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10 慈悲

 ヴァレリアとディエゴは数度、斬り合い、切り結んだ後に場所を変えるように二人は駆けだした。エディエンス、ハインリヒ、イネスの三人はそれを見送ると目の前の敵たちに視線を移した。


「ヴァレリアは、隊長に勝てるのか」


「勝つ気なんてないんじゃないですか、俺たちがこいつらを片付けて援護を期待しているとか? ヴァレリアも隊長相手でも時間稼ぎくらいはできるでしょうからね」


 エディエンスとハインリヒの両名はすでに決心がついていた。騎士として自分たちを導き、支え続けてくれたディエゴ隊長を殺す事を。


「それは違いますよ。ヴァレリアは、隊長に勝つ気ですよ。切り札もありますし……」


 イネスの言葉に、ハインリヒの表情が変わる。


「切り札ねぇ……まぁ、俺たちに出来るのは期待して待つことか、助けに行くことだけだからな。そのためにも、こいつらを殺さねぇとな」


 槍を構えるハインリヒに触発されるように、エディエンスも剣を構える。


「イネス、全開で頼む」


「分かったわ」


 聖書を開き、ページを捲る。

 味方の背中を、敵の顔を見据えながらイネスは騎士として、シスターとして冷静に、聖句を心の内を吐露するように丁寧に紡ぐ。


「『我らは一人で千軍を追い、二人で万軍を敗走させる』――」


 光が、白色の文字が、聖書から飛び出す。光が三人の武器、鎖帷子、全身を覆い、文字が三人の周囲で鼓舞するように舞った。


「『神軍の鼓舞』!」


 敵たちの中に居たラスム教徒も仲間に秘術を施し始める。

 向こうもラスム教の聖書を開き、唱え始める。


「『Sabr s‑u(忍耐と共に、) Walla(イラーフは) yssawal!(歩む!)』」


「『Sabr n() Walla(耐忍)』」


 コーランから光が溢れ輝くと、同時に敵たちにあった疲労感が顔から消え失せる。そこには、全精力を保った敵しか居らず、それぞれや槍やシャムシールを構える。


「あああああああ、おりゃあ!」


 ハインリヒを先頭に、ガリシア騎士団第三護衛隊は突撃した。

 敵たちも迎え撃つように、雄叫び声を上げて、応戦する。

 そんな戦いが起こっている中、ヴァレリアとディエゴは小さな物だったが、戦場より重く鋭い命の駆け引きが刃を通して、行われていた。

 

 風が、草を揺らしていた。

 まばらに立つ木々の間。

 逃げる気など毛頭ないが、逃げ場も隠れる場所もない平原。

 互いに好都合、剣で人を切り殺すには。

 その中央で、私と――ディエゴは向かいあっていた。

 数度斬り合ってなお、ディエゴに変化はなく……先ほどの斬り合いがまるで最初からなかったようだが、それは私も同じで私も変化は無かった。


 それに、私は外面は冷静に剣を構えていても内心は、驚いていた。

 かつて仲間だった者に剣を向け、殺そうとしているのに私の心は、敵に対して攻撃する時と何ら変わっておらず、冷静に鎮め、冷徹に刃を振るう準備が出来ていた。

 私もつくづく、騎士だな。


「……やっと、勝負に乗る気になりましたか?」


 声は全く震えておらず、ただ視線の先……ディエゴの全身を捉えているようで四肢を注視し、肌は殺気を感じようと敏感になっていた。


「猫を被っていたな。俺が想定していたより、強くなってる」


 ディエゴも私と同じで、殺しと死に慣れているような雰囲気で私に対する評価を獲物から、殺し合いの相手へと上げ、一層、緊張感と共に集中力を研ぎ澄まさせていた。


「急成長したんですよ。迷いがあったんですけど、最近解決しまして……今は剣を振るうのが一段と上手く、そして楽しく出来るんですよ」


 距離は十数歩。

 動けば、一瞬で間合いに捉えられる。

 でも、動かず……剣先だけが、わずかに揺れていた。


「……本気で俺と語り合うだろ? なら……」


「俺もお前の事を殺す気でやる」


 ディエゴの雰囲気が急変し、私は自分の中にまだディエゴに対する思いがあった事に気付く。

 馬鹿だな……まだ、ディエゴの事を隊長だと思っていたなんて……ああ、馬鹿だ。ディエゴは本気の殺気をこっちに向けているというのに、私が応えずしてどうする!


「それは、私も同じ……あなたを斬って、更に私は強く鋭くなる」


 同時だった。

 地を蹴り、刃が想定した軌跡を進み、体は矢のように止まることを知らないように真っすぐ、真っすぐ、貫くように進む。

 私とディエゴ、互いの間合いに互いが入り、捉えるのはほぼ同時で、全集中の状態から繰り出される反射的に剣を振るい、薙ぐ動作も……同時だった。

 剣の刃がぶつかる。

 金属音が、乾いた空に響いた。

 

 重い。なのに、遅くない一撃。

 速いのに、重いという斬撃の理想形にして原点にして、剣士が行き着く終着点。

 その終着点に至ったディエゴの一撃。

 それを私は受けきれた。

 喜ぶな、慢心するな……ここからだ。

 

 二合、三合と斬り合い、斬り結ぶ。

 剣を合わせるたびに、私の心と体は理解していく。

 確かに、強い!

