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Scene 3 石室


東京都千代田区某所、宮内庁書陵院収蔵庫。


「なぜ、今更、須賀は戦時中の《欠番》覚醒実験なんか追ってる──」


倉庫から出て来た柊俊朗は、顎の無精髭を撫でながらふと警備員の机の上に広げたまま置いてあった閲覧者名簿に目を止めた。


須賀(すが)──」

と言いかけた柊を、警備員はちらりと見遣った。

「──いや、佐藤、佐藤善康(さとうよしやす)と言う人物は、ここへ来たか?」


「はあ、昨日いらっしゃっています」

警備員は、閲覧者名簿にある名前を指差して言った。


「なるほど──」


柊は、それを聞いて何かを悟ったように、また無精髭を撫で回した。



書陵院倉庫の外では、倉木が車で待機していた。

柊はその車の助手席のドアを開けるなり

「倉木、藤沢までやってくれ、」

と言い放ち、そのまま助手席に乗り込んだ。

「藤沢って神奈川の、主任、急にいったいどうされたんですか?」

と尋ねる倉木をよそに、柊は何やら独り言を呟いていた。


「──玉城、玉城十郎はとっくに死んでいる」




1989年(昭和64年)1月7日、昭和天皇崩御のニュースが報じられると、

旧関東軍731部隊で捕虜や外国人思想犯などを使った人体実験を指揮した1人として悪名を馳せた薬学博士、玉城十郎は荻窪の自宅で寝室の鴨居に帯紐をかけ、首を吊って自殺した。

享年89歳であった。


玉城の扱った人体実験のデータは、戦後間もなく米国へ引き渡された訳だが、それがほんの一部であったという噂が、夜警内でもまことしやかに囁かれていた。


吸血鬼(欠番)の抵抗勢力との徹底抗戦を主張する《夜警》強硬派は中野陸軍学校主導で実施されていたとされる《欠番》覚醒実験に興味を示し、生前の玉城十郎へ幾度となく“コンタクト”を図っていた。


柊俊朗が夜警での活動に従事していた頃の記憶では、玉城宅の書斎及び土蔵に、実験データらしき書類は存在せず、その入手には失敗していたはずであった。


数時間後、倉木の運転する車は藤沢のとある豪邸の前で停車した。


「車で待っていろ」


柊が車を降りたのを見計らい、倉木は少し身を屈めて門に掛けられた表札の名前を見た。


「芳村?」

彼には聞き覚えのない名前であった。



「先生は、アポの無い方とはお会いになりません」

屋敷の玄関に出た女中は柊へそう冷たく言い放った。

しかし当の柊は鼻で笑い飛ばした。


「ちょっと失礼致しますよ、」


柊は書院造りの邸宅へズカズカ上がり込むと、家内の何処をどう探したのか、あっという間に大きめの“鍵”を片手に、玄関へ戻って来た。

そして突っ立ったままの女中を尻目に外へ出て行き、庭園の奥に鎮座する土蔵の扉に掛かる錠前にその“鍵”を差し込んだ。


「ちょっと、あなた何なんですか勝手に、警察呼びますよ、あなた先生がどれほどの権力者かご存知ないのですか?」


土蔵へ入って行ってしまった柊へ、女中が吠えに吠えた。


「── 一応、私も警察なんですがね、その“先生”には《木霊(こりょう)院》が来たとだけ、お伝え下さい」


柊は土蔵の中を散々ひっくり返して、目的のものが見つかったらしく、満足気に出てくると女中へ“鍵”を返し、更に笑顔で握手を交わし、さっさと門の外へ出て行ってしまった。



わずか20分足らずで柊が薄汚れて車へ戻って来ると、倉木は目を丸くして腕時計を眺めた。


「主任、何してらっしゃったんですか?」


「お前は知らなくていい、それよりも都庁へ向かってくれ」


「へっ、都庁って東京都庁ですか?」


「他に、何があるんだよ」


柊はそう言うと、髪についた蜘蛛の巣を払いながら、電話をかけ始めた。


「おお須賀か、俺だ柊だ《地図》を手に入れたぞ、やはりお前らは、ラミアや《カウント》に恐れをなして争奪戦を繰り広げていた訳だな、俺も微力ながら“穏健派”に1票投じさせてもらうよ、今から例の場所を説明する──」


「いったい、なんの話をしてるんですか」


そうブツクサ文句を言う倉木が操る車は一路、東京都庁を目指して走り出した。





奥多摩某所、山中。

鍾乳洞内の縦穴から転落した植村は、わりと直ぐに地面まで到達し、強く尻を打ち付けて、すこぶる狼狽えていた。


「痛ってぇ!」


そう悶絶しながらも、彼は何気に手をついた地面がとても平らで滑らかであることに驚いた。


「へっ?」

植村は目を開けて、周囲を見渡してみた。


するとそこは壁も床もコンクリートで土留めされた人工的な空間であった。

植村は、まるで古墳か何かの石室のようだと咄嗟に感じた。


部屋の中央には小型だが光量の強いランタンが置かれており、その光の先では如月がゲンノウ片手に何やら壁をトンテンカンと叩いていた。


「如月さん、なにしてんすか、ヒトが死にそうな時に!」


植村が尻を抑えながら立ち上がると、

如月は壁から目を離す事なく、


「あんな高さで死ぬかバカ」


と言って相変わらず壁を叩き続いた。

“トンテンカン”と壁を打つゲンノウの音が部屋中に鳴り響いた。


「ここ、何なんすかね──」


「知らない」“トンテンカン”


