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お花見 その2

人混みを抜けると、大きな桜の木の下でセイパがレジャーシートに座りながら、司たちを待っていた。


「ごめんセイパ。お待たせ」


「待つことには慣れております。むしろ落ち着きます」


「セイパ、おつとめご苦労」


「テペヨロトル様にお褒めいただけるだけで、至上の喜びです」


そのままセイパは真顔で三人に聞く。


「ところで、お弁当の出来はいかがですか?」


「ばっちりだ。調理は俺が担当して、ひじりには盛りつけをお願いした」


「ええ、自信作よ!」


「テペヨロトル様は手伝われなかったのですか?」


「ね、寝坊しちゃった……」


「昨日は大変でしたし、仕方ありませんね」


「だから、お弁当見るの楽しみ!!」


司たちもレジャーシートの上に座って、お弁当の包みを開いて重箱とバスケットを四人で囲んだ。


風がふわりと吹くと、はらはらと桜の花びらが舞う。司は桜の木を見上げた。


「満開だな」


花で埋め尽くされて空も見えないほどだ。セイパが返す。


「この時間に最高の見頃を迎える桜を選びました」


「樹霊にはそういうこともわかるのか?」


「造作もございません。テペヨロトル様の故郷にあるピラミッドも、私を模して作られたものですから。神性という意味では……」


「それより早くお弁当!」


テペヨロトルがぷくっとほっぺたを膨らませた。


それより扱いをされて、少なからずショックを受けたようにも見えたのだが、セイパは「そうですね」と主に従う。


「せっかくだし、テペヨロトルにはお弁当の蓋を開けてもらおうかな」


「開けていいの!?」


「ああ。開けてごらん」


テペヨロトルが重箱の蓋に手を掛け、そっと持ち上げた。


「うわあああ!お肉だあああ!」


重箱には丸いお肉の塊のようなものが詰め込まれている。


ふわっと香ばしい匂いがあたりに漂った。


「特製の肉巻きおにぎりだ」


「おにぎりなの!?」


目を白黒させるテペヨロトルに、司はうなずくと「食べてみてよ」と告げた。


合わせてひじりがサンドイッチの入ったバスケットを開き、コップも人数分用意して、甘いアイスティーを魔法瓶から注ぐ。


準備ができたところで、さっそく、テペヨロトルが肉巻きおにぎりを手に取った。


「いっただきまーす!………………お、おいしぃ」


司はほっと胸をなで下ろした。


肉巻きおにぎりは、甘辛醤油で味付けした豚肉でご飯を包んでおにぎりにしたものだ。


「お肉に味がしみうまで、それがご飯にもしみこんで、とってもおいしい!」


司は重箱の二段目を開いた。


そこには緑の葉で包まれたおにぎりが並んでいる。


「野沢菜だ。これならセイパも食べられるよな」


セイパは予想もしていなかったらしく、目を見開いた。


「いつの間にこのようなものを?」


「昨日、帰ってからもう一度スーパーまで自転車でひとっ走りしてきたんだ」


「わざわざ私のためにですか?」


「セイパは肉巻きおにぎりって感じでもないだろ?」


「司様……なんと感謝を申し上げて良いやら。いただきます」


「召し上がれ」


セイパが野沢菜のおにぎりを一口食べる。


はりはり、しゃっきりな食感にあっさりとした漬け物特有の塩味が、ご飯にぴったりマッチしていた。


テペヨロトルがセイパに聞く。


「セイパも美味しいの?」


「はい。とても美味しいです。幸せです」


歳の離れた姉妹のように、二人は仲良く笑い合った。


「こ、こっちのサンドイッチも食べてみて!切ったり盛りつけたのはわたしだけど、具材の調理は司だから大丈夫よ!」


ペスカトーレ撃沈事件がまだ尾を引いているらしく、料理への自己評価の低いひじりだが、サンドイッチのカットはすべて均等で、並べても段差なく綺麗にそろっていて美しい。


盛りつけ職人の面目躍如だ。


「テペヨロトルはハムチーズが食べたい!」


「これはレタスのみなのですか、ひじり様?」


「え、ええ。レタスマヨよ」


「このようにもてなしていただけるなんて……もったいないです」


二人それぞれ、意中のサンドイッチを食べる。


「ハムチーズうまー!お肉感とチーズの濃い味が、合わさってばっちりぐー!」


「私が選んだレタスでしたが、購入した時よりもさらに瑞々しくなっています」


司もタマゴサンドを手にしてうなずいた。


「ああ。冷水に浸しておいたんだ」


「レタス一つとってみても、ただ切って挟むのではないのですね」


テペヨロトルが重箱の中の卵焼きに目をつけた。


「この黄色いのなに!?」


「卵焼きだ。テペヨロトルが好きな鰹で出汁をとったんだ」


「いただきます!はむっ!えっ……じゅわっとした!それに甘くておいしい!」


「肉巻きおにぎりがしょっぱめだから、卵焼きは砂糖とみりんを少し多めにしてみた。コツは卵をあんまり混ぜすぎないことと、焼く時は強火で卵液がぶくぶくとなるようにすることらしい」


