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第14話 蘇生の理由

「な、何だ、此処は……」

 防弾車の中から見えた外の景色の感想――

 その私の第一声は、驚愕の一色のみであった。


 中はすべてが鉄で覆われた広い場所で、時折心地よい風が柔らかく吹いてくる。

 そして覆い尽くさんばかりの、緑が広がっていた(・・・・・・・・)


 木々が生い茂り、蛇行する川がまず私たちを出迎える。車を出て周囲を見渡すと、木製の橋があちこちに架けられ、地面には花々が咲き、風から香る自然独特の深みのある清涼感は、此処が建物の内部であることを一瞬にして忘却の彼方に吹き飛ばす不思議な力があるようにも思える。


 天井には煌々と輝く太陽――いや、太陽のような球体(・・・・・・・・)? 人工的に作り出した、太陽と似た暖かい光を出しているようだ。あれが日光の役割をしているのか。


 確か私たちは建物の中に入ったはずだが……。これは、目を疑わざるを得ない光景だ。

 運転に気を取られていたのと光学迷彩の影響で、この建物の大きさまでは把握していないが――建物の中に植物園とは比較にならないほどの広さの自然が展開されていたのだ。


 まるで道でも間違えて目下にあった森にでも迷い込んだかのような錯覚さえ感じてしまうが、その思考は何処からともなく聞こえてきた拙い声によりかき消された。


『ようこそ。ワトソンさん。ミステーロさん』

「……おもてなし感謝するよ。ずいぶんと空気が美味しいが、独創的な空気清浄法だね」

 我ながら何を言っているのかよく分からないが、一応は『何だこの内装は』という意味合いだ。

『此処は〝第二十三部拠点〟です。周囲が森なので、合わせて内装も、森にした基地です』


 ……合わせる必要があるのかね?

 建物自体は周囲の森と一体化しているのだ、内装までこんなオールグリーンにしなくても良かった気がするぞ。他所の組織の駄目出しは失礼なので言わないが。


 というより、此処の他に拠点が、少なくとも二十二も存在するのか。

 ……本当に結成して、一年なのだよね?

 本当に、何処からそんな金が出てきているのだ?


「ところで、そろそろ聞かせてくれ。此処に誘導した理由を」

 それはさておき、やはり気になるのはその点。

 危うく此方まで死にかけ、それでも連れて来た理由を聞こうではないか。


『急患、でしたよね。彼』

「そうなんだよぉ。この子、死んじゃいそうで……」

 相棒がパトリオートを抱えながら、涙ぐんで花音に助けを請うように状況を説明する。

『此処には、一般的な病院より、設備も道具も、揃っていますから』


 こんな大自然溢れた場所がかい? 何かの冗談のように思えてならない。

 ありがたいといえばありがたい話だが、あんな寿命が縮まるような悪路を走らされ、下手すれば此方も医療器具のお世話になるどころでは済まなくなりそうだったのだが。


『ワトソンさん。彼の、容態は?』

「さっきから脈が復活したり、また死んだりを繰り返してるんだよね」

 彼が仮死状態となりワトソンの応急処置を施してから、十分ほどが経過している。心停止では三分、呼吸停止では十分が経過すると死亡率は五割に急増してしまうとか。

 相棒の応急処置でどこまで時間が稼げているのかは定かではないが、時間が無いことに変わりはないだろう。まったく。金に執着し過ぎた結果がこれとは、アホ過ぎて笑えん。


『いま、其方に医師が、向かっています。ワトソンさんにも、手伝ってもらいます』

「そのつもりだよ」

 そう言うとワトソンは『薬殺刑で使われる量よりは少ないんだけど、やっぱり子供じゃ無理があったかぁ』と言いつつ、心臓マッサージや人工呼吸を繰り返していく。私にも何か出来ないかと問い掛けるが『銃の整備でもしてろ!』と何故か怒られてしまった。

