第31話 パイロベル市へ
大隊長のバーナード・ノーランにだけ正体を明かした俺は、兵舎の一室で彼から詳しい話を聞くことにした。
建前は生き残った盗賊や衛兵たちの罪の免除・軽減の嘆願だ。
「マクスウェル連隊長殿、救援感謝致します」
辛うじて残っていた牢屋の前で大隊長であるバーナード・ノーランが敬礼をした。
「一応、まだ正体は伏せているんだ。俺が騎士団の人間だということは忘れてくれ」
それに連隊長と言っても部下のいないたった一人の連隊だ。連隊長と言われても小馬鹿にされているようにしか思えない。
「承知いたしました」
「内密の報告というのを聞こうか」
窓から外を見ると騎士、一般の住民を問わず忙しく動き回っている。
早々にアロン砦を引き上げてパイロベル市へ向かいたい、という思いは共通のようだ。男爵の次男坊や悪徳商人まで額に汗して走り回っていた。
「兵舎内で殺害されていた商人ですが、疑わしいことがあり拘束をして尋問をする予定でした」
嫌な予感しかしない。
「この『ゴブリンの集団暴走』を意図的に引き起こした可能性でもあったのか?」
「はい、おっしゃる通りです。ご存知でしたか?」
「いや、初耳だ。詳しく頼む」
「商人の名前はダリオ・マイヤー。四十歳程の男です。この砦に逃げ込んできたのは彼と彼の護衛二人の合計三人。逃げ込んできたときは『ゴブリンの群れに遭遇した』との訴えでした。ところが、ゴブリンの襲撃で恐慌に陥った際に妙なことを口走りました」
「妙なこと?」
大隊長が小さくうなずく。
「恐慌に陥ったマイヤーが、『上位種を多く作りすぎた』『テイマーたちが悪い』『テイマーが失敗した』『簡単に死んだ』と口走ったそうです――」
大隊長は周囲を見回すと声を潜めて続ける。
「――口走った言葉から、意図的に『ゴブリンの集団暴走』を引き起こし、上位種が発生しすぎてテイマーの手におえなかったか、テイマーが死亡した事で失敗した可能性があります」
ゴブリンの集団暴走を引き起こすこと自体は違法ではない。知らない人間が多いことと、知っていても普通は危険なのでやらないだけだ。
だが、集団暴走を制御出来ずに他者に被害が及べば犯罪だ。
『ゴブリンの集団暴走』を引き起こして制御できる組織がどれだけあるか。
いっその事、違法にしてくれないものかねぇ。
「君の予想でまず間違いないだろう」
ダリオ・マイヤーから秘密が漏れるのを防ぐためにエンリコ・カイアーノが殺害した。
『これは伏せておいて欲しいんだが』と前置きして言う。
「防衛戦の最中、エンリコ・カイアーノと彼の護衛が騎士の一人を殺害するのを目撃した。場所は宿舎の出入り口付近だ」
大隊長が息を呑む音が静かな部屋に響く。
一瞬、俺の背後の壁に視線が向けられた。二つ向こうの部屋がダリオ・マイヤーの死体が転がっていた部屋だ。
察したような表情を浮かべる大隊長に向かって話を続ける。
「前後の状況から考えて、エンリコ・カイアーノと彼の護衛が、拘束されていたダリオ・マイヤーと護衛の二人、そして監視の騎士を殺害。騎士はそれを目撃したために殺害されたのだろう。だが、そのエンリコ・カイアーノと彼の七人の護衛も逃亡する際に西門の交戦に巻き込まれて死亡した」
悔しそうに唇を噛みしめる大隊長を目の前にして、沈痛な表情をしたベレスフォード神官の顔がよぎる。
ロイ・ベレスフォード!
