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ヒア・カムズ・ガールズ  作者: リクシキ
BATTLE02
10/22

/4

 感情の起伏の激しいメアリのことだから、少女が去ってもその場に立ち尽くして動かないでいるのは泣いているからだとりうは思っていた。いまからすれば、泣いていた方がましだった。りうが恐る恐る声をかけた時、メアリは空っぽの表情でそこにいた。熱さも、あるいは冷たさもない。それでいて虚無でもなく――ただそこにあるだけの、置物のような存在感。

 そしてメアリは、誰に言うでもなく自分と少女の関係を簡潔に告げた。


「奏江は……知り合い、です」


 少女――戸枝奏江と古い知り合いたが、いまはもう関係ないと。

 誰もそれ以上は聞けなかった。

 りうも、露も、絵里ですら、その時のメアリにどう接すればいいのかわからなかった。

 そんな硬直した状況を救ったのは、店にやってきた麗だった。麗が来店したのは偶然でなく、一年生が来たのを確認した絵里がせっかくなら全員で集まろうとメッセージを送っていたのだという。麗が到着したのは例の邂逅のあった五分ほど後のことだった。

 麗は店に到着してすぐ、その場の異様な雰囲気に気が付いたようだった。椅子を借りて作業台のあたりに座り無言のまま固まった三人の一年生と、それを接客しながら心配そうに見つめる絵里の姿を見た麗は、絵里にはバイトが終わったら来るようにと告げると一年生三人を半ば強引に店から撤退させ、近くの喫茶店へと連れ込んだ。

 この時ばかりは、露も麗に対して敵愾心を見せなかった。そこまでの余裕はなかったらしい。露は購入したばかりのアケコンを袋ごと胸に抱えて、おろおろと所在なさげだった。

 りうは、りうもやはり混乱していた。そしてそれはいつもと違う混乱だった。普段のりうなら混乱しながらでも停止することはないのだが、この時ばかりは何をしていいのか完全に見失っていた。悩むことすらできずにいた。

 そうなった原因はやはりメアリだった。放心状態のメアリは何も言わず、自分からは何もせず、それでも場所を移動するとなると妙にしっかりした足取りで三人の後についてきた。うまく感情が読めず、想像もできない。それがりうを不安にさせた。


「――で、どうしたのかな?」


 喫茶店に入り席に着くと、三者三様の一年生を前に、麗はいつもどうりの軽い調子で尋ねた。

 一年生は誰もなにも言わなかった。言えなかった。

 麗はじっと黙って三人の様子を観察していたが、しばらくするとため息をついて、それからぽつりと言った。


「……甘いものだな」


 ひとり頷いた後で麗は店員を呼ぶと一番のお気に入りだというパンケーキを四つ注文した。


「先輩からの奢りというやつだ」


 しばらくして四人の前に運ばれてきた皿が並ぶ。皿の上に乗ったパンケーキは通常想像されるモノより薄く、それが多層に重なっていて、一つ一つの層からは琥珀色をした見るからに甘そうな蜜がトロリと流れだしていた。


 さらにその傍には山のようにそびえる生クリームが添えられている。


「……パンケーキとホットケーキの違いについて考えたことがあるんだ。というか、いつも考えるんだよ。注文した後とか、こうやって目の前にしたときとかに。でも結局、答えを出す前に美味しいからどっちでもいいかって思うんだな。うん」