 つまりは医師の足手まといになりかねないから外野にいろ、という意味だろう。


「……では推理小説でも読んでいるか」

 相棒から邪魔者扱いされてしまい、大人しく引き下がることにした。

 あちらの行動一つで彼の命は左右されてしまう。素人が邪魔をしたら大金を失いかねん。


 さて、では何処で読もうかね。座って読むにしても、下は土や花が展開されている。仕方なく防弾車の元へと歩く。その防弾車だが、周囲はタイヤが焼けてゴムの臭いが漂っており、私の鼻腔をグサグサと猛烈に突き刺してきた。堪らず私は口と鼻を手で覆い、急いで運転席へと転がり込む。

 グッ……鼻が利きすぎるのも、問題だね。




 防弾車に乗り込んだ私は何度か深呼吸をしてから、胸ポケットから文庫本を取り出す。

「前回は、ちょうど良い時に閉じてしまったからね」

 手の平サイズに収まる文庫本。茶色い紙のカバーに覆われたそれを見た私は、少しだけほくそ笑む。


 タイトルは『連続放火魔のいる日常』日常的に放火が繰り返される街に住む探偵が主人公。全十八巻で累計部数が現在までに六百五十万部という大人気推理小説だ。

 日常的な描写と、放火が発生した時の場面転換が素晴らしいと好評の小説で、私も推理作品の中で上位に食い込むお気に入りの作品である。


 文庫本とは素晴らしいね。収納も楽で、片手サイズでありながら内容は濃い。作者はどのようにして犯人の手口や推理、人物の心情描写などを(つづ)っているのだろうか。

 あぁ、考えるだけで口元が弛んでしまう。弛むのを我慢するのが苦しいほどに。


 実家の影響もあってか、私は推理小説が好きなのだ。相棒のアニメ好きと並ぶほどに。

 人のことは言えないわけで、自室には世界中で人気な推理小説が所狭しに収納した本棚がいくつも羅列しており、相棒曰く『謎解きオタク』の称号を得てしまっている。


 だが推理小説は良いぞ。仕事の前に読めば集中力や論理思考力が上昇するのだからね。

 以前ワトソンがアニメを語ったのとは逆に、私が推理小説の魅力について説いてみたら『とりあえず、ミステーロの熱意は分かったからもう止めて』と、話が始まって数分でギブアップされてしまった。あの時は流石にカチンと来てしまったよ。


「まあそれは過ぎた話。いまは推理小説を読むことに専念しようかね」

 人が一人、生死を彷徨っている最中――

 私は落ち着いた手つきで、文庫本を開くのだった。




「おーい、生き返ってくれー。ボクたち、タダ働きになっちゃうだーよ」

 ペチペチとパトリオートの柔らかいほっぺを叩いてみるも、ちっとも反応はない。

 薬の効力が切れてきたのか、脈が復活し心臓も動き始めた。けど顔は土気色のまま。

 上手く酸素が補給出来ていないらしく、さっきからボクは何度も人工呼吸をしている。そのおかげで彼は何とか生きている――という危ない状態なんだけど。


「んっ、んぅ……ぷはっ」

 ファーストキスは既に花音ちゃんに捧げてるし、そもそもボクは国際医師免許を持つから人工呼吸を苦に思うことはない。だから何度も何度も口付けするように人工呼吸をしてるのだけど……起きない! まったく起きない! あっ、また脈が弱まってきた!


「ぬー! 美少女の口付けで起きないとか白雪姫だったらバッドエンドじゃねーか!」

 ん? あれは王子様がキスして起きるんだっけ? 叫んでから思い出した。

 わけの分からない愚痴をパトリオートの唇へと空気と共に吐きつつも、せっせと何度も彼の肺に空気を送り込む。時折ピクッ、と指が動くけど、意識レベルは未だに低いまま。


 人工呼吸をしたら次は心臓マッサージ。これは速すぎるのも遅すぎるのも駄目で、タイミング的にマッチしているのは――某アイドルが歌うオンリーワンな花の歌なんだよね。

 花屋に並んでいる時点でその花は勝ち組だろと突っ込みたくなるあの歌が、人工呼吸をするには適したタイミングのメロディーなんだとさ。確かにボクも初めてあの曲を聴いた時、無意識のうちに心臓マッサージを頭に描いていた。医師が言うんだから本当だよ。

