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胃世界

 「どわあああああっ!?」


 巨大な飛行船が、あっという間に雲を突き抜け、暗闇の中に飲み込まれる。上下から迫ってきた硬い壁が、船の先端部分をいとも簡単に押しつぶした。それが巨人の……庄司の『歯』だと気づいた時には、すでに飛行船はその形を成していなかった。まるでプレス機のように容赦なく上下に動き続ける息子の歯を、私は逃げることもできずにただ呆然と眺めていた。


「助けてくれえええ!!」

「潰されるぅうう!!」


 船から投げ出され、唾液の海に溺れる兵士達が悲痛な叫び声をあげている。洗濯機の中に放り込まれたかのようにかき回される口内で、私は必死に船の残骸にしがみ付いた。


「おじさん! 危ない!!」


 ふと顔を上げると、舌の向こうでエリィが私の頭上を指差し、しきりに叫んでいた。その方角を見上げると、歪に尖った白い天井……庄司の奥歯……が、私を押し潰さんと迫ってきていた。咄嗟に剣を取り、黒光を白い歯にぶつける。歯の『硬さ』をなかったことにしようと試みた。しかし……能力が発動する前に、黒光は跳ね返されてしまった。『無知無能』。庄司の、ありとあらゆるものを防ぐチート能力だ。驚く間も無く、歯は目と鼻の先に迫っていた。


「……ッ!!」


 今まさに歯と歯の間で圧死しかけたその寸前、間一髪エリィの放った魔法が『私』に命中した。まるでゼリーになったかのように、体がぐにゃぐにゃと柔らかくなる。我に返った私は、慌てて再び開き始めた歯の隙間から転がるように逃げ出した。


「おじさあああん!!」

「エリィ! こっちは大丈夫だ!」

「ほんと!? 良かった……」


 見えない向こう側で、エリィの安心した声が聞こえてくる。エリィの機転で、私は何とか一命をとりとめた。


「飲み込まれるぞぉおおお!!」


 ホッと一息ついたのもつかの間、今度は口内が地殻変動を起こし、唾液の濁流が喉の奥へと流し込まれていく。


「ああああああああぁぁぁ……」


私達はあっという間に暗闇の中へと落ちて行った……。



「……ぁああああああ!!」


 やがて大きな水しぶきをあげ、私達は次の海へと叩きつけられた。水面に直撃した背中がビリビリと痛んだ。溺れてしまわないように、誰もが船の残骸に必死にしがみ付いてよじ登っていた。その中にエリィやツミレの姿を見つけ、私はホッと胸を撫でおろした。


「ここは……」

「……きっと胃の中、だね。さっきから独特の匂い……」


 胃液の海をかき分け近づいていくと、エリィが息を切らしながら顔をしかめた。なるほど口の中から奥へと流し込まれたのだから、次は巨人の胃の中には違いない。確かに息子の胃袋の中は、お世辞にもいい匂いとは言えなかった。まさか自分の最後が、息子に食べられて終わりだなんて想像もしていなかった。私達だけでなく、兵士達やチクワブまでもが見境なしに食べられてしまっている。ふと辺りを見渡すと、消化しきれなかった肉や骨の塊がそこら中にプカプカと浮いていた。


「冗談じゃないぞ! 何で私が食べられなきゃいけないんだ!」

「あっ……ちょっと、ツミレ様……!」


 木片の上でツミレが憤慨し、エリィから魔法の杖を引ったくった。


「『ライトニング』!! 雷よ降り注げ!!」


 彼女の詠唱とともに、暗い胃の海に眩い閃光が迸る。ツミレが得意の攻撃魔法を放ったのだ。私達も兵士達も、固唾を飲んでその様子を見つめていた。やがて柔らかそうな剥き出しの肉に直撃した雷は……かすり傷一つ負わせることもなく、厚い壁の前に無残に跳ね返されてしまった。


「…………」

「……おかしいだろ! 何で魔法が効かないんだよ!?」

「無駄じゃよ。国王は呪いによって命を落とすのを防ぐため、体を巨大化させ続けているんじゃ」

「『無知無能』。オトウサン、どンな魔法モ能力モ跳ね返ス。誰にモ負けないヨ」

「ミケ……それに、チクワブ」


 いつの間にかそばに寄ってきていた猫2匹が、肩をすくめた。今度はエリィがツミレから慌てて魔法の杖を取り返し、足場となる船を魔法で作ってくれた。私達は急いで魔法の船に乗り込んだ。ツミレはさっきまで自分達を監禁していた敵と一緒になるのを嫌がったが、彼女だっていつまでも胃酸の中に浸かっている訳にもいかない。私が手を差し出すと、渋々その手を握り返してきた。


「さて……予想外のことが起こってしまった。まさか我々まで食べられてしまうとは……」

「オトウサン、最近食欲オウセイだかラ……」

「ちょっと待て。『我々まで』ってことは、私達は元から国王の餌にするつもりだったのか」

「ふむ。それで倒せるも良し、倒せないも良し……」

「良い訳あるかァ!」


 ツミレと猫達がぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる中、私は泣き出しそうな顔をしたエリィを覗き込んだ。


「エリィ、大丈夫か?」

「うん……おじさん、僕たちどうなっちゃうんだろう……? ツミレ様の魔法も効かないって……」

「きっと大丈夫さ」


 私はエリィの髪をそっと撫でた。しかし、そうは言ったものの、一体どうしたら良いのか私にもさっぱり分からなかった。


 魔法も効かない。チート能力も効かない。おまけに敵の腹の中と来たもんだ。このまま胃に溶かされ、息子の養分として一生を終えることになるのか……。途方に暮れる中、エリィがポツリと呟いた。


「国王様はおじさんの息子さんなんだよね……? 何とか話し合って説得できないかなあ……?」

「バーカ……。こんなバケモンと話し合いなんてできるわけないだろ……」

「でも……心に訴えかければ、もしかしたら……」

「心なんてどこにあるってんだよ。そんなもん、身体中どこ探したってねえよ」


 騒ぎ疲れたツミレが、拗ねたように口を尖らせた。私は2人の顔を交互に見比べ、ふとあることを思いついた。


「そうだな……やってみる価値はあるかもしれない」

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