 だけど、昔の私と違って、今なら……ほんの微かだが、見える。

 瞬間、私の剣が……ディエゴの予測を超えた。

 ディエゴの鉄壁の守りを一瞬だが、崩した。


「……!」


 ディエゴの目がわずかに動く。

 驚いたのだろうが、だからと言って止まる理由にはならない。

 私は踏み込む。

 

 守る。逸らす。突く。

 私の剣が、確実にディエゴへと届きかけていた。

 仲間を守るために振るってきた刃が、仲間を殺すためにと更なる力を発揮する。

 

 ディエゴが更に一歩、踏み込む。

 鋭くも素早い、踏み込みで多くの相手ならここで隙を晒してしまうところだが、私は違う。

 見てきたのだ、私は……だから、合わせる。

 剣を逸らし、体をずらし、カウンターとばかりに突きを入れる。

 浅い。

 だが、確実に届いた。


「……やるな」


 初めて、ディエゴが言葉を漏らす。

 その声には、驚きと感心が込もっていた。それは、敵という剣を本気で斬り合う事に出来る相手に対して贈られる極上の賛辞だった。


 私は呼吸を整える。

 いける。この距離、この速度、そして――今の私なら……

 ディエゴ相手でも戦える。


 再びぶつかる。

 剣が交差し、交わる。

 ディエゴの剣筋は無駄がない。

 だがその”無駄のなさ”が、何度も見てきた私には読みやすい原因となる。

 後は、その隙間に入り込むだけだ。

 一瞬、私とディエゴが完全に互角になるが……


 ――違和感が生じる。

 ディエゴの動きに変化が生じる。

 まるで、何かを準備しているような動きで私の剣を防ぐことに専念していた。

 が、カウンターで剣が弾かれる。

 と同時に、ディエゴの体勢が大きく沈んだと思った瞬間。

 来た。

 踏み込みと同時に、振るわれる刃。

 速過ぎる!

 今までよりも明らかに速く、異常……技術をやっと使ってきた。


「っ……!」


 受ける。だが、重さに押し込まれる。

 体勢が崩される。

 間合いが、潰される。

 私の動きが、神経が、感覚が一拍遅れる。

 だが、それでも追いつこうと対応する。

 体を捻り、剣を傍に戻す。

 まだ、間に合う……間に合わせる。

 

 二歩目、さらに詰まる。

 近い、近すぎる。

 剣が重なり、押され、また崩される。


「……!」


 ディエゴが三歩目を踏み込んだ瞬間、彼の姿を私は見失った。

 どこへ?

 視界の外、背後、横……位置が分からない。

 咄嗟に振り向くが、もう遅かった。

 剣が、刃が、斬撃が疾く走る。


「まだ!」


 刃を剣の鍔手前で防ぎ止める。

 しかし、刃は皮を斬りさき、肉を斬っていた。

 しかし、浅い。

 まだ振るえる。


 何とか防いだ私にディエゴは、また刃を振るった。

 その刃は、読めなかった。

 いや、見えなかったというべきか……

 視界に捉えるよりも速く、そして鋭く。

 空気を切り裂き、私を胸から腹に掛けてを切り裂いた。


「――終わりだ」


 私はディエゴの言葉と共に、地面に膝をついた。顔を地面に向け、傷口から流れ出た血が影と重なる形で血溜まりを作っていき、溢れる。

 血と共に脱力していくが、何とか剣だけは握る。

 顔を上げ、ディエゴの顔を仰ぎ見る。

 揺れている視界に映るディエゴは、無傷ではなく。小さな傷を負っていたが、まだ余力がありそうで、まだ剣と同じく芯は揺らいでいなかった。


「……強くなったな」


 その言葉が、遠く聞こえた。

 私は初めて、ディエゴに褒められたのが死の淵である事に笑みを零していた。

 ああ、無理だった。

 でも、あと少しだった。

 あと一歩。

 届かなった。

 なら、その一歩は神の頼ろう。


「『主よ、我に敵を討ち滅ぼす力を与え給え』」


 慌てて、ディエゴが動き、刃を振り下ろそうとするがもう遅い。

 一動作限定の身体能力だが、その効力はディエゴの刃が振り下ろす前に離脱する事を余裕で可能にする。そして離脱し、距離を取った私は秘術で回復を施す。

 もう一度、腰に付けた小型聖書に触れながら秘術を掛け直す。


「『我は死の陰の谷を歩む者なり、死を以て死を振り撒こう』」


「『死地の歩み』!!!」


 秘術により、致命傷での行動を可能にし、死を含むあらゆる恐怖を遮断する。血はやっと止まり、そこに血に塗れながらも剣を構える騎士の鏡が立つ。ディエゴもその血の騎士こと、私に向けて剣を構える。


