第12話 行動が伴う犠牲
私がここまで金に執拗となっているのは、主に二つの理由がある。
一つは、私の存在を証明するに値する『実家にまつわる物』を捜索するための資金で、〝シーカーズ〟に毎月支払って捜索の依頼を出しているのだ。
そしてもう一つは生活資金。
この世の中は非情なもので、金が無ければ何も出来ない。
たまに『金よりも愛だ』などと戯言を吐く愚か者がいるが、その者は単に金のありがたみを芯から理解していないだけ。実に滑稽で馬鹿馬鹿しい主張だよ。
金は良い。人間を豊かにする。人間を昂ぶらせる。人間を正直にする。
生活する上でという意味でなら、人間は金さえあれば一人でも生きていけるさ。
しかし人間は、一人では生きていけないと聞く。
しかしそれは、私には該当しない言葉だ。
いまから単独でジャングルに放り投げられても、私は傭兵旅団にいた幼い頃からサバイバル技術を豊富に叩き込まれたので、難なく生きられる。生き延びられる。
愛だの心だの平和だの信頼だの信用だの思いやりだの――
私にとって、実に不要同然極まりない概念だ。
では何故、私はワトソンという相棒をいまでも隣に置いているのだろう。
常に喧しく、世話を焼かせ、手を煩わせる、こんな子犬のような少女を。
いや、それはきっと彼女が、私の一族と密接な関係のある家の末裔だからに違いない。
だから、いまはそんなことを考えている必要はない。
(戦いに集中しろ、ミステーロ)
殺害した敵を抜くと残りは三十人ほどではあるが、相手はまだカラシニコフ自動小銃を持っている。どう見ても、まだ私たちの方が不利なのは火を見るより明らか。
敵との距離は十メートル前後。走り寄るには少々遠い。近付く間に蜂の巣だ。
それに防弾車の中に篭るのは無理だ。もう耐久力がない。
ならばどうする? このまま死ぬか?
(それは御免だ。死ぬのはもう少し先で、ひっそりと死にたいのだよ)
〝M〟との依頼も報酬もある。こんな所で苦戦している暇は無い。
(しかしどうしたものか…………ん?)
ふと私の視界に、ピエーデの死体が映り込む。
倒れている彼のポケットから、四角い何かが二つ、落ちていた。
黒塗りの長方形が、二つ。
それは――報酬金のアタッシュケースに仕組まれていた、小型の爆弾だった。
(……使えるか?)
いや、これは使える。かなり無茶な作戦だが、これなら一気に相手の人数を減らせるだろう。集団戦闘の基本は、いかに最小限の動きで相手を大量に殺すかだ。
小型とはいえ爆弾だ。それなりの威力を持っているだろうから――
「ワトソン」
「はいよっ」
素早い動きが売りの相棒に、頼むとしよう。
「私の発砲と同時に、ピエーデのポケット付近の爆弾を拾って向こうに投げてくれ」
「りょーか……って爆弾を!? 手榴弾とかなら分かるけどあんな手作り爆だ」
「これは君のためでもあるのだよ。行くぞ」
喚く相棒を無視して放たれた一発の銃弾。それは黒服の男たちの足下に着弾する。
飛び上がる男たちを尻目に、ものすごく不機嫌な顔をするワトソンが素早く爆弾を拾い上げ、それをまた空中へと、今度は相手の頭上近くを目掛けて投げ飛ばした。
それを再び先ほどのメスを撃ち落したのと同様に私が――撃ち抜く!
縦十㎝程度、横三㎝程度、幅二㎝程度の小型爆弾は、幅の部分が此方に顔を向けた瞬間。
鉄製の弾丸が亜音速で――二つの小型爆弾を、一直線に突き抜ける!
――ドガアアアアァァァァァン!!!
