第12話 神隠しの調査・遭遇
先ほどの女性が教えてくれた森の前で、冬夜たち三人が佇んでいる。
女性と別れた後、少し町内を歩いてさらに数人から話を聞いたが、内容はほぼ同じで、追加で得られた情報は特になかった。
「この森だね」
「まったく、いくら近いとはいえ、何で子供がこんな森まで来るかねぇ」
冬夜が森を見上げると、志季は呆れたように肩を竦め、首を左右に振る。
そんな志季の様子に、冬夜が苦笑いを浮かべた。
「だからさっき言ってたじゃない。森の中に秘密基地とか作ってるって。子供ってそういうの好きだよね」
「そうですよ、小さい子は秘密基地好きらしいです」
冬夜の言葉に、隣に立っていたコハクが同意しながら大きく頷く。おそらく、その情報源はコハクの猫友達だろう。
「そういうもんかねぇ。まあ、オレの子供の頃は退魔の訓練に明け暮れてたから、秘密基地どころじゃなかったけどな」
「確かに、俺もそうだったなぁ」
子供の頃を思い出してさらに苦笑しつつ、三人は森の中へ足を踏み入れた。
※※※
森に入ってしばらく歩くと、だんだんと様子が変わっていくのがわかる。
日がまったく差していないわけではない。
木漏れ日はあちこちから入ってきているが、それでもやけに暗く感じるのだ。雰囲気が重いとでもいうのか。
冬夜たちの吸っている空気も、入り口にいた時よりもずっと淀んでいるように思われた。全身にまとわりついてくるような、嫌な空気である。
冬夜たちはその理由にすぐ気づいた。
この森にいる『何か』、その気配のせいだろう。
ただ、それが何なのかまでは、まだわからない。
冬夜が腕時計で時間を確認すると、午後四時半を回ったところだった。
「幻妖だったら、時間的にはもう出てきてもいい頃だよね」
「そうだな。いつ出てきてもいいように準備だけはしておくか」
頷いた志季は、持ってきていた大きなスポーツバッグを地面に置くと、手早く愛刀の蒼月を取り出す。
その時だ。
「あそこの木の陰から幻妖の気配がします」
琥珀色の瞳を見開いたコハクが、奥を指差した。
少し特殊な生まれのためか、コハクは冬夜や志季よりも幻妖の気配に敏感なのである。
弾かれたように、冬夜と志季がコハクの示した方角へと顔を向ける。
「ああ、確かにいるね」
「やっぱり今回は当たりか」
すぐに二人も気配を認め、それぞれ真剣な表情で声を低めた。
術に関してはヘタレな冬夜だが、幻妖の気配を感じることは問題なくできる。
むしろ、最低限これができないと退魔師として話にならない。
「コハクは猫に戻って、この辺に隠れてて」
「わかりました」
冬夜に言われ、素直にそう答えたコハクが一瞬で黒猫の姿に戻る。そのまま走って、近くにある木の陰に隠れた。
コハクの様子を確認した志季が、蒼月を鞘から抜いて構える。
そして、幻妖の気配がする方へと向けて、声を張り上げた。
「いるのはわかってるんだから、おとなしく出てこい!」
二人がじっと凝視していると、少しして黒い塊が木の陰から姿を現す。
十メートルほど離れたところから出てきた塊は、前回退魔したものよりも一回りほど大きかった。
前回がだいたい大型犬くらいだったので、今回は超大型犬といったところだろうか。人間の大きさとそれほど大差はない。
「かなり大きいね。それに犬型っぽいから素早いかも」
「ああ、気をつけろよ」
志季は冬夜をちらりと見やってから、幻妖に向き直った。
「どうして、神隠しなんて馬鹿なことをやってる?」
「……ひとヲさらウノに、リゆうなんテひツヨうか?」
鋭い瞳で睨み続ける志季の問いに、幻妖が唸るような低い声で答える。
幻妖は生きている人間に害をなす。
しかし、それについてはっきりした目的を持っている個体には、これまで冬夜たちは出会ったことがなかった。
だいたいが『何となくやっている』、そんな感じだった。
いや、下手に目的を持っているよりはいいのかもしれない。その方が、幻妖に深く感情移入することなく退魔できる。