 っと。そんなことよりマッサージだマッサージ。


「……というか、此処に来るという医師とやらはまだこないのかな」

 医師が来ると花音ちゃんが言ってから二分ほど経過する。そろそろ来てくれないと、本当にパトリオートが死んじゃうんだけど。


 蘇生しても低酸素によって脳に重い障害が残っちゃうのが一番の恐れだ。言語障害でも出たらパスワードってやつが聞き出せなくなっちゃうし、手足の麻痺もあったらパスワードを打ち込んでもらうという方法も出来なくなる。んにゃあああ~、どうしたものか。


 イライライライライライラ……。

 焦るボクの人工呼吸と心臓マッサージに、力が篭ってしまう。

 駄目だよ、ワトソン! そんなに強くやったら周囲の肋骨にダメージが――

 自分に言い聞かせるもその都度、ストレスという精神的手枷は増え続ける一方だ。


「あぁもう! 医師は何処にいるの! さっさと姿を現してボクを手伝え!」

「此処にいますよ」


「えっ」

「えっ」


「……うおっ!?」

 それは刹那の出来事だった。

 まさにボクの右隣で。

 一瞬にして姿を現したかのような突然さで。

 一人の青年が――しゃがんでいた。


 まるで気配を感じられなかったので、ボクは馬乗りしていたパトリオートの体から転げるように飛び退いてしまう。あまりに突然すぎて気付くのが一瞬だけ遅れちゃった……。




 あ、ありのまま、いま起こったことを話すぜ!

 ボクが『医師は何処にいるの!』と叫んだら、いつの間にか医師が隣にいた。

 な、何を言っているのか……まあ分かるけど。気付かないうちに近付かれてたんだけど。

 でも気配を感じなかった……。頭がどうにかなりそうだよ……。

 超高速だとか瞬間移動だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてなかった!


「いや、驚かせてすみませんね」

 青年は黒髪ショートに赤い眼鏡をかけ、やたらと気だるそうにボーっとしている。しわくちゃな白衣を身に纏い、両手には何やら大きめの皮製カバンが二つ。

 なかなか胡散臭いオーラを漂わす青年はボクと目が合うと、少し口角を上げた。


「い、いつの間に……」

「影が薄いとは、よく言われますよ」

 薄いってレベルじゃなかったぞ! もはや感知出来なかったっていうレベルだぞ!

 もしこいつが暗殺者だったら、ボクは既にこの世にはいなかった。そう思うと急に背筋がゾッとし、無意識に半歩だけ後ろに下がって青年に構えてしまう。


 何故か構えているボクに『?』と首を傾げつつ、不意に青年がカバンを開けた。

 な、何だ……何を出すつもりだ?

「それはさておき、持って来ましたよ。子供用のラッツォです」


 皮製のカバンから青年が取り出したのは、何らかの液体が入った注射器だった。

 それを先端の、カバーが付いている針の部分を摘み、プラプラとボクの目の前で揺らす。

 い、いや近いよ。それがラッツォなのは分かったからッ。

 分かったけど、一つ気になることがある。


「子供用? どういうこと?」

「通常のラッツォより成分を薄めに製造された特殊な薬品です。子供用なので大人には効きづらいです」

 それで彼を蘇生出来るかもしれないと?

 おぉ、何だかご都合的なお薬持ってくるとか、流石はボクの愛しの花音ちゃんが寄越してきた医師だ!


 でも大丈夫かなぁ。ラッツォは成人男性でも『叩き起こされたような感覚』を味わうほどの負担を肉体に与えてしまう。それを、薄めたからって子供に投与して良いものなのか。

 というより成分も効力も薄くて、果たしてちゃんと効くのかも気になるし――

「では投与しますね、えいっ」


 ぶすっ。

 何かが突き刺さる音が――かすかに聞こえた。

 その音を聞いた途端――

 ボクの不安と焦りはまるで飛行機の加速度のように一瞬にしてピークに達成!


