↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【魔王は紅茶を愛した】光の王子はひとつの「魔法」で世界を支配し、そして魔王と呼ばれた。  作者: 鈴木井蛙
第1巻 「出会いの章」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/19

第9話

 エミルは王城を後にした。本来ならばルシアンの宮殿に戻るはずだったが、御者に頼んで貴族街に寄ってもらうことにした。エミルはどうしても会いたい人物がいたのだ。


 エミル「……ここか。」


 貴族街の外れ。大きくはないが決して小さくもない、小綺麗な邸宅があった。よく見ると、門に小さな王国の紋章が刻印されている。エミルは門を開けると、小さな庭園を横切って玄関に立った。そしてドアノッカーで扉を鳴らした。


 女中の声「……はーい。」


 扉の奥、遠くで女中が応えた。タタタ、と走る音がするとまもなくドアが開いた。


 女中「どちら様でございましょうか。」


 エミル「失礼。私は第三王子ルシアン・ヴァルドール殿下の副官で、エミル・ジオーテと申します。メアリー様はおいででしょうか。」


 女中「……ル、ルシアン様の!? た、ただちに呼んでまいります。」


 女中は慌ただしく、自らの主人を呼びに走っていった。ほんの1分もしないうちに、女中と中年の淑女の2人が走って戻ってきた。


 中年の淑女「……はぁ、はぁ、お待たせいたしました、副官様。」


 エミルは大変申し訳ない気持ちになりながらも、話を切り出した。



 エミル「ルシアン殿下の乳母をお務めだった、メアリー・ディンプシャー様ですね?」



 メアリーの邸宅は隅々まで掃除や手入れが行き届いていた。埃ひとつ落ちていないその様は、まるでこの家の持ち主の性格を表しているかのようだった。エミルは女中の案内で主賓室に通された。


 エミル「突然の訪問を申し訳ありません。少し……いえ、かなり内密な話になりますので、よろしければ……。」


 エミルは女中を見遣った。メアリーはすぐに察し、女中に軽く頷いた。女中は深く一礼すると、主賓室を後にした。


 エミル「お時間をいただき、ありがとうございます。改めまして、ルシアン殿下の副官で、エミル・ジオーテと申します。」


 メアリー「ご丁寧なご挨拶恐縮でございます。女官教育係のメアリー・ディンプシャーにございます。ルシアン殿下の……元乳母に間違いございません。」


 中年の淑女は落ち着き払った様子で、礼を返した。落ち着いた色の金髪を結い上げ、落ち着いた私服に身を包んだメアリーの所作は手先まで礼節に満ちていた。その流れるような手捌き足捌きは、熟練の王宮仕えから裏打ちされたことが大変よく感じられた。

 その雰囲気をしっかりと噛み締めたエミルは、礼儀を尽くしながら喋り始めた。


 エミル「ルシアン殿下は北方に拝領賜り、このたび我々を率い出立の運びとなりました。」


 メアリー「……ええ、存じております。」


 メアリーは目を細めた。


 エミル「殿下のこの命に代えてお守りせんがため……殿下が幼少のみぎり、そのご様子をお伺いできるでしょうか。……沐浴の件を……。」


 メアリーはじっと目を瞑って、瞑ったまま虚空を見上げた。そして、ゆっくりと答えた。


 メアリー「分かりました。あれは、殿下が3歳の頃でございます。陛下と王妃もいらっしゃった日でした。」


 メアリーは目をゆっくり開けながら続けた。


 メアリー「水底の泥に足を取られたルシアン様は、水中に沈みました。両陛下も大慌てで湖に飛びこまれましたが殿下のお姿がなかなか見えず……救出が遅れてしまったのです。」


 エミル「……殿下は助かったが、言葉と、光魔法を失った……。」


 メアリー「その通りにございます。」


 メアリーの語気が微かに強まった。


 メアリー「王妃は……ルシアン様の母君は第二王妃でございましたが、奇跡の子をお産みになった事で、正妃の振る舞いをされておいででした。」


 メアリーの目頭と手に、熱がこもっていったのが見てとれた。


 メアリー「ルシアン様が目覚めた時は、それはもう安心なさっておいででございました。ですが……言葉と光とを失った事をお知りになると、第二王妃さまは……ルシアン様をお見限りになったのです。」


 メアリーは手で涙を拭いながら、話を続けた。


 メアリー「ひどい……あまりにひどすぎます。私はルシアン様を、勝手ながらお守りすると誓いました。何度も何度も、簡単な単語を繰り返して、口の動きを間近で見せました。」


 エミル「……。」


 メアリー「そして数年たったある日、ルシアン様が言葉を取り戻されたのです! 私はルシアン様が取り戻された言葉を、第二王妃にお届けに走りました! 走って、走って、私が離宮に着いた時……着いた時……。」


 メアリーの目に怒りの色が浮かんでいた。


 メアリー「あの女は入水して果てていました。大きな試練を負った愛子を見捨てて……勝手に逃げたのです。」


 エミルはいつしか立ち上がり、メアリーの背中に手を当てて、優しくさすっていた。


 メアリー「ルシアン様が取り戻した言葉は"ははうえ"だったのですよ?いったい殿下が何をしたのでしょう。これが試練だと言うなら、天は何を望んでおられるのでしょうか。」


