師は七十八人。今までは占いを避けていたから、気にしたこともなかった。

「いやー、去年って混雑凄かったもん。分散したら、もっといっぱい見てもらえるかも!」

 千人以上の女性の半分が一斉に占ってもらうのだから、相当な混雑は想像できる。


 人気の行事とはいえ、混雑を嫌う者や占いを信じない者は、部屋でのんびりと過ごすことも選択できる。万が一にも香魔とバレるのが怖くて、私はいつも部屋で本を読む時間に充てていた。


「シュンレイは人気の方ばかりに並ぶから時間がかかってしまうのよ。並ぶ必要のない方にお願いすれば、たくさん占って頂けるのに」

「むむむ。でも、やっぱ人気ある人は、当たりそうなんだもん。去年のセンカさんの占い、結構当たってたし」

「あら、それなら並ぶ価値もあるわねえ」

 センカの名を聞いて、水色の長い髪、灰水色の涼やかな瞳、まるで水の精霊が現れたような姿と、明るく優しい声が思い出された。


「いっぱい占ってもらって、当たる?」

「そうねえ。当たることもあれば、当たらないことも。当たらなくてもいいのよ。全然知らない方と話をするのが楽しいというか、面白いと思っているだけなのよねえ」

(……センカさんに、また会ってみたいかも)

 シュンレイとホンファの話を聞いていて、私はセンカに聞いてみたいことを思いついた。


      ◆


 医局へ薬草を届けてルーアンの執務室へと入ると、どこか爽やかな空気が室内を流れていた。飾り棚には小さな花瓶が飾られて、早咲きの小さな向日葵が控えめに活けられている。


「何か心配事でもありますか? 私で良ければ話して頂けると嬉しいです」

 ルーアンの優しい笑顔で、ほっと肩の力が抜けていく。そうはいっても、自分が考えていることを、話していいものなのか迷う。


「……そういえば。新しい茶葉が届いていますよ。私が花茶を良く飲むようになったので、気を利かしてくれたようです」

 ルーアンに手招きされて、壁際に置かれた棚の引き出しをのぞき込む。透明な瓶に詰められた乾燥した花や葉、果実の種類が増えている。ふわりと漂う香りが清々しくて、心が浮き立つ。

「何か、希望はありますか? 体に優しいとか、香りで癒されたいとか」

「そうですねえ……目がすっきりとするお茶はできますか? 最近は特に文字ばかり見ていますので」

「はい。任せて下さい」


 眼精疲労に利く花茶を、昔々、母が父に淹れていたことを思い出す。香魔ではなかった父は、農作業の合間に薬袋の表書きや効能書を書いていた。父の文字は均一に整っていて読みやすく、他の香魔からも頼まれて、農閑期の冬は朝から深夜まで書き物をしていた。


「ソミの葉と根、リリンの実、ジンとラクリの花……」

 柔らかな甘い芳香が、清涼感の刺激を包み込む。十種類の材料を混合用の瓶に入れて振り混ぜると出来上がり。上質な素材の香りは、それだけでも心癒される。


「お湯を沸かしましょう」

 ルーアンが、下の引き出しから小型の優美な焜炉を取り出して棚に乗せる。魔法石を使う焜炉は、後宮内で使うことはあっても、ルーアンの執務室では初めて見た。

「焜炉でお湯を沸かすのですか?」

 いつもルーアンの魔法で沸かしているのに。


「……私がお茶を飲む量と比較して、この部屋での魔法石の使用量が少ないと言われましてね……面倒ですが、仕方ありません」

「魔法石の量まで監視されているのですか?」

 水を入れた鉄瓶を焜炉に乗せると、ゆらりと緑色の炎が上がる。炎の色は魔法石の色。ゆらゆらと揺れる炎が、力強く鉄瓶を熱していく。


「監視といいますか……この部屋付きの下男が変わりましてね。張り切り過ぎているのですよ」

「張り切り過ぎ?」

「……私を未来の大臣と崇めていて、不自由がないようにと、細々と心配りしてくれています。とてもありがたいとは思うのですが……」

 ルーアンが遠い目をして力なく笑う。成程。壁面の飾り棚に置かれた花瓶も、その下男の気遣いか。


 あっという間にお湯は沸き、茶壺(ちゃふう)に小さな枡で測った茶葉を入れ、沸騰直前のお湯を入れて蒸す。心の中で百を数える間、ふとルーアンと目が合って、気恥ずかしくなる。

(……未来の大臣……)

 頭が良くて仕事も出来て優しくて、皆の期待もうなずける。時々、自信過剰になることだけが玉に瑕。


 茶杯に注ぐ花茶は淡い橙色。甘い芳香は控えめになり、清涼感のある香りが際立つ。懐かしい香りが温かく心を包む。

「……センカさんに、私の両親を殺した占い師のことを聞きたいと思っています」

 涙の代わりに、思っていたことが口から零れた。


「センカ? ああ、先日の占星術師の方ですね。あの方なら、見れるかもしれませんね」

 青月妃ユーチェンに、父母を殺すようにそそのかした占い師のことをルーアンが調べた時、ユーチェンが忘れていた名前だけは判明したものの、その後の消息については全く掴めなかった。


 月妃の占いを担当する場合、国民からの評判が高く、尚且つ貴族との関りが極力無い者か、逆に様々な貴族と平等に付き合いのある者が選ばれる。他にも複数の選定条件があり、毎年数名が選ばれる。


