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サキュバスとインキュバス

 女性型魔物を使役して金品を奪っていた一連の事件。その黒幕は、ローズニルと名乗るインキュバスだった。


「サキュバスとインキュバスって似たような種族(もの)じゃないのか?」


「あんなのと一緒にしないで下さい! ご主人様(マスター)相手でも怒りますよ!」


 シトリーは珍しく本気で怒っているようだ。


「あいつら美人とか人妻とかだけを狙うんですよ! それにああやって無駄に沢山の女に手を出すくせに、全く大事にしないんです! 私達サキュバスは相手の殿方が死ぬまで愛してあげるというのに!」


「黙れ下位(レッサー)サキュバス! 貴様らが相手が死ぬまで絞り尽くすせいで、我ら(インキュバス)も含めて人間から危険視されることになったのだ! 我らはただ美人と子を為したいだけなのに!」


「そうやってすぐ子供を作ってゴキブリみたいに増えるから厄介なんですよインキュバスは! しかもその後の面倒とか一切見ないし!」


「ふん! 我をそこらのインキュバスと一緒にするな!」


 ローズニルと名乗った男はシトリーを睨むのを止め、配下の女達の方に振り返って言った。


「我がハーレムに招きいれた者達は、当然全員我と子を為すことになる! だが我は甲斐性のある(サキュバス)だ! 子供達のことを考え、物品や金を十分に用意している! 全てはそう――君達との美しき未来のために!」


「きゃー! ローズニル様ー!」


 女性型の魔物達から悲鳴のような歓声があがる。ところで、これ程多くの女性型の魔物を集めながらもサキュバスが一体もいなかったのは、そういう理由だったのか。


「……(こころざし)は立派だけどな、インキュバス」


「ほう、分かってくれるか人間の男よ」


「それ全部盗品だろ。しかも結局自分じゃなくて、女達に集めさせてるじゃないか」


「……仕方が無かろう! インキュバスに戦闘能力など無いのだから!」


 途端に狼狽するインキュバス。どうやら図星のようだ。まあ、女に頼りきりなのは俺も同じなんだが。


ご主人様(マスター)はいいんです! ちゃんと私達のことを考えてくれてますから!」


「何よ! ローズニル様だって私達のことを大事にしてくれているわ!」


「さっき一人処分してたじゃないですか!」


「主人を売るようなクソ女は死んで当然よ!」


 しばらくお互いにぎゃあぎゃあと言い合った後、ツバキが口を開いた。


「……で、どうするんじゃ? サキュバスとインキュバスは互いに不可侵の盟約があるのじゃが」


「そうなのか?」


「同族嫌悪という奴じゃろうな。互いを嫌う余り、最早どちらかが滅びるしかないという段階になりかけたので、魔王ギルデルスターン様の計らいで盟約が結ばれたのじゃ」


「なるほど。……もしかして配下の魔物を始末したのもまずかったか?」


「別にそれは大丈夫じゃろう。だがどうする? あ奴を殺すのは簡単じゃが、インキュバス共の恨みを買うのは勘弁じゃぞ」


 一方、相手の方も揉めているようだ。


「ローズニル様! 貴方様を侮辱したサキュバス共は、私達の手で殺します! どうか許可を!」


「それはできない」


「何故ですか!?」


「奴等は強い。ここに来るまでに多くの仲間達が殺されている。君達をそんな危険な目に遭わせるわけにはいかないよ」


「そんな、私達のことを想って……ステキ! 抱いて!」


「はっはっは、続きは夜にね。さて――」


 インキュバスが高級そうな剣を抜き、俺に向けた。


「どうだ、そこの人間! 貴様、冒険者だろう? ここは正々堂々、男同士で決着をつけようではないか!」


「きゃー! ローズニル様ぁー!」


 そろそろ黄色い歓声が耳に痛くなってきた。格好つけてはいるが、おそらく1対1で人間相手なら勝てると踏んだのだろう。


「……いいだろう」


 だが俺は提案に乗ることにした。正直ここで逃げられるよりは都合がいい。


「クク、愚かな男め。この(われ)がレベル7の冒険者に負けるわけがない! 大方(おおかた)その(サキュバス)共の前で格好付けたかったのだろうが、ここで無様に死んでもらおう。それにしても貴様ら、惜しいな。サキュバスでさえなければ……」


「もういいか? 行くぞ!」


「ふん、馬鹿が! 武器も持たずに突進してくるなど――」


 確かに、普通の冒険者なら自殺行為だろう。だが俺には『淫魔の加護』による身体能力向上と、邪気を払う『神獣の加護』がある。

 俺はインキュバスの振るった剣を寸でのところで回避し、瞬時に背後をとっていた。


「何ぃ!?」


「悪いな」


 そして俺は思い切り、インキュバスの急所――つまり、股間を蹴り上げたのである。


「がはっ……き、貴様……悪魔か!?」


「人間だ」


 その場に倒れてぷるぷる震えているインキュバスが、恨みがましい目で俺を睨んだ。確かにちょっと可哀相だとは思うが、これまでの行ないを考えれば自業自得だろう。


「盗んだ物を返してもらおうか。ツバキ、頼めるか?」


「おう。儂の転送術で街まで送ればいいんじゃな? ほら、大人しく差し出せい!」


「くっ……」


 インキュバスの取り巻きの女数人を連れてツバキは出て行き、しばらくして戻ってきた。


「めぼしい物は取り返したぞ。あとついでに貯め込んでおった金銀財宝の類もいただいておいた」


 ……一番の悪魔はこいつなんじゃないか?


「じゃあ引き上げるか。お前は一応、人間の命までは奪っていないようだから、この場は見逃してやる」


「えー」


 シトリーとツバキから不満の声が上がるが、なんとか宥める。商隊や冒険者が魔物に襲われたら、何人かは死んでもおかしくない。一連の事件で死者が出なかったのは、おそらくこいつの指示があったからだろう。


「ただし次に同じような真似をしていたら、その時は討伐するからな」


「くっ……さっさと去れ! くそ、我の一番大事な宝まで足蹴にしおって……」


 取り巻きの女達に肩を貸されながら、インキュバスはよろよろと去って行った。



   ◆     ◆     ◆


 これで一件落着かと思ったのだが。廃城を出た俺達を待っていたのは、数匹の魔物達だった。早速仇討ちかと思ったが、どうも様子がおかしい。


「えっと、俺達に何か用か?」


「……オマエタチ、コノシロノオウ、タオシタ?」


 王というのは、あのインキュバスのことだろう。


「まあ一応。殺してはいないが」


「オレタチノツマ、ソイツニサラワレタ。トリカエシタイケド、カナワナカッタ。イマナラ、トリカエセルカ」


「あー……」


 どうやらこいつら、あのインキュバスが侍らせていた女魔物達の旦那のようだ。


「確かにインキュバスは無力化したが……多分、辛い目に遭うことになるぞ」


 インキュバスが洗脳していたのかは分からないが、あの魔物の女達は相当奴に心酔しているように見えた。彼らと会うことで正気に戻ればいいのだが、おそらく誰にとっても辛い結末になるような気がしてならない。


「ソレデモイイ。オレタチ、ツマニアイタイ!」


「……分かった。お前達には真実を知る権利がある。頑張ってくれ」


「ウオオオォォォ!」


 魔物達は廃城へと入っていった。これから起こる修羅場を想像すると心が痛むのだが。


「あのインキュバス、多分死んだのう。人妻に手を出すからじゃ。ざまあないのう!」


「ツバキさんは人のこと言えるんですか?」


 そんなことを話しながら、俺たちは帰路に着いたのだった。

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