ひじりも卵焼きを食べると驚いた顔になった。


「これも初めて作ったのよね?」


「そうだけど?」


「普通、何かしら失敗しそうなのに……」


「みんなに美味しく食べてもらいたいって集中してたからか、上手くいったな」


卵焼きは適度に白身部分が残っていた。わざと少しおおざっぱに混ぜる。


手抜きに見えて、実はこれがじゅわっとした味の秘密なのだ……と、司はネットのレシピを思い出した。


混ぜすぎないことで黄身の部分がほどよくスポンジ状になり、そこに出汁がたっぷりと吸い込まれて、この食感が生まれるというのである。


テペヨロトルが自分のほっぺたを持ち上げるようにした。


「司はお嫁さんになるね」


「お嫁さんは女の人がなるものだろ」


「そっかー。テペヨロトルはうっかりしてました」


「フライドチキンも食べてみないか?」


「お肉お肉!」


衣にコショウやスパイスを混ぜ込んで、しっかり味付けしたフライドチキンは、冷めてもカリカリとした食感を残していた。


事前にお肉をヨーグルトに漬け込んでおいたため、肉質も柔らかい。一番の自信作だ。


「司ぁ……お肉美味しいよぉ……言葉になんないよぉ」


フライドチキンの美味しさにテペヨロトルは涙目になっていた。


「テペヨロトルは本当に肉が好きなんだな」


「あ、あのね……だけど……えっとね……あのね……」


テペヨロトルの視線が広げられたお弁当をさまよった。


お肉類がいっぱいの重箱の一段目を通り過ぎる。


続く重箱の二段目は、野沢菜おにぎりの他に、筑前煮やほうれん草のおひたし、ひじきの白和えといった和風の野菜のおかずが詰め込まれていた。


そして、サンドイッチのバスケットには、ポテトサラダと一緒にプチトマトが添えられている。


「この赤いのは?野菜だよね」


「あ、ああ……そうだよ。プチトマトだ」


「いただきます!」


テペヨロトルは意を決した表情で、トマトを口に放り込んだ。


「ふあああああああ」


口の中に残る皮の感触。


独特の青臭みに加えて果実を思わせる濃厚な甘みが、渾然一体となって広がっていく。


鼻から抜ける野菜特有の香も、容赦なく追い打ちを掛けた。


「やっぱり無理ー!」


「なら、無理に食べなくてもいいんだ。けど、がんばってチャレンジしたな」


「テペヨロトル……偉い?」


「ああ。とっても偉い」


司が頭を撫でると、テペヨロトルは司の胸に寄りかかるようにくっついてきた。


「えへへー。えへ……ひっく……うう……泣かないって……せっかく美味しいごはんなのに……泣いたらだめなのに……」


テペヨロトルは目をこすって鼻を鳴らした。


「帰りたくないよぉ……」


言えば余計に悲しくなると思っていたのに、我慢できなかった。


言葉が漏れる。


「俺もテペヨロトルとセイパが帰ったら寂しいよ」


「うん……けどね……このまま司のところにいたら、司に迷惑かけちゃうから」


テペヨロトルは笑おうとした。


「悲しくなんてないんだからね。司の料理が美味しいから泣いてるんだからね」


テペヨロトルの瞳から涙のつぶがぽろぽろ落ちると……ぽんっ!とテペヨロトルの頭にキノコが生えた。


「あっ……セイパ……これやんないでって言ったのに!もう、テペヨロトルは勝手にいなくなったりしないのに!」


「失礼しました。ですが、テペヨロトル様に約束を守っていただいても、いつ何時、何者かがテペヨロトル様を誘拐しようと企てるかわかりませんので」

「もう!セイパは心配性なんだから」


頭に生えたキノコを帽子でも脱ぐようにすぽっと抜いて、テペヨロトルはちょっぴり不機嫌そうに呟いた。ひじりが困り顔で呟く。


「ほ、ほらほら二人とも、お茶でも飲んで落ち着いて」


司もうなずいた。


「口直しに肉巻きおにぎりはどうだ?」


「うん!いただきまーす!」


食べると笑顔になるテペヨロトルに、司はほっこりと安らいだ気持ちになる。


「あっ……これ……中にもしょっぱい味がする。しょっぱいけど、なんだか綺麗

な味」


「それはアタリだな。おにぎりに一つだけ、桜の花の塩漬けを入れておいたんだ」


「へー。桜って食べれるんだぁ」


テペヨロトルは桜の木を見上げた。


枝が風に揺れる。時折、はらはらと桜の花が散っていく。


「きれいだね、司」


「ああ、とっても」


満開の時期に一緒にお花見ができただけでも良かったと、司は思う。



今日見た桜が全て散ってしまう前に、テペヨロトルは海の向こうの遠い遠い故郷へと帰っていった。

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