表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

何があろうと強ければ

 遊歩道をうろうろしていると、攻略対象その六のベリンとその同僚たちに発見された。軍が捜索隊を組んで私を捜していたらしい。

 ベリンの同僚がダッシュでハーウィンを呼びに行き、ベリンは鋭い目で私を見下ろした。大変お怒りのご様子である。

「一体どこにいた?」

 落ち着いた声だ。しかし今にもボン! といきそうに思える。

「たぶん地下です」

 自分で思っていたのより小さくて弱々しい声が出た。

「そっちのは誰だ?」

「ハーウィンさんが来たら、お話しします」

「敵を深追いしたそうだな。……バカかお前は!」

 うっ……ウェルを追ってこんな大事にしてしまったことは本当にもう謝るしかない。

「申し訳ありません……」

「そこ座れ!」

「はい……」

 正座してベリンに説教されていると、ハーウィンが来た。

 ハーウィンは正座している私に大層驚いたらしかった。

「トレイアス! いくらなんでも、こんなことまでさせることないだろう!」

「コイツが自分でこの体勢で座ったんです」

「クイントさん、ここまでしなくてもいいんだよ」

「いえ、怒られるにはこれがふさわしいと思ったので」

 この国の人にとって正座は大変つらく、屈辱的な姿勢である。前世の影響で私はときどき正座をしているので、私にとってはそれほどつらくないし、屈辱的でもない。行儀の良い座り方という認識である。

「そうだとしても、もういいんだ」

 立たされた。雨で濡れた地面に座っていたためにズボンがだいぶ汚れていた。

「どうしたのかな、それ」

 私の太ももの辺りを指してハーウィンが言った。

「ちょっと怪我しましたけど、魔石のおかげですぐに治りました。今はどこも何ともありません」

「それなら良かった」

 ハーウィンの視線が私からずれた。私の後ろでじっとしているレージスを見たのだろう。

「そちらの彼は?」

「魔石の中の人です」

「…………は?」

「封印が完全に解けて出てきました。もう昔のようなことはしませんから、警戒する必要はありません」

「…………は?」

 何だその間抜け面は。日本全国のファンが嘆くぞ。

 私は不審者を追った後のことを話した。目が覚めた時にジノはいなかったことにした。

 話を聞き終えた時のハーウィンは、心底困ったという顔をしていた。



 軍はとりあえずレージスを拘束することにした。

 軍人たちによって私とレージスは大教会に連れてこられた。レージスを閉じ込めるのに一番いい場所が大教会の地下牢だからだ。

 私は牢の前で一晩過ごす許可をもらった。

「バカか、お前」

 柵と結界の向こうでレージスが呆れたように私に言った。

「敵意バリバリの知らない人ばかりに監視されるよりはいいでしょう?」

「…………寝る」

「はい、おやすみなさい」

 翌日、私は偉い人たちと交渉をした。というかお願いをした。レージスがずっとおとなしくしていたからか、思ったよりも私の言うことを信じてもらえた。

 それから三日で、国がレージスの今後についての結論を出した。

 レージスは殺されたり封印されたりしない代わりに、私の学校卒業後に予定されていた立場に立つこととなった。しばらくは自由はほぼ無いそうだが、だんだん許されることが増えていくはずだ。

 私はというと、学校をやめることになると思っていたのに、そうはならなかった。主人公がそうだったように、残ることになったのだ。

 王都にいて、封印が解けた責任を取れ、とのことである。未成年なのに、レージスの方が見た目も実際も年上なのに、レージスの保護者のような保証人のような立場にされた。レージスが何かやらかしたら私も一緒に処罰されるのだ。

 だが学校に通わせてくれる理由にはならない。しばらくの間学生としてのんびりしていいのは、大人たちの優しさだろうか。フィーネとまだ一緒にいられることを考えるとすごく嬉しい。

