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blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
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第26話:“あの時”

 外に出ると、道の向こうから吹いてくるきな臭い風が一行の表情を(しか)めさせた。

 日の暮れた空を染めるやけに鮮やかなオレンジ色が、襲撃の気配を伝えてくる。

 その光景は、彼らのギルドのあったカスタントルフでの惨劇を思い出させるには充分過ぎるものであった。


「急ぐわよ!」


 一番に走り出したアリスについていくように、アーロンも駆け出していく。

 少し遅れた位置からスタートしたフィリスは、彼らを追いながら大きな声を出した。


「アーロン、アリス! 時間がありませんので、向かいながら話しますわ!」

「了解!」


 先頭を走る快足は振り向きもせずに声を荒げる。


「私たちの時に現れた魔獣もレイスも、通常秋界では見かけない種ですわ! 異常発生とも考えにくく、あまりにも不自然です!」


 三人の走る速度は変わらぬまま。道の両脇に立つ木々は次々と後ろへ流れていき、それにつれて木材の焼ける匂いが強くなっていく。


「ですからおそらく、この件には召喚魔法の使い手が関わっています! 魔獣やレイスの出現状況から見ても、神隠しと強く関係しているでしょう!」


 村に近づくほど、火の粉や煙がより鮮明に見えるようになってきた。時折、建物が焼け落ちたのか、何かの崩れる音が遠巻きに聞こえてくる。


「召喚魔法師が人攫いをしていらっしゃると仮定しますと、目的は(おおよ)そ見当がつきますわ! おそらくその方は、攫った人たちを生贄にするおつもりなのです!」


 土を蹴り、木の根を飛び越え、ようやく村の入口に辿り着くと、そこは阿鼻叫喚の様相を呈していた。


 逃げ惑う人々。燃え盛る家屋。そして、緋色の毛を纏った狼に、青白い光のようなレイス。

 燃え(かす)や灰の散らばる地面には、ところどころ血痕らしき染みもついている。

 ()せるような熱と光が全身を焦がし、あちこちから上る煙の匂いが一帯に立ち込めている。


「……ひどい」

「くっ……ひとまず村の人たちの誘導と狼の駆除を……!」

「おやおや? お客さんかな?」


 上方から聞こえてきた声に、三人は一斉に敵意のこもった視線を向けた。


「おうおう、こわいねえ。視線だけで人殺しそうな目つきだ。お嬢ちゃんたちのかわいい顔が台無しだなあ」


 彼は、アリスたちの右前方にある建物の上にいた。


 槍を肩に担いだ面長の男は、蛇のような三白眼はキュッと吊り上がっており、ニタリと嗤う口元と合わせて、いかにもという悪人面だ。上半身に着込んだ鎧は革でできているようだが、ずっしりと重厚そうだ。


「あんたがこの騒動の犯人?」

「違うと言ったら他を当たってくれるのかい?」

「……うざったいヤツね」

「そりゃどうも」


 槍の男が腕を振るうと、あちこちにいた群れるはずのない魔獣たちが彼のいる建物の下に集まってきた。

 それに合わせて、アリスたちも重心を落とし、臨戦態勢に入る。


「アリス、アーロン。前衛をお任せしてもよろしいでしょうか?」

「……」


 フィリスに訊ねられたアリスとアーロンは、無意識に表情を曇らせた。


 戦闘となれば、背中を預けるということは全幅の信頼がなければ到底できない。自分たちはフィリスを、仲間であるはずの彼女を信頼できるのだろうか。あの時と同じ炎と煙の中、彼らの脳内で誰かがそう囁いたのだ。


 一度疑ってしまうと止まらない。


 何故彼女は自分たちの居場所が分かったのか。

 何故彼女はこの村にやたらと詳しいのか。

 何故彼女はカノイミのことを知っていたのか。

 何故彼女はギルドを出て自分たちを追いかけてきたのか。

 何故彼女はこうも早く神隠しの謎を解けたのか。

 何故何故何故何故。

 何故彼女は、自分たちを助けるのか。


 猜疑が渦を巻いて巡り巡る。背中を預けなくてはいけないと理性では分かっていても、まだ生傷の癒えない心が臆病な疑念を振り払えない。


 彼らはついに、何も言い出すことができなかった。


「……やはり、まだ難しいようですね」

 フィリスはぽつりとそう言った。


「私は“あの場”に居られなかったので、お二人がどれだけ心を痛めたかは推測することしかできません。仲間だったはずの、信じ合っていたはずの方に何もかも奪われるということは、私の推測を遥かに超えるほどに深い傷を与えたことでしょう」


 言葉の出ない黄金コンビの間を、彼女はゆっくりと歩いて抜ける。

 村の家々が燃える音も、狼たちの唸り声も、吹き荒ぶ風すらも、彼女のために静まり返ったかのような錯覚。


「私、“あの場”に居られなかったことを後悔していますの。けれど、どれだけ悔いても“あの場”には戻れませんわ。ですから私は、“あの場”に居なかったからこそできることがしたい」