 麗はナイフとフォークを構えると、慣れた手つきで目の前のパンケーキを解体しはじめる。


「悩んでるときは甘いもの。って、聞いたことない? 単純だけど、あれは結構効くもんだと、私は思うんだよ。まあ、甘いものが苦手な人もいるから一概には言えないけどさ」


 切り出したパンケーキに生クリームを載せ折りたたみ、たっぷりと琥珀色の液体の中を泳がせた後で麗はためらいなく口に運んだ。


「…………うん、美味しい」


 言葉通り、至福の表情を浮かべた麗は次から次へと切り取ったパンケーキを口の中に放り込んでいく。あっという間に皿の上から半分以上のパンケーキが消えた。


「何がしたいんです?」


 そう言ったのは露だった。露は呆れたような表情で麗を見る。


「なにって、パンケーキを食べたんだよ。美味しいぞ」

「そんな場合ですか?」

「知らない。何があったかよくわかってないし。けど、パンケーキはいつ食べたっておいしいんだ。甘味の魅力には抗いがたいものがあるからね」


 会話をしながらも麗はパンケーキを食べ続ける。


「そんなの、馬鹿みたいです」

「そ、馬鹿みたいだ。でも、パンケーキを前に何にもしないのだって、同じくらい馬鹿みたいだと、私は思うね」


 麗はそう言うと露の前に置かれていた皿に手を伸ばし自分の方へと引き寄せた。


「…………なにしてるんです?」

「食べるんだよ。自分の分はもう無くなっちゃったし、残すのはもったいないだろ」

「……そうですか。いいんじゃないですか。私は、食べませんから」


 露はふいっと顔をそむける。


「……わたし、食べようかな」


 そう口にしたのはりうだ。


「え?」


 露が裏切られたといった表情でりうを見る。


「た、食べるんですか?」

「だって、おいしそうだよ。匂いがずるいよ」


 甘く香ばしい香りがテーブルの上に充満している。それを嗅いでいるうちに、りうは徐々に自分を取り戻していた。


「そ、それはそうですけど……ああ! 何してるんですか!」


 二枚目のパンケーキにナイフを入れようとする麗に気づいた露が大声で制す。


「なにって、食べるんだって」

「だめです! こういうパンケーキはケーキにするんです!」

「はぁ?」

「いいですか」


 露は奪われた皿を自分のほうに引き戻すと、ナイフとフォークを器用に使ってパンケーキの層を一枚一枚剥がし始めた。そしてその一つ一つにクリームをたっぷり塗り込めると、元の形になるように再度積み上げていく。


「こうすることによって、全体に均等な味わいが再現できるんです」

「美味しくなさそうじゃないかい?」

「美味しいですよ!」


 露はむきになって反論し、麗に見せつけるように自作のパンケーキケーキを口に運ぶ。


「あー、ほらおいしー」


 うっとりとした表情を見せる露を横目に、りうも自分のパンケーキに手を付ける。切り分けた初めの一口には生クリームをのせずに、そのまま食べた。口の中でとろけるような優しい生地の味に、メープルシロップの甘さと溶けたバターの風味がまろやかなアクセントを作っている。美味しい。それに、ほのかに温かい。


「……メアリちゃんも、食べない?」


 そうするべきだと思った。


「………………わたしは――」

「食べよ? 一口だけでも、温かいうちにさ」

「…………」


 りうに勧められ、メアリはナイフとフォークを手に取る。それは喫茶店へついてきた時と同じ、感情の乗らない機械的な動作だった。メアリは端の方を小さく切りとり、自動装置のように無感動なまま口へと運んだ。


「…………」


 咀嚼して、飲み込む。

 メアリの目から、涙の粒が一つ、頬を伝っておちた。


「…………」

「…………」


 メアリは、泣いていた。


「美味しいかい?」


 麗がたずねると、メアリは頷いた。


「そうか。ならまずは食べようじゃないか。話をするにせよ、そっとするにせよ、すべてはそれからさ」


 そんな麗の言葉に押されて、一年生の三人は黙々とパンケーキを平らげていった。そのうち絵里がバイト先のエプロンをつけたままの格好で店に現れた。


「えっと、大丈夫なの?」

「ここのパンケーキは良く効くからね」


 空いた隣の席に腰かけた絵里に麗は笑顔を見せる。すると絵里は安心したように笑顔を返した。それから、人数分の飲み物が運ばれてきたところで、改めて状況を確認することになった。


「――つまり、剣崎が昔の知り合いに会った、ってそれだけの話なのか」


 麗が大雑把にまとめる。しかし確かに言われてみればそれだけの話ではある。


「それだけ、じゃないですよ。色々あるんです。雰囲気とか、あったんです」


 すっかり調子を取り戻した露が、麗専用の棘を見せる。パンケーキを食べた直後はそれほどでもなかったのだが、麗が上着を脱いでそ胸部の豊満さが確認されたあたりで急激に尖った。