 占い師『福瑤(フーヤオ)』は、地方都市での人気の占い師ということで選ばれた。平民も貴族も分け隔てなく占い、その結果は人を幸せに導くと言われていた。ユーチェンをそそのかした〝星詠みの宴〟の後、ちょうど私の両親が亡くなった頃に姿を消して行方不明になっている。


「もしも消息がわかったら、必ず私に教えて下さい。一人で仇討ちしようとは思わないで下さい。捕縛して、公的に裁きを受けさせましょう」

 ルーアンの言葉と笑顔は頼もしくて、硬くなっていた私の心が少しだけ緩んだ。


      ◆


 早朝、医局へ薬草を届けた後、ルーアンの執務室へ向かうと不在だった。

(そういえば、今日は六省の御前会議があると言っていたのを忘れてた)

 残念に思いながら後宮へ向かって歩いていると、十歳程の青い髪の少年に声を掛けられた。

「カリン様、でしょうか?」

「……はい」

「僕の主が、会議の合間に話がしたいと申しております」

 主ということばで、この少年がルーアンの執務室の下男かと気が付いた。長い会議の場合は、休息時間を挟むと聞いている。承諾して、少年の後ろを歩いていくと、以前通ったことのある裏道へと向かっていく。


 裏道は窓の無い白壁が続き、両端に緑の木々が生い茂る。先日、ランレイがケイゼンに告白していた場所を過ぎ、さらに角を曲がると、木々の中、大きな錠前が掛かった小屋が見えた。

「こちらでしばしお待ち下さいとのことです」

 少年は丁寧に頭を下げ、走り去った。会議の合間だから、時間の都合もあるのだろう。ルーアンに会えるという期待を持って待っていると、背後の小屋の扉が開き、錠前が音を立てて落ちた。鍵が掛かっていたのではなく、ただぶら下がっていただけだった。


「久しぶりだな。カリン。元気にしていたか?」

 輝く金色の短髪に青い瞳。優しく微笑むのは第一皇子リュウゼン。皇帝とよく似た面差しで背が高く、紺色の上着に白い脚衣の皇子用の兵服を着用している。

(……う、動けない……?)

 その爽やかな笑顔と服装で、書庫に閉じ込められた日を思い出したせいか、体が震えて動けなくなった。


「どこぞの文官と婚約したと聞いたが、それは本当なのか?」

 リュウゼンの口調は優しくても、どこか傲慢さを感じてしまうのは、裏の顔を知ってしまったから。


「返事は不要だ。私以外との婚約など、許さん」

 リュウゼンの口調と表情が豹変した。逃げなければと思うのに、脚どころか、指先すら動かない。右手で顎を掴まれ、顔を上向かされる。

(……い、嫌っ!)

「良い顔だ。私の青月妃に相応しい」

 嫌な笑みを浮かべるリュウゼンの顔が近づいてきた。口づけされるのが嫌でも、目を閉じることもできない。


「目を閉じるのも許さん。私を受け入れろ。そうすれば自由に……!」

 口づけの直前、目の前を冷たい氷のような物が横切り、リュウゼンがその背を逸らしながら一歩離れた。


「兄上。何をしているのです?」

 私を護るようにして左腕で抱き寄せたのは、長い金髪に青い瞳の第三王子ケイゼン。体の拘束が解け、安堵しつつも、水色の豪華な王子服から香る、純粋な柑橘の芳香に戸惑う。


「……ケイゼン、何故、お前がここにいる?」

「散歩をしていただけです。ここなら誰にも思考を邪魔されないと思ったのですが、時には役立ちますね」


「おとなしく、カリンを渡して、ここを去れ」

 リュウゼンが不機嫌な声を上げると、ざわざわと周囲の木々がざわめき、周囲の空気の温度が上がっていく。


「兄上、カリンには婚約者がいます」

「それがどうした。私は未来の皇帝だ。問題はない」

 リュウゼンの足元に、白く光る角ばった複雑な図形が現れた。魔法陣とは異なる神式陣からは、白い光と熱風が吹き付ける。


「カリン、防御魔法を使って、目を閉じて……」

 ケイゼンの緊迫した囁きの途中、唐突にリュウゼンが崩れ落ち、熱風が止まった。白い光で良くみえないものの、倒れたリュウゼンの背後に人影が見える。


「よう、カリン。二人とも、無事かー?」

 気楽な声を出し、鞘に納めたままの剣を肩に乗せたロウが立っていた。唇の端を上げ、大胆不敵に笑う顔は荒々しくて凛々しくて、不謹慎にもどきりと胸が高鳴った。


「……お前はっ……」

 ケイゼンがこめかみを押さえて、呆れたような溜息を吐く。

「え、俺、何かマズいことしたか?」

「そこに倒れているのは、リュウゼンだ」

 リュウゼンは完全に気を失って、地面で伸びている。


「うわっ。それって、第一王子じゃなかったか? 俺、もしかして、クビじゃね?」

「……僕がやったことにしておくよ……」

 ケイゼンの腕に護られて、二人の気軽なやり取りを聞いているうちに、私の緊張が解けて涙が零れた。


「ちょ。カリン、泣くなよ。俺は可愛い子ちゃんの涙が怖いんだ」

「無理を言うなよ。兄上に迫られて怖かったんだ。仕方ないだろ」

 

「ありがとうございます。助かりました」

 ルーアンに良く似たロウとケイゼンの慌てる顔を見て、落ち着きを取り戻した私は、二人に心からの感謝を告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