第18話 4か月目
イリアナが久しぶりに帰る家のドアを開けると騒がしい声が聞こえてきた。
言い争っていたヒューゴとアマルは突然空いたドアに視線を向けた。
二人に凝視されたイリアナは状況がわからず、首を傾げた。
「イリア!!おかえり」
イリアナは抱きつこうとするアマルの肩を押さえて止めた。
「ただいま。アマル、私、汚れているから触らないで」
「ちゃんと洗うし、服も着替える」
子供は大人に甘えるのが仕事で、アマルの保護者はイリアナだけだから仕方ないかと、イリアナは諦めてアマルを止める手を放した。
抱き着くアマルの好きにさせることは妥協したが、汚れた手で触れることての抵抗感には抗えず、抱きしめることはしなかった。
「ラーナ、お疲れ」
「ヒューゴ?なんでいるんですか?」
「第一声がそれかよ。アマルが心配だから、時々様子を見に来てたんだよ」
「すみません。アマルをありがとうございます」
「お礼にお金はいらないから」
イリアナは任務中はアマルのことを失念していたため、ヒューゴの話を聞いて心の中で反省した。
イリアナはお礼にお金を渡そうとした手を止めた。
「イリア、俺、こいつの世話になってないよ」
ヒューゴに感謝をしているイリアナの服を引っ張り、アマルは不服そうに見つめる。
心配してイリアナから離れないのに、拗ねているアマルにイリアナの心はくすぐられ、無意識に笑みを溢した。
イリアナにとって心が死んでから初めて、でもかつては感じたことのある懐かしい感覚に、アマルを大事に想う気持ちを自覚した。
「アマルがしっかりしてるのは知ってる。でも心配なの。大事な弟だからね」
「だいじ、おとうと」
イリアナは呆然と呟くアマルの声は聞こえなかった。
イリアナに見惚れて固まっているヒューゴにイリアナは視線を移した。
「ヒューゴ、お礼に今度食事をご馳走しますよ。ヒューゴ?どうしました?」
「悪い。なんでもない。後輩には、たかれないから。ならさ」
言い淀むヒューゴの顔が赤くなり、イリアナは警戒した。
「ラーナが作ってよ」
「そんなことでいいんですか?」
「ああ。充分」
「あまり期待しないでください。明日の仕事帰りに寄ってくれれば夕食を用意しますよ」
「明日な。楽しみにしてる。あとさ」
「なんですか?」
「敬語やめて。仕事中は今まで通りでいいけど、それ以外は」
「失礼では?」
「堅苦しいの苦手なんだよ」
イリアナはヒューゴの願いに拍子抜けした。
アマルがお世話になっており、本人が望むなら頷くことにした。
こんな願いを勿体ぶって言い淀んだヒューゴに呆れる気持ちは隠して表情を作った。
「ヒューゴが望むなら」
「ありがとな。また明日来るよ」
「ええ。気をつけてね」
上機嫌なヒューゴを見送ったイリアナをアマルがじっと見ていた。
「ヒューゴとの関係は?」
「仕事の先輩」
「あとは?」
「アマルの友達」
「俺とヒューゴどっちが好き?」
「大事なのはアマルかな」
「ならいいや。食事の前に湯あみするでしょ?用意してあるから」
すでに湯あみと食事が用意してあった。
いつ帰ってきてもいいように用意して待っていてくれたアマルの優しさに、イリアナは無意識に笑みが零れた。
アマルがは離れたのでイリアナは湯あみをすることにした。
イリアナは体を綺麗に洗い、久しぶりに温かいお湯に浸かった。
体を拭けるだけでも、ありがたいがイリアナにとって水浴びさえできない、不潔な状況が続くのは大分久しぶりだった。
「まさか第二王子殿下の婚約者だった私がこんなことになるとは…。他国の騎士団に所属し、王子様の命を救うとか、人生何があるかわからない。まぁどうでもいいか」
イリアナはアマルと共に食事をすませた、ベッドに入った。
疲労とアマルの暖かさにイリアナは一瞬で眠りについた。