「って、わあああああああああああ!?」

 ボクが薄めたラッツォの使用に戸惑っているその間に、青年がいつの間にかパトリオートへと跨り、上着をすべて取っ払って注射の針を心臓に打ち込んでいたのだ!

 注射内の液体が見る見るうちにパトリオートの心臓へと注入されていく。止めようにも、もう手遅れなのが一目で分かってしまった。


「お、おおおおおおお前ってやつは!」

「はい? 躊躇っていたようなので、代わりにやっただけですよ」

「そういう問題じゃないでしょ! 少しは心配すべきでしょ!」

 肉体への負担とか薬の成分が本当に信用出来るのかとかその他もろもろとか!


 心配? と青年は怪訝そうに眉を寄せ、同時に首も傾げてボクを見下ろす始末。

 何なんだぁ、こいつぅ……ボーっとした目でボクを見下ろしやがってぇ。

 これでもボクは医師! 患者の命は大切にしてんだよ! 戦闘以外では!

 それなのにこいつ、躊躇無く怪しい薬品を患者に打ち込むとは……!


(……ん?)

 あれ? あれれ?

 こいつの顔。そういえばこの青年、何処かで見たような……?

 あれー、何だったかなー。ちょっと昔、何かで見たぞこいつ。


「小生の作製した薬にケチを付けますか」

 しょーせい? しょうせい? 小生?

 小生……あっ、思い出した!

 ポンッと、ボクの頭上に花が咲いた気がする。小生という一人称で思い出したぞ。

 そうだ。こいつって医学者と薬学者、そして化学者としても相当の有名人だって何かの雑誌で読んだことあったな! 確か名前は――


八意(やごころ) 霧生(きりゅう)……! 何でこんな所に?」


 八意 霧生。侍と忍者が未だに暗躍する和の国ジパング出身の二十歳……だったかな。

 幼少期から数々の功績を挙げてきた天才的な頭脳を持つ青年で、別名『神の調合師(アルケミスト)

 多くの新薬開発に手掛け、手術台に立っては神の手と言われる程の腕前を持ち、最近ではトリカブトの毒に対する特効薬を製作したことで有名だ。


「何でって……〝シーカーズ〟のボスに頼まれまして」

「花音ちゃんに?」

 ボクは疑問の声を上げざるを得なかった。

 こいつは胡散臭そうに見えて、世界中の医療機関や化学開発機関からの協力要請が殺到している大天才。一日に一回は国境を越える超多忙人間と聞いたことがある。

 だから、そんな大天才さんがこんな所にいること事態が疑問なのだけど。


 それに、こいつを此処に派遣したのは花音ちゃん。こんなやつ、国のトップと同等な権限でも持っていないと呼べないぞ。チートを使ってボスどころか裏ボスまで倒すほどのモノでもを持っていないと無理だよ? 本当にガチで。

「ちょっと、花音ちゃんに頼まれたってどういう――」

更に問い詰めようと口を半分ほど開いたその時――


 ――ガッ、うぐっ!


 その腹の底から吐き出すようなうめき声は、霧生のすぐ傍から聞こえた。

 後ろ髪を引かれる思いですかさず声の発生源に目を向けると

「カハッ……! ハァ、ハァ……!」


「お、おぉ……!」

「ほら。小生の薬は万病も万全に治す万薬なのですから。ちなみに薬は一つ三万円」

 それまでボクの応急処置では目を開かなかったパトリオートが、いまでは顔色も正常に戻って呼吸も自力で行え――即ち、蘇生に成功したのだ!

 とはいえ、まだ呼吸が小刻みで浅いから油断は出来ないけど。これで三万円……だいたい三百ユーロか。安すぎない? 相場の計算、合ってんの?


 しかし……まさかこんな超人的天才が花音ちゃんに頼まれて来ていたとは。

 もしかして花音ちゃん、ボクたちのためにわざわざ無理をして……?

 どうやって呼んだのかは知らないけど、本当に助かった!

 くぅーっ! 優しいなぁ花音ちゃんは! 今度また一緒にお風呂入ろうねハァハァ!


