第28話 感じる気配
冬夜たち三人の目の前にある血痕。その中心部には大きな傷があった。
「やっぱりここにもあったか」
志季が冬夜の隣に立ったまま、吐き捨てるように言う。
ここに来るまでに何度も見てきた『細長く大きな傷跡』は、やはり今回も存在していた。
今までの事件現場にあった傷の本数は、一本だけだったり、または四本だったりと現場によってまちまちだが、ここのものは三本の細長い傷がほぼ平行にできている。
「これで全部の現場にあったことになるよね。でも、警察からの書類にはそんなこと一つも書いてないよ?」
どういうことだろう、と冬夜はしゃがみ込んだままで首を捻った。
そこで、ふと志季が何かに気づいたようにゆっくり口を開く。
「もしかしたらだけど、この傷は全部警察が調べ終わってからつけられたものなんじゃないのか?」
「あ、だから書類には書いてないのか! じゃあ、つい最近つけられたものってことだよね」
志季の言葉に、冬夜は納得したように手を叩き、早速まだ持っていたスマホを開いた。
これまでの現場で見つけた傷跡の写真と、今目の前にある傷跡を見比べようと、三人は改めてフローリングの床にある血痕に目を凝らす。
「確かにこの状態を見る限り、血が乾いた後にやったとしか思えねーな」
「乾いた血と一緒に、フローリングも削れてるもんね」
「他の現場は全部血痕のない場所にあったから気づかなかったけど、ここは確実に後からつけてるよな」
冬夜と志季がそんなことを話していると、二人の横で膝を抱えて屈んだコハクが首を傾げた。
「これって、犯人がつけたものなんですかね?」
「犯人かどうかはまだわかんないけど、全部の現場にあったってことは、少なくとも事件に関わってる誰かのものだと思うなぁ」
冬夜は視線を正面に向けたままで、正直にそう答える。
同じように傷跡をじっと見下ろしていた志季が、その場にしゃがみ込んだ。
「でも、わざわざこんなことする理由がわかんねーな」
多分何かしらの意図はあると思うんだけど、と頭を掻きながら唸った時である。
「……これ、まさか幻妖の爪痕じゃ」
冬夜が不意にそう呟いた。
その言葉に、志季は思わず膝を打つ。
「そうか! なら、やっぱり幻妖が関わってる可能性が高いってことだな」
「なるほどです」
コハクも大きく目を開いて、頷いた。
「この爪痕だと、かなり大きな幻妖じゃねーか?」
「少なくとも人型じゃないよね。これはもう少しちゃんと調査しないとダメだなぁ。幻妖と犯人がどう関係してるかもわかってないし」
「そうだな。てっきり今日一日で終わるかと思ったけど、そうもいかねーか」
残念そうに志季が溜息をつくと、冬夜は逆に苦笑いを浮かべる。
「簡単には行かないってことだね。じゃあ今日はこれで終わらせて、また明日にでも改めて調査しよう」
「わかった。今日はもう帰るか」
志季はさらに嘆息しながら立ち上がった。そのまま現場に背を向けようとした時である。
「ちょっと待ってください!」
途端にコハクが声を荒げ、冬夜と志季を止めた。次には慌てた様子で窓へと駆けていく。
「どうしたの、コハク?」
「外から幻妖の気配がします! まだ離れてますけど」
首を傾げる冬夜に、コハクは窓にべったりと両手を張りつけたまま、振り返ることなくそう答えた。
「まさか!」
「このタイミングで現れんのかよ」
冬夜と志季がコハクのいる窓の方に顔を向けるが、ここからではまだ幻妖の姿は見えない。
二人は目を閉じて、懸命に幻妖の気配を探る。
わずかの後、ほぼ同時に瞼を上げると、互いに顔を見合わせた。
「こっちに向かってきてるね」
「……ああ。タイミングから見て、きっとあちこちに爪痕を残してたやつだろうな」
冬夜が声を低めると、志季も真剣な表情で首を縦に振る。
「志季、戦える?」
冬夜に問われ、志季はこれまでずっと持っていた蒼月の柄に右手を掛けた。
「当たり前だろ。ただ、ここじゃ狭くて蒼月が使えねー」
「よし、じゃあ外で迎え撃とう」
好戦的な笑みを浮かべた志季に、今度は冬夜が頷きながら微笑みを返す。
そうして三人は幻妖を迎え撃つべく、すぐさま玄関の方へと駆け出した。




