第15話 報酬
――パトリオートが蘇生してから三時間。
私は花音の拠点である此処の口座から三十万ユーロを引き出し、正式にパトリオートから報酬金を頂いたことで『パトリオートの敵の殲滅』という依頼を達成したと実感する。
防弾車の中にあるアタッシュケースを含め、合計五十七万ユーロ。
これだけの金額があれば、事務所の設備を一新する程度では有り余る。とりあえず金の使い道は後でも考えられるので、とりあえずそれは頭の隅に追いやり――
「……時刻は午後十七時五十六分。〝M〟との依頼の期日まで、あと六時間四分」
此処から待ち合わせの場所まで六時間近くもかかる。まさにギリギリだ。
なので、私はすぐに動いた。
始めに受けた、最後の依頼。
〝M〟が、持ち込んだ依頼を果たすために――
「気分はどうだい、パトリオート君」
「あ……ミステーロ、さん」
緑が生い茂る基地の中、ポツリと置いてあるベンチに腰掛ける彼の姿を捉えた。
パトリオートは私と目が合うと、少し困ったような顔をして苦笑する。
視線が泳ぎ、顔すらも合わそうとしない。
「ハハッ。私が怖いかね」
その問いに彼は――コクリ。即答で。無言で。首肯で。
彼は苦笑したまま下を向き、数時間前に私が作った銃創をスーツの上からなぞった。
私は嫌われ恐れられる職業に就いている。人間としても、嫌われるような人間だからね。人に嫌われるのは慣れているし、そもそも馴れ合うのも好きではない。
そう思うと、いまのワトソンとの関係は何なのだろうね。私もよく分かっていないが。
「怖い、ですし……同時に感謝しています」
「感謝?」
「ミステーロさんは、ボクを護ってくれましたから」
まるで意を決したかのように、パトリオートは私と視線を合わせながら言った。
私はそれを、軽蔑するような視線で応える。
「勘違いしないで頂きたいが、私は君から依頼を受けたから動いたに過ぎない」
「それでも、結果的にボクを護ってくれたじゃないですか」
だから、それが勘違いだと言っている。
依頼のため、報酬のために動く。我欲と復讐心が私の原動力だからね。依頼をこなしている際は、其処に依頼主の意思は存在しない。
私はただ、依頼に従って行動するのみ。己の目的のためならば、他人すら踏み台にしようと目論んでいる。それを私は――何とも思わずに平然とやってのけてきた。
今までも、そしてこれからもやっていくつもりだ。
「結果のみを見ればそうだね。だが、私は君を護りたいから護ったのではない」
「分かっています。あなたが何故あの状況でボクを殺して、蘇生させたのかも」
……ほう? もしや、気付いていたのかな。
私が何故パトリオートを助けようと、無駄とも言える黒服の男たちを殺したのかを。
「お金、ですよね? ただそれだけ。ボクは跡取り息子ですし、大金を持っていると思って」
「正解だよ。だが」
「だが?」
私の言葉にパトリオートは、大人の女性が受けそうな顔を怪訝そうに変えた。長い茶髪が、首を傾げたことでハラリと柔らかな動作で流れ落ちる。
「……すぐに分かるさ」
あの時、確かにパトリオートを殺しても別に困ることは無かった。寧ろパトリオートを助けるというのは四十人近くの黒服の男たちを一斉に敵に回すということ。もともと敵であったわけだが、私との交渉で戦闘を避けたのだし、わざわざ再び戦う状況を、私は作り出したことになる。命の危険もあるわけで、愚の骨頂と言われても反論は出来ない。
そこまでして私がパトリオートに依頼を申し込まないかと迫ったのは――単に、彼から大金を巻き上げたかっただけだ。本当に、ただ、それだけ。
パトリオートは組織のボス、その一人息子。大金を持っているかもしれないと考えるのが妥当なわけで、それで彼に依頼を提案したのだ。
だが彼が報酬金として提示してきたのは、私の予想を遥かに上回る金額。結果的に私の懐が一気に豊かなものとなったのだが、三つだけ気になることがあった。
(あの三十万ユーロ。どういうわけか一昨日に振り込まれていたな)
彼の通帳を拝借した時に残高を確認したのだが、一昨日に三十万ユーロが一気に振り込まれていたのだ。まるで、宝くじで大金を手に入れた後の通帳のような増え方だった。
三十万ユーロとは、いまの時代では相当な金額となる。戦時中ともあり、世界各国は不景気なので余計にその金額は大きく見える。莫大な金が動く組織なら問題視することでもないのだが、気になるのはそれだけではない。
あの三十万ユーロは、彼の父親によって振り込まれたことと、振り込んだ理由が
――いずれ分かるさ、パトリオート。
ということだとか。彼の父親が、そう言ったらしい。
其処で私は、ある仮説を立てた。
もし今回の騒動を見越した上で彼の父親が口座に三十万ユーロを振り込んでいたとしたら? 一昨日の電話の内容を聞き、万が一のためにと息子に命乞い用に大金を握らせたと考えるべきだろうか。ずいぶんと予測が上手い男だと私は思うぞ。
しかし疑問が残る。大きな疑問が。
自分の息子が暗殺されるのではと知っているのならば、何故今日は共に行動しなかったのだ? よく考えれば、今日は彼の父親――もとい、〝ソフェレンツァ〟のボスとは一度も会っていないぞ。
会談の場に行く際、組織のトップとその家族は一緒になって行動するのが当たり前だ。ボスはボス、息子は息子と別々に行動させるのは、重要人物を散らしてしまい、護衛が難しくなるからだ。そのため要人護送の際は基本的に一箇所に集めて行動するのが定石。
その常識を当て嵌めれば、今朝見た無数の防弾車の中にボスがいたはずなのだが、顔を出さぬまま車に乗せられ、結局サービスエリアへと着き、最終的に滅ぼしてしまった。
先に会談の場にいるのか? 父親はいま何処で何をしているのだ?
