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異世界冒険譚の幕引き

 「起立……礼ィ、着せぇき」

「ありがとうございましたあ……」


 同級生の無気力な号令が終わると、教室はそれまでとは一転、蜂の巣を突いたように騒がしくなった。それもそのはず、長かった本日の授業もこれでやっと終わりなのだ。早速部活動に向かう五厘刈りの少年、小動物のように身を寄せ合う少女達……その行動は実に様々だったが、皆先ほどまでの小難しい授業から解き放たれ、晴れ晴れとした表情をしている。クラスの誰もが放課後の開放感に酔いしれる中、その中でただ1人、憂鬱そうに机に顔を突っ伏したままの少年がいた。


 藤堂庄司18歳。他のクラスメイト達が教室を後にする中、彼だけが椅子に座ったまま動こうともしなかった。向こうから数名の男子生徒達が、そんな庄司を見かねて声をかけてきた。


「おい庄司、お前帰らねえの?」

「……悪りぃ。これから進路相談なんだよ」

「あー。お前今日だったっけ?」

「マジダリぃ……別にどこでもよくね?」


 上半身を机に預けたまま、庄司は顔だけ上げて疲れた表情を仲間に見せた。


「お前が早く決めないのが悪いんだろ?」

「別に俺は行きたくねえんだって」

「いいから今日決めちまえよ、転生先」

「……はぁぁ……」


 深いため息をつく庄司を一人残して、彼らは笑いながら教室を出て行った。


 進路相談。


 高校を卒業するまでに、3年生は自分の次に進む道を選ぶことになる。進学か、就職か……はたまた、転生か。庄司が異世界に旅立っていた約半年。いつの間にか日本は、転生することが当たり前になっていた。最近の1番人気はやはり、異世界転生だった。もちろん庄司の仲間達も、皆ここではない様々な別の世界に転生することを既に決めている。親も教師も当の本人達も、体験学習感覚で気軽に進路先に異世界を選んでいた。庄司はもう一度深いため息をつき、視線を窓の外に移した。


「はぁぁ……っつってもよぉ……」


 実際問題、庄司に進学できるほどの学はなかったし、真面目に就職するような覚悟もなかった。できるだけ学生の延長線上で、それでいてどこか刺激に満ち溢れ、尚且つ経験も積める場所……『そこ』が自分にぴったりだと言うことも、庄司には分かっていた。だが、それでも彼は中々進路先を絞れずにいた。


 実は、友達には黙っていたが、彼は一度異世界に転生していたのである。ここではない別の世界、ファンタジア。その未知の大陸を旅し、国王にまで上り詰めた英雄。それが半年前の彼の姿だったのだ。世界の半分どころか全てを手に入れ、毎晩酒池肉林の宴に酔いしれ栄華を極めた少年だったが、そんな彼にも異世界にはちょっとした『トラウマ』があった。だからこそ、気軽に進路先に転生を選べずにいたのだ。


「あ……もうこんな時間か」


 ふと黒板の上に掲げられた時計を確認し、彼は慌てて席を立った。約束の進路相談の時間が、もう5分も過ぎている。指導担当の山下先生は体育の教師で、時間にとてつもなく厳しいことで有名だ。庄司の顔がサッと青ざめる。急いで走ってはいけない廊下を走り、息を整える間も無く彼は1階の進路指導室に駆け込んだ。


「失礼します! すいません遅れまし……」

「おう庄司! 久しぶりだな!」

「た……?」


 青い顔をした庄司が目にしたのは、怒りの形相を浮かべる山下先生……ではなかった。

 黒い鎧に身を包んだ甲冑騎士。まるで異世界から飛び出してきたような存在が、何故か進路指導室の真ん中に立っていた。騎士は右手に巨大な剣を構え、あろうことか教室の床に突き刺して杖代わりにしている。その向こうで、教師の山下が机に突っ伏して気絶しているのが見えた。あまりの異質な光景に、庄司は思わず肩から落ちそうになった。甲冑の男は入り口で動けない庄司を見つめると、朗らかに手を振って仮面を取った。


「私だよ庄司! 脳内で会って以来じゃないか!」

「……親父!?」


 どこか聞き覚えのある、懐かしい声。その正体に、庄司は今度こそズッコケた。


「元気にしてたか!? 母さんは元気にしてるか? ハッハハハハ!」

「何しに来たんだよ!? つーかどうやってここに!?」


 誰かに見つからないように、慌ててドアを閉める庄司を見て、騎士は嬉しそうに笑い声を上げた。


 庄司の父親、藤堂蔵之介40歳。目の前で高笑いを決め込むこの謎の甲冑男こそが、異世界で頂点を極めた庄司をどん底に叩き落とした張本人だった。庄司がファンタジアにいた半年前。母親の病気を癒すため、呪いを受け入れ不自由になった身体を何とかしようと、彼は父親を異世界に招いたことがあった。血の繋がった父親の身体を乗っ取り、もう一度自由を手に入れようと画策したのだ。だが、40歳のサラリーマンは予想以上に異世界に適応して見せた。結局父親に返り討ちに遭い、庄司は自ら作り上げた楽園を追放される羽目になってしまったのだった。


