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ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚  作者: 市瀬瑛理
第三章 邂逅する者たち

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第16話 幻妖の匂い

 とある日曜日のこと。


「やっぱり買い物は楽しいですね!」


 人間姿で学ランを着たコハクが、楽しげに外を歩いていた。それは今にもスキップをし始めそうなくらいである。


 後ろには冬夜と志季の姿もあった。


「コハクは本当に買い物が好きだねぇ」

「まったく、そこら辺のお子様と全然変わらねーな」


 コハクの様子に冬夜が目を細めると、志季は肩を(すく)めながら、呆れたようにそう付け加える。

 次の瞬間、コハクはくるりと振り返って、頬を膨らませた。


「ボクはお子様じゃありません!」

「そういうところがお子様だって言われるんだよ」

「むー」


 志季に涼しげな顔で言われ、コハクの頬がさらに大きくなる。


「ほら、二人ともそれくらいにしとこうね」

「はいはい、わかりましたよーっと」


 苦笑を浮かべた冬夜がすかさず間に入ると、志季は頭の後ろで手を組んで、そっぽを向いた。

 そして、何事もなかったかのように口笛を吹き始める。


「コハクもね」

「はい、わかりました!」

「コハクは素直で偉いね」


 まっすぐ手を挙げたコハクに、これまでの冬夜の表情が穏やかなものに変わる。それからコハクの頭を優しく撫でると、コハクも嬉しそうに目を細めた。


 その様子をちらりと見やった志季は、途端に唇を(とが)らせる。


「どうせオレは素直じゃないし、偉くもないですよー」

「ボクは志季さんとは違いますから!」


 わざとらしい台詞だったが、今のコハクはそれに気づかなかったらしく、勝ち誇ったように胸を張った。


 現在、冬夜たち三人は夕食の食材を買いに、スーパーへと向かっている途中である。


 今日の献立はまだ決まっていない。


 しかし、事務所を出る時に冬夜が二人にリクエストを聞くと、


「ハンバーグだな」

「ハンバーグがいいです!」


 声を揃えてそう答えたので、きっとこのまま多数決でハンバーグになるだろう。


(ハンバーグにするとして、ソースはどうしようかな。デミグラスソースもいいけど、チーズなんかも美味しいよね。あ、和風もありだなぁ。色々あって悩んじゃうよね)


 冬夜はそんなことを考えながら、志季と共にコハクの後ろを歩いていた。


 そこで、とうとうコハクがスキップを始めてしまう。


「そうだ、牛乳も買わないといけませんね!」


 冬夜がその様子を微笑ましげに眺めていた時だった。


「……あれ?」


 不意に小さく呟いて、コハクはぴたりと足を止めた。顔を空に向けると、真剣に何かの匂いを嗅ぎ始める。


 冬夜も一拍遅れて立ち止まり、コハクに声を掛けた。


「コハク、どうしたの?」

「……近くから幻妖の匂いがします」

「え、どういうこと?」


 これまでとは打って変わって真面目な表情になったコハクの言葉に、冬夜が目を見開く。

 そこで志季がぐるりと辺りを見回し、口を開いた。


「この辺にいるってことか? オレにはまだわかんねーけど、冬夜は気配わかるか?」

「俺もまだわかんないな」


 今度は冬夜が志季に訊かれるが、冬夜にもまだ気配は察知できていないので、素直にそう答えるしかない。


「すごくかすかな匂いなんです。でも、幻妖にしてはちょっと違うような気もするんですよね」


 さらに匂いを嗅いでいたコハクが、不思議そうに小首を傾げる。


「ちょっと違うってどういうことだ? コハくんにしてはずいぶんと曖昧(あいまい)だな」


 志季も同じように首を捻った。


 コハクは人間の姿であっても、幻妖の匂いには敏感だ。

 今は漠然とした答えしか返してこないが、それでも冬夜や志季にはわからない匂いを感じ取っているらしい。


「んー、何だか不思議な匂いなんですよね。上手く言えないんですけど」

「でも、幻妖と何か関係あるかもしれないんだよね?」


 冬夜が、困ったように答えるコハクの顔を覗き込んだ。

 静かに頷いたコハクは、眉間にしわを寄せて唸りだす。


「多分、関係あるとは思うんですけど……」

「だったら行ってみるか。場所はどこだ?」

「コハク、案内してくれる?」

「はい、あっちです」


 コハクはまた素直に首を縦に振り、これまで歩いていた道の先を指差した。向かおうとしていたスーパーの方角である。


 まっすぐ歩き出したコハクの姿に、冬夜と志季は顔を見合わせて頷くと、すぐさまその後を追いかけたのだった。



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