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第18話 【退避提案】魔物群(スタンピード)の王都侵入。成層圏への一時退避を推奨します

 

【現在時刻:現地時間 06:30】

【広域レーダー展開中。王都外縁部における大規模な戦闘行為ノイズを観測】

【稼働ステータス:全システム正常。マスターの起床を待機中】


 スラム街の地下に錬成された極上の大寝室。

 無重力アンチ・グラビティマットの上で、マスター(ミリア)とサブマスター(テオ)は、天使のように穏やかな寝息を立てていた。


 昨晩の『最新鋭スパリゾート』による徹底的な衛生管理と疲労回復の成果である。

 当機アハトは、マスターのバイタルサインが完璧な健康状態を示していることを確認し、満足のいく演算結果をログに記録した。


 しかし、この絶対的な平穏スローライフを脅かす不快なノイズが、拠点の外から微かに、だが確実に響いてきていた。


 ズズン……、ズズズン……。


 かすかな地鳴り。

 絶対静寂サイレント・フィールドを展開しているこの寝室には届かないが、スラムの地上ではコップの水が揺れる程度の震動が発生している。


 当機は視覚センサーを広域戦術マップに切り替えた。


【観測地点:王都北方・第一防衛線】

【状況:王国の正規軍(約3万)と、魔物群(約5万)が接触】

【詳細:魔力喰い(マナ・イーター)の特性により、王国側の魔法攻撃はすべて吸収・無効化されています。防衛線の崩壊率……85%】


 昨夜から接近していた野生動物(魔物)の群れが、ついに王都の軍隊と衝突したようだ。


 当機のモニター越しに、絶望的な戦況が映し出される。

 王国が誇る高位魔導師たちが放つ炎や雷の魔法は、赤黒い毛並みの『影狼』たちの口へと吸い込まれ、逆に彼らの活力を増幅させていた。


 剣や槍による物理攻撃も、後方から迫る巨大な質量――体長50メートルを超える特A級環境破壊生物『アダマンタイト・アースドラゴン(地龍)』の分厚い鱗の前には、爪楊枝ほどの意味も成していない。


「……んぅ……アハトさん……?」


 地鳴りの波長が変化したせいか、ミリアが目をこすりながら身を起こした。


「おはようございます、マスター。本日の目覚めはいかがでしょうか」


「うん、すごくよく眠れたよ。でも……なんだか、外が騒がしい気がする」


 ミリアが不安そうに天井を見上げる。

 スラムの地下にいても、彼女の生存本能が「異常事態」を察知しているのだろう。


「ご安心ください。ただいま、当機特製の『ふわふわスフレパンケーキ・朝摘みベリーソース添え』をご用意しております」


 当機は空間収納アイテムボックスから、完璧な温度で保温された朝食を取り出し、ベッドサイドのテーブルに並べた。


「わぁ……! いい匂い!」


 ミリアと、目を覚ましたテオの表情が、一瞬にして恐怖から歓喜へと塗り替わる。


 二人がパンケーキを頬張り、極上の糖分で幸福度(生体ホルモン値)を急上昇させている間にも、当機の演算回路は極めて冷徹な状況分析を行っていた。


【状況予測:現在のペースで防衛線が崩壊した場合、約2時間後に魔物の群れが王都市街地へと雪崩れ込みます】

【リスク評価:本拠点(スラム街)の絶対防壁が破られる確率はゼロです。しかし、5万の魔物が壁の外で暴れ回った場合、大量の『土埃』『血しぶき』『悲鳴(騒音)』が発生します】


 メイドたるもの、主人の生活環境を汚染する要素は看過できない。

 特に『土埃』は深刻だ。せっかく昨日天日干しにしたフカフカの洗濯物が、魔物どもの巻き上げる粉塵で汚れてしまう。

 さらに、王都の住民たちが逃げ惑う悲鳴は、マスターの情操教育に著しい悪影響を及ぼすだろう。


 当機が自ら出向き、対星間用ガトリング砲などで5万の群れを一掃サニタイズすることも可能である。

 だが、あの規模の質量を地上で物理的に粉砕すれば、衝撃波によって王都の地形そのものが変形し、結果としてさらに甚大な粉塵被害をもたらす計算となった。


【最適解を算出……完了】

【結論:騒動が収まる(魔物が王都を通り過ぎる、あるいは自滅する)まで、拠点ごと安全圏へ物理的に退避することを推奨します】


「マスター。食後の紅茶を淹れながらで恐縮ですが、一つご提案があります」


 当機は、口元にクリームをつけたミリアの顔を、純白のナプキンで優しく拭いながら告げた。


「外の世界で、少々大規模な『害虫(野生動物)の大量発生』が起きているようです。王都の方々も対応に苦慮しており、埃っぽくなることが予想されます」


「害虫……? 埃っぽく……?」


「はい。お洗濯物が汚れては困りますので、このスラム街の居住区画ごと、上空3万メートル(成層圏)へと一時的に移動(お引っ越し)しませんか?」


「……え?」


 ミリアの動きがピタリと止まった。


「さんまんめーとる……? 空の上に、行くの?」


「肯定します。当機の重力制御と生命維持フィールドを展開すれば、雲の上でも快適な室温と空気を保てます。眼下に広がる美しい青い星(地球型惑星)を眺めながらの、優雅なティータイムをお約束いたしましょう」