反乱因子たちがパトリオートを直々に連れて行くと騙し、父親とは別に行動していた?
……何だろうな。何か、また引っ掛かるような、違和感を覚えるぞ。
まさか、彼の父親も反乱因子側――?
そう考えることも出来るし、そう考えるのが妥当と言わざるを得ない。
何故ならばパトリオートは〝ソフェレンツァ〟を潰すと言っていたのだから。これまで苦労して育てて巨大化させた息子のような組織が、同じく育ててきた息子によって潰されようとしているのだ。それも、潰した後はまるで金にならないようなボランティアをやるときた。怒髪天という言葉では収まりきらない怒りで腹が煮えたぎったに違いない。
――実の息子を殺したいと思うほどには。
「すぐに分かるとは、どういうことですか?」
考え込んでいると、隣からパトリオートの疑問で構成された言葉が私の思考を遮る。
あぁ、すっかりと君のことを忘れていたよ。私は違和感があると考えてしまう癖があってね、どうしても他のことが疎かになってしまう癖があるのだ。
「……その前に、君に聞きたいことがある」
彼が座るベンチの背もたれに腰掛け、パトリオートへと静かに語り掛ける。疑問の視線を送っていた彼の青い瞳は、私の言葉でより一層、その疑問の視線を強めた。
別に最後の依頼を実行するのを躊躇っているわけではない。時間も惜しいので、そんなことをしている時間は無い。一秒でも早く目的を達成したい。
しかしそれ以上に、彼について一つだけ聞きたいことがあった。
「どうだい? こうしてベンチに座っているが、見える世界は以前と同じかい?」
さも今晩の献立を聞くように、さも重みの無い羽毛を飛ばすように、私は彼に対して意地悪という以外には形容のしようがない言葉を投げ掛けた。
そして、それに対する彼の返答は――
「いいえ。まったく」
私の予想通りの、モノだった。
――フッ。だろうね。
私は口には出さず、その言葉を脳内で反響させる。
「ボクは多くの人を助け、多くの人の笑顔が見たいと思い、組織を解体してボランティア団体を設立しようと企てていました。だけど、傷付いた人々のことばかりを考えていたせいで、足下――組織に所属する人々の明日をまったく考えていませんでした」
感情と抑揚の無い声。無気力にうな垂れた頭。彼は自分が目の当たりにした現実を整理し、咀嚼するように理解しようとしているようだ。
傷付いた人々を助けたい――
その結果、自分の部下の生活を脅かすこととなるなど、まるで頭の隅にも無かった。
そして――信頼を寄せていた部下に、水面下で暗殺の計画を立てられていたのだ。
受け止めるのは、少し時間が掛かるかもしれないね。
「本当に愚かでした。人々を助ける前に、彼らの生活をまったく考えていなかった。そんなボクに、人々など助けられるわけがないですよね。殺されそうになって当然でした」
「それに他にもやらねばならないことがある。資金のこともそうだが人材集め、収入が生まれた際の税金発生など。君はそういうところまで考慮していたかい?」
フルフルと――パトリオートは弱々しく、そして即座に首を振った。
「何も。本当に、絵に描けばそれが実現するような、そんな気持ちで企てていました」
子供というのはまだ何が可能で不可能かを見極めるには、圧倒的に経験と知恵が足りない。大人が考え付かないことを思い付くだのと言われる時があるが、それは単に常識を知らないだけの知性に欠ける脆い発言である以外に他ならない。
だからこそ子供の言葉とは聞こえの良い偽善論となってしまう。特にこの世の中だ。その色がより一層強まってしまっている。あの時は耳と脳が腐るかと思ったよ、私は。
「あの黒服の男たち、君にそんな計画は止めるべきだとは言わなかったのかい?」
「言ってきましたよ。それでは自分たちの生活が危うくなってしまうと。毎日毎日、それはもう執拗に。だからボクは言いました。『いままでボクたちは一般市民を苦しめる兵器を作り出した。今度は、ボクらが苦しみ、彼らが救われるべきです』と。あの時は一旦引いてくれましたが」
「結果は散々。部下に裏切られ、私に殺され、何とか蘇生した、と」
哀れにも程がある。もう少し彼には、裏社会とはどのような場所であるかの知識があれば結果はまったくの逆になっていたのだろうが、こればかりは彼の父親の教育のなってなさを恨むしかないだろうね。無知だった自分共々、彼が、恨むしか。
部下との三文忠誠劇に父親の不十分教育。
まったく。いつから裏社会はこうも甘いものとなったのやら。
ただ、生まれつき戦場で育った私が甘いのか否かを発言するのは、いささか正常な発言と言えるのかと問われてしまう。裏社会に身を投じてまだ十数年程度の私では何とも言えないがね。群れて組織を構成している分、戦場より甘いのは事実だが。
「みんな、分かってくれたのだとばかり思っていました。ボクも彼らと同じく、いまの生活を捨てて人助けをしようと覚悟を決めていたのです。だからこそ、まさか自分たちの生活を最優先事項にするとは思いもしませんでした」
「人間とは本来、そういう生き物さ。他人のために行動して身を削るなど、私にはマゾヒズムなのかと疑ってしまうほどには、愚かしい行動だと思うよ。自分勝手くらいで、人間とはバランスの整う生き物だよ。だからこそ、世の中は《・・・・》思い通りにいかない《・・・・・・・・・》のだよ」
