魔女狩り
「出ろ。お頭がお呼びだ」
その日の夜、突然照らされた光に目を覚ますと、牢の外で例の大男たちが私を待っていた。幸い、彼らにバレないように黒猫がもう一度私を縄で縛ってくれていたので、先ほどの出来事を疑われたり咎められることはなかった。こっそり牢内を見渡したが、いつの間にかミケの姿は煙のように消え失せていた。屈強な男達に廊下を連れられる間、草原の海に揺られ船全体がガタガタと鳴った。巨大な木造船の中を、私は黙って歩いた。
「入れ」
連れられて行ったのは、一際大きな船室だった。おそらく船長室だろう。扉には豪華な装飾が施されている。中に入ると、先ほどの青年が椅子に座って待っていた。華奢な体を背もたれに預け、何がそんなにおかしいのか、口元には余裕たっぷりの笑みが浮かんでいる。何やら偉そうな態度に、私は総務部の大石部長を思い出していた。
「お頭、例の男を連れてきました」
「ああ。お前達、もういいぞ。下がってろ」
「へい」
後ろ手を縛られた私を残し、手下の男達が引き上げていく。そのまま突っ立っていると、青年が机に肘をつきじっとこちらを見つめてきた。銀髪の髪に切れ長の青い目が輝く、中々の好青年だ。煌びやかな衣装を身に纏い、水晶のイヤリングやエメラルドのネックレスなど、全身を過剰なほどアクセサリーで着飾っている。まるで胡散臭い占い師のようだった。歳は庄司と同じくらいだろう、まだまだ若い。
「ウィーケンドの者よ。先刻の無礼は大変申し訳ないことをした。貴公、酒は飲めるか?」
「酒?」
歳の割に仰々しい気取った言い方に面食らいながらも、私は頷いた。どうやらまだ、私はウィーケンド出身だと思われているらしい。彼は椅子から立ち上がると、棚に並べられていたワインボトルを開け、血のように赤い液体をグラスに注ぎ始めた。アルコールの強い匂いが、部屋に広がっていく。青年が指を鳴らした。すると、たちまち私を縛っていた縄がスルスルと解かれた。
「これは……魔法?」
「そうだ。さあ、座ってくれ。貴公の話が聞きたい」
促されるままに椅子に座り、私は再び彼と向き合った。外には手下達が待機している。変な気は起こさない方がいいだろう。互いにワイングラスを掲げ、静かに乾杯した。
「それで……貴公、名前は?」
「……イトコンニです」
私はとっさに、先ほどの黒猫の名前を口にしていた。
「イトコンニ。私はツミレ。『オーデン最後の魔女』であり、今はデンオンデ号の船長だ。歓迎するよ」
ツミレと名乗った青年は、そう言って頭を下げた。若いのに、しっかりしている。言葉の節々から、気品のようなものが感じ取れた。この若さであれほどたくさんの手下を従え、巨大な船の舵をとっているのだから、きっと人気も実力も兼ね備えているのだろう。だが、どことなく演技をしているような胡散臭さを感じるのは、相手を疑いすぎだろうか。少なくともこの男は本心を晒してはいないと、私の心が警告していた。
「『草船』を見るのは初めてか?」
「ええ……こんなに大きなものは」
子供の頃近所の川辺で流して遊んでいた笹船を思い浮かべながら、私は曖昧にとぼけてみせた。
「先ほどの雷鳴は……一体何だったんです?」
「ああ、あれか。なんてことはない……転生者を攻撃していたのだよ。あらかた狩りつくしたと思っていたのだが、まだまだ異世界の亡者どもは底を見ないらしい」
ツミレが勝ち誇ったように笑った。転生者狩り……やはりミケの話は嘘ではなかったらしい。
「もちろん貴公は転生者ではないのだろう?」
何でもないようにさらっと、だが鋭く光らせた目をこちらに向けながら、ツミレが私に質問を投げかけた。私はミケとの会話を思い出し、慎重に頷いた。
「もちろん……」
「ふぅん……?」
舐め回すように、ジロリと彼が私を眺めた。私は話題を逸らした。
「あ……あー、それで、何故貴方は転生者を?」
「何故だと!?」
