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ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚  作者: 市瀬瑛理
第七章 決戦

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第53話 コハクの救出

「じゃあ頑張って」


 コハクの入ったケージを指で数回軽く叩いた後、利苑(りおん)はあっさりとそこから離れる。


 その態度は『絶対に開けられない』とでも言いたげで、なぜかはわからないが相当の自信があるようだった。

 冬夜と志季は、そんな利苑の余裕に苛立つ。


 利苑が離れると、冬夜と志季は脇目(わきめ)もふらず、すぐさまコハクの入ったケージに駆け寄った。


「コハク、大丈夫!?」

「怪我とかしてないか?」


 一緒になってケージの前にしゃがみ込み、膝をつく。

 コハクは心配そうな冬夜と志季の顔を交互に見やって、瞳を潤ませた。


「それは大丈夫ですけど……。迷惑かけてごめんなさい!」


 今にも小さくなって消えてしまいそうなコハクの姿に、冬夜は思わず両手でケージの柵を掴んだ。


 途端に志季が声を上げる。


「あ、バカ! 何か仕掛けてあったらどうするんだ!」

「ご、ごめん! そうだよね!」


 慌てて手を離した冬夜だったが、特に何もなさそうでほっとする。


 コハクの毛色と同じ、真っ黒なケージはどうやら手で触れても特に害はないようだが、『これを開けられたら』とは一体どういうことなのか。


 ぱっと見たところ普通のケージのように見えるし、仕掛けもなさそうである。


 冬夜は離れた場所にいる利苑にちらりと視線を投げたが、利苑は腕を組みながら、ただ意味ありげに微笑んでいるだけだ。


 その時である。


「これ、どこにも鍵がないぞ。どうやって開けるんだ!?」


 ケージをあちこち見ていた志季が、焦った声を上げた。


「えっ!?」


 顔を戻した冬夜も慌てて、鍵穴などがないか、くまなく探す。

 しかし、このケージはどうやら特殊なものらしく、鍵や鍵穴はどこにも見当たらなかった。


「どうなってんだよ……っ」


 志季が歯噛みしながら、吐き捨てるように言う。


「まさかパズルみたいになってるわけじゃないよね」


 まだ何かないかと必死に探していた冬夜が呟くと、後ろの方から利苑の声が聞こえてきた。


「そんな面倒なことしないよ。作った私や退魔師くらいにしか開けられないとは思うけどね」

「退魔師……?」


 ふと引っかかった言葉に、冬夜が手を止めて、床に目を落とす。そのまま何かを考え始めた。


「どういうことだ?」


 冬夜の姿に志季が首を捻っていると、少しして顔を上げた冬夜は志季をまっすぐに見る。どうやら気づいたことがあったらしい。


「志季、ちょっと離れてて」

「あ、ああ。わかった」


 志季がケージから離れたのを確認して、冬夜は口元で何かを唱え始める。


 それからケージの数メートル上に小さな雷雲が発生したのを確認して、冬夜は一気に言い放った。


「――我、今この時に雷神の力を行使し(じゃ)(はら)わん――疾雷(しつらい)!」


 一筋の細い稲光がケージ目がけて、まっすぐに落ちる。


 しかし、光が直撃するも、ケージは何事もなかったようにその場に(たたず)んでいるだけだ。


「冬夜!」

「ごめん、志季。ダメだった! 疾雷で壊そうと思ったんだけど」


 様子を(うかが)っていた志季が駆け寄ってくると、冬夜は申し訳なさそうに肩を落とす。


「いや、『退魔師くらいにしか開けられない』ってこういうことか」

「うん、多分だけど退魔師の力で開けろってことだと思うんだよね」

「そっか、コハくんはもう幻妖じゃないから退魔術の影響は受けないのか」 

「そうなんだけど、俺の疾雷じゃ無理みたい」


 納得する志季に、冬夜は困ったような表情を浮かべた。


 幻妖を退魔するための術は、幻妖にしか影響しない。すでに幻妖ではなくなっているコハクには、退魔術を使ってもその影響がないのである。

 そのため、疾雷でコハクがダメージを負うことはない。


 ただ、冬夜が力を抑えたままで使った通常の疾雷では、おそらく威力が足りなかったのだろう。


「じゃあ次はオレの出番だな。コハくん、ちょっと伏せてろ」


 志季はコハクに指示を出すと、手に持っていた蒼月(そうげつ)を、(さや)から一気に抜き放つ。


「わかりました!」


 蒼月を構える様子を見たコハクは、慌ててその場にうずくまるように伏せた。


「――目覚めろ、蒼月」


 志季が低く声を掛けると、その左耳のピアスがわずかに光る。同時に、蒼月の刀身は一瞬で冷気に包まれた。

 大きく深呼吸した志季は、青白く輝く蒼月を一息で横に()ぐ。


「――(あお)一閃(いっせん)!」


 高い金属音がほんの一瞬だけしたかと思うと、次にはケージの上部が綺麗に斬り落とされていた。


 斬られたケージが派手な音を響かせて床に落ちる。すると、開いた上部からコハクが勢いよく飛び出した。


「冬夜さま!」

「コハク!」


 飛びついてきたコハクを、冬夜がしっかりと抱きとめる。


「ボク、とても幸せな夢を見ていました。冬夜さまと初めて会った頃のことです。でも、もうその幸せがなくなっちゃうと思って……っ」


 冬夜の腕に包み込まれて安心したのか、コハクは感極まってとうとう泣き出してしまった。


「よし、上手くいったな」


 そんな冬夜とコハクの姿に、志季が安心したように息を吐く。


「コハク、もう大丈夫だから。ね?」


 冬夜の両腕で大事そうに抱えられているコハクは、まだ泣きじゃくっていた。

 それを懸命に(なだ)めていると、志季がコハクに問い掛ける。


「コハくん。泣いてるとこ悪いんだけど、あいつのことで何かわかることあるか?」


 何でか幻妖の気配がするんだけど、そう訊かれて、コハクはしゃくり上げながらも少し考え込んだ。


 ややあって、ゆっくりと口を開く。


「……あの人、普通の人間とはちょっと違うと思います。時々、人格が入れ替わるみたいなんです」


 コハクは言いながら、恐る恐るといった様子で利苑を振り返った。


「人格が入れ替わる?」

「それってどういうことだ?」


 告げられた言葉に、冬夜と志季は一緒になってただ首を傾げるだけだった。



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