最終話 鬼ごっこ
イリアナはジオラルドと婚姻して3年が経った。
二人の子供に恵まれ、慌ただしくも幸せな日々を送っていた。
「リア」
イリアナは懐かしくて愛しくてたまらない声を聞いた。
イリアナは第二王子殿下が笑ってる夢をみた。
『最期に会った日から殿下が夢に出てきたのは初めて。
もう、私に残された時間はあとわずか。
遺書はずっと前から書き終えている。
子供達は元気でみんなが大事に育ててくれる。
レオ様はセイン兄様をボロ雑巾のように使ったりしない。
アマルも、もう一人じゃない。
呪術師達もうまく国に馴染んだ。
アベルトもエレイン様も幸せそうにしている。
ジオもマナ侯爵として務めを果たしている。
もう私がいなくても大丈夫。
でも…………』
イリアナは隣で眠っているジオラルドを起こした。
「どうした?」
「ジオ、ごめんね。もう時間がないみたい」
「は?」
「私ね、殿下の気持ちがわかった。遺して逝くのもつらいんだ。ジオ、私はジオのおかげで幸せだったよ」
「リア?」
ジオラルドはイリアナの様子に戸惑った。
イリアナは戸惑う夫に優しく笑いかけた。
「ジオのおかげで生きようと思ったの。ジオ、愛しているわ。殿下と一緒に待ってるから」
「リア、なんで」
「子供達を見届けてあげて。もう少し一緒にいたかったけど後悔はないわ」
「リア、医者を」
「いらない。もう力が入らない。最後はジオの傍で眠らせて」
「嘘だろ、リア、俺はお前がいないと」
「ジオは大丈夫よ。私のかわりに子供たちを守って。ジオが困ってもみんなが助けてくれるから。私は幸せだった。空っぽな私に光をくれたのはジオだもの」
「俺はお前になにも」
「真っ暗な世界に光をくれたのはジオだよ。貴方に愛されて幸せだった。ジオ、ちゃんと子供達を見守ってから来てね。子供達に私のジオを貸してあげる」
「俺には後を追うなと」
頼もしくなったはずの夫の不安に揺れる瞳にイリアナは愛されてるなと場違いなことを思った。
イリアナは最後の力を振り絞ってジオラルドの頬に手を添えた。
「うん。ごめん。だって愛する子供達の将来が気になるもの。ジオ、お願い」
「俺がお前のお願いに弱いって知ってるよな」
「うん。ジオのことは誰よりも知ってる。私が特別だって。ちゃんと待ってるわ。また捕まえてくれるでしょ?」
「リアは捕まえてもすぐに逃げ出すだろ?」
「もうやめる?」
「まさか。どんなに時間がかかっても捕まえるよ」
「ゆっくり待ってるね。私はジオにしか捕まらないから安心してね」
「第二王子殿下に夢中で俺のこと忘れない?」
「忘れないわ。殿下とジオは別だから。私は殿下みたいに、私を忘れて幸せになんて言わないけど」
「俺にはリアだけだから。世継ぎももういるし、女もいらない」
「知ってる。でもジオの幸せを願うわ」
イリアナは目を閉じた。
ジオラルドの頬に添えられた手が力なく落ちた。
「リア、起きて、嘘だろ!?リア」
ジオラルドがイリアナの体を揺するも目を醒まさない。
イリアナの体は冷たかった。
「リア、俺はお前がいないと駄目なんだよ。俺はお前が思うほどしっかりしてない。なぁ、起きてよ。頼むから」
ジオラルドはイリアナの亡骸を抱いて願うしかなかった。
「はじめましてかしら」
ジオラルドは聞いたことのない声に顔を上げた。
「ランか?」
「ええ。私は主の命令でイリアナに仕えていたわ」
「真の主は第二王子殿下か」
「ええ。イリアナも知らないわ。私は主に託されたの。もしイリアナが禁呪に手を出して、命が尽きる時にまだ生きたいと願うなら」
「リアは助かるのか?」
「代償がいるわ」
「やる。リアのためなら」
「払うのはイリアナよ。主の遺灰と遺髪とイリアナの魔法」
「リアが大事にしていた物がなくなると」