銀髪の青年が机を叩き、目を丸くした。私は慌てて頭を振った。
「何故今更、という意味です」
「今更も何も、私達は転生者を撲滅するためにこの船に乗ってるんだ」
彼は一気にワインを飲み干すと、言葉を荒げて話し始めた。
「『魔女狩り』を忘れたわけではないだろう? ふん、忌々しい国王め、あいつのせいで、この国の魔女はほとんど壊滅状態に追い込まれた」
「国王?」
私は思わず聞き返した。ツミレが眉を顰めた。
「知らないのか? ウィーケンドでも、多大な被害が出たと聞いていたが…」
「いえ、もちろん魔女狩りは知っています。ただ、あれを指示していたのが国王だったとは……」
背中に冷や汗をかきながら、私はなんとか取り繕った。魔女はまだ怪訝な顔をしていたが、怒りに任せ話し続けた。
「当たり前だろう。国王軍を動かせるのは王ただ一人だ。まあ異世界上がりのトウドウに、何故我がファンタジアの民が素直に従っているのかと言われれば、確かに驚きもするが」
トウドウ……息子の、庄司のことだろう。それにしても魔女狩りとは、ずいぶん物騒なことをやったようだ。
「あいつがかけられた呪いを知っているだろう。短命の呪い……いい気味だ……トウドウは呪いを逆恨みして、あろうことかこの国の魔女を攻撃し始めたのさ。我々のおかげで、癒しの力を手にいれたにも関わらずだ!」
酔いが回って来たのだろうか、だんだんツミレの顔が赤くなってきた。
「当然、我々は猛烈に反発した。ところがだ、奴らは奇妙な力を使った。『チート能力』だとかなんとか呼んでいたが、全く奇々怪界な……魔法理法則を無視した、悪魔の所業だ」
「チート能力、ですか?」
チート……テレビゲームなどで良くある、裏技みたいなものだろうか。いずれにせよ、凡人である我が息子がどのようにしてそんな奇々怪界な力を手に入れたかは気になるところだ。
「奴らはやりたい放題だった。時を停止したり、杖もなしに爆発を起こしたり……この世界の最先端を走っていた、オーデンでさえそんなことはできやしない。我々は瞬く間に殺されていった……」
「私ももちろん、命を狙われた。だがどこに身を隠そうとも、奴らは大軍で押し寄せてくる。まるでこっちの居場所が正確に把握されているようだった。そこで私は、転生することにした」
「転生?」
「勘違いするな。別の世界に逃げた訳ではない。誇り高きオーデンの魔女が、この国を捨てて逃げ出すものか……子供の魂を乗っ取り、肉体を転移させたんだ」
さらっと恐ろしいことを言ってのけ、ツミレはニヤリと笑った。逃げたほうが、まだ良心的だった気がする。見た目にそぐわない芝居がかった性格は、魂の転生を行ったからということか。自ら魔女だと名乗る青年・ツミレは、元々はもっと年配の女性だったのかもしれない。
「若い肉体を手に入れた私は、国王に復讐を誓った。同じく彼に恨みを持っているものを集め、今度は我々が逆に、トウドウと同じ転生者を狩る番だと誓ったのだ」
ワイングラスを傾けながら、ふと私は涼子さんのことを思い出していた。庄司が国王になって圧政を始めてから、異世界からの転生者は肩身の狭い思いをしていたことだろう。ツミレの目が、薬指につけられた巨大なダイヤと同じくらいキラリと光った。
「イトコンニといったか。この船は今丁度、王国に向かっている。どうだ、貴公も国王に恨みはないか? 一緒に転生者を滅ぼさないか?」
「……いいでしょう。ただし一つ条件がある。それは……」
私の言葉に、ツミレは興味深そうに目を細めた。やがて彼は膝を打った。
「決まりだ! ようし、今日はいい日だ。景気付けにもう一本血酒を開けようじゃないか!」
「誇り高き魔女に、乾杯」
私はグラスを掲げた。若い草原賊の船長もまた、嬉しそうに赤いアルコールを一気に飲み干した。
「アッハハハハ! いい気分だ……憎きトウドウめ、今に見ておれ。まずは手始めにあいつの娘、チクワブの首を取るとしよう!」




