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歓迎会の意味

 日曜日。今日はせっかくの休日のはずだったが。


「さあ、行きましょうか。彦馬さん」


 昼過ぎにはクファムによって部屋をたたき出される俺。


「楽しみですねー、わたしたちの歓迎会。楽しみですねー」


 なんでも早速だがオカルト研究部の連中が俺たちの入部を祝ってくれるらしい。俺としてはそんなことされてもまったく嬉しくともなんともないんだが。頼むから放っておいてくれよ、って感じだ。


「早くわたしものゆりさんたちとお話がしたいなー」


 しかし、クファムの方は大はしゃぎだ。


「さあ、彦馬さん。早く、早く!」


 みんなに会うのが待ちきれないとばかりに俺の手を引っぱっていく。


「わかった。わかったから手を引っぱるのはやめてくれ、クファム」


 おそらくまわりの人から見た俺の様子は片手を前に出してふらふらと前のめりに歩く変な人、としか目に映らないだろう。恥ずかしいので勘弁してほしいところだ。


「そうですか? では引っぱられるのが嫌ならなるべく急いで歩きましょうか、彦馬さん」

「……はい」


 半ば脅迫されるように道を速く歩く俺。いつもよりハイペースで待ち合わせ場所である学校まで向かう。まったく、休みの日まで学校に行かないといけないなんてどんな罰ゲームだよ。しかも、いつもより急いでとは。最悪だ、もう。やっぱりオカ研なんて入るんじゃなかったぜ。俺は昨日の出来事を後悔しているうちに宵山高校へとたどり着いたのだった。


「はぁーい、彦馬くん」


 校門の前で待っていたのゆりさんと藤々川と公理。俺も合流する。


「どうも」

「おっ。ゴーストドラゴンのクファムちゃんも来てくれてるみたいね。よかったわ」


 目を凝らして俺の隣を見るのゆりさん。う~ん、やっぱりすごいんだろうな、この人は。俺は感心する。俺以外でクファムのことがわかる人間なんて滅多にいないんだろうし。さすがはオカ研の部長だ。


「のゆりさん、みなさん、こんにちは」


 のゆりさんたちに挨拶するクファム。当然、クファムの声まではのゆりさんでも聞くことはできない。俺はしかたがないので通訳をする。


「……クファムがこんにちは、と挨拶をしています」

「ええーっ。ほんとにっ?」


 それを聞いて大きな声を上げるのゆりさん。


「クファムちゃんがあたしに挨拶してくれたわ! 感激!」


 いや、のゆりさんだけではない。藤々川と公理も、


「うおおおーっ。ゴーストでドラゴンな女の子が俺に挨拶をおおおーっ」

「すごい! こんな体験はほかでは絶対にできないぞ!」


 なにやら大喜びのオカ研の面々。まあ、オカルト好きが集まっているだからしょうがないと言えばしょうがないか。クファムなんて超常現象の極みみたいなもんだからな。


「えへへ、えへへ」


 クファムの方も自分のことを話してもらうのはまんざらではないようだ。にこにことした笑みを浮かべている。


「じゃあ、部室に行くわよ」


 のゆりさんを先頭に学校へと入っていく。部室棟という古い建物の一室にオカルト研究部の本拠地はあった。


「おじゃましまーす」


 中に入る俺。教室の半分くらいの広さ、真ん中に大きな長机といくつかのパイプ椅子が置いてある。部屋の隅にはオカルト系の雑誌が丁寧に並べられた本棚と公理が持ち込んだ怪しげな機械が詰まった段ボール箱が眼に入った。


「ささ、座ってちょうだい」


 のゆりさんが長机の椅子に俺を座らせる。


「クファムちゃんにも椅子はいるのかしら?」

「幽霊でも椅子とか座布団があると楽みたいですよ」

「へぇ~、そうなんだ。初めて知ったわ、そんなこと。じゃあ、ここがクファムちゃんの席ね。どうぞ」


 俺の隣の椅子を引くのゆりさん。そこに座るクファム。


「ありがとうございます、のゆりさん」


 クファムの言葉を俺は通訳するとのゆりさんは黄色い声を上げる。


「きゃあっ。クファムちゃんがあたしにお礼を言ってくれたわよっ。うれしぃ~」


 相変わらずの喜びようだ。

 何がそんなにうれしいんだ? ああ、この人もやっぱり変わってるんだなー。

 俺はオカルト研究部の人間に抱いていた偏見をさらに大きくするのだった。


「お菓子でも食べながらお話しましょうか」


 目の前の長机にたくさんのスナック菓子とジュースを用意してくれるのゆりさん。それからクファムに対していろいろと聞いてくる。


「クファムちゃん、趣味とかはあるの?」


 のゆりさんの質問にクファムが答える。


「はい。わたし、深夜アニメとか好きでよく見ます。日本のアニメはすごく出来が良くておもしろいですね。わたし、日本が大好きです」


 それを俺がそのままオカ研のみんなに伝える。今度は藤々川が聞く。


「へぇー。クファムさんは本当に人間みたいなんですね。しかも外国の方みたいな感じですね。日本はもう長いんですか?」

「はい。もうかれこれ十年ぐらいは日本を中心に暮らしていますね。日本語もペラペラですよ」


 クファムが答えて、俺が伝える。こんな作業をいつの間にか延々とやらされる俺。

 お菓子をただで食べられるのはいいんだが、この通訳の仕事ってものすごく面倒くさいな。しかも俺はまったく歓迎されていないのは気のせいか?