 そんな訳で、私は学校の寮に戻った。

 遅い時間だったので、久々の寮はとても静かだった。

 自室の戸を開けると、

「おかえりーっ!」

 部屋の中から飛び出してきたフィーネに、がしいっと抱き締められた。

「全然帰ってこなくて心配したよう」

「ただいま。心配してくれてありがとう」

「あのね、私ね、ずっとこの部屋に一人だったのに、メルアちゃんがいなくてすっごく寂しかったの。すっかり二人っていうか三人に慣れちゃったみたい」

 ああフィーネ、せっかく魔石の中の人も仲間に入れてくれたけど……。

 部屋に入って、私は魔石がどうなったかをフィーネに話した。ついでにジノのことも正直に言った。今後の話もすると、彼女は私が学校に居続けることを喜んでくれた。



 翌日は普通に登校し、昼休みはまた攻略対象たちと過ごすことになった。

 今回は第一食堂である。女子生徒たちからのやや痛い視線を我慢しつつ、カデルに質問してみる。

「ねえカデル。あの襲ってきたやつに何を投げたの?」

「ん? でかい栗」

 ウェルのやつ、栗なんかぶつけられてたのか。……ぷっ。

「そんなもの投げたのか……。あれが魔術なら大打撃だったというのに」

 カデルの横に座るリゼイルが心底残念そうに言うと、カデルは拗ねたような顔になった。

「しょーがねーだろ。魔術超苦手なんだから」

「鍛えろ」

「そういうお前こそ鍛えろよ! あいつ相手にして全然ダメっぽかったじゃんか!」

「ならお前を的にして練習させてもらおうか」

「あ? やんのか? いいぞ。受けて立つ!」

 堂々と宣言したカデルにヴァルニードが言う。

「んじゃついでにオレとディーズの相手もしてくんない?」

 ヴァルニードのその言葉に、ディーズが食事の手を止めて顔を上げた。だが彼は何も言わなかった。拒否する気は無いらしい。

「え? いいですけど、何で?」

 首を傾げてカデルが質問すると、ヴァルニードはにこにこ笑って答えた。

「そりゃあ、魔術全然ダメなのに学校最強とか言われるやつの実力見てみたいじゃん? あ、そうだ。レナイト、君もやらない?」

「ええっ、僕も!?」

 レナイトが素っ頓狂な声を上げた。

 そんなこんなでカデルは一度に四人の相手をすることになった。

 放課後に行われた彼らの勝負(?)は、多くの生徒を巻き込み、カデルが根性で勝利を収めた。



 翌朝、日課の素振りをしていると、マリーヌとその取り巻きたちが近付いてきた。

「ごきげんよう、クイントさん。あなたから魔石がなくなったそうね」

「うん」

 素振りを中断して答えてやる。

「今のあなたはまさに『ただの人』ねえ?」

 そんなことを言いにわざわざここまで来たのか。

 ここは寮の建物の裏で、生徒がどこかに行くのに通ることはまずない場所だ。だからマリーヌたちは私をバカにするためだけにここまで来たということだ。ご苦労なことである。

「そうだね。気が楽でいいよ」

「あら、負け惜しみかしら?」

「本心だけど」

「あらそう。それはそうと、なぜまだ“あの四人”の近くに寄っていくのかしら。前にも言ったけれど、魔石があってもあなたはあの方たちのそばにいるのにふさわしくないわ。ただの人ならなおさらよ。ああ、ただの人から脱却したいのかしら? 浅ましいわ」

