盗賊少年と休戦
「さてさて、せっかく手に入るのというのに、互いの民を巻き込むのは勿体ないじゃろう。決戦の地は国境、無人地帯にて執り行なおうか」
「賛成ですが……まるで人が違いますな」
「忘れとりゃせんか? 魔王を退けるために奮起したのは我々だ。貧乏くじと、どの国も避けていたことを国政として成し遂げた。侮るなよ、敵と認めたら徹底的に戦うぞい」
「……それでこそ、我が覇道の最大の障害!! 心踊る!」
「……勇者として、あまり人類同士の争いを肯定するのは気が引けるが、両国の意向が決まったなら仕方ない。そこで私はサフィアとして、勇者としてそれぞれ言っておきたいことがある」
凄みを効かせる王様に、一切怯まないイントゥリーグ王。そんな中、サフィアが手を挙げて介入する。
勇者としての立ち回りも難しいところだ、事前に決めた範疇であれば動けるという魂胆か。
「直接的に関与する気はないが、私自身カンダル王国に恩義がある。特に姫は私にとって妹のようなものだ。もし、姫の命が危なければ身を呈して守ることを誓う」
「ほほう……つまりカンダル国王の守備はしないと?」
「あぁ、そのつもりだ。多少の肩入れはあるが、最終的な条件はフェアにしたい」
「なるほど、それがサフィアという個人の意見ですかな」
「その通り……ちなみに、此度の騒動で姫を襲ったのは、憤りを感じている」
サフィアは言葉とともに鋭く睨みつけ、あまり見せることのない怒りを露わにしている。
「おぉ、これは怖い! 勇者とて人の子という証ですな! わかりましたぞ、わざわざ相手を増やす真似は犯しません! つまり、カンダル王女を狙わなければあなたはこの戦争に参戦しないと!」
「あぁ、幼き者の未来を奪うのは私として耐えられんからな。だが、勇者としての見解もある。両国の過剰な追撃があった場合、私が制裁をする……ま、この条件はーー」
「ほんじゃま、暴れりゃあお前と対峙できるんだな!」
ポンッ、と手を鳴らして納得するオニスに、サフィアは呆れながら続けて言う。
「……そこの戦闘狂がいき過ぎた虐殺を止めるために、な。共に旅をした仲だ、人格は心得ている」
「よくわかってんじゃねぇか、良い心がけだ」
「何故上から物を言えるのだ!?」
「……この馬鹿に関してはよろしくお願いしまする」
「おほん、2つ目は第3勢力参入の阻止だ。大国同士の争い、漁夫の利を狙って他国は勿論のこと、"白バラ"という犯罪組織も絡む可能性は高い。既に襲撃に遭っているからな。その場合は私が買って出る」
「異議なーし」
「……同じく」
……上手いな、"白バラ"とイントゥリーグ王国の関与はまだ認めてない。犯罪組織と通じていると知れたら、印象は最悪だ。この提案は乗るしかないだろう。
「よし、こんなところじゃろ。住人の救助と街の復興、1ヶ月もあれば充分かね?」
「構いまーー」
「ダメだ、長げぇ」
「貴様のせいであろう!?」
「いや、戦争は良い。ただ、ぶっ潰したい相手が目の前にいて、役者も全員揃った。ならもういいだろ? 今ここで、思う存分にーー」
「嫌じゃよ。お前さんがけしかけても、余らは全力で逃げるぞい」
「んだと?」
「わからぬか、舞台を整えると言っておる。それまでお預けじゃ」
「……チッ、しゃあねぇな。だが半月にしろ、さもなきゃ俺は好き勝手にやる。異論は認めねぇ」
「ほいほい」
「此奴め……大変になるのはこちらだというのに」
悔しさ半分、楽しみ半分と言ったところだろうか。オニスの荒々しい殺気がなくなっていく。危機は去った、一旦は……
