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エピローグ

 第一王子、及び国王の殺害という大罪を犯したリュシエンヌ・ニ・アンタンシフという、冒険者において第四位の地位を持っていたその女性が処刑されてから一ヶ月。

 その後処理として、まず王政府が行ったのはアンタンシフ家には瑕疵がないことの表明だった。

 あくまでもリュシエンヌという個人の大罪であって、家はそれに関連しない。そもそも王城内という隔離された環境において、その共犯は不可能であると様々な角度から証明することも容易だったことが、これを後押ししたという。

 そしてつい先日、王国には新国王として元第二王子テオドールが即位。

 同時に正式な形を経てエリザベスは王妃となり、新体制においてテオドールとエリザベスは正義の人、巨悪を討った英雄として民から熱い支持を得ている。

「元気そうでなによりだね」

「そうねえ」

 そんな、『海外の情勢』を知らせる瓦版を読んで、私はふう、と一息吐いた。

 ここは王国とは異なる大陸。

 商業主義によって成立した新興国、その第三都市の酒場である。

「お嬢さん、お嬢さん。探しましたよ」

「あら」

 そんな私たちに声を掛けてきたのは、ひげを生やした老齢の男性。

 抱えた大きな鞄を私たちのテーブルに置くと、「いやはや」と、汗をハンカチで拭いていた。

「思ったよりも早く済んだのね。ごめんなさい、もう少し時間が掛かると思い込んで酒場なんぞに来てしまっていたわ」

「あはは、いやあ。実際、あと三日四日はかかる予定だったんですがね。なにぶん、即金で全額を一括払いときた。となればこちらも即時に渡すくらいの事が出来なければ、商人の名折れというわけです」

「なるほどね」

「ご確認を。所有権の証明書と、鍵になります」

「ええ、確かに」

 証明書と鍵は、私たちがこれから暮らすことになる家屋のものだ。

 第三都市に初めて訪れた私は、空き家がある事を確認するや買う方法を調べ、金があれば良いと言うシンプル極まる法律を知って即金で買った。というのが、今日の朝の出来事だ。

