ルークの記憶
ルーク視点となります。ご了承ください。
時折、夢を見る。温かくて、張りつめた心を解きほぐすような、優しい夢。ただの夢ではない。幼い頃の記憶が再現されているのだ。
七歳の時、自分の誕生会を宮廷で行った。長々とした儀式が次々と行われ、幼いルークにとって退屈極まりない日だった。ようやく夕食会だというときに、一人庭園に入って、貴族たちからの挨拶から逃れようとした。だが、あまりにも宮廷の庭園は広い。普段から入り慣れているルークは疲れ切っていたのか、道に迷ってしまった。
『――誰?』
自分以外に誰もいないと思って、飛び上がった。自然と近くの植え込みにしゃがみこんだ。その時、うっかり小石を蹴り飛ばしてしまった。
『そこにいるのでしょう?出てきてちょうだい』
あまりにもその声が深みのある温かな声だったから。つい植え込みの陰から出てきてしまった。
『――まあ。可愛らしい方』
ルークは目を丸くしてしまった。“凛々しい”“将来は立派な跡継ぎになる”などという賛辞は受け取ったことがある。“可愛らしい”と言われたのは初めてだった。
だが、その表現はしっくりときた。
『僕も、そう思う』
鏡で見ても、皆が言う“凛々しさ”など感じたことがなかった。
ルークの返答を聞いて、少女は――そう、年はルークよりちょっと上にしか見えなかった――にっこりと笑った。
『素直な方ですのね』
急に恥ずかしくなってルークはそっぽを向いた。慌てて質問をする。
『あなたは、誰?庭園で何をしているの?』
少女はすぐに言葉を発さなかった。
『…………そうですね。とても悲しい気持ちになったから、庭園で気を紛らそうと思って』
『何で、悲しいの?』
その後がどうしてもおぼろげだった。記憶が霞んでしまうのだ。
『ねえ、可愛い方。いつかもし――に出会ったら、助けてくれますか?』
夢はそこで終わる。
「なあ、ルーク。……いいのかよ」
「なんだ?」
剣の稽古を終え、休憩していた時だった。隣に座っていた幼馴染のトールが話しかけてきた。
「こんなとこにいて。『中継ぎ婚約者』の件だよ。おまえ、猛反対していただろう?このままじゃ、決まっちゃうぞ。勝手に」
「どうでもいい。父上のご命令だ。嫌でも婚約するなら、父上の決めた方でいい」
我ながらそっけないが、本心だ。
「ふーん。本当におまえって、女性に興味ないよなあ……『初恋の君』以外に」
「ぶっ」
思わず水を吹いてしまう。
「……なんだ、それ」
咳き込みながら、尋ねるとトールがニヤニヤと笑った。
「知っているぞぉ、おまえの〝純情〟ぶり。陛下はお知りにならないだろうが。騎士団連中には周知の事実だ。……俺がばらまいといたからな」
ルークのこめかみにぴしりと青筋が浮かぶ。
「ふざけるなあああ!」
快晴の空に絶叫が響き渡った。