「古いお墓の石室みたいっすよね、俺って、古墳とかラミッドとか、ミイラとか好じゃないすか」


「知らない」“トンテンカン”


如月は“トンテンカン”に余念がない。



その部屋は四方八方コンクリートで固められており、窓も扉も一切無かった。


しかし、よく見ると如月が叩いている場所だけ、不自然に凸凹していた。

壁も床も、天井も崩れている一部を除いては、綺麗に滑らかな平面に加工されてある。


「ここだけ、モルタルが盛ってあるんだよね」


そう言う如月は疲れたのか一旦手を止めて、植村を見た。


「あんたこそ、何してんだよ、女子が独りで壁を打ち破ろうとしてるのに、ただ見てるだけ?」


「へっ?」


「手伝おうとか思わないの?」


「ああ──」


植村がそう老人のように声を漏らしながらオロオロと如月へ近づいて行くと、


「もういいよ、だいたい割れた」


「どっちすか、」


「そこの私のリュックに折りたたみのスコップ入ってるから、ちょっと取って」


そう如月に指差された方を、植村がまたオロオロ見回すと、煌々と灯るランタンのすぐ近くに如月のバックパックが置いてあった。


植村は、急ぎ折りたたみ式のスコップを取り出して如月へ差し出した。


「お前がやれよ、私は女子、アンタ男子でしょ!」


「そうですね、俺は男子」


植村は仕方なく、壁のモルタルのヒビ割れた部分にスコップの剣先を当てた。


「ほら、もっと力入れて、ヒビんとこ煽ってモルタルを剥がすんだよ」


手を休めると、如月のゲキが飛んで来た。

植村は独裁者に強制労働を強いられる世界中の弱者の気持ちが今ならよくわかると思った。


その壁のモルタルは何故か質が悪く、湿気も含んでいたため、1時間も掛からず綺麗に取り去ることが出来た。


モルタルに覆い隠されていたのは、釘で打ち付けられた硬い木の板だった。

如月は、

「この板も剥がせ」と植村へ命令した。


「なんでですか!──」

その時点で植村がキレた。


「なんで俺が、そこまでしなきゃないんすか!──俺はカメラマンですよ!」


「ふうん、そうだったんだ、気づかなかった」

と言うと如月は、植村の手からスコップを掠め取り、自分で板を外し始めた。


「何だここ、何なんだよまったく、ふざけんな──」

尚も植村の怒りは治らず、大声で叫び続けたが、特に何をするでもなく部屋の中をぐるぐると歩き回るのだった。


数分後、冷静さを取り戻した植村は、割と高い天井にぽっかりと開いた縦穴を見上げて、ある事に気がついた。


「俺たち、ここからどうやって出たらいいんですかね?」


そう植村に尋ねられた如月は、何を言うでもなくただ黙々とスコップやゲンノウを駆使して、壁に張り付いた板を、こまめに剥がしていた。


「ねえ、如月さん?」


「私、いま何してると思う、ここを作った連中は、ここを何のために作ったと思う、少しは自分で考えたら?」


如月はそう言っているうちに、壁に打ち付けられていた板の大半を剥がし終えていた。


板が剥がれ落ちた内側から、全体的に錆びついた鉄製の扉が出現した。


「は、出口すか?」

扉を見るなり歓喜の声を上げた植村とは対照的に、如月の顔はより一層険しくなった。


「やっぱりそうだ、聴こえる」


「え、何が?」


如月は、植村を自分の方へ呼び寄せて、扉へ耳を近づけさせた。


「ほら、聴こえない?」

と如月。


「何がすか?」


植村は、汚いのを我慢して扉に直接耳を当てた。


「呻き声だよ」


「えっ?」


冷たい鉄の扉の向こうからは、“ゴーゴー”とイビキのような風の音に混じって、微かに“う、うう──”と言う低い声のようなものが、不規則に響いていた。



「これ、やめましょうよ、帰りましょう」

と耳の錆をほろいながら植村が声を震わせた。


「帰るって、何処から?」


如月は冷静に植村の泣きっ面を見つめた。


植村は周囲をぐるっと見回してから、

「そっかぁ、俺ら閉じ込められてんすね、マジか」

と、そこで初めて頭を抱えた。


「先に進むしかないんだよ」


如月はそう言うと、更にバックパックから小型のドライバーセットを取り出して、鍵のかかった扉のドアノブを分解し始めた。






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