「聞いたぞ庄司! 進路指導だって? どうして進路先にファンタジアを選ばないんだ? ええ? 父さんショックだぞ、ハッハハハハ!」

「やだよ! 何で俺がわざわざまたファンタジアに行かなくちゃいけないんだよ!」

「だってお前、あれほどファンタジアが好きだったじゃないか。今度こそなるんだろ? まともな王様に」

「勝手なこと言うな!大体よ、転生した親父のこの体、ちょっと臭えんだよ! 何で若返ってまで加齢臭出してんだよ!」

「みんな待ってるぞ。お前がこっちに戻ってから、ファンタジアでは20年近く時が経った。私ももう来年には還暦で、国王を引退するつもりだよ」

「みんなって……」


 庄司は眉をひそめた。向こうの世界で、庄司は高校生でありながら42歳まで年をとったことがある。日本とファンタジアでは時間の流れが違う。自分の父親が、少し見ない間にすっかり白髪になってしまっているのもそのためだった。


「あいつら……元気なのか?」


 向こうの世界で、庄司は4人の妻と13人の子供を作っていた。欲望と狂気に満ち溢れた毎日だったが、今となっては彼らの顔が懐かしい。それに、一緒に旅をして来た仲間達……急に彼らのことが気になりだして、庄司は床から父親を覗き込んだ。


「ああ。みんな元気だぞ。チクワブとエリィは結婚して子供も出来たし……」

「はぁ!?」

「それからツミレが魔法で、呪いを和らげてくれてな。彼女の研究によって、私もこうして一時的にでもこの格好で日本に戻れた訳だが……」

「呪い……解けたのか!?」

「いや、今はミケに呪いを『貸して』いる。今ファンタジア大陸の半分は、巨大化した猫が横たわっているよ。ハッハハハハ!」

「どんな状況だよそれ……」


 庄司の呆れ顔を、父親が豪快に笑い飛ばした。


「お前にはファンタジーが過ぎたかな?」

「……帰れよもう。俺は進路指導を受けに来たんだよ」


 おどけてみせる父親に、庄司は面白くなさそうに目を背けた。自分を異世界から追い出し、挙句ファンタジアに定着し人生を謳歌している父親が憎らしかった。あの時、勇者は自分だったはずなのに。一体どうしてこうなったのだろう。どこで道を間違えてしまったのだろう。もしあの頃に戻れるのなら、今度こそきっと……。そこまで考えて、叶わぬ願いを悟り庄司はガックリ視線を床に落とした。


「オトーサン。もうすぐゲート閉まるから……」

「分かった。もうすぐ行くよ。ほれ庄司、今月分の生活費だ。こないだとうとう、山奥のオディーン=ドラゴンを倒してな。大金が手に入ったんだ。ハッハハハハ!」

「何満喫してんだよ……」


 鎧に身を包んだ父親の後ろから、遠くの方で懐かしい声が聞こえて庄司は顔を上げた。いつの間にか父親の後ろ側、教室の真ん中に白い靄のようなものが浮かんでいた。あの輪がこちらと胃世界を繋ぐ『ゲート』なのだろうか?


「じゃあな庄司。久しぶりに会えて嬉しかったよ」

「…………」

「もちろん私もみんなも、いつでも何度でも待っているぞ。またお前が、ファンタジアの扉を開けるその時をな。そうなれば私も、全力でお前を迎え撃ってやる」

「もう帰れって!」


 庄司がそう声を張り上げた時には、もう既に甲冑の騎士の姿は教室にはなかった。まるで夢でも見ていたかのような、あっという間の出来事だった。後には何の変哲も無いいつもの日常の景色と、鈍器でぶん殴られて気絶している教師だけが残された。


「…………!」


 ふと、庄司の目にもう一つ異世界からの訪問者が残していったものが目に入った。


「これは……」


 それは、黒い剣だった。進路指導室にこんなものがある訳がないから、先ほど父親が置いていったものに違いない。庄司は恐る恐る手を伸ばし、その剣をそっと持ち上げてみた。


「勝手なことばかり言いやがって……」


 手のひらにずっしりと来る重さを感じながら、庄司は1人言葉を漏らした。もう一度、自分がファンタジアに旅立つ? 一体何のために? 敗北を喫し、地位も名誉も信頼も失った土地に、一体どんな顔をして訪れたらいいというのだろう? みんなに白い目で見られ、非難を浴びながら……それでも今度こそ、ファンタジアの繁栄を願うまともな国王を目指す?


 もし万が一そんなことになったら、今度は何の力もない状態で、国王になった自分の父親や仲間だった者たちと戦わなくてはならない。それに、呪いだってある。全てを解決するためには、ツミレ以上の魔法の使い手や、強力な味方を見つけなくては到底叶いそうにない。それに自分だって、もっと強くならなくては……。


「……見てろよ、クソ親父」


 残された教室の片隅で、庄司は拾い上げた剣を、もう一度ぎゅっと握りしめた。

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