お前がエンリコ・カイアーノたちの下へ真っ先に駆け付けたのは、連中の死亡を確認するためだよな。
「手掛かりが途絶えてしまいましたが、どうされますか?」
「マイヤーとカイアーノの取引先や足取りをさかのぼって調べるしかないだろ。とはいっても、すぐに動けるわけじゃない。この件は団長に報告して判断を仰ぐ」
恐らく準備を整えてから調査に掛かることになる。
さて、どこまでたどり着けるか。
「畏まりました」
敬礼をする大隊長に『今は敬礼をしない方が助かる』と伝えて、兵舎を後にした。
◇
◆
◇
「パイロベル市が見えたぞ!」
目的地が見えた事を告げる誰かの声に大勢の人たちの歓喜の声が続く。
「やっと着いた」
「長かったー」
「ようやくパイロベル市だ!」
馬車から降りて馬で移動している乗客と若い護衛の何人かが反応した。
そんな彼らをほほ笑ましげに眺めていたマーカスが口を開く。
「あと一時間くらいで到着です。旦那たちにはすっかり世話になりました。ジェフリーさんが『パイロベル市に着いたら、お礼をしたい』と言っていましたぜ」
「お礼なんて要らんよ」
素っ気なく答える俺に続いて、ニールとロザリーが口を開く。
「私もお礼は要りません。協力し合ったんですから、お互い様ですよ」
「あ、あたしはお礼欲しいな。二人が要らないって言うなら、二人の分も私にくれるよう、言ってくださいよ」
「ロザリーさん、私の一存じゃ決められませんよ。ジェフリーさんと相談してください」
マーカスは尚も食い下がるロザリーから逃げるように、
「じゃあ、パイロベル市に入る手続きの準備があるんで」
騎馬を駆けさせた。
マーカスが前方の馬車の横を駆け抜けるタイミングでシビルの声が響く。
「お姉ちゃん、あれがパイロベル市だって」
「ちょっと待って、今窓から顔を出すから」
「ほら、早く早く」
シビルとヒルダの声に釣られて馬車に視線を向けると、馬車の窓から身を乗り出したシビルと遠慮がちに顔を覗かせたヒルダの姿が映った。
二人の笑い声が聞こえてくる。
「ああしていると、二人ともごく普通の姉妹にしか見えないですよねー」
ロザリーが騎馬を寄せて、くつわを並べる。
「二人とも普通の姉妹だ」
「普通じゃありませんよ。飛び切りの美人姉妹です。明日にはパイロベル市の若い男たちの間で噂になりますよ、二人とも」
ロザリーとは反対側、俺の右側にニールが騎馬を寄せた。
含みのある表情だ。
「ちょっと、旦那。なにを面白くなさそうな顔をしているんですか?」
からかうような笑みを浮かべるロザリーに答える。
「面白くなさそうな顔なんかしていないぞ。俺はいつだって爽やかな顔だ」
「旦那の顔は渋いって表現があってるかな? こう、あたしみたいな大人の女が似あう顔ですよ。小娘じゃなくってね」
ロザリー、流し目ってのは頑張ってするものじゃない。自然な流れでするものだ。
それに、お前だって俺から見れば小娘だよ。
「大人の女が似合いそうな顔と言ったら、ベレスフォード神官もそうですよ」
ニールのセリフにロザリーが即座に反応した。
「ベレスフォード神官かあ。よくないですよね、旦那。歳の差夫婦にしても限度ってものがあるでしょ。貴族じゃないんだからあれはダメですよ」
「二人とも愛し合っていますよ。道中、終始いい雰囲気だったじゃないですか」
「ニールさんもダメな男だったんですね――」
ロザリーが大袈裟に天を仰ぎ、ご丁寧にため息を吐く。
「――ベレスフォード神官が女性を光魔法で治癒しているとき、何度か夫人が物言いたげな視線を向けていましたよ。気付かなかったんですか?」
気付かなかった。
というか、ロザリーの勘違いじゃないのか?
何とも得意げなロザリーにニールが冷たく言う。
「大人の意見を言わせてもらえば、夫人はベレスフォード神官を尊敬していて、べた惚れです。ちょうど、マクスウェルさんを慕うファーリー姉妹のようにね」
まずい。矛先がこちらへ向きそうだ。
「パイロベル市に到着したらヒルダとシビルを祖母の家に送って行く約束なんだ。ちょっと打ち合わせをしてくる」
最後尾をニールとロザリーに任せてファーリー姉妹の乗る馬車へと騎馬の速度を上げる。
騎馬を軽く駆けさせながら、師匠の遺言と自分に与えられた任務を思い返していた。
先ずは師匠の遺言。
このパイロベル市で騎士団員として二年間過ごす。
何の問題もない。
ネルソン団長が健康上の問題で退任したり不祥事で更迭されたりしない限り問題はないはずだ。
他力本願な気もするが、そこはネルソン団長を信じよう。
次に特殊任務。
ロイ・ベレスフォードを追い詰める!
任務を根本から見直す必要がある。早急にネルソン団長に連絡を取ろう。
国境騎士団としての任務。
連隊長としての任務は問題が無いとは言えないが、そもそも人員が揃っていないのだからあわてる必要はない。
先ずは団員を集める事から始めることになる。
そう考えると人員が揃うまではのんびりできそうだが……懸念は『ゴブリンの集団暴走』。
ロイ・ベレスフォードを追い詰めるカモフラージュとして利用させてもらおう。
だが、そうなったら人手不足の中で働かなきゃならなくなる。
少しでも楽をしようと考えるなら人材を早急にそろえる必要が出て来る。
人材が揃ったら通常任務が回ってくる。
何とも頭の痛い問題だ。
悩みは尽きないが、諸々の悩ましい問題は明日以降に持ち越そう。
今日のところはファーリー姉妹を彼女たちの祖母の下に送り届けて、二人から向けられる感謝の気持ちと幸せそうな笑顔を報酬に騎士団に出向く。
団長の下に出頭するのは明日だ。
今日はそのまま割り当てられた宿舎に潜り込んでゆっくりと眠るとしよう。