凄まじい爆風と熱が男たちの上空で炸裂し、高速で降り注ぐ破片や衝撃波で彼らは中身の入っていない容器の如く、簡単に吹き飛ばされてしまった。
程度はあれ、人体とは六十~八十㎏ほどの重さがある。それを簡単に吹き飛ばしたのだ、手作りの小型爆弾にしては性能が良すぎるぞ。何だ……このデタラメな威力は。
こんな威力では、私たちの体は粉々に吹き飛ぶぞ。身元確認出来ないほどには。
何処までこの者たちは私たちを人外と見ていたか、目に見えた瞬間だね。
だが、とりあえず好機は作れた。
ワトソンにアイコンタクトで『近付くぞ』と伝え、ほぼ同時に相手へと駆け出す。
その間に、直に爆発を受けなかった男たちが立ち上がるのを捉え、私はすかさずピースメーカーの残弾すべてを使い、綺麗に頭部を撃ち抜いていく。他の男たちも防弾チョッキを着ているらしく、狙う部分が自然と頭部に向いてしまうな。発砲した分だけ風穴を開け、その人数だけ、殺した。
無駄な弾代を支払いたくはないのでね。一発撃破とさせてもらったよ。
「ワトソン! リロード!」
「すぐに終わらせてよね!」
短く叫ぶと彼女は私の目の前に、盾にでもなったかのように仁王立ちした。
リロードとは、私とワトソンの固有の合図で、『リロードをするからその間、護ってくれ』という意味だ。至極単純な合図だが、短くて通じやすいものは戦場で役立つ。
そして銃器所持者にとって最大の隙とは――無防備となる弾丸の再装填時。
相手が近くにいるのならば逆に走り寄って銃器で殴れば良いのだが、あくまでそれは相手が近くにいる時のみ。限定的な手段であり、確実性に欠ける策だ。
中~遠距離からの攻撃を防ぐ術が無い以上、その時点で死んだと悟った方が潔いだろう。
リロード中は絶対に仲間の近くにいる。或いは残弾を計算しながら撃つか。
これ以上の安全策といえば、怯えて安全地帯で息を潜めていることくらいだろう。
今回は集団戦ゆえ、一人でも多く殺さねば不利な状況が打開出来ないので、連続して発砲をしているのだがね。もし一人で来ていたら、こんなにも早く戦局は変わらないさ。
結局、私は相棒を頼っているというわけ、か。
「……くたばれ!」
「……!」
死んだふり……! これは……油断した。騙されてしまったよ。
だが、いまは相手に近付いている状態――近接戦だ。
私にとっては少々不利な間合いだが、ワトソンにとっては絶好の間合いだ。
「おっと! させないぜ!」
いきなり立ち上がった男が私にカラシニコフの銃口を向けるが、すかさず反応したワトソンに背中へと飛びつかれ後ろ手を取られてしまい、銃を下に落としてしまう。
「グッ……」
そのまま……ギリッギリリ――ゴクンッ!
男の両腕を、容易く肩から脱臼させてしまった。
ワトソンはああ見えて国際医師免許を持つ天才的な医療知識と技術を持っている。人体構造の知識量では、急所を知っている程度の私より遥かに豊富だろう。
つまり彼女は、最も腕力の要らない方法で相手の関節を外せる知識も持っている。そのため、あんなにも簡単に、非力な彼女でも関節が外せたのだ。
痛みに叫ぶ男。その男を助けようと、別の死んだふりをした男が勢いよく立ち上がる。
「このガキ!」
「おりょ!?」
しかしワトソンがその場でクルリと方向転換したことで状況は変わる。
「……ッ!」
銃口はワトソンの背中に向いていたが――回転したことで、男に向いてしまっていたのだ。
――撃てば仲間を殺してしまう
男のその躊躇いが、すべてを左右する結果を招いた。
一瞬の躊躇いの間にワトソンは男の背中をメスで八つ裂きにし、死体を盾にしながら巧みにもう一人の男へと肉薄――その喉笛を、何の躊躇いもなく、メスで一文字に切り裂いた。
――ブシュッ! ビチャッ、ビヂュッ!