 アリスたちの目の前に歩み出たフィリスは、敵を見据えて振り返らないままに話し続けた。


「裏切りに怯えるアリスが、慎重さ故に友すら疑うアーロンが、また背を預けあって寄り掛かりあって戦えるように。セオがつけた傷を癒せるように」


 彼女は敢えて二人が忌避する単語を強調してみせる。

 そしてゆっくりと、言い放った。


「私が前に立ちます。私の背中はお願い致しますね」


 あの時と同じ炎の中、凛と澄んだ声は決意に満ちていた。

 心に渦巻いていた暗い感情がほどけて消えていくような心地がして、二人の肩から力が抜ける。

 ただその姿を見ていたアリスが、やがて金縛りが解けたようにそっと声を漏らした。


「フィリス……」

「アリス。昨日森で会ったとき、どうしてここに来たのか、と訊ねましたね?」


 フィリスはアリスの声の情けなさに少し頬を緩ませてその答えを明かした。


「愛する友だちを助けに来ました。それだけですわ」

「……ごめんなさい」

「お咎めは後に致しますね。ひとまず彼を止めましょう」

「ん? 茶番は終わりかい?」


 退屈そうに欠伸をした男に向かって、フィリスが(てのひら)を向ける。


「セクアナさまによる魔法書第十章。フラッシュフラッド」


 その掌から放たれた水流は、凄まじい速さで彼の居た辺りを吹き飛ばしたが、手応えはない。

 次いで建物の下に溜まっていた魔獣たちが一斉に飛びかかってきた。


「トールさまによる魔法書第十五章! ディエンセクトル!」


 今しがた水流を打ち込んだ左手をそのまま振るいながら引用箇所を続けて唱えると、扇状に(ほとばし)る電撃が魔獣たちに炸裂した。


 次々と狼たちが膝を折っていくが、その間隙を縫うように電撃を躱した数匹の魔獣がフィリスに噛みつかんと走り込んでくる。


「やあっ!」

「……ふっ!」


 アリスの蹴りとアーロンの鉄剣が襲い来る敵を打ち払った。木の葉を飛ばすように狼たちが吹き飛ばされていく中、フィリスはそれが分かっていたかのように次の魔法の準備に入っている。


「トールさまによる魔法書第二章。シャテーニュフラッシュ」


 彼女が人差し指を向けたのは、一見すると的外れな位置。歴戦の黄金ペアですら意識から外していた場所。


「くっ!」


 そこに潜んでいた男は大きく飛び退いてフィリスの魔法を回避した。

 劣勢になると刹那のうちに判断した彼は、軽いステップで元の建物の下まで戻っていく。


「アリス、アーロン! ここまでお減りになられたら私一人で対処できます! 二人は畑に向かってくださいませ!」

「っ! 了解!」

「……フィリス、頼んだ」

「お任せ下さい」


 二人は今朝の記憶を頼りにショーコロカーズの畑がある方向へと駆け出した。


「させるかっ! ベリアルによる魔法書第十八章! リアマプリミラ!」


 これまで飄々としていた槍の男が、初めて焦りを顔に浮かべて両手のひらをアーロンたちに向けた。


 その手から放たれた火炎は、背を向けて走る彼ら二人をゆうに飲み込めるサイズだ。さながらドラゴンのブレスのような魔法が、膨大な熱を伴って洪水のごとく押し寄せていく。


「ボミアさまによる魔法書第十二章! ロッシュミュール!」


 しかしフィリスがそうさせない。彼女の魔法はアーロンたちを守るように巨大な岩の壁を生み出した。

 強烈な炎が岩肌を焦がし、やがて貫けないままにかき散らされて消えた。


 振り向いてその様子を気にかけることもせず、二人は一直線に畑へと走り、その後ろ姿は夕闇に紛れていく。

 うまく逃がせたことを確信したフィリスは、はんなりと口を開いた。


「ベリアルさまの十八章とは、随分強力な攻撃ですこと。何か畑に不都合なモノでもあるのですか?」

「……随分勘のいい女だ。俺が畑に人を寄せないための時間稼ぎだっていうのはお見通しだったってか?」

「あれだけ律儀に私どものお話をお待ちになっていたら、どなたでもお分かりになるかと」


 その言葉に肩を(すく)めた男は、困った顔を不敵な笑みに変えた。


「なるほどねえ。だがお前の判断は二つの観点から間違いだ。まず、“向こう”ではもう兄貴が準備を終えている頃だ。止めようったって間に合わない」


 そこまで言うと一旦言葉を止め、彼は手に持った槍を器用に回し始めた。

 ひゅんひゅんと空を切る音が鳴る。やがて男は左足を前に出し、体の右側中段で槍を構えた。


「そしてもう一つ。お前一人じゃ俺に勝てない」


 彼はニヤリと、一際不気味に(わら)った。

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