また会話ができる個体、できない個体、それは様々だ。
今、志季があえて理由を聞いたのも、単に会話ができるかどうかの確認ため、といったところである。
「普通は少しくらいマシな理由があると思うけどな」
今回は会話ができるらしいと知った志季が、大げさに溜息をついてみせた。
「そんなモノはいラなイ。たダ、さらイタいかラさらウ、それダケだ」
犬にも似た幻妖は、変わらずそんなことを言い放つ。
「攫った子供たちは無事なの?」
一歩前に出た冬夜がそう訊くと、幻妖は口から嘲笑うような声を漏らした。
「さア、どうダロうナ」
「こいつ、オレたちをからかってやがる……!」
その態度に、志季が腹立たしそうな様子で奥歯を噛んで、蒼月の柄を両手で握りしめる。
幻妖は人間の思念が元になっているからか、時々こういった負の部分が垣間見えるのが非常に厄介だ。そのせいで、いざという時の判断が鈍ることだってある。
「志季、落ち着いて」
「そんなことはわかってる。これ以上は話すだけ無駄だ。冬夜、やるぞ。援護は任せた」
「うん」
冬夜の返事を合図にして、志季は勢いよく地面を蹴った。
「――目覚めろ、蒼月」
幻妖へと向かって駆けながら、蒼月に低い声を掛ける。
次の瞬間、志季の左耳につけられたピアスが小さく光った。と同時に、蒼月の刀身が青白い冷気を纏う。
今の言葉は、志季が蒼月を使う時の合言葉のようなものだ。
また、ラピスラズリで作られたピアスは、蒼月に志季の力を送り込むために必要なアイテムである。
志季が迫ると、幻妖は二本足で立ち上がり、唸るような声を漏らす。立ち上がったその姿は、志季よりも大きそうに見えた。
「そんナもノ、きかヌ……」
「やってみないとわかんねーだろうが!」
しかし、志季はそれに怯むことなく突っ込んでいく。
幻妖は基本的に生き物の形を取っているため、心臓などの急所はその生き物とほぼ同じである。
おそらくだが、志季は短期決戦でまっすぐ心臓を狙うつもりなのだろう。
(でも、かわされる可能性もある。何とか一撃で仕留められるように、足止めしたいところだけど……)
その行動を予測した冬夜が、自分にできることを考えながら空を見上げた。
木々の隙間から少しではあるが、木漏れ日が落ちてきている。もちろん、幻妖も木漏れ日を受けていた。
(よし、これで行こう)
誰に見せるでもなく、冬夜は一つ頷く。それから大きく深呼吸をして、両手のひらを幻妖の方へと向けた。
これから志季を迎え撃とうとする幻妖の足元をまっすぐに見据えながら、すぐさま術を放つ。
「――影縫い!」
冬夜の腕時計が淡く発光すると、幻妖の頭上から差し込む木漏れ日が、大量の短刀のような形に変化した。
そのまま、まっすぐ頭上から降り注いで幻妖の影に刺さり、動きを封じる。
これは直接の攻撃はできないが、対象物の影をその場に留めて動けなくすることができるものだ。
とても初歩的な術で、もちろん光のある場所でないと使えない。
「よくやった、冬夜!」
動けなくなった幻妖の姿に、志季が嬉しそうな声を上げる。
すぐに幻妖の目の前まで到達すると、蒼月を一息で真横に振り抜いた。
「――蒼の一閃!」
青い軌跡が横に駆け抜けた後、幻妖の胸部からは緑色の血液が噴き出す。
「ガァァアア!」
途端に幻妖が悲鳴のような咆哮を上げ、苦しみ始めた。
冬夜は影縫いで、まだその動きを封じたままである。
少しして幻妖の姿が徐々に消え始めた頃、冬夜はようやく術を解いて志季に駆け寄った。
「志季、大丈夫!?」
「ああ、見ての通りピンピンしてるよ」
「確かに余裕そうだね」
そう言って冬夜が安堵の笑みを浮かべると、唯一まだ残っていた幻妖の頭部から、掠れたような声が発せられた。
「そのうチ、もっトおオきナじケンが、おこルぞ……」
それだけを言い残し、幻妖は完全にその姿を消したのだった。