 ……どうかしてるよ、あんたの思考。

 マリーヌの胸に木の剣を突きつけてやった。

「……なっ、なな何の、つもりかし、ら?」

 笑えるくらいにマリーヌの声は震えている。

「弱いくせに武器握ってるやつ蔑みにくるなんてバッカじゃないの。怒ったらどうすんの」

 刑事ドラマで殺人犯に口止め料要求するやつとか「通報する」とか言うやつ並みに愚かだ。

「本物じゃないから大丈夫だとか思ってんの? ちょっとどこか叩いてみようか?」

 少し脅してみると、取り巻きの一人が焦った様子でマリーヌに言った。

「ま、マリーヌさま、行きましょう。こんな野蛮な人を相手にすることはありませんわ」

 その言葉にマリーヌはこくこくと頷いた。

「そ、そう、ね。そうしましょう」

 おう、さっさとどっか行け。どうせすぐ食堂で姿を見ることになるが。

 私が剣を下げるとマリーヌは素早く回れ右をし、取り巻きを連れて早歩きで立ち去った。

 朝食の後、私は一人で街に出た。まだ王都に滞在している父の元仕事仲間(現役)に会いに行くためだ。

 道の途中で、攻略対象その五のユーゼに会った。彼は私を見るなりこう言った。

「あ、あのすさまじいのどこ行った?」

 私から感じる心の闇が激減したことに驚いたらしい。

「王城の隣」

「それって……軍本部? 何がどうなってそんな」

「私がここにいる理由になりそうな噂は聞いた?」

 声を小さくして聞いてみると、

「魔石の話? あれ本当? 君のこと?」

 ユーゼも声を小さくして質問を返してきた。

「それがついこの間、私から出たんだ」

「ええっ。お、おれにそんな話していいの?」

「言い触らすなんてことはしないでね。あなたに教えたのはね、下手するとあなたがああなるからなんだよ」

 私の答えにユーゼはきょとんとした。

「……おれが? あのすさまじいのに?」

「私の中にいた人はね、やり過ぎちゃったんだ。だから気を付けてね。それじゃ、私は用事があるから」

 ユーゼと別れて十分程で目的地に到着した。

 ここは王都の中では宿泊代の安い宿だ。ゲームに出てきたが、主人公が中に入ることはなかった。

 私は中に入り、受付で、ここに泊まっている父の元仕事仲間(現役)を呼んでもらった。

 それから五分程で、いかにも強そうな男性がロビーに姿を現した。私が会いたかった人だ。

「ようメルアちゃん」

「デイランさん、おはようございます」

 デイラン・オイジェというのが彼の名前である。父が彼を名前で呼ぶので私も名字でなく名前で呼んでいる。

「今日もかわいいねえ。で、何の用だい?」

「ジノさんはここに来ましたか?」

「おう、あいつのことか。ちょっと変なやつだけど期待できるな。ありがとよ」

「それは良かった。それで、あの人は記憶がなくなってましたけど」

「戻ったらしいぜ。でも俺と一緒に来るってよ」

 ……やったあああ! 敵が減ったあああああっ!

 見ている人がいなかったら間違いなくガッツポーズをしていた。しかも叫んだかもしれない。

 しかしなぜだ。心当たりはあるが……。

「今部屋にいるぜ。会ってくか?」

「はい」

 会って話をしたい。

「んじゃついてきな」

 私はデイランについていって宿の二階に上がった。

 デイランは「203」と書かれた部屋の戸の前で足を止め、そこのドアを叩いた。

「ジノー、客だぞー。メルアちゃんだぞ」

 ドアが少し開いて、茶髪に紫の瞳の男が顔を覗かせた。ジノだ。髪を染めたらしい。

 ジノは私とデイランを部屋の中に入れた。

 今日のジノはいたって普通の格好をしている。ただの顔立ちの良い若者である。

「おはようございます、ジノさん。あ、ウェルさんって呼びましょうか?」

 私がそう言うと、デイランが「ウェル?」と不思議そうに呟いた。ジノから本名を聞いていないようだ。

「……何で知ってるんだ」

「ふふ、何ででしょうねえ?」

「ずいぶん機嫌良さそうだな」

 そう言うジノは今日も感情の無い顔だ。機嫌が良いか悪いか私にはさっぱりわからない。

「面倒なのが一人、平和的にいなくなったのですよ。機嫌が良くなるというものです」

「強引に消すこともできただろうに」

 私にそんな勇気は無かったよ。

「死にたいのですか?」

「いいや」

「で、どっちで呼びましょう?」

「ジノで。ウェルは死んだ」

 そういうことにするのか。

「私が適当に付けた名前で生きるというのですか」

「適当でも構わない」

 改めて何か考えるべきか? 彼が自分で考えればいいか。

「茶髪なのは別人だからですか?」

「元の色は目立つからな」

「なぜ新しい人生を選んだのですか? 私としては大助かりですが」

 ウェルがいたのは一度や二度失敗したくらいで戻れなくなるような組織ではないはずだ。

「ずっと、あそこから抜け出したかった。別の生き方に興味があった」

 そうか。ゲームにそんなようなことを匂わせる台詞や行動があったから、一応理由の想像はついていた。あれらのシーンが無ければ、私はあの時、覚悟が甘さに勝って彼をグサッとやっていたかもしれない。

