オッシー(1)
その後、夕食をみんなで食べた俺たち。大巻池がある宵山自然公園に到着した頃、時刻はすでに夜の七時を回っていた。
「どうしてこんなに遅い時間にしたんですか? 調査とかするんでも明るいうちの方がよかったと思うんですけど」
日は暮れてしまった。懐中電灯で道を照らしながら尋ねる俺にのゆりさんは答えた。
「そうね。まず日曜昼間の公園はすごく人が多いってことね。子供連れとかジョギングしている人とかいるからあまり自由に動けないし、大巻池だってカヌーとかスワンボートを使ってるもの」
あ、確かに言われてみればそうだ。宵山自然公園はけっこう広い公園で町でも人気のお出かけスポットだ。みんなの迷惑になるようなことは良くない。今の公園だとほとんど人はいないし、見回りの人にもいちおう俺たちのことは伝えてあるから、ある程度の行動は自由にできるはずだ。
「夜ここに来たのにはもう一つ理由があってね……」
のゆりさんは続けた。
「それはなぜかオッシーは夜にしか目撃情報がないってことなのよ」
「へぇ。そうなんですか」
夜しか見かけられないか。これは何かオッシーの正体を探るヒントになりそうなことだな。俺は思いついたことを言ってみる。
「夜しか見た人がいないってことはどうせ見間違いかなんかじゃないんですか? 何かの影とか。そうだ。池の上だから霧とかにその辺の木や動物の影が映った、とかそんな感じじゃないんですか?」
俺の質問には藤々川が答えた。
「いい推理だな、彦馬。だが、どうもそうではないみたいなんだよ」
「どういうことだ?」
「俺たちオカ研の事前調査では、オッシーが目撃されたときはほとんど晴れの日の晩で霧なんかまったく出てないときが多いらしいんだ。しっかり聞き込みをしたからこれは正確な情報だ。だからオッシーの場合は見間違えとかの可能性はかなり低いと思うな」
「ふ~ん。見間違えじゃないのか」
「しかもね……」
公理も言ってくる。
「オッシーを見かけた人たちはね、ただ見かけたってだけじゃない人が多いんだよ」
「は?」
すぐには意味のわからない公理の言葉。彼は真剣な表情で続けた。
「オッシーを見た人は、なぜか金縛りのような状態にされてしまう、という体験をした人が多いんだよ」
「金縛り?」
「そう、金縛り。しばらく体がまったく動かせなくなってしまうことだね。よく寝ている間に起こったりして幽霊の仕業じゃないかとか言われているんだけどね。でも、このオッシーの場合ははっきりと起きている状態で、しかも立ったまま金縛りに遭ってしまうんだ。これはちょっと普通じゃないよ」
「……そうか」
起きたまま立ったまま金縛りに遭う。これは確かに普通ではないな。俺はのゆりさんに確認してみる。
「金縛りとは穏やかではないですねよね。悪質な幽霊の仕業でしょうか?」
のゆりさんは首を横に振る。
「わからないわ。でももしオッシーの正体が幽霊だとしたら、起きたまま立ったままの人間を金縛りにかけてしまうんだから相当に強い幽霊に違いないわ。だからね、あたしもちょっとした準備をしてきたの」
そう言って、のゆりさんは鞄の中から何かを取りだした。
「それは?」
短い木の枝のような棒。先に葉っぱやひらひらした紙のようなものが付いている。どこかで見たことがあるようなものだ。のゆりさんはその棒を小さく掲げる。
「これは、玉串よ。神社でお祓いとかをするときに使うものね」
ああ、そうだ。俺が悪い幽霊に引っかかったときなんかに、のゆりさんはその玉串を使ってお祓いをしてくれるんだった。
「これさえあれば悪い霊が出てきても全然へっちゃらね」
ウィンクをするのゆりさん。
「なるほど。さすがのゆりさん」
俺たちも安心する。のゆりさんの巫女としての能力は本物だ。きちんと準備をした彼女がそばにいればあまり危険な目に遭うこともないだろう。
「何かあったらわたしもいますからね」
俺の後ろを飛んでいるクファムも言う。
「ああ、そうだった。こっちにはドラゴンが付いているんだった。考えてみれば幽霊なんて目じゃないよな」
「あら。頼もしいわね、クファムちゃん。ドラゴンが味方だなんてとっても心強いわ」
「でも、わたしが相手できるのはあくまで幽霊だけですけどね。えへっ」
俺たちは正体不明のオッシーが相手でもへっちゃらな気分で夜の公園を歩いていくのだった。
「もうすぐ大巻池ね」
道は広くて左右にはたくさんの花や木が植えてある宵山自然公園。残念ながら桜の木はすっかり緑色になってしまったが、今だとちょうどボタンの花や早咲きの藤なんかがきれいな姿をみんなに見せてくれていた。
「お、あれは?」
俺たちの前を何かが横切っていく。体長十五センチぐらいのまんまるとした鳥が何匹か道を歩いていくのだった。
「かわいい~。カルガモの家族ね!」
まだ子供の鳥たちだろう。ピヨピヨと高い声で鳴きながらヨチヨチと少し危なっかしげに歩いていく。
