第18話 少女の幽霊が持ち込んだ情報・1
やはり、夕飯の献立は多数決でハンバーグに決まった。
志季とコハクの意見を聞いた時から、すでに冬夜もハンバーグを作るつもりでいたので、そこに異論はない。
ちなみに、ソースは定番のデミグラスソースになった。これも二人の希望である。
普段はよく喧嘩をすることもある志季とコハクだが、食べ物が絡む時は不思議と気が合っていた。
夕方、三人はハンバーグの材料などが入ったスーパーの袋をいくつも持って、事務所に帰ってくる。
「あれ?」
冬夜が事務所の前に誰かが佇んでいるのを認め、小さな声を零した。
困ったように周りをきょろきょろと見回しているのは、セーラー服を着た、高校生くらいの少女である。
だが人間ではなく幽霊だ。姿だけなら人間とまったく変わらないが、冬夜たちには一目で人間と幽霊の区別がつく。
少女は帰ってきた冬夜たちの姿に気づいたらしく、栗色のロングヘアを揺らしながら駆けてきた。
幽霊とはいっても、きちんと足はある。幽霊に足がないとは一体誰が言い出したのか。
「最近、やたらと幽霊に縁があるな。特にコハくん絡みで」
「確かにボクと幽霊さんは縁があるかもですけど、みんな悪い幽霊さんじゃなかったです」
冬夜の後ろで志季が言うと、コハクは頬を膨らませてその顔を下から睨みつける。
「ま、それは認めるけどな」
「ですよね! みんなボクの素敵な友達です」
珍しく素直な志季に、コハクの表情が明るくなった。どうやら、友達になった幽霊を認めてもらえたことが嬉しかったらしい。
「君、どうかしたの?」
そこで冬夜が迷うことなく少女に声を掛けた。
すると、少女は少し遠慮がちに、おどおどと訊いてくる。
「……ここ、玖堂心霊調査事務所で合ってますか?」
「うん、そうだよ」
「それならよかったです」
冬夜が答えると、少女はほっとしたように息を吐いた。
「ああ、看板がないもんね。わかりにくくてごめんね」
「いえ、そんなことはないです」
ちらりと事務所の方に顔を向けた冬夜が優しく謝ると、少女は数回、顔を左右に振る。
「で、何か用があるのかな?」
その姿を見て、冬夜は単刀直入に切り出した。
ここにいるということは、きっと何かしらの用事があるのだろう。
途端に神妙な面持ちになった少女は、大きく深呼吸をしてから、思い切ったように言葉を紡いだ。
「……最近、この町周辺の幻妖たちの様子がおかしいんです」
「幻妖がどうした?」
咄嗟に『幻妖』という言葉に反応した志季が、冬夜と少女の間に入ってくる。
コハクも黙ったまま、少女の顔をじっと見つめていた。
「あの、えっと……」
志季に詰め寄られた少女が困った様子で、何かを訴えるような視線を冬夜へと向ける。
「とりあえず中で詳しい話を聞くよ」
その視線に冬夜は小さく苦笑しながらも、すぐさま事務所の鍵を開けて、「さあどうぞ」と少女を招き入れたのだった。
※※※
事務所の応接テーブルには、四人分の飲み物が置かれている。
冬夜、志季、コハクの三人は冬夜を真ん中にして、並んでソファーに座っていた。
テーブルを挟んだ向かい側のソファーには、同じように腰を下ろした少女の幽霊がいる。
少女の前にもアイスコーヒーの入ったグラスが置かれていた。もちろん飲めないことはわかっている。
たとえ幽霊であっても、こちらに対して悪意のない相手にはきちんともてなしをするのが礼儀だと、冬夜は思っているのだ。
「で、幻妖の様子がおかしいって話について、詳しく聞かせてもらえるかな?」
早速冬夜が促すと、少女は一つ頷いて、ゆっくり話し出した。
「もともと、幽霊のあたしたちから見れば、幻妖の皆さんは怖い存在なんですけど」
「悪い意味で、幽霊の上位存在みたいなもんだから、まあそうなんだろうな」
冬夜の隣に座っている志季が、炭酸ジュースを注ぎ足しながら、納得したように言う。
「確かに、幽霊さんとは友達になれますけど、幻妖とは友達になれそうもないです」
志季に同意するコハクのグラスには、いつも通り牛乳が入っていた。
「そうなんです。でも、前よりも怖いというか、狂暴になってて」
言葉を続けた少女の手は、小さく震えている。
これは演技ではないだろう。冬夜はすぐにそう感じ取った。
それに、普通の人間ならともかく、自分たちのような退魔師を騙そうとする意味がわからない。今さら疑うつもりもないが、どうやら少女の話は本当らしい。
「狂暴? 元からそれなりに狂暴なんじゃねーの?」
「それはそうなんですけど、さらに狂暴になってるというか。幽霊仲間のみんなも言ってるんです」
グラスに口をつけながら志季が首を傾げると、少女は前のめりになって訴えた。
「幽霊仲間……。へえ、そんなもんがあるのか」
志季は少し驚いたようにそう言って、テーブルにグラスを置く。グラスの中の氷が、小さな音を立てて転がった。
「それは別にあってもおかしくないと思うけど。ね、コハク」
「はい、ボクも幽霊さんの友達いますし。もう成仏しちゃいましたけど」
冬夜とコハクが、それぞれ紅茶と牛乳を飲みながら、頷き合う。
それから冬夜は少女に向けて、さらに続きを促した。
「で、その原因に心当たりはあるの?」
「一週間くらい前だったと思うんですけど、人間の男の人が幻妖と話をしてたんです」
「幻妖と会話する人間?」
組んでいた足を組み替えた志季が、またも不思議そうに首を捻る。
「はい。その時に鬼がどうのって聞こえたんです」
「鬼?」
あまりいいイメージのない言葉に、今度は冬夜が眉をひそめた。
今の時代に鬼がいるとは聞いたことがないので、実際どのような存在なのかはわからない。けれど、昔から鬼というものは悪いイメージを持たれてしまっているのは事実である。
「幻妖と話す人も珍しいと思ったんですけど、その言葉も気になって」
少女は真剣な表情で頷いた後、膝の上に置いた両手をぐっと握りしめた。