 メアリーは少しずつ落ち着きを取り戻していった。


 メアリー「ごめんなさい、申し訳ございません。つい、取り乱してしまいまして、無様な所をお見せしました。」


 涙をひとしきり拭うと、メアリーはやっとエミルに座り直すよう促した。


 メアリー「でも、こんな立派な副官様に恵まれて、もうこんな老婆が心配することはございませんね。ルシアン様をよろしくお願いします。」


 エミル「……よしてください、まだ私は何も……。」


 メアリーはくすっと笑った。


 メアリー「何にも能のない私ですが、女官を務めていただけありましてね、人を見ることには少々自信があるんですよ?」


 メアリーは優しい声で言った。


 メアリー「貴方様は、ルシアン様に似ておいでです。雰囲気がまるで双子のよう。」


 エミルは心の中で、あんな奴と双子でたまるかと思った。


 エミル「ありがとうございます、メアリー様。」


 メアリーはそこではっと気づいた。


 メアリー「……ああ、申し訳ございません。副官様、どこまでお話を差し上げましたでしょうか。」


 エミルは一瞬の間を置いて、切り出し始めた。


 エミル「言葉を取り戻されてからの、ルシアン様のご様子をお聞かせいただけますか。どんな小さな事でも、思い出せるかぎりをです。」


 メアリーは少し困った顔をしたが、ゆっくり目を閉じて考え始めた。慎重に、自分の記憶が混ざらないように、ページをめくる息づかいであった。


 メアリー「殿下が一通りの言葉を取り戻すのには結局そこから7〜8年かかられました。時を同じくして、図書室へ入り浸る時間が増えていった気がいたします。本に話し相手をお求めになったのでしょう。あと……城内のそこかしこから外を眺めている姿を、お見かけすることがよくありました。」


 エミル「……。」


 エミルは、ゆっくり自分の心の中にそれらを書き込んでいった。


 メアリー「そして、宮廷魔術長がどれだけ教授しても、総司祭様がどれだけ祈っても、光魔法を取り戻すことはついぞございませんでした。」


 エミルは静かに、静かに言葉の一つ一つを拾い集めていた。


 メアリー「ああ、そう言えば! ……ある日の事でございました。2人の女官が揃って熱を出し、私が人手を埋め合わせるため場内を走り回った夜のことです。翌日も早勤めだったので、官吏様が部屋をあてがってくださいました。普段使っていない部屋だったので寝床の埃を払っている時……。」


 メアリーは、不思議な表情を浮かべた。


 メアリー「窓の外から、不意に光が差し込んだのです。私は不思議に思って窓の外を恐る恐る見ました。ですが眼下には、いつもと変わりなく寝静まった王都が広がっておりました。」


 メアリーは目を細めながら、自信なさげに言葉を選んでいた。


 メアリー「そこで……何かに導かれるように、窓を開けて王城を見上げたのです。そこには自室の窓をお開けになったルシアン様が、夜空を見上げておいででした。」


 エミル「……夜空を見上げていた……。」


 メアリー「はい。その夜は見事な満月でございましたから、……私が一瞬その満月に目を奪われていた間に、ルシアン様のお姿は見えなくなっておりました。まるで、最初からそこにいなかったかのように……。」


 エミル「……。」


 エミルは沈黙していた。だがいつものように考えをまとめているわけではなかった。むしろ逆に、あらゆる可能性に神経を巡らせていたのだ。


 メアリー「……あれは夢だったんじゃないかと思うと、とてもではありませんが、ルシアン様に尋ねることなどできませんでした。そうしている内に第1王子殿下の離宮が完成したというので、王宮は大忙しに……。」


 エミル「……よく分かりました。」


 逆だった。エミルにはよく分からなくなっていた。

 エミルは丁重にお礼を済ませると足早に馬車へ乗り込み、メアリーの邸宅を後にした。

 この時に乗った馬車は10分に満たない時間に過ぎなかったが、エミルの思考を鋭く研ぎ澄ませるには十分なものだった。


 エミル(……光魔法。そもそも光魔法とはなんだ? 聖典では上位魔法を統べる最上の奇跡と呼ばれているが、よく考えれば実に曖昧な説明だ。)


 様々な情報が、エミルの頭の中を高速で駆け巡っていた。フィリアとの歴史の話、セレナに教えた太陽神の話、タウリが語った陽の光と花の話……。

 

 エミル(もしかして光魔法とは、複数の属性が合わさったものなのでは? そしてそのバランスがひとたび崩れると、失われる繊細な力なのではないだろうか?)


 いや、ルシアンなら、これしきの仮定に届かないはずがない。書を読み、観察し、そして人目を忍んで鍛錬を積んでいたとしたら? 

 エミルは馬車を駆け降りると、人目も憚らず走り出していた。雨雲の間から夕暮れが差し込み、地平線では赤と青とが混じっていた。


 エミル「……領主様!」


 ルシアン「……おお、戻ったか。セレナとタウリの様子はどうだった。残り少ない宮廷生活の名残を、しっかり惜しんでいたか。」


 ルシアンは一瞬だけエミルを見ると、ゆっくりと読書を楽しんでいた。


 エミル「……領主様。」


 ルシアン「……どうした?」


 さすがにエミルの鬼気迫る様子に気づいたルシアンは、本から手を離した。


 エミル「……ルシアン。」


 そしてルシアンはエミルをじっと見すえた。


 エミル「ルシアン、お前は……。」


 エミルは拳を握りしめた。


 エミル「お前は、本当に光魔法が使えないのか?」


 曇り空の向こう側。地平線に、日が落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。