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死闘(1)

強烈な光が爆発したのがわかった。視界のすべてがまばゆいばかりの光に覆われる。


「きゃあーっ!」


 光だけではない。激しい風も同時に巻き起こった。みんなの体が数メートルも後ろに吹き飛ばされたのが俺にはわかった。一瞬で空中に舞い上がり全身を強く打ちつける無数の砂。光はすぐに収まった。だが、砂煙が霧のように辺りに立ちこめて視界はふさがれたままだ。


「……み、みんな、大丈夫?」


 やがて、のゆりさんの声が耳に届いてきた。


「ごほごほっ。は、はい。なんとか」


 藤々川と公理の声も聞こえた。クファムも、


「わたしも大丈夫です。それより彦馬さんは? 輝竜石はっ?」


 砂煙もしだいに収まり視界が開けてくる。そして、みんなの眼に映ったのは、


「な、なんだあれはーっ!」


 暗闇の中でばんやりとした光を放つ巨大な塊、輝竜石どころの大きさではない。高さは四、五メートルはあろうか。目の前に突然光の壁がそびえたったかのような大きさだ。しかも、その壁は動いた。ドンと地響きを鳴らして一歩前に進んできた。視界が回復し、その姿がはっきり確認できるようになるとみんなは愕然として震えた。


「じゃ、邪竜……」


 輝竜石が消え去りその代わりに現れたのは紛れもないドラゴンだった。恐竜、ティラノサウルスが鋼の鱗で武装したような体躯、背中に生えた悪魔のような翼、鳥類とハ虫類の中間のような顔の造形、ギラギラと真っ赤に輝く不気味な両眼と長く曲がった槍のような二つの角。


「こ、これはっ」


 その姿に俺は見覚えがあった。そのドラゴンの姿はクファムの元の姿に酷似していた。このドラゴンの方が全体的に色が黒っぽくて両手に生えた爪が長いようだが、ほかはそっくりそのままだと言っていい。まさにもう一体のクファムがみんなの目の前にはいた。


「ま、まさか、本当に邪竜が……」


 恐怖に取りつかれたまま動くことのできないみんな。無理もないだろう。眼前に突如として化け物が現れたのだ。嘘のような伝承に聞いていたのと実際に眼にするのではまったく異なる。みんなは立ったまま足が震えている。そこへ。


「グアアアアアァァァァァ!」


 邪竜が牙をむいて咆哮を上げた。


「み、みなさん! 早く逃げてくださいっ!」


 一人冷静さを保っていたクファムが叫ぶ。


「あのドラゴンは凶暴です! さあ早くっ!」

「はっ! そ、そうね。みんな逃げましょう!」


 クファムの必死に呼びかけにみんなはなんとか動き出すことができた。のゆりさん、藤々川、公理の三人はまとまって砂漠を走り出そうとする。だが、その前に藤々川があることに気づいた。


「あっ。お、おい、みんな。彦馬がいないぞ! どこにも彦馬の姿が見えない!」

「ほんとだわ! 彦馬くんがいないわ!」

「おーい、彦馬! どこだぁーっ!」


 みんなの声。だが、俺は答えることはできない。代わりにクファムが言う。


「彦馬さんなら大丈夫です。わたしが必ず無事に連れて戻ります! だから、みなさんは一刻も早くこの場から逃げてください!」

「で、でも、あなたも……」

「わたしも大丈夫です。わたし、ドラゴンですから」


 そう言ってからクファムは体を変化させた。瞬きする間に少女だったクファムの体が元のドラゴンのものへと変わっていく。邪竜とほぼ同じような体躯だが、白くてより神々しい姿。


「これがクファムちゃんの本当の姿……」


 白銀のように輝くクファムの体を見てのゆりさんたちは驚く。クファムは、


「さあ、早く逃げて!」

「わ、わかったわ。クファムちゃんも気をつけて! 行きましょう、みんな!」

「はいっ」


 砂漠を駆け出す三人。邪竜はそれを見てか追いかけるように足を踏み出したが、


「ここからはわたしが通しませんよ!」


 クファムが邪竜の行く手をふさぐように立ちはだかった。


「グアアグアアアア!」


 怒り狂ったような声を上げて加速する邪竜。地震でも起こったかのように地面が揺れる。待ち構えるクファムに邪竜が勢いそのままに体当たりをしてきた。

 ガシンッ。トラックが正面衝突をしたかのようなすさまじい金属音が周囲に響き渡る。体長五メートル、硬い鱗と高次元のエネルギーで体を覆われた二体のドラゴンがぶつかりあった衝撃は夜の冷えた空気を一変させるような熱量だ。辺りには一際大きい電光がバチバチと閃く。


