第53話 コハクの救出
「じゃあ頑張って」
コハクの入ったケージを指で数回軽く叩いた後、利苑はあっさりとそこから離れる。
その態度は『絶対に開けられない』とでも言いたげで、なぜかはわからないが相当の自信があるようだった。
冬夜と志季は、そんな利苑の余裕に苛立つ。
利苑が離れると、冬夜と志季は脇目もふらず、すぐさまコハクの入ったケージに駆け寄った。
「コハク、大丈夫!?」
「怪我とかしてないか?」
一緒になってケージの前にしゃがみ込み、膝をつく。
コハクは心配そうな冬夜と志季の顔を交互に見やって、瞳を潤ませた。
「それは大丈夫ですけど……。迷惑かけてごめんなさい!」
今にも小さくなって消えてしまいそうなコハクの姿に、冬夜は思わず両手でケージの柵を掴んだ。
途端に志季が声を上げる。
「あ、バカ! 何か仕掛けてあったらどうするんだ!」
「ご、ごめん! そうだよね!」
慌てて手を離した冬夜だったが、特に何もなさそうでほっとする。
コハクの毛色と同じ、真っ黒なケージはどうやら手で触れても特に害はないようだが、『これを開けられたら』とは一体どういうことなのか。
ぱっと見たところ普通のケージのように見えるし、仕掛けもなさそうである。
冬夜は離れた場所にいる利苑にちらりと視線を投げたが、利苑は腕を組みながら、ただ意味ありげに微笑んでいるだけだ。
その時である。
「これ、どこにも鍵がないぞ。どうやって開けるんだ!?」
ケージをあちこち見ていた志季が、焦った声を上げた。
「えっ!?」
顔を戻した冬夜も慌てて、鍵穴などがないか、くまなく探す。
しかし、このケージはどうやら特殊なものらしく、鍵や鍵穴はどこにも見当たらなかった。
「どうなってんだよ……っ」
志季が歯噛みしながら、吐き捨てるように言う。
「まさかパズルみたいになってるわけじゃないよね」
まだ何かないかと必死に探していた冬夜が呟くと、後ろの方から利苑の声が聞こえてきた。
「そんな面倒なことしないよ。作った私や退魔師くらいにしか開けられないとは思うけどね」
「退魔師……?」
ふと引っかかった言葉に、冬夜が手を止めて、床に目を落とす。そのまま何かを考え始めた。
「どういうことだ?」
冬夜の姿に志季が首を捻っていると、少しして顔を上げた冬夜は志季をまっすぐに見る。どうやら気づいたことがあったらしい。
「志季、ちょっと離れてて」
「あ、ああ。わかった」
志季がケージから離れたのを確認して、冬夜は口元で何かを唱え始める。
それからケージの数メートル上に小さな雷雲が発生したのを確認して、冬夜は一気に言い放った。
「――我、今この時に雷神の力を行使し邪を祓わん――疾雷!」
一筋の細い稲光がケージ目がけて、まっすぐに落ちる。
しかし、光が直撃するも、ケージは何事もなかったようにその場に佇んでいるだけだ。
「冬夜!」
「ごめん、志季。ダメだった! 疾雷で壊そうと思ったんだけど」
様子を窺っていた志季が駆け寄ってくると、冬夜は申し訳なさそうに肩を落とす。
「いや、『退魔師くらいにしか開けられない』ってこういうことか」
「うん、多分だけど退魔師の力で開けろってことだと思うんだよね」
「そっか、コハくんはもう幻妖じゃないから退魔術の影響は受けないのか」
「そうなんだけど、俺の疾雷じゃ無理みたい」
納得する志季に、冬夜は困ったような表情を浮かべた。
幻妖を退魔するための術は、幻妖にしか影響しない。すでに幻妖ではなくなっているコハクには、退魔術を使ってもその影響がないのである。
そのため、疾雷でコハクがダメージを負うことはない。
ただ、冬夜が力を抑えたままで使った通常の疾雷では、おそらく威力が足りなかったのだろう。
「じゃあ次はオレの出番だな。コハくん、ちょっと伏せてろ」
志季はコハクに指示を出すと、手に持っていた蒼月を、鞘から一気に抜き放つ。
「わかりました!」
蒼月を構える様子を見たコハクは、慌ててその場にうずくまるように伏せた。
「――目覚めろ、蒼月」
志季が低く声を掛けると、その左耳のピアスがわずかに光る。同時に、蒼月の刀身は一瞬で冷気に包まれた。
大きく深呼吸した志季は、青白く輝く蒼月を一息で横に薙ぐ。
「――蒼の一閃!」
高い金属音がほんの一瞬だけしたかと思うと、次にはケージの上部が綺麗に斬り落とされていた。
斬られたケージが派手な音を響かせて床に落ちる。すると、開いた上部からコハクが勢いよく飛び出した。
「冬夜さま!」
「コハク!」
飛びついてきたコハクを、冬夜がしっかりと抱きとめる。
「ボク、とても幸せな夢を見ていました。冬夜さまと初めて会った頃のことです。でも、もうその幸せがなくなっちゃうと思って……っ」
冬夜の腕に包み込まれて安心したのか、コハクは感極まってとうとう泣き出してしまった。
「よし、上手くいったな」
そんな冬夜とコハクの姿に、志季が安心したように息を吐く。
「コハク、もう大丈夫だから。ね?」
冬夜の両腕で大事そうに抱えられているコハクは、まだ泣きじゃくっていた。
それを懸命に宥めていると、志季がコハクに問い掛ける。
「コハくん。泣いてるとこ悪いんだけど、あいつのことで何かわかることあるか?」
何でか幻妖の気配がするんだけど、そう訊かれて、コハクはしゃくり上げながらも少し考え込んだ。
ややあって、ゆっくりと口を開く。
「……あの人、普通の人間とはちょっと違うと思います。時々、人格が入れ替わるみたいなんです」
コハクは言いながら、恐る恐るといった様子で利苑を振り返った。
「人格が入れ替わる?」
「それってどういうことだ?」
告げられた言葉に、冬夜と志季は一緒になってただ首を傾げるだけだった。