世の中が何故自分の思うように描かれないか? それは簡単な話さ。
世の中の人間たちは一見すると手を取り合っているように見えて――その実、小さな行動ではあるが隙間を縫うような細かい自分勝手な行動が影響しているからだ。
ある者は会社のためにとコツコツ働き、ある者は昨日の宴会で飲み過ぎたと作業を滞らせ、ある者は仕事をしているフリをして遊んでいたり。だいたいそんなものさ。
「……いまでも信じたくありませんよ。そんな非平和的な現実」
でも、とパトリオートは、光の灯っていない青い瞳をまぶたでキツく覆い――
「嫌というほど味わいましたよ。人の本性が、あまりにも身勝手で自分勝手なのはッ」
おそらく蘇生して――いや、出会って初めてであろう少年とは思えない深い悲しみを含んだ捉えようのない、しかし悲痛という声の鎗となって私の脳に直接貫く勢いで叫んだ。
しかし私にはそれが――当たり前だというように捉えられ、へし折られてしまう。
「精神と蓄えが豊かであるから、人間とは他人を思いやる。そうでなくても、一般市民は他人を思いやる。欲より情を優先する生温い連中だ。だが此処は――裏社会はどうだ? 組織のために思いやる者もいるだろうが、それは浅はかであり愚かしいというもの。ジパングのマフィアは国柄ということもあり仁義を重んじるので例外だが、本来マフィアとは人間を駒としか見ない。手柄のために仲間を蹴落とし、恨みを買って闇討ちに遭い、他の組織に目を付けられて抗争となり、金で内部から裏切り者が出て崩壊だなんてザラだよ」
所詮、人間の思いやりや争いの嫌悪とは『自分が傷付きたくない。そして他にも同じことを思っている人がいるから、みんな手を取り合おう。そうすれば誰も傷付かない』という吐き気を催す甘ったるい考えから生み出された妄想。
注目すべきは手を取り合うところではなく――『自分が傷付きたくない』
結局は利害の一致で、人間とは他者と手を組んでいるのだ。
人間は思いやりがあるだの協調性に長けた種族などと妄言を吐き散らす汚物に等しい生物学者もいるが、そういう者は何処かで『人間こそ優れた生物』と思っているからこそ真意に気付けない。争うことは愚かだと、人間である自分たちの本能を否定する。
はっきりと言おう。
その考えは過ちだと。その考えは驕りだと。その考えは非生物的であると。
すべてが表の社会とは反転しているこの社会では、自分さえ良ければそれで良いのだから。裏社会こそ、人の本能にまみれた、地球上で最も人間臭い場所なのだから。
裏社会で生まれた以上、表社会の光を浴びることは決して出来ない。すなわち一本の街灯。裏社会の人間たちとは、それに魅せられ酔いしれた蛾であることに他ならない。
だからこそ――この子は生まれた場所と時代が本当に間違いで不運だったのだ。
「やっぱり、世界平和とは夢物語なのでしょうか?」
「諦めきれないかね? 君が殺されたのが、何よりの証拠だと思うのだが」
胸の肉を抉り、心臓付近に打ち込まれた銃弾。
パトリオートはその凶弾を受けながら、まだすがる思いで私に問い掛けてきた。
私はそれを――蹴落とす勢いで否定する。
「世界人口は二〇二〇年で七十六億人を突破し、第三次世界大戦で各国の都市が焼き払われたこと、不衛生による疫病の蔓延、大規模な食料困難より人口は激減したが、それでも現在はおよそ三十五億もの人間がこの地球には暮らしている。イトゥリア国だけでも三百万人ほどいるというのに、その前に君は自分の部下の生活さえ保障出来ずに襲われたのだよ?」
世界中の主要都市人口のほとんどが半減し、追い討ちをかけるように疫病や食料困難で人口が更に激減しているこの世の中で、いったい一人の少年に何が出来るというのか。ワトソンのアニメではないが、それこそファンタジーな特殊能力を備えていない限りは何も出来ないだろうね。寝言は寝て言えと呆れたくなる。
「三百万人……ですか」
現在のイトゥリア国の人口を聞いたパトリオートは目を丸くして私の言葉に驚愕する。
その様子を見るに、この国の人口すら把握していなかったようだ。これはあれだ、常に誰かに頼めば何でも実現したような環境で育った人間に見られる反応だ。
おいおい、まるで甘やかされたニートではないか。
あぁ、ニートといえば以前、ジパングの若年層で働かない人間――ニートが大増殖し、ちょうど第三次世界大戦が開戦されたので徴兵して国民に大激怒されたというニュースを観たね。
あの時は笑ったよ、ジパングの人間の甘ったるさに。彼らの生活は裏で侍や忍者の末裔や軍人たちによって成り立っているというのに、自分たちはぬくぬくと生活しているときた。まるで性質の悪い寄生虫だ。古き良きジパングの神風精神は何処へ行ったのやら。
まあ他国の悪口はこのくらいにしておき――
「……長話が過ぎたね」
スッとベンチの背もたれから立ち上がり、回り込んでパトリオートの前で立ち止まる。
私の目付きが、獲物を狙う時のように細くなっていく。
「そろそろ、行動に移させてもらおうかな」
キョトンとした瞳で此方に視線を送る彼の瞳を見下ろし、私は右手を腰に当てた。