「くうっ!」


 邪竜の攻撃を正面から受け、体が傾くクファム。邪竜は鋭い爪をともなった腕を振りかざすとクファムののど元へと一気に突き刺そうとする。

 ガキンッ。クファムの首の鱗と邪竜の爪がわずかに触れて鳴り響く金属音と飛び散る火花。クファムは間一髪のところで邪竜の腕をつかんで止めることに成功した。


「え、えいーっ」


 今度はそのままクファムが邪竜に至近距離から体をぶつける。


「グ、グアァァァ!」


 カッ、と閃くネルギーの爆発とともに何十メートルも後ろに吹き飛ばされる邪竜。だが、邪竜は空中でバサッ、と大きな翼を開いて羽ばたかせると何事もなかったかのように砂漠の地面に降り立ったのだった。睨み合う二体のドラゴン。そして。邪竜が大きく口を開いた。


 ――パアアアァァァァァ


 上下にパックリと開いた邪竜の口の中に次々と光が集まってくる。凝縮されていく光。その光の塊はすぐに太陽のような輝きと尋常でないエネルギーの高揚を生み出した。


「ま、まずいです!」


 邪竜の攻撃を察知して反撃の態勢を築くクファム。同じように大きく口を開く。だが、邪竜の方が早い。


「グガアアアアア!」


 ついに邪竜の口から光の濁流が放たれた。邪竜の体より大きなエネルギーの波がクファムに襲いかかった。


「はあっ!」


 ほんのわずかだけ遅れてクファムの口からも同様の光線が放たれた。クファムの眼前で先ほどよりはるかに強烈な爆発が起こる。


「きゃあああー!」


 これにはクファムもすべての熱を防ぎきれずに体を焼かれる。二体のドラゴンの間のすべての砂が一瞬で熱により結晶化し、超高温になった空間によりプラズマが発生し青白い閃光が周囲にはじける。まるで小規模の核爆発でも起こったかのような状況だ。

 しかし、クファムはその乱れ飛び交うエネルギーの乱流の中でも自分の周囲に張った力場をコントロールしてダメージを最小に抑える。しかも、まだ砂漠を逃げている途中であろうのゆりさんたちに被害が届かないように自分より後方には決してエネルギーを漏らさない。


「く、くうううっ!」


 耐えるクファム。そして、数分後。ようやく辺りの爆発が収まってきた。陽炎のように揺らめく空気。アメのように一度溶けて固まった地面の砂。その中でクファムは傷を負いながらも立っていたのだった。


「ハァハァハァハァ……」


 荒い呼吸のクファム。


「グゥゥゥ……」


 刺すような視線でクファムをにらむ邪竜。


「ハァハァ……」


 クファムも瞬き一つせずに邪竜から眼を離さない。しばらく二体の巨大なドラゴンは距離を開けて対峙したままだった。やがて、


「のゆりさんたちはなんとか無事にここを離れることができたみたいですね。あとは……」


 クファムが邪竜に言う。


「あなたの中に取り込まれた彦馬さんを助け出すだけです!」


 そう聞いて俺はやっと今の自分がどういう状況にあるのかが理解できた。そう、俺は輝竜石に触れた直後に体を輝竜石の中に取り込まれたのだった。そして、輝竜石は邪竜に姿を変え俺の体はいまだに邪竜の中にあるというわけだった。今まで自分の眼で見ているわけでもないのにすべての状況が手に取るようにわかったのは邪竜と一体化したためだった。しかし、自分では指一本動かすこともままならない俺。クファムは独り言のように続ける。


「まさか輝竜石が自らの意思を持ち、彦馬さんをあやつって利用するなんて。おそらく彦馬さんの能力を利用して高次元のエネルギーを三次元空間、この地球上でも使えるようにしているのだと思いますが、わたしにも簡単には信じられない話です。いったい何が目的なのか……」


