盗賊少年と王座会議前夜、前編
王宮の給仕の人達に挨拶を済ませ、廊下を歩いていると、夕日が窓から差し込んでくる。あと半日もすれば、各国の王族が集まり、明日の正午とともに会議は開かれる。
「ーーそれでは、これにて王族会議を閉会させていただきます 。本日はご参加いただき、ありがとうございますーー」
中央ホールの方からルビの声が聞こえてくる。とても張りのある声で、聞いていて気持ちいいくらいに洗練されている。相当練習したのだろう。
このホールは"白バラ"と戦った場所でもある。床には剣が突き刺さったり、血が飛び散ったなどの戦いの跡があったが、綺麗に修繕されている。加えて、だだっ広くて何もない空間だったのが、今では机と椅子でギッシリだ。
「はいカッ〜ト!! いいよルビ! 本番もその調子で頼むよ!」
「監督か」
王様の掛け声に思わず呟く。でも、王族会議の打ち合わせに向けてといえば、今は王というより監督役みたいなものだろう。
「お、シフじゃん。おっつ〜、制服バッチリじゃん」
「どうも王様。それにルビもお疲れ」
「あ、シフく……ってどうしたのその格好!?」
執事服を着た、僕の格好を見て驚くルビ。王様が護衛を兼ねた給仕役にと指名したのだろうから、知っていて当然の反応だ。ただし、ルビは別のようだが。
まぁ、僕も今日言われたばかりなんだけど……
「王族会議という、期間限定で働くことになったんだ」
「余は常に働いてもらっても、構わないんだがね?」
「ちょっ、風呂の時と言っていること違うじゃないですか!」
「……テヘッ」
「うざっ!?」
「へぇ〜そうなんだ! でもなんだか恥ずかしいなぁ……さっきも見られてたんだよね?」
舌を出してお茶目顔をした王様を横目に、ルビが恥ずかしそうに返答する。
「途中からだけどね。でも素晴らしかった。粗末な感想に聞こえるかもしれないけど、これしか言いようがないくらいに」
「あ、ありがと……」
「本番も影ながら見守ってるよ」
「勇者のように?」
「やめてください、そんな比喩表現されたら脅迫と一緒じゃないですか」
「サフィアにそんな意味があるの!?」
「……あ、そうだルビ。せっかくだからシフに明日の正装を見せてあげなさい」
「ふぇっ!?」
「明日はじっくり話すことなんてできないだろうし、遠目でお披露目するよりも間近でした方がいいだろう。シフもそう思わん?」
王様はウィンクして問いかけてくる。風呂の時と同様、一対一で話しがしたいようだ。断る必要もないし、ここは、王様の提案に乗っかるとしよう。
「……そうだね、ちょっと見てみたいなぁ」
「え、あ、うん……シフ君がそう言うなら……ちょっと待っててね!」
そう言ってルビは足早にホールから去っていく。
「……心配をかけたくない親心かもしれないですけど、正装って準備が結構大変そうなんじゃ……?」
「なぁに、他にやることがないくらい練習したし、本人も抵抗がなかったじゃろ? つまりはそういうことだよ」
「なんだか、ルビの善意につけ込んでるようで申し訳ないな……」
「暗殺じゃないだけマシじゃん」
「ブラックジョークが過ぎますよ……」
この前の"白バラ"が襲撃した事件のことは、ルビを含め、ごく一部の人しか知っていない。勿論、不安にさせないためだ。
ただでさえ準備で忙しいというのに、いつまた襲ってくるかわからない恐怖を抱えるのは、大きな精神的負担になる。魔王討伐の旅の際にやられたことがあるため、僕も痛いほどわかっている……まぁ原因はサフィアのせいだけど。
元々、大多数の人間が眠っていたため、情報の規制は容易かったのだが……
「……ごめんなさい、やっぱりあの時の"白バラ"とかいう賊を捕らえておけば……」
逃さなければ、また襲ってくるリスクは減っていた。上手くいけば、首謀者も割り出せたかもしれない。取り逃がした自分の責任でもある。
「はて、なんのことかね? 君達の報告を聞いただけだし、その時の余は寝てたからのう」
いつものようにおちゃらけた返事をする王様。まるで、罪悪感を感じさせないように……
「またそんな風に言って……」
「それよりも、奇妙だとは思わんかね?」
「ええ、あれから何も音沙汰がないってのが……」
「それもだが、"白バラ"の本当の狙いじゃよ。シフだって、報告時に不審がっておっただろう」
「そうですけど……考えれば考えるほどわからなくなるんですよ。暗殺に来たって割には、眠らされただけで、何か重要な書類とかも盗った形跡もないし、不相応な格好でしたし」
「最後のは単に頭がおかしいだけなんじゃ」
「まさか明日の為のデモンストレーションとか……?」
「いんや〜、だとしたら手の内を明かすなんて愚の骨頂じゃろう」
「ですよね」
「そもそも、明日の王族会議で騒動起こそうとしても、旨味がなさすぎなんじゃよなぁ」
「え、どうしてですか?」
「警備は極厳っ、バレれば誰であろうと、各国から非難を受け、敵に回る。そんな状況下で、手を出そうとする物好きな人間がいるかね?」
「人間……ってことはまだ魔王軍とは別の魔族が……!?」
「ま、その線も僅かだがある。だからシフにも念のため、護衛を頼んだんだ。でもいくら珍妙な集団でも、魔族に手を貸すってのは考えにくいんだよなぁ」
「……やっぱり、考えれば考えるほどよくわかりませんね」
首謀者や狙いは結局わからず、モヤモヤするなか、王様は自分の髭をジリジリと捻る。そして、カッと目を見開き、何かを閃いたように喋り出す。
「ひょっとしたら、ひょっとして、ひょっとすると……」
「どんだけひょっとしてるんですか!! 何かわかったんですか!?」
「いや、それっぽいこと言ってみたいなと思っただけ」
「んもうっ! 何言ってるんですか!! さっきまでは王様ぽっかたのに!」
「現在進行形で王なんだけど」
王様と話してるなか、コツコツ足音が聞こえてくる。どうやら、ルビが着替えて来てくれたようだ。
「さて、正体も目的も不明な敵を想像しても仕方ない。後は若い者同士で団欒しなさい。年寄りはクールに去るぜ」
「クールの対義語みたいな方が何を……」
王様は歩き出し、すれ違うときに僕の肩に手を置いて、安らぐような優しい声で語りかける。
「何があっても、余は君の味方だ」
「い、いきなりどうしたんですか……?」
意味深なセリフを言われ、戸惑うのも束の間、王様はスタスタと去っていく。
「え、ちょ……もしかして本当は何か掴んでるんですか!?」
「いーや、確証がない予測にすぎんし、やっぱり敵は検討もつかん。とりま、よろしこってこと」
王様は振り向きもせず、そのまま後ろ姿が遠のいていき、疑問だけが胸に残った。