「そう言えば大巻池にはカルガモがいるんでしたね」
この鳥たちのことは有名だった。最近、親ガモが死んでしまったので子ガモたちが生きていけるように公園に来る人たちがよくエサを上げているという話を聞いたことがあった。この子ガモたちの後を付いていくように歩いていくと俺たちはすぐに大巻池までたどり着いた。
「着いたわね。ここよ、問題の場所は」
夜中の大巻池。周囲を柵や生け垣で囲まれたごくごく普通の池だ。大きさもそれほど広くはない。二、三十分も歩けば一周できてしまうくらいの広さだ。ボートなどのある桟橋はすでに鎖で閉じられている。
「ここに来たのも久しぶりだな。ふ~ん、どれどれ……」
今日は風がないので水面はとても穏やかだ。あちこちに立てられた電灯の光がきれいに水面に映り込んでいる。霧も出ていない。月明かりもあって池の見通しはいい。何か変わったことがあればすぐにでも分かる状況だった。
「ぱっと見ではおかしなものは何もなさそうね」
懐中電灯であちこち照らしてみたものの何も発見できなかった。
「おーい! オッシーやーい!」
呼んでみる公理。当然だが、返事もしなければ姿も見せないオッシー。
「おかしいな。今日は機嫌が悪いのかなぁ」
「オッシーは人間を金縛りにかけるぐらいだからむしろ機嫌が悪いときに現れるんじゃないのか?」
「なるほど。さすが藤々川、いいところに気がつくね。じゃあ今日のオッシーは機嫌がいいのかな」
「機嫌がいいならそのうちひょっこり姿を見せるかもしれんな」
「どっちだよ!」
妙な会話を続ける公理と藤々川。オカルト好きの奴らが考える事なんて俺にはまったくの意味不明だな。
「とりあえず池を一周してみましょうか」
「はーい」
のゆりさんを先頭に大巻池の周囲に沿った道を歩いていく俺たち。池のまわりだということもあって空気は少しひんやりとしている。手をこすり合わせながら藤々川は言う。
「俺の推理ではオッシーの正体はやっぱり古代から生きている恐竜のような生物だと思うな。きっと誰もが驚くような新種の生物に間違いないはずだ」
藤々川の言葉に俺は反論する。
「じゃあ、今までどうして誰にも見つからなかったんだよ、オッシーは。こんな池にいるならあっという間に発見されるはずじゃないか」
「おそらく大巻池のどこか底にはほかの地底湖なんかとつながる秘密のトンネルがあるに違いない。オッシーはそこを通って近頃ここに住みついたってわけだ。どうだ、完璧な推理だろ?」
「……無茶苦茶だな、おい」
公理も楽しそうに話しかけてくる。
「僕の推理だとオッシーはたぶん宇宙生物だね」
「はあー? 宇宙生物?」
「そう、オッシーは宇宙からやって来たんだよ」
「何のために?」
「まずは人類を観察するためだろうね。人類と友達になれるかを用心深くさぐっているんだよ、オッシーは。きっとオッシーはすごく高い知能を持ってるはすだ。間違いないよ!」
そう力強く断言する公理。
「……おまえ、すごい想像力だな」
俺はあきれてそうとしか言えないのだった。
「あら。ここは……」
と、俺たちがそんな話をしながら歩いているともう大巻池を一周してしまったようだった。もとの桟橋付近に戻ってきた俺たち。クファムも言う。
「一周しちゃいましたね。わたしの目にもおかしなものは何も見えなかったですね」
「そうか。じゃあ、やっぱりここには何もないのかもな」
俺は一人、納得する。
「やっぱりガセだったんですよ、ガセ。オッシーなんているわけないんです。どうせ何かの見間違いでしょう」
「なら、金縛りはどう説明するんだ?」
俺は答える。
「どうせ、怖くて体が動かなくなった、とかそのへんじゃないのか。よくあることだよ」
「……う~む」
腕組みをして考える藤々川。のゆりさんは少し経ってから、
「せっかく来たんだからもうちょっとだけ待ってみましょうか。あと三十分だけ。それで何もわからなかった帰りましょう。明日も学校があるしね」
「はい、わかりました」
近くのベンチに座って待つ俺。のゆりさんたちはあちこち懐中電灯で照らしたりオッシーに呼びかけたりしているが、俺はとてもそんなことをする気にはなれない。ぼけっと座って三十分が経過するのを待っていた。
「ピーピー、ピーピー」
近くにはまた子ガモの兄弟たちが陸に上がって道を歩いていた。
「へぇー。カモは夜でもけっこう行動するんだな。鳥は夜になるとずっと巣で寝ているもんだと思っていたけど」
そんなどうでもいいことをつぶやく俺。カモたちは俺の独り言に気がついたのか、俺の方を小首を傾げるように見ている。
「おおー。カモってこうして見るとすげーかわいいな! 体とかすげーモフモフしてて」
すぐに、またどこかへと歩き始めるカモたち。俺はベンチから立ち上がる。
「ちょっと触らせてもらえないかな、あのモフモフ」
忍び足で子ガモたちに近づいていく俺。
「よしっ。一匹、捕まえた!」
そのときだった。