 邪竜が俺の能力を利用している。このことも言われてみれば俺には自覚があった。体がひどく熱くて頭も痛む。常に苦しさとともに何かが体を通り抜けている感覚がある。これは邪竜が俺の体、能力を利用しているということだろう。クファムや邪竜の力はお互いには通用してもほかのものに作用することはない。邪竜はクファムですら知覚し触れることのできる俺の能力を使って自分の力を同時に普通でも通用する力に変換しているのだろう。


「……それにこいつの目的」


 クファムが言った邪竜の目的。俺を利用して強大な力を発揮し邪竜はいったい何をするつもりなのだろうか。邪竜と一体化している俺にはこの答えが不思議と理解できた。それは、


「こいつ、邪竜には目的なんてこれっぽっちもない! ただ単に溜まりに溜まったエネルギーを解放したいだけのことなんだ!」


 邪竜の中に渦巻く強大なエネルギーの奔流。気の遠くなるような年月を経て蓄えてきたエネルギーを無茶苦茶に解放したいだけ。それがこの邪竜の唯一の望みだった。それはバネを押さえつけると反発しようとすることや、風船をパンパンにふくらませていくと破裂してしまうこととまったく同じこと。エネルギーは外へ外へと向かっていくという単純な自然法則に沿ったものだった。


「言わば邪竜は台風や地震などの自然災害とまったく同じだ。エネルギーが尽きるまで眼に付くものすべてを破壊するだけの存在。そして、今は自分の邪魔をするクファムがその標的になっているわけだ」


 そんな無垢なまでの凶暴性を持ったドラゴンと相対してはさすがのクファムも分が悪いように思えた。


「えいっ!」

「グガアッ!」


 再び戦闘を開始したクファムと邪竜。今はお互いに何度か接近し、激しい攻防を繰り返している。しかし、先ほどと同じように少しずつクファムの方が押されていく。


「きゃっ!」


 砂上に倒されるクファム。俺は邪竜を通じてそんな光景を見ていると、


「あのクファムですらやられている。なんなんだ、この邪竜というやつはっ?」


 今頃になって俺の心の中にひしひしと怒りや恐怖や後悔といった感情が湧いてくる。


「いったいどうしてこんなことになっちまったのか……」


 なぜこんな命に関わる出来事に巻き込まれてしまったのか。


「俺がいったい何をしたというんだ? どうして俺が死にそうな目に遭わなければいけないんだ? 誰か教えてくれ!」


 体が痛い。頭が痛い。全身がどんどん熱に冒されていく。体の力が根幹から搾り取られていくようだ。


「や、やばい……これは……」


 そして、だんだんと俺にはわかってきた。この状況は死にそうなんて生やさしいものじゃない。このままでは俺は確実に死ぬ。おそらく邪竜が蓄えたエネルギーが使い切るであろうこの数時間以内に。邪竜と一体化した俺には自然とそのことがわかるのだった。


「なんだよ。本当に死ぬのかよ、俺は……」


 俺は突然の、本当に突然のこの死の宣告を受け入れることなんて到底できない。


「嫌だっ! 死にたくない! 俺はまだ死にたくないんだ! なんだってんだよ、ちくしょう! く、くそっ。だ、だけど……ううっ……」


 しだいに体だけでなく心まで弱ってくる。これも邪竜の影響か。生気とも言うべきものが吸い取られていく。俺の心をあきらめの気持ちがあっという間にむしばんでいく。


「彦馬さん!」


 だが、そんな俺に呼びかけるようにクファムは言った。


「彦馬さん、今そいつを倒して助け出してあげますからね。待っていてください!」

「……クファム」


 クファムはバッ、と翼を開いて空中に浮く。


「この邪竜のとてつもないエネルギー。彦馬さんの体は急いで救い出さないと危険なようですね。こうなったら、わたしゴーストドラゴンは本格的に戦闘モードです!」


 するとクファムの右手に何かが現れた。白い光が集まっていき物質として形を作り上げていく。そうしてクファムの右手に形成されたのは一本の槍だった。

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