「ええ。魔法が使えないイリアナは私との契約も無効になるわ」
「構わない。生きてさえいるのなら」
「揺るがないのね」
「ああ。第二王子殿下も願ったんだろ?リアが生きることを」
「ええ。主が隠してもいつかイリアナが禁呪を知るかもしれない。知ったらイリアナが使うことを主は知っていた。だから代償に払うイリアナの命を取り戻す方法を探していたわ」
「リアに言わなかったのは」
「イリアナは選べないから、彼女を託せる人にゆだねてって。主もイリアナに生きてほしかったのよ。イリアナが死にたいなら教えなくていいって。あなたは魔法のなくなったイリアナを託せる?」
「命がけで守るよ。恨まれるかもしれない。でも生きてさえくれればいい。なにがあっても俺が責任を持って託される」
イリアナを白い煙が包んだ。
イリアナの首にかけてある瓶が割れ、第二王子の遺灰と遺髪がイリアナの体に溶けていった。
徐々にイリアナの体に温かさが戻っていく。
ランの姿が消えるとジオラルドの腕の中のイリアナが目を開けた。
「リア!!」
イリアナは自分を抱きしめて泣く、ジオラルドの背に手を回した。
「殿下がまだ早いから帰りなさいって道を教えてくれたの。ジオが泣いてるから早く帰ってあげなって。久しぶりなのにひどい」
「俺はお前がいないと駄目なんだよ」
「情けない」
「たまには情けない俺に会いたいんじゃなかったの?」
「そうね。でも一番は笑ってるジオが好き」
ジオラルドはいつもと変わらないイリアナに口づけた。
「リア、俺は勝手に決めた。でも後悔はしてない。お前を生かすために第二王子の遺髪と遺灰、リアの魔法を代償にした」
不安に瞳を揺らすジオラルドが可愛くてイリアナは笑った。
「魔導士のイリアナは廃業ね」
「恨まない?」
「私の旦那様が怪我をして帰ってきたら恨むわ。魔法が使えないから、死なないように気をつけてね。ジオはちゃんと私を殺してから死なないと駄目なんだから」
「俺にはあとを追うなって」
「私は我儘だもの。そんな私が好きなんでしょう?」
「敵わないな」
「魔法が使えないなら用済みよね。レオ様怒るかな」
「俺がなんとかするよ」
「これからどうしようかな」
「俺に愛されながら子供の成長を見守ればいい」
「ジオはずっと騎士をやめさせたかったものね」
「ああ。リアには悪いけどやっぱり似合わないよ。殿下も父上達も説得するからうちで大人しくしてて。俺はリアが家にいる方が安心だ」
「どうしてそんなに問題児扱いするのかな」
「俺も自由に動ける身じゃないから」
「侯爵として自覚が出たならいいかな」
イリアナはこれまでたくさんジオラルドを振り回してきた。
別れる瞬間にジオラルドのための時間をあんまり作ってあげられなかったことが心残りだった。
イリアナは療養を理由に表舞台からは足を洗うことにした。きっと、また気になることがあれば夢中で走る自分を止めることができないから。
イリアナは大人しくマナ侯爵夫人になろうと思った。
ジオラルドとイリアナは家族でゆっくり過ごしたかったけど、世の中そんなに甘くなかった。
イリアナは魔道士は廃業しても騎士は廃業できなかった。
総帥のセインの実働部隊の班長も引退させてもらえなかった。
イリアナの日常は魔法が使えなくても、支障がなかった。
そしてジオラルドもセインとレオナルドには敵わなかった。
二人には、ザビ王国のためにこき使われる未来しか残されていなかった。
イリアナはジオラルドと一緒に第二王子への思い出話をたくさん作るために、大人しく生きることにした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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