犬と猫編 6th-contact
6th-contact
変化
「よっちゃん!おはよう」
「おはようございます、日向さん」
あれから、彼は朝もよく来るようになった。
私もあまり苦ではなくなり、気が付けば彼を待っているようになった。
そんな毎日がもう、1ヶ月経とうとしていた。
「あなたは今日も元気ですね」
「まぁ……実は今、結構しんどいんだけれどね」
彼はマスクをしていた。
さっきから、咳がひどいと思ったら、どうやら風邪をひいていたようだ。
「昨日なかなか眠れなくて、今日は寝不足なんだ」
「無理をすると、長引きますよ」
「会えないよりはマシだよ!」
苦しむのは自分だと言うのに、真面目な顔をしてそんなことを言う。
「ならせめて、保健室に行ってください」
「ちゃんと来てくれる?」
「……」
正直言って、面倒くさい。
「覚えていれば、行くかもしれません」
「えぇ……じゃあ行きたくないなぁ」
「わがまま言っても仕方ないでしょう」
そうなんだけどと、納得のいかない顔をして私を見つめる。
「よっちゃんに会うために来てるのに、こんなのあんまりだよ……」
「私はあなたに会うために来ている訳ではなく、学ぶためにここにいるんです」
「でも、それじゃ息が詰まらない?」
確かに、何度も投げ出したいとは考えた。
でも──
「私には、これくらいしか取り柄がありませんから」
昔から、そうだったのだ。
母に言われるがまま勉強をし、やめればきつく叱られた。
色々なことをやらされたものだ。
ついには考えることもやめ、ただひたすら机と向き合う毎日を送った。
「日向さん。今の私はどんなふうに見えますか?」
「どうって……よっちゃんはよっちゃんでしょ?」
「私の伝えていないことを知っても、あなたはまだそう言えますか?」
「たとえ僕に話せない何かがあるとしても、僕はずっとよっちゃんのそばにいるよ」
不思議なものだ。
これまでなら、聞き流していたはずのセリフが、嫌に心に響くのだ。
「変わりませんね、あなたは」
「そういうよっちゃんは、結構変わったね」
「そうですか?」
「うん。なんだかちょっと、柔らかくなった気がするよ」
実感が湧かないが、彼が言うのなら、そうなのかもしれない。
「というか、保健室に行かなければ」
「えぇ……やだよぉ……」
「子供ですかあなたは」
──ぐずる彼を保健室まで連れていった後教室に戻ると、何故か夏鈴が私を待っていた。
「珍しいですね。何かあったんですか?」
「や、そんな用って程じゃないんだけど……あの子の足、どうしたの?」
あの子とは、一体誰のことだろうか。
せめてもう少し具体的に説明して欲しいのだが。
「ほら、あのあたしがいじめてる子」
「大声で言うにはいささか不穏な言葉ですね。というかあれは、夏鈴がやったんじゃなかったんですね」
「さすがにあそこまでは……あとがめんどくさいじゃない」
「そういう問題ではありませんよ。そもそもいじめないのが普通でしょうに」
立ち話もなんだからと、私は夏鈴を教室に促す。
「それで、目星はついているんですか?」
「大体はね」
「では、できるだけ早急に手を打たねばなりませんね」
そう言うと、夏鈴は意外そうな顔をする。
「お姉ちゃんが誰かの心配するなんて、珍しいわね」
「持ち込んだのは日向さんですよ。私は巻き込まれただけです」
「日向?だれそれ」
いざ聞かれると返答に困る。
簡潔に言うなら、
「私の『気持ち』の先生ですね」
「気持ちって、嬉しいとか悔しいとかのあれ?」
「えぇ、そうです」
「なんでまたそんなこと急にしてるのよ」
「1度、夏鈴が部屋にこもったことがあったでしょう。あれがきっかけです」
妹の気持ちを理解することも出来なかった事が、きっと悔しかったのだろう。
「まだ教えて貰って2週間も経っていませんが、今なら夏鈴の気持ちを分かってあげられる気がします」
「それじゃ、あたしのために?」
「当たり前でしょう?大切な家族なんですから」
夏鈴の目が、キラキラと輝いている。
「お姉ちゃん、抱きついていい?」
「学校では控えてください」
夏鈴の気持ちに気がつけたことが、どれだけ嬉しかったか。
この『嬉しい』という気持ちも、彼が教えてくれたものだ。
今度、彼に礼を言っておこう。
「なんだか、雰囲気が柔らかくなったね、お姉ちゃん」
「それ日向さんにも言われたんですが。いまいち実感が湧きませんね」
「その日向さんのおかげかもね」
じゃあ、と言って、夏鈴は教室に戻っていった。
柔らかくなった、か。
実感がないながらも、私は変われているのかもしれない。
「様子くらいは、見に行ってあげましょうか」