「一つ頼みがある」

「何ですか?」

 ジノはズボンのポケットから、私が紹介状の代わりにしたハンカチを出した。

「これ、もらったままでいいか?」

 なぜだ? 気に入ったというわけではあるまい。

「別にいいですけど……使いづらいのでは?」

 水色なので男性でも使えるだろうが、私の名前入りだ。

 私の疑問に、ジノは言いにくそうに、小声で答えた。

「……お守りにしようと、思って」

 私のハンカチをお守りに?

「お前は、俺を殺さないで怪我治してくれたし、記憶がないからって逃してくれて、新しい居場所まで紹介してくれた。そういう優しさを、これからの人生で忘れないようにしたい」

 なんか、なんかすごく改心した悪役っぽい台詞……!

 私の行動は、優しさというか甘さによるものだが、まあいいか。

「そういうことなら、喜んで差し上げましょう。大事にしてくださいね」

「ああ」

 ジノはしっかりと頷いた。その時の彼は少し、本当に少しだけだが、嬉しそうに笑っていた。



 それから一ヶ月後、ようやくレージスに会うことができるようになった。そこで、軍の施設の敷地内にある庭で会う約束をした。

 約束の日、結構早めに行ったのだが、彼はすでにそこにいた。ベンチに座って本を読んでいた彼は、私に気が付くと本を閉じた。

「おはようございます。ご機嫌いかがですか?」

「悪くない」

 今のは「良い」ということだろう。表情がわりと穏やかだから。

 挨拶をしたところで隣に座らせてもらう。

「ひどい目に遭ってませんか?」

「別に」

「ちゃんとご飯食べてますか?」

「お前は母親か」

「そんな感じの立場になったのをお忘れですか」

「母親っぽくする必要があるか」

「私がそうしたいので。嫌なら叔母あたりにしますけど」

 そういえば私には伯母と叔母と伯父がいるそうだが、会ったことはない。叔母が結婚していたら叔父もいることになる。いとこもいるのだろうか。

「どっちもやめろ」

「じゃあお友達にしますか」

「そこまでしてくれなくていい」

 別に「してあげている」という訳ではないのだが。

「味方でいてくれるだけで、十分だ」

 お? この台詞は……。

「……今までのやつは、俺と話そうともしなかった。それなのに、お前は俺の希望なんか聞いてきて……。あの時、味方をすると言ってもらえて、嘘だとしても、とても嬉しかった」

「嘘じゃありません」

「言われなくても、わかっている」

 なら良し。

「普通に生きるなんて、無理だと思った。だが今、自由とは言えないが、一応できている。こうしてお前と並んで話すことまで許されて……夢みたいだ」

 そんなことをレージスが言うものだから、彼の頬をつねってみた。

「何をするんだ」

 軽く睨まれた。

「ほっぺつねって痛かったら夢じゃなくて現実ですよ。あなたは痛いと思ったから私を睨んだのでしょう? 現実なんですよ、全部。あなたは他の人と同じように生活することができて、私はあなたの味方です」

「……そう、か。ありがとう」

 レージスが柔らかく笑った。

 ……あ、終わった。

 この場所でのレージスの微笑みは、レージスルートのエピローグで見られるものだ。いろいろすっ飛ばして物語が終わったと考えていいだろうか。もしそうなら、今日からは平和なおまけシナリオの時期を楽しみにしてみようと思う。

 おまけまでの間や、その先に何があるかはわからない。すっ飛ばしたイベントが待ち構えているかもしれない。続編的なものが始まるかもしれない。“闇”の問題が解決していないから可能性は大いにある。

 まあ、何があろうと強ければきっと大丈夫だ。私はこれからも長生きするために努力するのみである。

 レージスが笑みを引っ込めて愛想のない表情に戻った。ゲームだったらタイトルに戻ったところか。

「ねえレージスさん。私が幽霊が怖い理由に興味はありますか?」

「ない」

 そうか。では私がもつ知識のことはまたの機会に話すとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