お花見 その1
「これがお花見!?お祭りみたいに人いっぱい!」
桜は満開だった。
公園の並木道にピンク色のアーチを作っている。
沿道には夏祭りのように出店がずらっと並んでいた。
「食べちゃだめだぞ」
「わかってるよぉ。司の意地悪ぅ」
お弁当の入った重箱の包みを抱えて、司は「ごめん」と真顔で返した。
はぐれないよう、もう片方の手はしっかりとテペヨロトルの小さな手を握っている。
「場所取りしてもらって、ちょっと悪い気がするな」
「セイパなら大丈夫だよ。樹霊だし。ずっと立ってるのが仕事だし」
「そういうものなのか」
司とテペヨロトルから半歩下がったところで、サンドイッチの入ったバスケットと大きな魔法瓶を手に、ひじりが呟いた。
「司って思ってた以上に適応力があったのね。あっさり神様の存在を受け入れるなんて驚きよ。そもそも神様の啓示を受けるのって、割と繊細な人間が多いんだけど……」
首だけ振り返って司は言い返す。
「俺は鈍感でマイペースなんだろうな」
「他人事みたいに言わないの。けど、大悪魔リリスと遭遇したのにけろっとしてるし、テペヨロトルの正体がわかっても、全然変わらないし。その性格のおかげね」
「それを言うならひじりもじゃないか」
「わたしはその……オカルトにちょっと興味があったから。元から免疫があったの」
「そうだったのか。十年一緒にいて、そんな素振りなんて一度も見せなかったよな」
「興味の無い人に言うと引かれやすいから、ずっと隠してただけよ。だからテペヨロトルって名前を聞いた時に、どこかで聞いたことがあるような気がしてたのよね。まさか中米を支配していた神様だなんて思わなかったわ」
司は思い出した。
ここ最近のひじりは、どことなく落ち着きが無い。
挙動不審といっても言い過ぎじゃないほどだ。
テペヨロトルが人喰いの邪神だと、ひじりが気付いていたからかもしれない。
「俺だってテペヨロトルは普通の外国から来た女の子としか思ってなかったし、こんな小さな女の子が恐ろしい邪神だなんて、突然言い出したら変な人だもんな」
「う、うん。とはいえ実際、邪神だったわけだけど」
ひじりはまだ何か言いたげな顔だ。
「どうしたんだひじり?」
「もし司のまわりに人間じゃない存在がもっとたくさんいたとしたら、どう思う?」
「あー。そういう人……って言い方は変か。そういう存在もいるんだな……って」
「テペヨロトルやセイパの他には存在を感じない?」
「ひじりがオカルト好きなのはわかったけど、俺は邪神レーダーじゃないんだから、わからないって」
「邪神とは限らないわよ。もっとこう、神聖な……」
言いかけてひじりは言葉を呑み込んだ。司も視線を落とす。
テペヨロトルが立ち止まってしまったのだ。
「もうちょっとだけ、司とひじりと一緒が良かったなぁ」
「それはその……まいったな。どうにかできればいいんだけど」
ひじりが困り顔でうなずいた。
「セイパの話だと、しばらく密航は難しいのよね。大悪魔リリスが手引きして、邪神を日本に招いてるみたいだし。取り締まりも厳しくなりそうって……」
司は改めて確認するように聞いた。
「たしか天使の教会っていうのが、警察みたいなものなんだよな?」
テペヨロトルは首を傾げさせていて、むしろひじりの方が詳しいくらいだ。
「そうらしいわね。だから、明日の帰国の機会を逃すと、色々と大変なことになるかもしれないわ」
「じゃあ、やっぱり帰国は延期にはできないんだな」
テペヨロトルは小さくうなずく。
「だけどね、テペヨロトルは、もうわがまま言わないよ。良い子になるからね」
「偉いな……テペヨロトルは」
司がそっと頭を撫でると、テペヨロトルは嬉しそうに目を細めた。
「えへへ~~司に褒めてもらっちゃった」
ひじりが困ったように眉尻を下げる。
「邪神を従えるなんて、司って人間離れしてるわね」
「従えてなんていないって。友達だよ」
友達兼、専属料理人かな……と、司は自己評価をするのだった。




