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エリンギ

 次に大男に案内されたのは、小綺麗な寝室だった。廊下の途中にあるそこには、簡易ではあるが2段ベッドや机まで備え付けられており、先ほどの牢屋とは全くの別物だ。ようやくツミレに仲間として認められたということか。


「今夜はもう遅い。もう寝るんだな……あー……」

「イトコンニだ。本名はイトコンニャ=ヴュルフゲルド=ミケクリフというのだがな。イトコンでいい」

「イトコン。ツミレ様にはうまく取り入ったようだが、ここでは力だけが全てだ。俺達が歓迎してるとは思わない方がいいぞ」


 ふと天井を見上げると、大男の冷えた目が私を見下ろしていた。私は肩をすくめ、無言で2段ベッドの下に潜り込んだ。今日は色々ありすぎて、40歳の体はもうとっくに悲鳴をあげていた。おまけにたっぷりとアルコールを胃に流し込んでいる。


「明日は朝7時起床だ。寝坊したらぶん殴ってやるからな」

「もういいだろ。眠らせてくれよ」

「ふん。せいぜい今のうちにいい夢みるこったな」


 男は捨て台詞を吐いて、大きな足音を立てながら寝室を後にした。洋燈の灯りを落とし、草原を行く船に揺られていると、私はあっという間に睡魔に襲われた。何せここに来てから、まともな寝床で寝た覚えがない。大概は蒼馬ロスカルの背中の上だった。


 そういえば、ロスカルはあれからどうなったのだろうか。この船にはいるだろうから、明日探してみなくては……。






「……きて」

「……て。おじさん、おきて。もう朝だよ」

「おじさん! おきっててば!」

「ん……」


 さっきから必死に体を揺さぶる何かに呼びかけられ、私は目を覚ました。重たい瞼を開けると、目の前に見知らぬ少女が立っていた。少女は私の視線に気づくと、ほっとしたように安堵のため息をついた。


「よかった。おじさんやっと起きてくれた。遅刻したらディコンにぶん殴られるところだったよ」

「君は……誰だ?」

「僕はエリン≡ギーサ。エリィって呼んで。おじさんの上に住んでるんだよ」


 そう言って少女は2段ベッドの上を指差した。


「早くいこ。今日僕達は掃除当番だから」

「待て……待ってくれ。私は朝は強くないんだ。腰が痛くなる。まずラジオ体操してから……」

「いいから、早く!」


 少女に腕を引っ張られるままに、私は船の中を歩いて行った。時々船員とすれ違ったが、皆眠そうにしていたり、リラックスしたムードで私達に構うものはいなかった。まだ半分夢の中を彷徨いながら、私は前を歩く少女に尋ねた。


「あー……エリィ? 我々は一体どこに行くんだ?」 

「食堂だよ。ツミレ様が起きる前に、食堂の床をピカピカに磨かなくっちゃ。ほら、ここ」

「食堂?」


 連れてこられたのは、一際大きな部屋だった。私は目を丸くした。ゆうに30人は座れる長い机が3列は並び、天井にはシャンデリアがぶら下がっている。おかしい。明らかにこの部屋は大きすぎる。こんな体育館ホールみたいな大部屋があったら、それだけで船の中はいっぱいだ。


「さあ、僕は雑巾をかけるから、おじさんはそっちから箒をお願い」

「お願いって……2人でやるのか?その、魔法みたいに広すぎじゃないか?」

「いつもは、僕一人でやってるよ」

「君は掃除係なのかい?」

「違うよ。僕は掃除兼、料理洗濯飼育教育その他雑用係さ。そしておじさんは、今日からその僕の見習いってわけ。僕の言うことは、聞いてもらわなくちゃ困るよ」


 エリィが嬉しそうに白い歯を見せた。自分の部下ができてたまらなく嬉しいらしい。なるほど、きっとこの少女はこの船の新参者である私の、教育係も兼ねているのだろう。この船で生きていくためには、私はこの子の部下として役割を全うしないといけないようだ。私は欠伸をしながら、差し出された箒を渋々手に取った。


「……エリィ……君は……いつからこの船に!?」


 部屋の隅を掃除しながら、私はスイスイと泳ぐように雑巾をかけていく少女の背中に声を張り上げた。全く、活発な女の子だ。まるで100m走でも走るようなスピードで、どんどん床を磨いている。その姿に私は舌を巻いた。


「僕は……ずっと……最初から……この船にいるよ!」


 もう向こう側の壁まで到達してしまった彼女が、遠くの方から私に大きな声で返事を返した。早朝の食堂には私達しかいない。声は天井高くまで響いてわんわんとこだました。それに負けじと私も大声を出す。


「君の……ご両親は!?」

「いないよ! ……国王軍に……殺されちゃったから!」

「!」


 私は絶句した。エリィが向こうから爆走してきて、呆然と立ち尽くす私の横でピタリと止まった。不思議そうな顔で私を見上げる。


「どうかしたの?」

「いや……すまない」

「なんで謝るの?」

 私は俯いた。

「辛いことを、思い出させてしまったね……それにしても、こんな幼い少女を一人残して……!」

「僕、男だよ?」

「え?」


 顔を上げると、エリィが屈託のない笑顔で嬉しそうに白い歯を見せていた。


「僕の体、ツミレ様に取られちゃったんだ。転生魔法……代わりに、僕の魂はほら、ツミレ様の体の中に閉じ込められてる。いつか国王軍と戦う時に、僕をカゲムシャにするんだって」

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