ひんやりとしたピースメーカーのグリップが、指先に伝わってくる。
「ミ、ミステーロさん?」
「覚えているかな、私と運転手の男とのやり取りを」
「な、何のことでしょう」
「彼に『ある人物の依頼を受理した。君たちの組織に関する非殺傷の依頼をね』と言ったことだよ。君も隣にいたから、聞いていたはずだが」
あぁ、と相槌のような返事をするパトリオートを見下ろし、私は言葉を続ける。
「実はその依頼だが、これはまだ達成していなくてね。そしてそれを、いまから果たそうと私はしているのだよ」
「それは……ボクと関係のあることですか?」
「あぁ。それはもう。密接どころか、君に用のある依頼だよ」
私は右手で腰に吊ってあるホルスターに収納されている、冷たいピースメーカーの感触を確かめる。そのまま、視線は再び彼の心臓付近を見据えながら。
全神経を右手と視力に注ぎ込むと、辺りの時間の流れが徐々に遅くなっていく。
そして――
「ちょっと待ってください」
不意に、彼がやや大きめの声で私に静止をかけてきた。
「……」
この子、私が何をしようとしているのかに気付いたようだ。
命乞いをするつもりか?
「……少しだけ、ボクのお話を聞いてくれませんか?」
話だと?
「断る。もう時間が無いのでね」
吐き捨てるように要望を断ると、パトリオートは――
「フフッ、そう言わずに」
笑顔を、見せた。
「……!?」
笑っ、た……?
いままで殺してきた人間は全員、自分が殺されそうなこの状況に陥ると、恐怖に顔を歪めるか無気力なものになるかのどちらか。
だがパトリオートは違った。
初めてのケースだ。殺されそうになっているのに、笑顔を見せたのは。
何だ、これは。気でも狂ったか?
い、いや……しかしそういう風には見えない。
まるで親しき者と接するかのような、優しく柔らかな笑み。
どういうことだ? こんな状況下で――笑う、だと?
「……」
何故だろうか、そこで私は行動を移そうとしていた己の肉体へと停止するよう無意識のうちに働きかけ、右手を下ろしてベンチに腰掛ける彼の隣へと座っていた。まるで、彼に操られるように。糸で吊ったマリオネットのように。本当に、無意識のうちに。
しかし不思議と疑問や不快感はなく、私は言われるがままに彼の話を聞こうという姿勢となっていた。彼の笑顔に心打たれたわけでもない。もう時間が無いのは本当のことだ。
――その笑顔の原因が知りたかった。どうしてそんな顔をしたのか。
自棄になったわけでもなさそうだ。だったら……?
いや、その前に……何故私は彼の隣に座っているのだ?
ここで私はようやくいまの流れに疑問を持つが、その考えを遮るように――
「ミステーロさん」
パトリオートが、口を開いた。
「子供のボクにだって、遺言のようなものはありますよ」
いま思い付いた遺言ですけどね――彼は、また笑った。
ずいぶんと生意気なことを言う。たかが齢十の少年が。
私は少し顔をしかめるが、結局は大人しく彼の遺言とやらに耳を傾けるのだった。
――イトゥリア国・某所
押し寄せるさざなみがコンクリートの壁に何度もぶつかる。ザザン、と耳障りの悪い人間の喧騒とはかけ離れた、癒しの音色が辺りに反響して聞こえた。地面には朽ちた木材が無残に転がっており、幾年もこの場所は放っておかれているのだと強烈に認識させられる。
此処に着いた頃には既に辺りは真っ暗な闇に包まれていた。手を伸ばせば、漂っている闇が布のように掴めるのではないかと思うほど、その闇には質量的な密接感を抱ける。
(まるでこの場所だけ、空気の感じが違う……)
忘れ去られたような、孤独に佇んでいるような。他人事ではない気がした。
纏わり付く闇を振り切る思いで私は速めに歩き、その後ろをワトソンが追いかける形で目的地に向かっている。相棒は歩幅が狭いのでやや走り気味だ。
車を出て歩くこと五分弱、その人物は暗がりにぼんやりと浮かび上がってきた。
「おぉ、ミステーロさんにワトソンさん。どうもお久しぶりです」
「出たな怪人・ウサンクサー! よくもボクらを嵌めやがって!」
ウサンクサー……胡散臭いということか。
相棒の例え方や言い草は、たまに理解が遅れるので頼むから普通に喋ってほしいね。
「その点に関しましては後ほど。ササッ、此方へどうぞ」
日付が変わりそうな午後二十三時五十八分。
〝M〟の提示していた集合場所へと訪れた私とワトソンは、壊れかけた電灯に薄っすらと照らされた〝M〟の手招きにより、子供が積み上げて造ったようなボロボロのプレハブ小屋へと足を踏み入れた。埃とカビの臭いが酷い。思わずむせ返りそうになる。
入ってすぐ、入り口から数歩だけ歩いたところでクルリと〝M〟が此方を向く。
「ところでお二方。此処に来られたということは――」
「あぁ。依頼通り、持ってきたよ」
いま私の左手には狙撃銃の入ったカバンの他に、黒く大きなカバンを持っている。それを〝M〟の指示で小屋の中央にある、いまにも壊れそうな木製のテーブルへと乗せた。
〝M〟は終始にこやかに私たちと対話しているが、〝ソフェレンツァ〟に情報を流されたという、信頼を根こそぎなぎ払う行為をされたため警戒心を解くことが出来ない。
ふと、睨み付ける視線に気付いたのか〝M〟は鋭い眼光の私たちを見て少し慌てたように