 クファムのいる椅子を取り囲むのゆりさんと藤々川。この二人は俺にはほとんど見向きもしない。俺は歓迎会という言葉の意味を根本から考え直す必要に迫られるのだった。

 さらに、悪いことに。


「彦馬、ちょっといいかな」

「ああ?」

「この機械を頭にかぶってもらえる? あとこのアンテナも持って」


 公理が通訳をしている俺にいきなり妙な機械を取り付けてくる。


「君やクファムさんは本当にすごいね。調査のやりがいがあるよ。これでまた新しい発明品が作れるぞ!」


 やたらと張り切っている公理。俺は抵抗できずになされるがままになっているのだった。


「彦馬くん! クファムちゃんはなんて答えたのっ?」

「おい、ちゃんと通訳しろよ!」

「ああっ。今は動いちゃ駄目だよ、彦馬!」


 みんなを一斉に相手にしなければいけないので俺はもうわけがわからない状態になるのだった。


「そ、そろそろいいかな? もうすぐ暗くなるから俺はもう帰りたいのだが」


 夕方ぐらい。もうへとへとになった俺はここから帰りたい一心だった。それに暗くなると幽霊は出てくるし、犬の十兵衞を散歩に連れて行かなければいけない。


「あっ、四時。もうそんな時間なのね。楽しい時間は過ぎるのが速いわね」


 それからのゆりさんは信じられないことを俺に告げた。


「でもまだ帰っちゃダメよ、彦馬くん。これからが本番なんだから」

「えっ?」


 目を丸くする俺に彼女は続ける。


「実はね、今晩はこれからオカルト研究部の大事な活動があるのよ。彦馬くんとクファムちゃんにもぜひ参加してもらいたいのよね。だから帰っちゃダメよ」

「大事な活動? なんですか、それ?」


 どうせろくでもないことに違いないと思いながら尋ねる俺。


「オカルト研究部の活動なんだからオカルトの研究に決まってるじゃない」


 やはり、ろくでもないことだった。しかしクファムは興味津々の様子で、


「うわぁー、おもしろそうですー」


 俺の耳元で騒ぐ。


「ぜひわたしも参加したいです! 彦馬さん、詳細を聞いてみてください、詳細を!」


 俺は仕方なくのゆりさんに聞く。


「で、具体的に何をするんですか?」

「うん、よくぞ聞いてくれたわね」


 のゆりさんは心底楽しそうに話し始めた。


大巻池(おおまきいけ)って彦馬くんは知ってるよね?」

「大巻池? あ、はい。あの宵山自然公園の中にある大きな池のことですよね。あのカヌーとかスワンボートとかにも乗れる、っていう」

「そうそう。その大巻池の話なのよ、今回のことは」

「大巻池がどうかしたんですか? 別に大きな事件が起きたとかって話は聞かないですけど」

「大きな話ではないけれど、一部では噂になってることがあるのよ。なんとね、大巻池ではね、出るらしいのよ……」


 にやりとした変な笑みを顔に漂わせるのゆりさん。逆に俺はうんざりしてくる。


「……出るって、何がですか? 幽霊とかですか?」


 のゆりさんは霊能力者で巫女さんなんだからいまさら幽霊なんてめずらしくなんともないだろう。何が楽しいんだ? そう思っていた俺に、


「違うわ。出るのはね……」


 彼女は得意そうに答えた。


「オッシーよ!」

「は? オッシー?」

「そう、オッシー!」


 なんだそれは。俺は聞いたこともないぞ。オッシー? もしかしてネッシーとかイッシーとかその類のものか? 

 俺が独り言のようにそうつぶやくと藤々川が横から顔を出した。


「おっ。よく知ってるじゃないか、彦馬。その通りだ。スコットランドのネス湖で見かけられたという恐竜のような生き物がネッシーだ。同様に鹿児島の池田湖で見られたのがイッシー。そして、今回はなんと俺たちの町、宵山町の大巻池にも恐竜のような生き物がいるという情報が入ったんだ。それがオッシーだ」


 公理も反対側から、


「ネッシーみたいなのを未確認動物とかUMAとかって言うんだけど、まさか宵山町でそんな貴重な生き物が見られるなんて。ああ、なんて僕はラッキーなんだ! この町に引っ越してきて本当によかったよ!」

「あ、あっそう」


 三人の話をまとめるとつまり、なんかよくわからんが大巻池になんか出るらしい。ちなみに大巻池は池なので湖ほどでかくはない。当然、恐竜みたいなでかい生き物がいたらすぐに正体がわかるはずだ。それでも大きなニュースになっていないのだからオッシーとやらは百パーセントの確率でガセネタに決まっている。俺は言う。


「そんなの嘘に決まってるじゃないですか。馬鹿馬鹿しい」

「あら、自分たちで調べてみるまで嘘かどうかなんてわからないじゃないの」


 のゆりさんはびしっと俺に指を突きさして、


「と、いうわけで今から大巻池に行って実際にオッシーがいるかどうかを調査してみるわ。オカルト研究部、出発よ!」

「ええーっ?」


 そんな俺の悲鳴はほかの三人の、


「おおーっ!」


 という声に完全にかき消されてしまった。こうして俺は半ば無理矢理に大巻池へと連れていかれることになったのだった。


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