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blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
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第19話:悲劇の引き波

「はっ……はっ……」


 賑わい出した街の中を、アーロンは飛ぶように走っていた。いつも無愛想で表情の乏しいその顔からは、珍しく焦燥が見て取れる。

 額を伝う汗をサッと拭い、その勢いに驚く人々を右へ左へと躱して、人混みの海を割くように進む。


「もう少しで街市場ね」


 並走するアリスが声をかけ、彼はそれに頷いて応える。目的地の街市場はすぐそこまで迫ってきていた。


「二人とも無事だといいけど……」

「……急がないと」


 アーロンは荒い呼気と共に言葉を吐いて更にスピードを上げた。


 彼らがこうして街中を駆けている理由は、数分前の出来事にある。


 一人の男が息も絶え絶えにblanumakfa(ギルド)を訪れたのだ。近所の見知った男であることを確認したアリスが水を持ってきてやると、彼は一気に飲み干してこう告げた。


「街市場でおたくのアイラちゃんとそのツレが面倒事に巻き込まれてる」


 その言葉を耳にした途端、アリスはアーロンとアイコンタクトを取った。以心伝心を地で行く彼らだからできる、音声を伴わないコミュニケーションは速やかに二人を行動に移させる。

 状況や真偽はともあれ、厄介事には違いない。


 彼らは弾かれたように外へ飛び出し、街市場へと急行したのだ。


「アイラがいるから大丈夫だとは思うけど……」

「……状況が状況だからアイラだけで何とか出来るかどうかは怪しい」


 アイラの実力を知っているアーロンたちからすれば、彼女ならそこら辺のチンピラやタチの悪い旅人が相手でも負けて酷い目に遭うことは無いのは自明だ。


 最善の場合であればアイラが単独で解決しているだろうが、最悪でも彼らが傷を負っているだけならば連れ帰って治療を施せばいい。


 それなのに、彼らがここまで焦る理由はというと、またさらに数時間前にまで遡る。



「アリス、アーロン。ちょっと来てくれるかい?」


 レニーとマスターがカノイミと接触し、戻ってきたレニーが再び眠りについた後、マスターはアリスとアーロンを起こした。

 やはり今回も眠っている人たちを起こさないように、声も足音も潜めている。


 寝ぼけ眼の彼女らを自室に連れていき、彼は音声遮断の結界を厳重に張った。その慎重さと、なかなかお目にかかれないマスターの真剣な面持ちに、アーロンたちも緊張感を高める。


 準備を終えると、彼は一人がけの椅子に腰を下ろし、彼らにも来賓用のソファに座るように言った。


「レニーくんのことで、ちょっと大事な話があるんだ。聞いてくれるね?」


 まるで戦闘直前のように気を引き締めた二人は、揃って顎を引く。マスターはその姿を見て、口を開いた。


「随分昔の話になるが、私は君たちみたいにこのギルドで異能持ち(アーベルズ)として仕事をしていた」


 彼は話しにくそうに、しかし以前から決めていたようによく出来たセリフを紡いでいった。


「自分で言うのも何だが、自他ともに認める天才でね……出来ないことなんて何も無いと思っていたし、勝てない奴はどこにもいないと驕っていた」


 実際、マスターの現役時代は並び立つ者なしと言われる程に優秀であったと聞いている。

 誰もが成し得なかった依頼をいくつもこなし、多くの実績をあげた彼の名は秋界中に知れ渡っていたという。天才という文句は、驕りでも過剰装飾でもない。彼――ザック・ジンデルを形容するには、(むし)ろ控えめ過ぎるくらいの表現だった。


 しかし、それを敢えて謙遜する――いや、皮肉る彼の語り口から、アリスはどこか後ろめたさのようなものを読み取った。


「ある時、自分の力を試してみたいと思ってしまった。自分は何をどこまで出来るのだろう。その限界が知りたくなってしまったんだ」


 話が進む事に、マスターの口調は重々しいものになっていく。

 そのことで、アリスは既に何となく察していた。

 この話は、彼が過去に起こした何かの罪の告白であることを。


「力を持て余した私はただそれだけのために、己の魔力を限界まで凝縮し、形に変えて出し切ってみようとしたんだ。そして、それを成し遂げてしまった」


 それは、あまりにも危険な行動だった。


 そもそも魔力とは、人体が摂取した食物や空気から生成されるとされており、人によって量の差はあるが、生涯を通じて一定量体内を循環し続けるものだ。


 魔法を使う際は、そうした魔力に何らかの特徴を付けて放出する。延々と湧き出る水の一部を汲んで色をつけるイメージだ。


 体内でのそうした変換の中でロスが生じ、魔法を使う際に消費するエネルギーと、魔法そのもののエネルギーは大きく異なる。逆に言えば、変換を行わずして魔力をそのまま放出するとなると、それらは非常に大きなエネルギーを持ったまま自らの制御下から外れることになる。


 ましてやマスター程の人物となれば、体内を巡る魔力の総量は文字通り人並み外れているはずだ。

 それが形を成して存在するとなれば――。


「私は見たこともないような魔力の塊を作り上げてしまった。だが、それは私自身にすら制御出来ないような代物だった」


 湧き出る泉に赤い色素を落とすように、巨大なエネルギーを持ったその塊は、何かきっかけがあれば直接特徴付けされて大惨事と呼ぶに相応しい反応を起こすだろう。


 天変地異の種、とすら呼べる。


「私は辛うじてその膨大な魔力の一部を使って塊の周囲に自分ですら解けない結界を張り、カノイミと名付けたそれを封じ込めた」

「……もしかして、レニーを連れてきたのは、その処理のため?」


 沈黙を守っていたアーロンが問うた。マスターは様々な感情が混じった複雑な表情を浮かべて項垂(うなだ)れ、唇を噛む。


「ええ。詳しくは分からないが、彼は何故だか魔法を無効化する事ができる。彼の力を以てすれば、カノイミの魔力を打ち消せるのではと私は考えた。先程彼をカノイミに接触させたばかりだ。私がとんだ大馬鹿者だったばっかりに、彼を巻き添えにしてしまって非常に申し訳ないです」

「……過ぎたことはどうしようもないわ。それで、その話を私たちにしたってことは、何かしてほしいことがあるんじゃないの?」


 アリスの建設的な発言に、マスターは顔を上げた。


「ああ。君たちがゴロツキから聞いてきた話の中に、彼のことを話していた連中がいたというものがあったね?」

「確か、その又聞きでレニーのことを知ったとか言ってたわね」

「考え過ぎかもしれないが、他にもレニーくんを狙う組織があるのではないかと思ってね」

「……有り得ない話ではない」


 相槌を打つアーロンと、顎に手を当てて頷くアリスの目を、マスターはじっと見据えた。


「君たちを巻き込んでしまって本当に申し訳ないのだが……君たちには、私と一緒にレニーくんを守ってほしいんだ」


 マスターは頭を低くしてそう言ったのだった。



 到着した街市場の片隅にある広場、その中央にある時計塔の下に人が集まっているのをアーロンは確認した。アリスに目配せして、即座にそこへ向かう。


 二人は半ば乱暴に群がる人を掻き分けるようにどけて、その中心地に何とかたどり着いた。


「……!?」

「これって……!」


 彼らが目にしたのは、最善の場合でも最悪の場合でもない。全く予想外の状況だったのだ。

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