「どうしましたか、お二方? そんな怖い顔をなされて」
しかし何事も無かったかのような気軽さで問い掛けてきた。
「とぼけるな。君は何故あのような真似をした?」
「と、言いますと?」
まだとぼける気か。
その無駄に高そうなサングラスをかち割ってやろうかッ。
「〝ソフェレンツァ〟に、私がパトリオートを殺害するという嘘の電話を入れたことだ」
ははぁ! そのことですか。
〝M〟は一昨日のテンションより遥かに高い声で返事をした。馬鹿にしているのかどうかは定かではないが、このテンションの上がりようはまるで一昨日の人物とは他人のように見えてしまう。流石のワトソンも、口元を引きつらせて後ずさりしている。
「いえいえ。これは仕方のなかったことなのですよ?」
「仕方がないだと? 暗殺系の依頼では情報漏洩が最も恐れている事故だというのに、君はあえて組織に電話をかけた。相応の理由があったにしても、許されることでは無いぞ。それとも何か、私たちを試したかったのかな? 報酬を受け取れるか否かの存在かと」
「あら……。流石はミステーロさん。うちのボスの思考を完璧に推測なさるとは!」
ボス……その者が今回の依頼を申し込み、そして私たちを嵌めた張本人か。
私たちを試すということだが、いったい何の目的でそんなことを……?
「一応ですが説明致しましょう。今回の依頼はズバリ、ミステーロさんとワトソンさんを試すための依頼です。お二方が報酬である、ミステーロさんの実家にまつわる物を受け取るに値する実力の持ち主であるかを試すための、試練です。あ、結果は合格ですよ?」
ずいぶんと上から目線で、そして舐められたものだね。私は店の気分で何でも屋を営んでいるわけではない。なので依頼主と私は対等だ。金さえ払えば何でもするとはいえ、な。
それに試すということは……いままでの行動を監視していたのか?
「高みの見物と洒落込んでいたわけか。良いご身分だね」
「退屈でしたよー。特にサービスエリアでのやり取りは」
「別途料金でも払っていれば面白おかしくしていたのだが」
「それでは私のお財布が……。しかし戦闘はあまりの華麗さに腰を抜かしましたよ!」
褒められてここまで嬉しくなかったのは今日が初めてだよ。
「合格したのは素直に喜んでおくとして、勝手に情報を漏洩するとは如何なものかね。場合によっては、君をこの場で殺していたかもしれないよ。」
「おやおや物騒な。しかし殺さなかったのは?」
「君の行動が、私の中での殺害条件に満たさなかっただけだよ」
実際には、殺してしまっては報酬が手に入らないからである。おそらく〝M〟は私のこの考えを見通した上でからかっているのだろう。何処までも腹立たしい奴だ。
「寛大な御心、感謝致します。それでは早速、中身の確認をさせていただきますね」
〝M〟は私がテーブルの上に置いたカバンへと手を伸ばし、そしてチャックを引いていく。ジイィ……という短絡的で無機質な音が小屋の中に細々と響き、彼は丁寧にチャックを全開にさせてからカバンを広げ――暗がりなので中身を小さな懐中電灯で確認する。
カバンの中に入っていたのは――十代に入って間もないほどの幼い裸体の少年だった。
――正確には、少年だったものだが。
〝M〟はこれも丁寧に懐中電灯で顔を照らし、ピクリとも動かない少年の顔をまじまじと見つめ続け、それは五分もの短くも長い間、行われた。
「……」
「……」
「……」
ザァン、ザザザザァァァン。
辺りには静寂と外から伝わってくるさざなみの音だけが聞こえる。
更に数メートル先もろくに見えない暗さも相まって、小屋の中には独特の重苦しい空気が漂う。
「……」
「……」
「……ふぅむ」
パチン、と懐中電灯の電源を切った〝M〟は、暗がりであまり見えないがにこやかな笑みを此方に向け、うんうんと何かを納得したように首を縦に振り――
「此方も合格です。依頼通り――〝ソフェレンツァ〟の跡取り息子であるパトリオート君の遺体です。作り物ではなくそっくりさんでもなく、本人です」
チャックを閉めた〝M〟はカバンをポンポンと叩いた。まるで物でも扱うかのように。
「……ッ?」
それが何故か――腹立たしかった。
ギリギリと軋む。胸が。腹が、頭が、腕が、指先が、足が、足先が――
「確認が取れたようなら早急に報酬を渡せ」
このままでは冷静さを失いかねん。
私はすぐさまこの場から引き上げようと〝M〟を催促するが
「おや、お急ぎですか? これから何処かへ?」
どういったわけか、〝M〟の素っ気無い態度に――
感情が、押さえ込めなくなったのだ。
「お前には……関係のないことだッ!」
ドッと溢れるような殺気が瞬く間に小屋の中を占領する。
ゴポゴポと頭に血流が押し寄せ、思考はまたもノイズが走り、かき乱されていく。心臓の鼓動は破れる勢いで収縮し、瞳孔がみるみる開いていくのが手に取るように分かる。
殺到する圧迫感にワトソンと〝M〟はギョッとしたように目を見開き、私から距離を取った。それでもなお私の正体不明の不快感は勢いを衰えさせない。
何だこの感覚は……。パトリオートの遺体を叩いたのを目の当たりにした程度で、何故これほどまでに私は、取り乱している? 怒り狂っている?
