五
慌ててブースを飛び出し、前を歩いている『あの子』に声を掛けた。
……躊躇いもせずに。
「あっ、君っ!」
遠巻きに見ていても『綺麗な子』だと思ったのだが、間近で見てもさほど変わらないようだ。
化粧っけはないのに……『素』が良い子って、そうそう見ることがない。
それが『そのまま』……っていうわけではなくて、『基本の処理』だけは、きちんとされている。
……そんな程度なのにさ。
『あの子』は気づいたのか立ち止まって、驚いた様にこちらへと振り向いた。
「君……この間の『ミニライブ』……来てたよね?」
どう、声をかけたら良いのかも分からず、とっさに出てきた『月並み』な言葉だ。
『あの子』は、暫く不思議そうに、こっちを眺めていたが……やがて思い出したようだった。
「ああ、あんたって……リズムギター演ってた人か?」
嬉しそうに、話しかけて……って。え?
『ベッタベタ』の関西言葉……イントネーション。
(関西弁ともいうけれど)
あまりのギャップに、一瞬こちらの方が戸惑ってしまった。
俺……本当は苦手かもしれない。
でも……よく通る中性的な声。
耳障りな甲高い声とは違っていて、ホッとした。
「上手いやん。あれほどの『テクある人』って……『生』では見たことないわ」
「えっ?」
「あんた、小刻みにリズム揺らしよったやろ?アクセント変えて。
……『グルーヴ感』てのがな……ええなって思うた。」
「あ、ありがと。……そんなこと言われたの、初めてかな……」
照れ隠しに、頭を掻いてはいたげれど……。
流石に……驚きを隠せなかった。
「そやろな。ふん……みんな、キーボードに目がいっとったみたいやからな」
そう言って『あの子』の目は、悪戯っぽく笑っていた。
この子って……『印象に残る目』をしている。
なんだか……。
「なあ……『リード』演んないの?……こないだの人より……」
とここまで云いかけた時に、遠くの方で、どこからか誰かの名を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ……『ゴウちゃん』や」
「えっ?……あ」
いきなり『あの子』は言いかけた言葉を途中で切ってしまって、その声がした?方へと……慌てて小走りで行ってしまったのだった。
まるで『さっきの事』がなかったかのように。
……『プログラミングされたロボット』のように。
あっけない幕切れだった。
俺は声をかけることも忘れ、呆然とその様子を見ていた。
何なんだ、今のは?
……。
フツーはさ、別れるときには『じゃあまたね』なんてさ『挨拶のひとつ』ぐらいはしてから去っていくモンじゃねえのって?
……変な子だよなあ。
全く。