 そして今は未だ夕方、その日のうちに鍵のみならず、所有系なども全面的に貰えるとは。なんとも、商業主義というよくわからない国らしさが出ている。

「けれどお嬢さん、そのこと二人暮らしをするにしたって、すこし広すぎやしませんかね?」

「そうねえ。けれどほら、将来的にお店を開くかも知れないでしょう」

「なるほど。それならば丁度いい物件というわけですな」

 満面の笑みを浮かべる男性に、私たちも笑みでかえす。

「今後ともごひいきに。家具から武具から情報まで、金さえ用意して戴ければ、我々はなんでも調達しますよ」

「ええ。こちらこそよろしく頼むわ」

 ではこれにて、と男性が去って行くと、私たちは顔を合わせ、思わず吹き出した。

「お店を開くかもなんて、初めて聞いたけど?」

「そうね。口から出任せよ」

「なんだ。ちょっとはやる気なのかと思ったのに」

 彼は笑う。

 私も笑う。

「そういうわけだから、新居に行くとしましょうか、イル」

「そうだね、シエル」

 席を立つ――心なしか、イルは以前よりも幼くなった。

 いや、心なしかではない。本当に二回りほど幼くなっている――私たちが初めて出会った、その時くらいまで。

「どうしたの?」

「いえ。昔のことを思い出しただけよ」

「ふうん。……ああ、またおいら、小さくなったから。そのせいか」

「ええ」

「全く、シエルも無茶をするよ」

 文句を言いつつ、けれど嬉しそうに歩み始めるイルに、私も歩調を合わせて行く。

 目指すは新居。

 酒場からはそれほど遠くないものの、そこそこ静かな住宅街に建てられたその家は、王国と比べても尚、最新の技術を集めて作られたと言う。

 それだけあって結構お高い買い物にはなったけれど、これから暫く、あるいはずっと暮らすのだと思えば安い買い物だった。

「今日から、ここがおうちだ! えっと、ただいま?」

「そうね。お帰りなさい。そして、ただいま」

「おかえり!」

 屈託のない笑みを浮かべて、イルは私に抱きついてくる。

 気が早いわねえ。

「やることは後でやるとして、今は設備の確認が先よ」

「え。おあずけ?」

「ええ。ちょっとだけ、おあずけ。今のうちに足りない家具とかはリストアップしておかないと、あとで無くて困るのは嫌よ」

「……はあい」

 不承不承と従うイル。

 まあ、なんというか、変わらないわね、私も、そして彼も。



 私はかつてルシエと呼ばれていた。

 彼はかつてルーイと呼ばれていた。

 ようするに、私たちは王国を揺るがす大罪人だった。

 公式の記録において、ルシエとルーイはどちらも処刑されているし――実際、王国の誰もがそれを信じている。

 テオも、リザも、例外なく。

「あの日――」

 私が昔を懐かしんでいることを察したのか、ルーイ、改めイルは言う。

「ル……じゃない、シエルは、禁忌を犯した。魔法を使うことで、おいらを強制的に覚醒させて、無理矢理力を解放させたんだよね」

「ええ。そのことは本当に悪かったと思ってるわ。けれど、そうしなければ私かあなたか、あるいは両方が本当に死んでいたわ」

「べつにー。おいら、そのことは覚えてないもん。覚えてないことを恨むほど無駄なことはないでしょ?」

 悪びれずにイルは言うと、「お鍋がもう一個欲しいな」と呟いた。

 メモしておきましょう。

 結局。

 私は世界を滅ぼしうる魔法を行使することで、ルーイの力を解放させた。

 ルーイの力は私の魔法をあっさりと消し去り、そしてルーイから時間を奪い去った。

 奪われた時間は肉体と記憶で別であるようで、今のイルはクリスが死んだところまでの記憶は残っているらしい。

 ただ、身体は初めて出会った頃まで幼くなっている――このあたりの齟齬は、きっとあの光の森の子供達が、一分一秒でも長い記憶を残そうと苦心してくれたのだろう。

 ……いや、そんなタマじゃないか、あの子達は。

「それにおいらは、王国には愛着なかったし。『おかあさん』のお墓だけ残ってればそれで良い」

「そう」

「うん。おいらにとってはね。シエルにとっては、また違うだろうけど」

「……そうねえ」

 そしてあの日、世界を滅ぼしうる魔法を消し去るルーイの力は、けれど瞬間的に作用したわけではない。

 実時間にして丸一日、その力が伝播するまで時間が掛かったのだ――そして私はそのことをあらかじめ、あの光の森で聞いていた。

 だからその時間を利用できないかと考え。

 実際、その時間で力を使った直後のルーイを戒めから解き、偽造しておいた身分証と出国許可証で港から国外へと逃亡した。

 つまり、私は時間稼ぎをしていた――魔法を発動するためのではなく、海外に出国できる定期船が出るまでの時間を稼いでいた。それが真相だ。

「ていうかさ、シエル。おいらが実際その力を使えたからよかったものの、もしもおいらがその力を使い損なってたらどうしたの?」

「その時は私もあなたも死んでるわ。後の事なんて考える必要が無いでしょう」

「…………。なんか前にも聞いたような言い草だけど、いつだっけ?」

「さあ。シエルは言ってないわよ」

 言葉遊びも大概だね、とイルは笑うと、不足品のリストを私に突きつけてきた。

 思っていた以上に多いわね……。

「明日の朝、あの商人のところに持っていきましょうか」

「あれ、明日で良いの?」

「出来れば今日の内に済ませた方が良いんだけどね。でも今日これからいくとなると、イル、あなた、それは収まるのかしら?」

「…………」

 ごめんなさい、とイルは赤面しながら降参のポーズを取る。

 いじめ甲斐はありそうだけど、今はそれより愛したいわ。

「名台詞のように決めてるけど、それようするに欲に負けてるって事なんじゃ」

「違うわ、イル。欲に負けてるんじゃないの。色に塗れてるのよ」

「…………。王城に居たときよりも、悪化してない……?」

 そうかな。そうかもな。

「貴族ではなくなった。冒険者でもなくなった。私はただのシエルになって、だからただのイルを愛せる。そう思うと、なんだか将来が輝いて見えるのよ」

「そうも直球に言われると喜ばしいけどね。おいらだって、ただのイルとしてシエルと一緒に居られて、生きられるんだから」

 護りたかった彼のために、私は世界を壊すと決めた。

 けれど私はそれより彼と、ただただ一緒に生きたかった。

 だからこの結末は、私にとって最も幸せで、けれどこれを結末にはしたくないとやっぱり思う。

「イル。愛してるわ」

「おいらもだよ、シエル。ずっと一緒に、いてくれる?」

「ええ。もちろんよ」

 そんな愛の言葉を交わし合い、結末ではなく新たな人生の始まりとして、この日を境にまた一段と騒がしい毎日が始まるのだけれど――それはもう、(ルシエ)が護りたかった(ルーイ)の話ではない。



[EOF]

お付き合い戴きありがとうございます。

次話は後書きです。


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