分からない。何故だ? 理解不能は私にとってはストレスにしかならない。
それが燃料にでもなっているのか、私の怒りはみるみる膨らんでいく。
このままでは……衝動的に〝M〟を殺しかねんッ。
「早急に報酬を渡せ! いまの私は機嫌が悪いッ。殺されたくなければ――」
「わ、分かりました! いいいいいますぐお持ち致しますので少々お待ちを!」
先程の余裕は何処へ行ったのか、〝M〟は飛び帰るように小屋の奥へと走り去り、泣きやらガサガサとあさり始めた。動きがゴキブリみたいで、不快感で思わず射殺しそうになる気持ちを抑える。そして、ハッとした思いでワトソンの方へと目を向けると
「ミ、ミステーロ……」
怯えていた。
私の顔を見つめながら。
実年齢より幼く可愛らしい顔を歪めながら。
小さな身体を小刻みに震わせながら。
「……ぁ」
あぁ、またやってしまったか。
実家のこととなると、やはり盲目になってしまう。いつもの私がいまの私を見たら、どれだけ顔を覆ってもその赤面は隠し切れないほど、恥ずかしいと思うほどだろう。
……だが、今回は実家のことではなく、パトリオートの遺体を叩かれたのを目の当たりにしたら発生した怒りだった。どういうことなのだろうか。頭でも打ったのか私は。
いままでの私が見ても、それは明らかにおかしな現象。人間の遺体を叩かれて怒り狂ったことなど一度もなければ、そもそも怒り狂う理由にもならない。
だったら何故……?
「す、すまない。少し気分が悪いだけだよ。その苛立ちで、つい」
「う、うん……」
短く頷いたワトソンはそれ以上口を開くことはなく、私もまた〝M〟が此処に戻ってくるのを静かに待った。というか長い。そんなに大きな物なのか? 重いようなら手伝うぞと声をかけても、大丈夫ですよと一蹴されてしまったので待つしかない。
「よいしょ……っと。入り組んだ場所に隠しておいたので取り出すのに一苦労ですよ」
〝M〟が何かを探し始めて数分。私の方も正気を完全に取り戻していた。
それを見計らってか、〝M〟は何度も此方に視線を送っては私の態度を何度も確認している。
そしてもう大丈夫だと判断したのか、タタッと歩幅の短い走りで此方に駆け寄ってきた〝M〟は私たちの目の前で、細長い茶色の木箱に積もった埃を払い、そして私に手渡してきた。
「はい、これが今回の報酬です。どうぞお開けになっても宜しいですよ」
「言われるまでもない」
古びてところどころ穴の開いた木箱を乱暴に開け――コトンと、勢いがありすぎたようで木箱から何かが床に落ちる音がした。少し慌てて其れを拾う。
〝M〟が懐中電灯で照らし、私の眼前に飛び込んできた物、それは――
「これは……羽ペン?」
白かったであろう羽は茶色く汚れた、見るからにボロボロの羽ペンだった。先端部分には黒のインクがこびり付いており、余計この羽ペンに歴史を感じてしまう。
いや、歴史だけではない。本当にこの羽ペンからは、何か、別の……何だろうな、口ではなかなか言い表せない、直感的な部分を刺激する何かがある。
私は第六感など信じていないが、表現しづらい得体の知れぬ力を感じるのだ。
「それは生前、あなたの曾お爺様がご使用になられていた羽ペンですよ」
「曾お爺様が……この、羽ペンを?」
「もしかしたらその羽ペンには、曾お爺様のDNAが付着しているかもしれませんよ?」
――ッ!
その言葉に、またも頭が一瞬にして真っ白く塗り潰された。
曾お爺様が……この羽ペンを。
それが本当ならば、〝M〟の言う通り――
曾お爺様のDNAが付着している可能性がある!