男の喉元から迸る鮮血が相棒の全身を染め上げ、彼女の顔に赤い水玉模様を描いていく。
「はぁーい、二人目~♪」
全身を私と同じように血で染まったワトソンは――清々しいまでの笑顔だった。
彼女は、非常に好戦的な性格をしている。
それはもう、メスで切り裂いては声高々に笑う狂人なのだ。
縦横無尽に動き回り、鋭利なメスを振り回し、血飛沫が舞うのが密かに好きだと以前言われたのだが、そんな誰も得をしないカミングアウトをされて私も困ったものだよ。
だが彼女の実力は何度も言うが、冗談ではないほどの腕前を持つ。
接近されたら死んだも同然と考えるべき。関節技、蹴り技、メスによるナイフ術、その他にも様々な格闘術を身に付けている彼女は、私がこれまで見てきた戦士の中でも三本の指に入る。
しかし、そんな彼女にも弱点はある。
それは――非力なところだ。
彼女は女性と比べても小さな体躯であり、筋力もあまり付かない体質。
相棒の筋肉には持久力がほとんど無いので、ジリ貧しがちなのだ。
大抵は戦闘を行うことで分泌される脳内麻薬でハイとなり、疲れを無視することが出来るのだが、それも無限に出来るわけではない。せいぜい十分が限界だろう。
なので、そういった部分は私がカバーしているということさ。
「ワトソン、しゃがめ!」
リロードし終わった私は、またも後ろから発砲しようと襲い掛かる男の額を、不可視の銃撃で撃ち抜く。ピースメーカーの銃口から放たれた弾丸は彼女の右肩の上を通過し、後ろでカラシニコフを構えていた男の頭部を木っ端微塵にした。
……しまった、ワトソンがしゃがむ前に発砲してしまったよ。
だが彼女は無事だ。掠り傷一つ負っていない。
そもそも狙っていたわけでもないし、当たり前の結果だが。
「ぎゃああああ! あ、危ないだろ!」
右耳の近くを弾丸が通ったためか、反射的な動きで左に回避したワトソンが、キャンキャンと抗議の声を上げた。
あぁ……っと。今回ばかりは喧しくされても反論出来ないね。相変わらず喧しいが。
「結果的に当たらなかったのだ。それで良しとしてくれ」
もう少し横だったらボクまでログアウトじゃないか! と、わけの分からない文句を言われつつも、最後には『護ってくれて、一応ありがとう……』と赤面して呟いた。
忙しい子だな。怒った後に赤面するとは、よく分からんね。
「……んで。だいぶ殺したと思ったんだけど」
「そうだね。意外と一瞬で終わったね」
爆弾の鉄片に切り裂かれた者、爆発で五体を焦がされた者、飛来するメスに額を貫かれた者、ピースメーカーの凶弾で頭に孔を開けられた者。
まさに死屍累々。まさに血の海。まさに戦場の景色。まさに地獄絵図。
生きながらえた者は数少なく、ただ地面に転がっているのみ。爆発時に負った傷を押さえてうめきを上げているのみ。既に戦意が無いのか、見え見えの死んだふりをするのみ。
「武器が厄介なだけであって、彼ら自体は強くなかったというわけか」
これぞ裏社会の実力を持つ者と持たぬ者の差を表す光景、とでも言うべきか。
この世界は弱肉強食。弱ければ食われ、強ければその分、生き長らえる世界。
その縮図の一部分がまさに、私とワトソンの眼前に広がっている。
もう襲って来る者はいない。これにてすべての依頼を達成――
――というわけではないのだ
生きている者がまだいては、達成とは言えないのだ。彼との依頼条件に沿えば。
「受けた依頼は排除。排除とは殲滅。殲滅とは全滅。全滅とは――」
地の底から這い蹲るような声を出す、一人の倒れている黒服の男へと歩み寄り――
「ミ、ミステーロ……?」
頭部に照準を定めたピースメーカーの引き金を、引く。
――ッダァン!
血の赤と脳の肌色が混ざり合った液体と固体が私の足下へと侵攻する。ビシャッと血飛沫がべっとりと地面に鋭角な図形を描き、土と合わさり赤茶色に変化していく。そしてブーツに血が触れる前に次の生存者へと歩み寄り、再びピースメーカーから鉄製の弾を発射。
亜音速で銃口から飛び出した弾丸は強烈なスピンで空を切り裂き、男の頭部を貫いた。
飛び散る華やかな赤い液体、砕かれる白い頭蓋、弾ける肌色の塊。香る灰色の硝煙。
生命の一部という一部が風穴から溢れ出し、私の立つ大地へと――流れ出ていく。
八gほどの弾丸で、人とは容易く死んでしまう。
これも自然の摂理。弱ければ生きられないということさ。残酷かもしれないが、これも依頼。恨むなら己の弱さと、依頼主を恨んでくれ。
……それだと君たちは、結局は彼を恨みながら死ぬこととなるがね。
「ちょっ、ちょっとミステーロ! いくら何でもやりすぎだよ!」
途中でリロードを交え、残り一人となった男たちに銃弾を撃ち込もうとしたその時、好戦的な性格をしているはずのワトソンが、珍しく制止の声を上げた。
彼女の目を捉えると、戦闘時に嬉々としていた瞳が、少し不安な色に変化している。