「ふーん、雰囲気ね。それは実際、剣崎は何がどうして、どういう気分だったわけさ?」

「えっ……」


 あまりにストレートな麗の質問に、メアリは答えに詰まる。


「そんな、メアリさんだってきっと色々あるんですよ! そんないきなり、デリカシーがないです!」

「デリカシーって、知りたいことがあるなら素直に聞くべきだって。気を回したつもりで遠回りの質問して、核心に触れるどころか距離が離れてくなんてありがちだろ」


 麗の意見にはりうも賛成だ。最短の道なら迷うことも少ない。でも――


「――いやだったら、答えなくたっていいんだよ」


 言いたくないこと、話したくないことまで知りたいわけじゃない。


「そうですよ」

「……大丈夫。大したことじゃ、ないから」


 メアリは眼鏡をはずして脇に置く。眼の周りが赤く腫れ、酷く疲れた顔をしていた。そんな顔だが、りうからすると先ほどの空っぽ顔よりはずいぶんましに見える。


「……奏江とは、昔、よく対戦してて――、わたしが、最後に勝てなかった人、です」

「それって――」


 メアリが格闘ゲームから距離を置いた切っ掛けの人物ということだ。


 ――だから、か。


 それはつまり、メアリがもっとも遠ざけたいと思っているモノのはずで、であればあの反応にも納得がいく。


「――けど、なんか、いい人っぽかった……よね」


 りうの奏江に対する印象はそれだ。悪い人には見えなかった。


「いい人、だよ。ただ、私は嫌われてる、みたい……」

「それって原因とか、あるの?」

「わからない」


 りうの質問にメアリは首を横に振ったあとで「けど」と続けた。


「けど、何かしちゃったんだと思う。昔の私は、ゲームが強ければいいって、他のことを考える余裕、なくて……」


 メアリは肩を落としてうなだれた。


「なんにせよ、過去の話って訳だ」話を聞いていた麗があっけらかんとした様子で言う。「謎も解けたし、すっきりだね」

「なに満足してるんですか」

「なんで? 満足しないの? 原因ははっきりしてるみたいだし、何より剣崎の問題だろ。私たちの問題じゃない。できることがあるならまだしも、何もできないだろ?」

「それは――」


 露は何か文句を言おうとして、その言葉を飲み込んだ。うまい反論が見当たらなかったんだろう。確かに麗のいう通りだ。何かをすればそれで解決、という様な類の話ではない。

 出来ることがあるとすれば、普通にしていることだろう。

 今まで通り。


「大丈夫だよ」


 りうはメアリに向かって言う。根拠はないし、そもそも何が大丈夫なのかもわからないが、そう伝えたかった。


「大丈夫」

「………………」


 メアリは無言だったが、りうの視線を正面から受け止めていた。


「そうですよ! メアリさんは良い人です! 嫌うほうが変なんですよ!」

「そんな単純な話じゃないんじゃないの」


 露がぷりぷりと怒り、麗が笑いながらツッコミを入れる。


「ふう」


 と、いままで様子をうかがっていた絵里が息を吐く。


「とりあえず、みんな多少の気分転換は出来た感じなのかな?」

「気分転換というか、ちょっと驚いちゃって混乱してましたけど、わたしは落ち着きました」


 メアリのことは気になるが、状況が整理できたのでりうとしてはスッキリしていた。露もどうやら似たような心持ちのようだ。


「わたしも、大丈夫です!」

「メアリさんは、どうかな?」

「……すこし、落ち着けたと、思います」


 とはいうものの、メアリがまだ不安定でいるのは身にまとった雰囲気で分かる。だからそのセリフはメアリなりの強がりと気遣いだろう。


「そっか」

 

 おそらく絵里はそのことに気づいていただろうが、あえて言葉の額面どうりに受け取ることにしたようだった。


「じゃあ、大丈夫だね」


 しばらく会話を続け、笑い声が話に混じるようになった辺りで、絵里は手元の時計に目を落とした。


「わたし、そろそろ戻らないと。休憩時間に抜けてきたから。お会計は――」


 財布を取り出そうとする絵里を麗が手で制す。


「いいよ。ここは奢り」

「いいの?」

「可愛い後輩と、絵里のためならね」

「何言ってるの」絵里は笑って、「じゃあ麗、あとよろしくね」喫茶店を出ていった。

「絵里は――」


 絵里の姿が見えなくなって、麗はふと独り言のように話し始めた。


「――絵里は、去年三年が引退してからずっとひとりで格ゲ部の活動をしていて――ときどき私が対戦の相手をしたりはしてたけど、レベルもつり合ってないから、あまり練習にもなってない感じで……歯がゆかったんだけどね。けど今年は三人も部員が増えて、それに――」


 麗は視線を手元のカップからメアリに移す。


「――剣崎さん。実力者のキミが相手をしてくれるから、絵里はずっとイキイキしてる感じだよ。ありがとうね」

「……そんな、わたし――」


 暗い表情で否定しかけたメアリに、麗が強引に割って入る。


「どういたしまして。返事をするなら、どういたしまして、がいいかな。で、よかったらこの先も、絵里の相手をしてやってくれよ」


 真剣な顔でじっとメアリを見ていた麗は、返事を聞く前にその視線を横に並んだふたりに向ける。


「日野さんも――露の介もな」

「つっ!? つゆのすけっ!? なんですか、その変な呼び方!」


 腰を浮かして抗議する露に、麗はニコニコと例のどこか曲者っぽい笑顔を浮かべて応じる。


「いやあ、なんか似合う気がして」

「まじめに聞いてたんですよ!」

「まじめだよまじめ。全部本当にまじめだって」


 はっはっはと麗は大きな声をあげて笑った。

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