「あっ! ちょっとミステーロ!? 何処に行くの!!」
気が付くと私は床を踏み抜かん勢いで小屋を後にし、ワトソンの制止の言葉すら振り切って深夜の暗がりへと消えていった。
「凄まじい勢いでしたね……。おや、追いかけなくて良いのですか?」
「……いや、その前にちょっと聞きたいことがあるからね」
台風のような荒々しさで小屋を飛び出したミステーロは少しの間だけ置いておき、ボクはどうしても気になることを聞くために台風一過で静かとなった小屋で〝M〟と向き合う。
聞きたいこと、ですか? 〝M〟小首を傾げてボクの瞳を覗き込んできた。
「今回の依頼だけどさ、どうしてパトリオートを殺す必要があったのかなって」
あんなボクよりも幼い男の子を殺した。その理由が聞きたかった。
十歳になったばかりの男の子を殺す理由に、興味があった。
「そうですねぇ。特別、口外禁止とは言われていませんし。構いませんよ。まあ、ざっくばらんに説明致しますと――事の発端は〝ソフェレンツァ〟のボス、つまりパトリオート君の父親が『息子を暗殺するように』と依頼したことから始まります」
「彼の……父親が?」
「パトリオート君がいまの組織を解体しようと本気で考えていたのはご存知ですよね?」
それが何だというのかな。
ミステーロみたいな賢い頭を持っていないボクは、素直に〝M〟の言葉に耳を傾ける。
「父親であるボスが何度も説得しようとも解体すると聞かず、しかし彼は持病の悪化でどうしても息子であるパトリオートへと、ボスの席を譲らなくてはならない状況でした」
この話だけを聞いていると、まるでパトリオート君の方が悪者で、殺されても仕方がなかったと言いたくなるのだけど。
此処に向かう道中でミステーロから彼の偽善論とやらを聞かせてもらったけど、平和を実現するために組織を解体したんじゃ、組織の人たちの平和は護れず本末転倒。おまけに彼らから恨みを持たれてミステーロに殺され、また生き返り、またまた殺された。
医師だし戦闘中ではないから変に言えないけど、本当に殺されて当然の所業だと思うよ。
組織のボスとは、組織の人たちを護ることも仕事。
だから彼のような行動は、組織の人たちの命を脅かした。
この裏社会では、殺されても文句は言えない動機だ。
まあ死人に口無しだし、文句もクソもありゃしないけどさ。
「家族はもう彼と二人だけで、一度は信頼のおける部下に譲ろうかと思ったものの、何とか息子が改心してくれないかと説得を続けるも結果は変わらず」
「で、息子を殺したということは、彼の父親は部下たちの命を選択したんだよね?」
「えぇ。いくら息子といえども組織を解体するなら敵であり、更に苦楽を共にした部下たちを不幸にするのなら容赦はしない……と仰っていました」
一人の息子と大勢の部下……彼の父親の天秤は、部下の方に傾いた、と。
なるほどねぇ。苦肉で眉間にしわが寄る選択だったろうねぇ。
この依頼は何もかも、パトリオートの父親の部下思いから発生した悲劇のストーリーみたいな感じかな? ミステーロが聞いたら嫌悪感丸出しな顔になりそうだ。
「あれ? そういえばさ……父親って反乱因子側だったの?」
ふと、今更なことを呟いてみる。
もしそうだったとしたら、ミステーロが部下を殺したのって、向こうにとっては誤算とかってことになるんじゃ? 四十人近く、全員殺されているんだし。
「はい。彼は反乱因子側でした」
げげっ。完全にボクたち悪者じゃん。
絶対に後でこれ報復とか来そうだよ……。
マフィアの報復のやり方って知らないけどさ、よく聞くやり方だとボコボコにした後にコンクリで足を固めて海にドボンってやつ。ゾォ~ッ、想像しただけで寒気が……。
「しかしある誤算が発生します。本来あの三十万ユーロは、パトリオート君がミステーロさんへ支払うために用意したのではなく、パトリオート君が反乱因子の方々へ渡すためにと用意されたものです。本当でしたら防弾車が突っ込んできたあの時に、彼を脅して改心させ、ついでにそのお金を支払わせることで丸く収めようという内容でした」
「なにそれ。反乱因子がボスを裏切ったの?」
「ご名答です」
聞くに、ボスは暗殺の依頼を出したものの、もしこれで息子が篭絡しなかった場合の最後の手段という作戦で、反乱因子たちも初めはそれで了承した。ミステーロが暗殺しに来るぞ! という嘘の電話は、試練の他にも『別の組織から雇われたと思うミステーロが暗殺してしまっては、自分たちの組織の警備がザルだという汚名を着せてしまう恐れがある。だから心してかかれよ?』という意味合いもあったらしい。良い迷惑だよ。
だけど、あの頑固なパトリオートが果たして首を縦に振るだろうかと考えた彼らは、ちょうど電話で知らされてきたミステーロの暗殺電話と、国のお偉いさんからの依頼でミステーロを暗殺するようにという話が同時期に転がり込んできて、ふと彼らは思った。
――寧ろミステーロをおびき寄せ、パトリオートもろとも殺せば良いのでは?