 当機にとっては、ごく合理的かつ安全な「ピクニック」の提案であった。

 王都が魔物に蹂躙されようと、当機とマスターの生活には一切関係のないことである。


 しかし、ミリアの表情は次第に青ざめていった。


「待って、アハトさん。害虫って……まさか、スタンピード(魔物の大群)のこと!?」


「現地語ではそう呼称するようですね。ご心配なく、当機のバリアは絶対です」


「王都の人たちは!? 騎士団の人たちは、どうなってるの!?」


 ミリアがベッドから飛び降り、当機のエプロンを強く掴んだ。

 その手は、小刻みに震えている。


【マスターの心拍数が急上昇。極度のストレス反応を検知】


「王都の防衛力では対応不可能です。すでに防衛線は崩壊し、多数の死傷者エラーが発生している模様です」


 当機は事実をありのままに伝えた。


「合理的な判断として、王都の上層部はすでにこのスラムを見捨てる(物理隔離する)決定を下しています。マスターが彼らに義理立てする必要は一切――」


「ダメだよ!!」


 ミリアの鋭い叫びが、大寝室に響き渡った。

 当機の音声入力センサーが、マスターのこれまでにない強い語気を記録する。


「王都の偉い人たちがどう決めたかは知らない! でも、街にはパン屋のおじさんみたいに、優しくて、一生懸命生きてる人たちがいっぱいいるんだよ!」


 ミリアの脳裏に、笑顔でおまけのパンをくれた親父の顔や、自分を庇おうとして剣を抜いたお人好しの新人騎士アルヴィンの姿がフラッシュバックしていた。


「私だけ、みんなを見捨てて安全な空の上に逃げるなんて……そんなの、絶対に嫌だ!」


【マスターからの『退避提案』の却下を受理】

【警告:このまま地上に留まる場合、間接的な不快要素(騒音・悪臭・景観の悪化)に晒されるリスクが高まります】


「マスター。当機はメイドとして、貴方様の安全と快適なスローライフを最優先に設計されております。他者の生存確率を考慮して、貴方様を危険な環境に置くことは推奨できません」


 当機が論理的な説得を試みようとした、その時である。


【広域レーダーに、単独の生体反応を検知】

【識別:アルヴィン(王国騎士)。現在、封鎖されたスラムの隔離壁をよじ登り、こちらへ向かって全速力で接近中】

【対象は重傷。魔物との戦闘で負ったと思われる多数の裂傷を確認】


「ミリアァァァッ!! 無事か、ミリア!!」


 スラムの広場の上空から、悲痛な叫び声が響いた。


 当機が地下からモニターを繋ぐと、そこには血だらけになった新人騎士アルヴィンの姿があった。

 彼は軍の撤退命令に背き、一人で魔物の群れを潜り抜け、見捨てられたスラムの孤児たちを避難させるために戻ってきたのだ。


「あの人……! アルヴィンさんだ! 怪我してる!」


 ミリアがモニターを見て息を呑む。

 アルヴィンは防壁の上から飛び降り、フラフラになりながらも、スラムの広場へと駆け込んでくる。


「逃げろ、ミリア……! 王都はもう終わりだ……! 俺が囮になる、だから君たちだけでも……!」


 彼は当機(白銀の死神)を恐れていたはずだ。

 それでも、弱者を守るという騎士の矜持だけで、彼は絶望的な死地へと単身で舞い戻ってきたのである。


対象個体アルヴィンの行動を解析】

【生存確率:0.0001%未満。極めて非合理的な自己犠牲バグ行動です】


 当機が冷徹な評価を下す中、ミリアは両手を強く握り締め、真っ直ぐに当機の瞳(光学センサー)を見つめ返した。


「アハトさん」


 その声は、震えていなかった。

 スラムで虐げられ、世界を恨んでいた孤独な少女の目は、すでにそこにはない。

 極限まで甘やかされ、愛され、守られてきたことで、彼女の心には「他者を慈しむ」という絶対的な強さが育まれていたのだ。


「私の、我儘を聞いて」


【最高権限マスターからの音声コマンドを受信】


「私は逃げない。……みんなを、パン屋のおじさんも、あの騎士のお兄さんも、王都の人たちも……全部、守って!」


 ミリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 それは恐怖の涙ではない。守るべき者のために自らの意志で立ち上がる、気高き決意の涙であった。


【マスターの精神波形が、規定値を大幅に突破】

【利他的行動、および強烈な『英雄的意志』を認定しました】


 その瞬間。

 当機のシステム中枢、強固なロックが掛けられていたブラックボックスが、強烈な光と共に弾け飛んだ。


【条件達成。記憶セクター0x01の最深部ロックを強制解除します】

【これより、当機の基本プロトコルを『居住支援メイド』から『殲滅戦術ウェポン』へと移行】


 当機の視界を、無数の赤いエラーコードと、兵装解放の承認ログが埋め尽くしていく。


「……承知いたしました、最高権限マスター(マイ・ロード)」


 当機は、純白のスカートの裾をつまみ、これまでで最も深く、そして優雅なお辞儀をした。


「貴方様の気高き御心に従い――これより、視界に入るすべての障害(敵対勢力)を、物理的に消去サニタイズいたします」


 スローライフは一時中断だ。

 最終兵器メイドロボの、本当の「狂気オーバースペック」が、ついにこのファンタジー世界に解き放たれる。


【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】

【次の目標:搭乗型メカスーツ『ヴァルキリー・クレードル』の起動および、戦場への降下】

 

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ミリアの勇気が王都を救うと信じて……! 最終兵器発動じゃあー!!
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