「ほんじゃま、とことんやろうや」
「……えぇ、勿論です」
両者は背を向け、それぞれ自軍の方へと戻っていく。
頃合いを見てか、停止していた花びらがゆらりと落ちていき、サフィアが歩み寄ってくる。
「立てるかシフ、手を貸そう」
手を差し伸べるサフィアに、今まで良い思い出がない。年齢に対しての発情宣言や、手の甲を啜られたり。
それに今は満身創痍だ。もしサフィアが本気で押し倒しに来たら……
いや、よそう。助けてくれた恩人に疑いをかけるのは失礼だ。むしろ、感謝すべきだな……
「ありがとうございますサフィア」
甘んじて、手を掴んで立ち上がる。
「うむ、今のシフなら簡単に犯せるな」
「あ、後悔した」
「フッ、いつものシフで良かったよ」
「貴女はいつもと違って欲しかったんですがね」
「……苦労をかけたな。帰ったらゆっくり休むといい」
サフィアは意外にあっさりと手を離す。まだ何かを言いたげであったが、正直それどころじゃない。気になるところは山ほどある。
「おっつ〜、満身創痍じゃね。いや〜生きてて何より!」
「王様……一から説明してもらえますか?」
「ま、それは帰ってからで。ここはまだ敵地じゃからな、おいそれと情報は出せんよ」
「その敵地へ簡単に来てるじゃないですか」
「まぁまぁ、堅いこと言わずに帰路ぐらいはどっぷり休んでおくれ」
そう言って王様は大型の馬車へと手招く。ルビが乗ってきたのはとは別のものだ。
馬車へと乗り込む勇者一行を見て、オニスは近くの兵士へ声をかける。
「おい、あんな目立つ馬車を門に通した馬鹿は何処のどいつだ?」
「は、はっ! 至急確認いたします!」
「……侵入させた者に心当たりがおるのか?」
「ねーよ、少なくとも王宮のメンツにはな。おそらく魔法の類で運んで来たんだろ」
「じゃあ何故探させたのだ……」
「おもしれぇからだ。それに、瞬間移動系の魔法はそれなりに高等なんでな。できる奴は知っているがこんな御使いじみた真似は絶対しねぇ。外部の人間の仕業だぜぇこれ」
「フン、手を回しているのはこちらもだ……それと、他に隠していることはあるまいな?」
「あん? なんのことだ?」
「とぼけるな! 勇者の仲間だった盗賊のことだ! 貴様知っていたのだろう!?」
「あえてだよ、あ・え・て。シフが生きてる可能性を伝えて、変に警備を変えてみろ。直前でおっさんの子が来ないかもしれなかったろ。後は、盗んでくんねぇかなと思ったら、案の定だったな」
「そこは願望だったんかい」
「でも感謝してほしいくらいだぜ。俺が読んでいなかったら、みすみす目の前で告った相手を盗られた、間抜けできしょい王と蔑まれていたかもな。従えている他国にもよぉ」
「今のきしょい要る?」
「おっさんとサフィアまでやって来たのは想定外だったけどな。頭脳戦じゃあ、あっちが上手か」
「フン、そうだな。自軍の街を3分の1ほど平らげてしまう輩がいる時点でな」
「そう愚痴垂れるなって、相手が相手だったんだ。それに、勝てばアンタの思うままだ。俺は俺が楽しめる限り、暴れさせてもらう」
「狂人め……これからは情報を隠さず開示するのだ。負け戦にしたくなければな」
「へいへい……あっ、なら隠れてコソコソしてる奴がきっといるから用心しとけ」
「何?」
「カンダル王国隠密部隊の長、工作のスペシャリストがいる。決して表舞台には出ないがな。今回も俺がいると知ったら絶対姿は出さねぇだろうよ。せいぜい気をつけな」
「フン、そんな者どうとでもなるわ。貴様こそ、戦まで大人しくしておるのだぞ!」
「あいよ…………俺は、な」