そうするとパトリオートの三十万ユーロは手に入らないものの、国からの報酬金はそれ以上の額だったから無視しても良いだろうということになり、ボスを裏切ることにした。〝ソフェレンツァ〟だって、跡取り息子がいなくなれば存続の危機に立たされ、現ボスも病に倒れることで長くは持たない。その隙に彼らは国外への逃亡を計っていたらしい。
もともとパトリオートの存在を快く思っていなかった連中だったから計画は瞬く間に浸透したけど、ミステーロがパトリオートを暗殺する素振りを見せなくて色々と焦ってゴタゴタして、結局は皆殺しにされミステーロがごっそり儲かったというのが今回の内容。
ボスにしてみれば裏切られるわ部下を殺されるわ、しかも今日の会談では国のお偉いさんたちから何事かと大目玉を食らうわ、散々なものだったらしい。踏んだり蹴ったりだね。
まあ何と言いますか、欲張りすぎると自分はおろか周りにまで迷惑をかける辺りは表の社会と同じなんだねってことが、今回の依頼を通してよく分かったよ。
で、最後に聞いておかなきゃならないことが。
「結局のところ、すべてを裏で糸を引いていたのは――」
「えぇ。我々の組織ですよ」
ニコリと微笑む〝M〟。その顔は、曇りのない晴れやかなものだった。
うわっ、ウザい顔。
殴りたい、その笑顔。
サングラスの破片を顔面にめり込ませたい。
「最終的な手引きは我々の組織のボスが行っていたので、私はさしずめ司会者という立ち位置ですよ」
「司会者、ねぇ」
正直な話、こいつからは胡散臭さと余裕さの両方しか感じないけど――ボクには分かる。
こいつが、本当の実力を隠していることは。
すまし顔を決め込んでいるボクだけど――本当はこいつがミステーロの殺気にもまったく動じていなかった。それが最も恐ろしかったんだ。ミステーロの殺気以上に……。
「向こうも予測通りに動いてくれまして、私の方も非常に動きやすかったですよ!」
「反乱因子がミステーロを護衛役と騙して雇ったのも、予測済み?」
「と言うより、その方法が彼らにとって最も安全な誘い方だったと思いますよ?」
す、末恐ろしい……今回の計画を企てた奴、頭良すぎでしょ。
「ところでさ」
「はい?」
「あんたの組織って結局何なの? ミステーロの実家にまつわる物を持ってるしさ」
其処だった。
ボクが最も気になっていたのは、其処だった。
ミステーロの実家にまつわる物は、長年彼女が追い求めていた代物で、最近では毎月お金を支払って〝シーカーズ〟に捜索を依頼しているほどだ。
それでも見付からないのに、何でこの組織が持っていたのかという。
いままでミステーロは世界各国を飛び回って依頼をこなし、現地でそれらしき情報を得ては探して、結局何も見付からないの繰り返しをしてきた。
そして今回、彼女にしてみれば願ったりの依頼が舞い込んできたけど、受け取る資格がどうの試練がどうのと、猛烈に怪しすぎるし胡散臭い。
もしかして、ミステーロの実家を襲ったっていう組織と、何か関係が……?
「それはまだお話出来る時ではございませんので、あしからず」
「……まだ?」
まだ、ってどういうことさ?
疑問に思っていると、〝M〟はしまった! という焦りの表情を浮かべ――
「おおっと失敬。口が滑りましたね。では私はこの辺で! 遺体を運ばなくては!」
ハッとして取り押さえようと動いた頃には遅く、怪しい言葉を残したまま〝M〟は身軽な動きでパトリオートの遺体の入ったカバンを背負うと、暗闇の中である小屋の更に奥へと走り去ってしまう。後を追ってみるも、其処には既に〝M〟の姿はなく、キィキィと乾いた音を立てて揺れる、壊れかけた扉があるだけだった。
「あちゃぁ~、しまったなぁ。何かの手掛かりになるかと思ったんだけど」
逃げ足が速くて胡散臭いとか、何処ぞの弓装備で心臓の無い風来坊だよ。本当、まるで胡散臭さが服を着て歩いているってこんな感じなんだろうね。
まあそれはさておき。
「……まだ、か」
これはあれですな。
ゲームや漫画、アニメで言うところの――
――いずれまたお会いしましょう!
って意味なんだろうね。つか、すごい消化不良な終わり方だな。謎が残りすぎだぞ。
暗闇に消えていく辺りとか、あいつ絶対に忍者だろ……。
うん。絶対にそうだ。汚いなさすが忍者きたない。
苦々しい思いを噛み締めながら、ボクは思い出したようにミステーロを追いかけ始めるのだった。何処へ行ったのかアテはまったく無いけど。
「……ところで」
黒いカバンを抱えて漆黒の闇の中を駆ける〝M〟は、サングラスで目元を隠し、更に夜の闇に閉ざされその表情は窺えないが――はっきりと、疑問の色で構成された声音でポツリと、そして不思議そうに呟いた。
「ミステーロさん……何故この子が与えた衣服を纏って、此処へいらしたのでしょうか?」
周囲の闇に散らばる〝M〟の疑問。その問いに答える者は誰もおらず。
まして、ミステーロに衣服を与えた当の本人も――
カバンの中で、沈黙を貫くだけであった。




