草原賊
「お頭、こいつ見たことないほどヘンテコな格好してますぜ。もしかしたら転生者かも」
「ふうむ……良し、ちょっと聞いてみよう。おいお前、言葉は分かるか? 一体どこから来た?」
「……!!」
奇妙な機械のアームに囚われた私は、そのまま船内へと引きずり込まれてしまった。まるでUFOキャッチャーの景品になった気分だ。淡い橙色の灯りが燈る船室には、数10名の武装した男達が集まっており、室内はぎゅうぎゅうになっていた。
「おい答えろ!」
先ほどからしきりに声を張り上げていた大きな男が、アームに拘束された私の首元を締め上げた。
「貴様、どこから来たんだ!?」
「………吉祥寺だ」
「キチジョージ? 聞いたことないな……どこの田舎だ?」
「ウィーケンドの……キチジョージだよ。知らないのか?」
そんなところはないが。まさかこの世界から来たのではない、などと言って信じてもらえるはずもないだろう。私の言葉に、男は首を傾げた。ただ、ウィーケンドという地方には聞き覚えがあったのだろう。
「ウィーケンド? 灰色の森を抜けてきたのか? あそこは魔物の巣窟だぞ。命がいくつあっても足りないはずだ。お前みたいなひよっ子が、どんな魔法を使ったんだ?」
「別に……いいところだったよ。もう一回行ってみたいくらいだ」
「何だと?」
「もういい、セト。離してやれ」
男の背中ごしに、先ほどから中央で私をじっと眺めていた青年が声をかけてきた。見た目はまだ若いが、彼がこの船の船長なのだろうか?
「お頭、殺しますか?」
「いや……牢にでも閉じ込めておけ」
首を締め上げていた男が、まるで夕食の献立でも聞くみたいにさらっと私の生死について尋ねた。他の面子より一回りも二回りも若い青年が、動けない私を冷たく一瞥し踵を返した。私は巨大なアームから解放されると、今度は大柄な男達によって瞬く間に縄で縛りあげられてしまった。
「待ってくれ! お前らは何者なんだ? 何故私を……」
「黙れ! さあこっちだ……さっさと歩け!」
それから私は船の奥の、鉄の檻の中に放り込まれた。男達は下せた笑い声を響かせ、そのまま階段を登り姿を消した。やがて静寂が訪れた。私は両手を縛られたまま、床に這いつくばり首を捻って辺りを見渡した。残念だが、暗くて何も見えない。冷たい船底が私の頬を冷やす。壁の鉄格子から、外の光だけが牢の中を照らしていた。
彼らは、海賊みたいなものなのだろうか? 船は海の上に浮かんじゃいないが……。あの若者……庄司と同じくらいの年齢だったが、彼がこの船を仕切っているのだろうか? 船には何人くらい乗っているのだろう? 一体何のために? 何も見えない暗闇に放り込まれ、頭の中で疑問だけが膨らんでいく。
「おい」
「うわっ!? ……え?」
突然、暗がりから声をかけられ私は飛び上がった。てっきり、私一人だと思い込んでいたが、先客がいたようだ。目を丸くして暗がりを見つめると、そこに二つの目が浮かび上がった。
「……猫?」
そこにいたのは、一匹の黒猫だった。いや、日本でいう猫っぽい姿形をしているが、何だかそれよりちょっと体が太ましい。それにヒゲが伸びきって、床にまでついてしまっている。そもそも私の知っている猫はしゃべらない。何だか貫禄のありそうな黒い猫型のナニカが、のっそりと暗がりから歩み寄ってきた。
「お前さん、どこ出身だ?」
「私ですか? あなたは……?」
「わしの名はミケ。本名はイトコンニャ=ヴュルフゲルド=ミケクリフというのじゃが、まあいい」
「ミケ……ですか」
黒い毛むくじゃらをまじまじと眺めながら、私は曖昧に頷いた。この際、おでんの具材や毛の色などどうでもいい。突然現れた話し相手に、それよりも聞きたいことがたくさんあった。
「あなたは彼らの仲間ですか? この船は一体? 彼らは何をやっているんです?」
「待て待て、落ち着け。一辺には答えられんわ。ほれ、窓の外を見てみろ。そろそろ始まるぞ……」
黒一色のミケが爪と牙で私の縄を器用に解き、窓の鉄格子を顎で指した。私は言われるがままに立ち上がると、恐る恐る窓の外を覗き込んだ。
「撃て! サンダーボルトだ!」
「!」
その瞬間、どこからともなく聞こえてきた号令が、船の外に響き渡る。窓から見える辺り一面がが眩い光に包まれたかと思うと、途端に轟音が響き渡り、巨大な船全体が揺れた。目を細めよくよく観察すると、船の上から数発の閃光弾が、掛け声とともに解き放たれていた。その度に、草原に巨大な焼け焦げた跡が残った。私は驚いて長いヒゲの猫を振り返った。
「な……何が始まったんです? 戦争ですか?」
「『転生者狩り』じゃよ」
「『転生者狩り』?」
私は言葉を失った。転生者狩りとは、一体何を意味するのだろうか? そういえば、船に囚われた時、彼らが私のことを『転生者』だと呼んでいたが……。やがて、獲物を仕留めたのか、光と音が止んだ。船の上の方では男達の鬨の声が響き渡り、それが船底まで届いてきた。
「……ファンタジアには、ひと昔前から異世界からの転生者が増え始めてな。チート能力とかいう不思議な異世界の力で、色々と迷惑しておった。あいつらは転生者を排除してるんじゃ」
「排除……」
「お前さん、蒼馬に乗ってきたじゃろう? あの馬はこっちの世界の人間しか持っておらん。運が良かったな」
ニャアア、と鳴き声を上げてミケが私に笑いかけた。景気付けに放たれた閃光が草原の空で大きな音を轟かせるのを眺めながら、私は苦笑いで冷や汗を拭った。