イリアナは起きるとお昼すぎだった。
明後日からのお昼を買いにいくことを決めた。
「アマル、買い物に行ってくるわ」
出かけようとするイリアナの腕をアマルが掴んだ。
「イリアは先にご飯を食べて」
「お腹空いてない」
「せっかく作ったから」
「わかった」
アマルの用意してくれた食事を食べた。
食欲はなかったが食材は貴重だから無駄にしてはいけない。それにアマルが作った料理なら食べる以外の選択肢はなかった。
「イリア、俺がいなくてもちゃんと食事とった?」
「もちろん」
アマルが疑わしい目で見ていた。
なぜか食事の時は必ずセインが隣にいたため、目の前で食事をおえるのを確認するまで解放されなかった。
「お目付け役がいたのよ」
「イリアは信用できない」
「失礼ね」
イリアナはアマルについてもセインに説明した時に提案されたことがあった。
イリアナはアマルとの距離感を気に入っているので、最終手段として覚えておくだけに留めることにした。
「アマルの方から離れていくかもしれないか。それなら、その方がいいけど、このままだと心配かなぁ…」
イリアナは休養日まで他人の目を気にして演技するのは面倒だから、家の中で過ごしたい。
だが買い物以外の外出嫌いのアマルの世界が広がらないことを心配している。
平民が通える神殿学校があるが、アマルは絶対に嫌がるので、行かせる選択肢はなかった。
「友達が大人のヒューゴだけか……」
イリアナはアマルの将来が心配だった。
アマルとイリアナは一緒に市に行った。
イリアナが携帯食料を買おうとすると、アマルがじっと見た。
「イリア、保存食は充分あるよ」
「仕事用よ」
「仕事のものは支給されるんでしょ?」
さらにじっと見てくるアマルの視線にイリアナは負けた。
「そうだけど…たまに、食べたくなるの。仕事のお昼に食べようかなって」
「携帯食料は非常時に食べるものだよ。そんなにたくさんいらないよ。お昼の弁当も作るよ」
「そこまでしなくても」
「イリア」
「宜しくお願いします」
イリアナは食事に対して全くアマルに信用されていなかった。
必要最低限はこなしているつもりだったが、イリアナの最低限が人と違うことに気づいていなかった。
買い出しをすませた二人は、家に帰って訓練をはじめた。
アマルの木剣を受け止めながら、イリアナは感心した。
「筋がいいから、センスあるわ」
イリアナにとって年下の弟子は初めてだったので、評価が甘くなってる自覚はなかった。
一段落したのでイリアナは食事の用意を始めた。
最初は心配そうに見ていたアマルはテキパキと料理をするイリアナの手際の良さに驚いてた。
「イリア、料理できたの?」
「嗜み程度に。でも最後に味見だけしてくれる?」
「わかった」
イリアナは料理を終えたので、アマルに味見を頼んだ。
警戒するような固い顔で味見をするアマルの顔に安堵の色が見えた。
イリアナには視覚的に楽しめる料理は作れないが、野営料理はもちろん、家庭料理も仕込まれていた。
色どりは悪いが、栄養バランス重視の料理がテーブルに並んだ。
仕事帰りのヒューゴを混じえ、三人で食事をした。
「美味しい」
「慌てて食べなくても、お代わりもあるから、ゆっくり食べて」
「うまい!!いつでも嫁にいけるな」
「嗜み程度なのに、おおげさ。私はアマルの料理の方が好きだし、毎食作るの面倒」
「イリアは俺がいないと駄目だね」
「いつもありがとう」
いつもよりたくさんたべるヒューゴとアマルを眺めながらイリアナは苦笑した。
ヒューゴとアマルに褒められても料理をしたい気持ちは起こらない。
アマルがいないと生活が破綻する自覚があるイリアナは「俺がいないと駄目だね」と嬉しそうに笑うアマルの言葉に否定はできなかった。




