第27話:招集
「行くぞ!」
男は槍を構えたまま、駆け足で距離を詰めてくる。
ここまでの戦闘を観察し、フィリスが中近距離での攻防を苦手としていると踏んでの選択だ。
「ジールさまによる魔法書第六章。セリオン・シュート」
対するフィリスは斜め後ろに引きながら魔法でそれを迎撃せんとしていた。
彼女が細い腕を振るうと、鋭い氷柱が男の腹部をめがけて滑り出した。
「はっ!」
彼は直線的に進んでくるそれを易々と槍で叩き割った。
砕け散る氷が村を焼く炎の光を反射してキラキラと瞬く中、男はそのまま右手を突き出す。
「ベリアルによる魔法書第八章! カーマインカッター!」
赤熱した炎の刃がその手から放たれ、フィリスの喉元に食いつかんと迫ってきた。
「セクアナさまによる魔法書第十一章。リキッドミュール」
彼女は数歩後退することでその刃が到達するのを遅らせながら、水魔法で壁を作り出してそれを無効化する。あくまで敵との間合いを遠めに維持しながら、フィリスは次のモーションに入った。
「トールさまによる魔法書第十一章」
水魔法の壁を槍で薙ぎ終えた形の男は、追撃を試みるフィリスの姿を見て、急に横へと走り出した。
その判断を回避のためとみた彼女は、しかし冷静に彼の姿を追いかけ、狙いを定める。
「バレーノ……!」
フィリスは詠唱を急遽中断した。
彼が走り込んだ先は、まだ被害の少ないように見える民家の裏だったのだ。ここで彼女が魔法を放てば、その家を壊してしまうことになるだろう。
無論、男はそれが分かっていてそこへ逃げ込んだのだ。
「……それはあまりよろしくないお考えかと存じますわ」
「利用できるものは使うさ」
フィリスが腕を下ろしたのを確認すると、男は建物の陰から出てきた。
「ここまでの戦い方を見て確信したよ。お前、フィリス・モアだな?」
「ええ。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。そういえば、貴方のお名前も伺っていませんね」
「……クランツ・ヴィトーだ」
彼はまたくるくると槍を回し、中段に構え直す。
「大体お前の戦い方は把握した。次で仕留めてやる」
「まあ、怖いですわ」
「抜かせっ!」
クランツが左腕を振るうと、再び村のあちこちから狼たちが現れ、群れを成して銀髪の淑女へと襲いかかる。
「トールさまによる魔法書第十五章! ディエンセクトル!」
彼女は、先ほどと同じように扇形の強力な雷撃を放って、そのほとんどを戦闘不能にしてみせる。
しかし、撃ち漏らした魔獣たちはもうかなり近くにまで迫って来ている。
次の魔法の発動が間に合わないと見たフィリスは、着ているワンピースのポケットから一枚の紙を取り出し、すぐにそれをちぎった。
すると紙の切れ目のあたりから一気に煙が吹き出し、みるみるうちに辺りは視界が悪くなっていく。
魔獣たちは先ほどまでフィリスがいたであろう位置を攻撃するが、真っ白な煙のせいでお互いの姿が確認できずに同士討ちになってしまう。
「この感じ……あの紙には、セクアナ書の魔法を付与してあったってとこか。だが、甘い!」
男の声に応じるかのように、霧の中を轟音と雷光が走った。
しかし耳を聾する雷鳴と大地すら穿ちそうな雷撃の発信源は、クランツではない。そこにいたのは、悪意を持った魔力。数体のレイスであった。
生身の人間に直撃すれば、黒焦げにしてしまうような威力の攻撃に、彼は勝利を確信した。
何だか知らないが仲間の前で見栄を張って格好をつけて、敵の強さを見誤った愚かな女を軽く葬ってやった。
己の弱さに気づかないままに不相応な役を引き受けた身の程知らずを叩きのめしてやった。
その爽快感に思わず笑みを漏れた。
この小賢しくて鬱陶しい霧が晴れたら、その無様な亡骸を見て高々と嗤ってやろうと、彼はそう思った。
そんなクランツを焦らすように、ゆっくりと霧が晴れて辺りの様子が徐々に確認できるようになっていく。
「なっ……なんだと……」
レイスの雷魔法が直撃したはずの位置。そこには腰くらいの高さに盛り上がった岩のドームがあった。
唖然とする彼の前で、細い煙をあげるその殻にピシリとヒビが入り、やがてバラバラと崩れ落ちた。
「レイスは物を見たり聞いたりすることはなさらないとされていますが、魔力を感知する能力に長けており、そのように感知した強力な魔力の発信源に魔法を放ちます。このように濃厚な水魔法が込められた紙を使えば、雷魔法をお使いになることは想像に易いですわ」
中で片膝をついていたフィリスが顔を上げて言った。
「この……っ!」
「“なぜそんなことを知っている”。そう仰りたいお顔ですね」
ドライな表情のフィリスに、男は敵意を剥き出しにして吠える。
「さっきからお前は何もかも知りすぎだ……っ! ちょっと勘が良すぎるんじゃねえか……?」
「では、こちらで納得して頂けますでしょうか?」
彼女は右手をそっと地面に当てた。
そこに描かれていた魔法陣に男が気づいた次の瞬間には、もう手遅れ。魔法陣の上空がぐにゃりと捻れるように歪み、やがてその中心に円盤状の穴が現れた。
*
「何……これ……」
目的地に辿り着いたアリスは思わず言葉を漏らした。
「……村への襲撃は、これを隠すための陽動だったのか……」
まだ畑に入り込んだばかりの位置にいる二人にもはっきりと分かるくらいに、土地の真ん中辺りに大きな魔法陣が描かれている。複雑な紋様が入り組むその印のちょうど中央には祠があり、その周辺には何人か人が集まっているらしいのが見える。
「……悪い予感がする……急ごう!」
二人は警戒心を高めて走り出した。
徐々に近づいてくる祠。ようやく状況が分かるところにまで迫ると、その前には一人の恰幅の良い男が立っていることが分かった。
彼は祠に向かってぶつぶつと何かを唱えているようで、こちらに気づいている様子はない。
辺りに集められている人は、皆ぐったりと座り込んでおり、おそらく何らかの魔法で気絶させられているのだろう。
「あいつが黒幕ってことね……!」
「……何かされる前に一気に……っ!?」
突然。畦道を走るアーロンが踏んだ地面が萌黄色に光った。
しまった、と次の行動を起こす間もなく、急速に発動した罠魔法は彼らの前に高く聳える結界を作り出した。
アリスが蹴り破ろうとするが、強固な結界はちょっとやそっとじゃ壊されない。
そして罠魔法発動に際しての魔力は、敵である彼らの接近を祠の前の男に告げる。
「邪魔者か……クランツめ、仕留め損ねたか……。だがもう遅い!」
二人がすぐには結界を壊せないとみた男は、祠に向き直り、再び何かを呟き始めた。
「尊き魂を佩帯する者よ。我、貴台の力倆を多として、誼を結ばんと欲する者なり」
仰々しい彼の言葉に魔法陣が反応して淡い藤色の光を帯びた。
「……召喚魔法……っ!」
「魔法陣に加えて媒唱まで……!」
その余りの規模に、結界の破壊にかかっていた二人は一層その攻撃に力を込める。
「我らこれより並び立つは折衝の場。兵仗を収め、意義ある言辞の交わされんことを」
「……間に合わない!」
「ウノによる魔法書第六章」
勝ち誇った顔の男はにやりと口元を歪めて高らかに宣言する。
「招集」