「あの。何だか顔が赤いですが、風邪ですか?」

「え、い、いやぁだいじょうびゅだよ、だいじょうびゅ!」

 二回も噛んでいては説得力がないぞボク!

 いかんいかん。花音ちゃんのあの真っ白なスベスベお肌を思い出したら駆け巡る妄想でアドレナリンが大量分泌……。


「急に息を荒げるんだもの。心臓でもおかしくしたのかと」

「い、いや大丈夫! これは――」

「大声が聞こえたかと思えば、どうやら蘇生出来たようだね」


 と言いつつボクたちの元に歩み寄ってきたのは、相棒のミステーロだ。

 邪魔だからあっち行ってろ! と示したらマジで車内に戻って本なんか読みやがって!

 こっちは金とお前のために蘇生を試みていたというのに……!

 ギリギリと歯軋りしながら相棒を睨み付けると、ボクの心でも読んだかのように『君が邪魔と言ったのではないか』と反論の余地も与えない反論を突き付けてきた。ぐぬぬ……。


「ん? 君は確か……八意 霧生ではないか」

 押し黙るボクを無視したミステーロは、まるで今になって気付いたかのような口調で霧生の方へと首を回し、疑り深い眼差しを向ける。いつも他人に対してその目付きするよね。

 まあ、ミステーロって何処か人間不信だし、仕方がないと言えば仕方がない行動だけど。


「あれ、小生ってそんなに有名人でしたっけ」

 フルネームを短期間に二回も聞いた霧生は気だるそうな半目を見開き、不思議そうに首を傾げる。有名人も何も、あんた欲しさに国家が動くほどの有名人ではあるよ。


 そういえば確かこいつも『PAHR』のランク保持者だったっけ。戦闘は出来ない(と思う)くせに、そのランクは百位圏内という恐ろしいやつだ。確か九十八位だったかな。


 ちなみに『PAHR』の百位圏内は『百位から一位の者が集結し世界に矛先を向けた場合、世界中の軍事力を合わせても苦戦する』ほどの戦力となる、らしい。

 百位圏内が一堂に集結したことはないものの、もし実現すれば世界を掌握することだって夢物語ではなくなるのだとか。『PAHR』の百位圏内とは、それほどまでに強大な力を持つ人がいるという証でもある。実感は無いものの、ボクも陰では割と恐れられていたりするのかな?


 というか、『PAHR』の百位圏内が三人も揃うとか、ランクの内容を知る人がもし此処にいたら、卒倒するほどの一大事だと思う。ボクとミステーロも、一応は百位圏内だし。

「お目覚めですかね」

 顔を向けると、またも霧生がいつの間にかパトリオートの傍に座って話しかけていた。


 本当に影の薄いやつだなぁ……。もしかしたら、こいつとぶつかっても気付かないかもね。

「ハァ……ハァ……ボ、ボクは……?」

 ヤベッ、霧生を気にしすぎて患者を放置してた。医師失格だぜ。

 パトリオートの第一声を聞いたミステーロは少し眉を寄せ、僕に問い掛けてきた。


「おいおい。ここに来て記憶喪失というオチはないだろうね」

「どうだか。仮死状態が長すぎて、脳が低酸素状態に陥っていたら――」

 皮肉るように呟いてやると、縁起でもないとミステーロに小突かれた。事実なんですけどー。痛いんですけどー。


 でもさっきよりは呼吸もだいぶ整ってきたみたいで、ほっぺにも赤みが帯びてきた。

 見た限りでは、特に何の問題も無さそうだけどね。果たして!

「パトリオート君。ボクが誰だか分かる?」

「えっ……? は、はい。ワトソンさん、ですよね?」


 おぉ、これは奇跡でないかな! 記憶野には何の影響もないみたいだ!

 言葉もちゃんと話せてるし、まず心配していた部分はないみたい。

「じゃあ、えっと……起きれる?」

「何だかすごく疲れていて……体に力が入りません」

 色々と応急処置をしたからね。ラッツォもあるし、肉体への負担は少なくないみたい。

 いやぁ、とりあえず蘇生出来て良かった良かった!