何を言うか。まだ依頼は終わっていない。すべてを終えて報酬を頂いて初めて、依頼とは達成され、完遂されたと定義付けられるのだ。途中では、報酬を頂くことが出来ない。
それに、君も彼らの血を盛大に浴びている。説得力の欠片もないよ。
「何処がやりすぎかね。私はただ、依頼を遂行しているだけに過ぎん」
「ただ排除するならこの場から逃がすという手もあったと思うんだけど?」
君もあの時、近くでパトリオートと私のやり取りを聞いていただろう。彼は私が提案した『パトリオートの敵の排除』に乗った。三十万ユーロもの大金をつぎ込んでな。
受けた依頼は排除の依頼。排除とは殲滅。殲滅とは全滅。そして全滅とは――
――皆殺しのことだろう
「ワトソンよ、何を血迷っている。私は向こうで死んでいる少年の依頼を全うしているだけだ。依頼を申し込む時の彼の言葉には終始、絶望と殺気と、強い恨みが篭っていた」
「だから皆殺しを? 力の無い彼に変わって、依頼という名の制裁を加えると?」
「制裁ではない。私はただ、依頼を遂行しているだけだ。そこに彼の意思は無い」
「……でも」
「善人気取りは止めたまえ。元よりこの裏社会とはそういう世界。食うか食われるか。狩るか狩られるか。殴るか殴られるか。撃つか撃たれるか。裂くか裂かれるか。穿つか穿たれるか。斬るか斬られるか。絞めるか絞められるか。千切るか千切られるか。潰すか潰されるか。焼くか焼かれるか。砕くか砕かれるか。そして、殺すか殺されるか、だろう?」
私は足元に転がる虫の息となっている男の周りを歩き始め、そのままワトソンの視線と合わせるように、そして理解させるように、少し腰を低くしてルビーのようで血のような瞳を覗き込む。
「これは私の目的のためさ。己の存在を世に知らしめ、恥を掻かせた者たちへの復讐譚。誰にも邪魔されたくはない。必ず果たさなければならない目的なのだ。それが――たとえ人道に背く悪逆非道な行為であれ、必要とあらば黒にも染まる覚悟で」
理想にして終着点。それが存在を否定された人間が行動する、実に愚かな証明劇。
私は此処にいる。
私はこの世界で生きている。
それを証明する、一人の女のお話さ。
男たちのパトリオートに対する想いが三文芝居ならば――これは一銭も何も価値の無い、素人の汚らしい宴会曲芸。あまりにも雑で粗暴であるから、普通の人間など寄り付かない。
それでも――ワトソンは違った。
実家の名を聞いたときには『ただ実家の役割を果たしに来ただけか』と思っていたが、そうではなく、私という汚らしいモノを包み、洗い、対等に接してくれた。
引き取られ育った旅団にさえ嫌われ、裏社会の何処の組織も、名を知り恐れる彼らとは違い、ワトソンは、相棒は、彼女だけは――私の存在を、認めてくれた。信じてくれた。
だが彼女も、私の目的を邪魔する障害となるならば――
私は躊躇わず彼女に銃口を向け、殺害するだろう。その確信が、いまは胸にある。
君が相棒となって二年ほど経つが、それでも迷わず、引き金を引くだろう。
「……」
押し黙る相棒。
瞳を覗き込み続ける私。
一分という短い時間の静寂。
其れは、途方も無い時間の流れに感じた。
かの科学者はそれを例え話とし、それが相対性理論だと言葉遊びをしたのを思い出す。
その一分という無限にも感じる時間の流れが経過した頃。
相棒は、そっと口を開けた。
「……そう、だよね。ボクはミステーロの相棒。実家の事情もあってミステーロの相棒をしているという点は否定出来ないけど、それでも相棒を組む時は自分の意思で決めた。ミステーロの相棒としてその意見を尊重しないで、それを相棒と呼ぶことは出来ないよね」
吐くように、肺の空気をすべて押し出すように、彼女は言った。
「ごめんね。手を止めちゃって」
其れは遠回しに私と共に行くという意味合いを含んだもの。
「ミステーロが必死なの、分かっているけどさ」
しかし同時に彼女の人生を殺しているという覆されることの無い事実。
「ボクは戦う人を殺すから楽しい。でも戦えない人を殺すのは好きじゃない」
出来れば、彼女にはこんな価値の無い芝居に付き合わせたくなかった。
「でも依頼のためだとミステーロが言うのなら、ボクは目を瞑る」
そう思うのは彼女の意思に対する冒涜以外の何物でもない。
「それがミステーロの意志なら、相棒はただついて行くだけだから」
その言葉が、やけに耳に残る。
脳内で反響し、海馬へと殴りつけ、強烈に焼き付いて記憶された。
私はただ一言。ただ短く。
「すまない」
非常に勝手極まりないのだが、謝罪の言葉しか送れなかった。
他人などもう信じていないはずの私であったが――
胸に何か違和感を抱く私であったが――
その違和感の意味も知らないまま。
私は、残り一人の黒服の男を。
射殺した。