「しぶといな。だが、その覚悟……乗ってやる」


 風が止んでいた。

 そして、私の中で変化が起きていた。

 秘術を発動した影響か、それとも更に私の意識が深化しからか。

 ただ恐怖、痛み、迷いといった刃を鈍らせるすべてが、静かに沈んでいた。


 ディエゴが強く踏み込む。

 速い。

 だが――今は、さっきよりも綺麗に見える。


「……!」


 神速で振るわれた剣が、下ろされる。

 私は半歩、ずれる。

 ほんの僅かだけ、動くだけ。それだけで刃は外れる。

 刃の軌道を完全に見抜いているから出来る芸当だった。


 私は刃が、横を通り過ぎたのと同時に、踏み込む。

 血をたくさん流しているはずなのに、体がありえないほど軽い。

 心臓の鼓動が更に速まるのが、熱となって筋肉を動かす事で分かる。

 剣を突く。

 ディエゴは難なく、戻した刃で弾く。

 微かに火花が散る中、ディエゴが口を開く。


「変わったな」


 その言葉に私は応えなかった。必要がないのだ。

 私にとって変わったか、変わっていないかなど些細な事で今は、ただ……この熱い体のまま、冷徹にそして冷たい刃を無我夢中で冷静沈着に振るいたい。

 刃を、剣を見ればディエゴも分かる、いや気付くはずだ。

 だって、私が一番、伝えたいのはあなたなのだから。


 互いの間合いへ踏み入れる。

 剣が交わり、金属音と共に思いが伝わる。

 私とディエゴの剣が、まるで踊るように振るわれるが、交わり、止められ、空を薙ぐばかりに皮を、肉を裂き、刃を赤色に染めることは叶わずに居た。


 その間にも、私の動きは冴えていく。

 無駄が、削ぎ落されるように少しずつ確実に消えていく。

 最小の動作で動き、最短で詰め、最速で突く。

 ただ、それだけが驚異的な一撃となる。

 初めてディエゴが、私の剣を受けることも弾くこともせず、逸らした。

 そして、カウンターとばかりに攻撃が襲うが、そこに私の姿はない。

 一閃。ディエゴの横腹が裂け、血が滴り落ちる。


「……っ!」


 届いた。

 だが、まだ……まだ、私の剣は先を行く。

 ここが限界じゃない。


 ディエゴが後退し、初めて距離を取る。

 そして剣を構え直し、口元に笑みを浮かべていた。


「それだ」


 殺気と同時に斬撃が来た。

 技術を使った踏み込みを、異常な速度で行う事でデメリットだった踏み込みの予備動作すらも攻撃に組み込んできた。

 だが、見えている。

 いや、感じる。

 斬撃がどこを狙っているか、分かる。

 私はそこに剣を置いたと同時に、ぶつかり、金属音が響く。

 

 ディエゴは臆することなく、二歩目を行ってくる。

 今度は、攻撃ではなく私の横に回り込んだ。

 だが、私は動かず。

 ただ、攻撃のタイミングを待つ。

 三歩目、心臓が静かに打つ。

 今。


 私の視界が変わる、

 刹那、全てが遅くなる。

 と同時に、全てを理解し感じる。

 呼吸、風、血の滴、ディエゴの視線。

 私は私の体へと意識を向ける。

 瞬間、霧がかかったように明確な形すら掴めずにいた。

 ”それ”の形と、どうすべきかが分かる。

 生命維持に必要な分以外、完全に力を抜いていく。

 そして、完全に抜けきったと同時に。

 反転し、右腕にその力を集め……突く。

 

 ヴァレリアはその瞬間、奥底に眠っていた技術を目覚めさせた。

 一瞬の脱力から、全てを一点に乗せる技術。

 刃が伸びていく。

 ディエゴの動きが、1テンポ遅れる。

 だが、それでも動く。

 剣で刃を少しずらし、軌道を変える。

 だが、その軌道は予期せず己の頭を狙っていた。

 頭に迫る剣先を回避するように、首を横に振る。

 止まっていた風が巻き起こる。


「ぐぅ……」


 血が垂れる。

 ディエゴの頬には一筋の血の跡が刻まれ、右耳が欠損していた。

 聴覚がバグるなか、ディエゴは冷静に距離を取る。

 そして何が起こったのかを冷静に分析する。

 傷口に触れ、先ほどの事を思い出し、笑った。


「……なるほど。このタイミングで目覚めましたか」


 ディエゴの目に、初めて見る感情が宿る。

 だが、その感情は風に撒かれる花びらのように疾くと消え失せる。

 殺意が宿った視線を私に向けながら、構える。


 私は息を吐く。

 負荷と限界で軋み、苦しむ体を奮い立たせる。

 剣を構え直し、先ほどの技術を念頭に置く。


 二人は予感する。

 決着は近いと。

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