 ボクは始末屋という以前に、医師免許を持っている。

 それを意味するものは――

 戦闘や依頼では人を殺すけど、それ以外では敵味方なしのイーブンということ。

 傷付いたすべての人を治療するのが、ボクのポリシーだ。


 だから黒服の男たちも、戦闘が終われば治療してやろうと思っていたのだけど、ミステーロが綺麗に頭部を撃ち抜くから、治療も何も出来なくなっちゃった。


 ――たとえ人道に背く悪逆非道な行為であれ、必要とあらば黒にも染まる覚悟で。


 あの時はボクが引き下がったけど……あれ、完全にボクでさえ射殺するぞって警告の目付きだったよ。仮にあのままボクが食い下がっていたら、本当に殺されていたよ。

 だからボクは、今回の蘇生は、自分が掲げたポリシー以外の理由で行った。


 ――ボクは、ミステーロの相棒だ。


 その相棒の言うことを尊重してやるのが相棒だと、ボクは思う。

 ミステーロのやっていることは完全に悪人のソレだけど、彼女に言わせてみれば『善悪など、根本的に見れば己の擁護に過ぎない』と言い切っているし。ボクから見ればミステーロの行動は非道に見えても、本人にしてみればそれは目的達成のための通過点。そして踏み台に過ぎないと思っている。


 踏んでいるモノが他者の命でも、何の躊躇いも同情もなく踏み潰す。それが彼女の中での『善』なんだろうね。分かった上で行動しているのかも。

 彼女にとって他人とは、動く便利な手駒としか見えていない。ボクを躊躇いなく殺すと警告の目付きをしたのが決定的な証拠だ。


 そしていまボクは、ミステーロが織り成す悪逆非道な復讐劇に加担している。

 罪を一緒に背負うという意味じゃない。そんな生温い人間関係、ミステーロ自身が却下するだろう。

 つまりは、ボクが好戦的だから彼女の傍にいれば面白そうだという理由と、ボクの家系はステーロの実家を支える一家だからという理由と――


 ――ボクが、ミステーロの傍に居てやらないと。


 こんなやり方だと、いつかまた、すべてを失う。

 家族を殺され、一家にまつわる物を奪われ、存在を否定され――それ以上に、失う。

 だからこそ、ボクはミステーロの隣に居てやることで、彼女にこれ以上、冷徹な人間にならないよう陰で働きかけている。相棒になろうと迫った当時の彼女は、もはや冷酷という言葉では鼻で笑い飛ばせてしまうほどの残虐な性格をしていた。いまなんて、まだ改善された方だ。


 ミステーロはパトリオートの手を取って起こし、彼は報酬の件を思い出したのか、傍に置かれていた黒のスーツの内ポケットから通帳と印鑑、そしてミステーロにパスワードを教える。ボクはそれを遠目から見て、少し目を閉じた。


 決意をいま一度、確認するように。

「だからミステーロ。今回は、今回の蘇生はね」

 患者のためでも大金のためでもなく。それは、ミステーロが目的達成のために貪欲になるのと同じ。完全に我欲での、行動だった。

 罪を一緒に被るつもりはないけれど、結果的にミステーロと同じような行動をしているんだよね、ボクって。


 ボクがこうしてミステーロの行動に目を瞑りつつ――

 そして彼女を矯正しようとしている理由、それは――


 ――君のご先祖様が悲しまないよう、これ以上君を非道な人間にしないようにする。


 ワトソン家の人間として、ワトソン(・・・・)というボクとして。そして人として。

 百年以上の交友関係がある一族だからでもあり。

 ボク個人として君を護りたいとも思っているわけだし。


 だから、ボクは君の目的のために何でも手伝う裏で、非道な人間にならないように矯正させてもらうよ。色々とふざけているのは、素でもあるけど君のためなんだよ?


 世界最高の名探偵――その曾孫さん?


 そう、ミステーロには聞こえないように、小声で呟いた。

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