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第89話 守るべきもの

 風を切り裂く銀の矢が、彼の身を貫く、まさにその瞬間。

 歓喜が、驚愕に変わった。

 残像を残し、矢を打ち払った一筋の銀。破壊され、半ば崩れかけた壁の向こうから、レイの身を守った人物が姿を見せる。その右手に、矢を叩き落としたものだろう、鉄鎖鞭チェーンウィップたずさえて。

 彼によって弾かれた矢が、ミヤの足元に転がった。

 薄紫と、蒼穹。冷たい焔と、熱い氷。ふたつの色がぶつかり、静かな火花を散らす。

「ラグネス様! どうしてここが……?」

 レヒトがそう尋ねると、ラグネスはレヒトに顔を向けて苦笑した。

「まあ……これだけ大騒ぎしてくれれば、ね。嫌でも気付くよ」

 立ち尽くしたままのミヤへと視線を移し、ラグネスは静かに言葉を続ける。

「……ここに乗り込んできた以上、狙いはレヒトかレイだろうと予想がついたからね。この遺跡のことは、私もそれなりに知っている。悪いけど先回りさせてもらったよ」

 異変に気付いたラグネスは、遺跡に存在する隠し通路かなにかを使ってこの部屋まで先回りし、気配を消してずっと身を潜めていたのだろう。

 再び、ラグネスはレヒトへと視線をやった。

「そうそう。快とシャウト君は、君のほうを助けに行ったんだけど……どうやら会えなかったようだね」

 レヒトと出会う前に、二人がミヤに倒されたとは考え辛い。となると、二人は今もこの遺跡のどこかで、レヒトを探しているのだろう。二人が方向音痴だというわけではない。前述した通り、この遺跡はかなり広く、また複雑な造りをしている。そのため、たった一人――それもあちこち移動している者を探すことは、たとえ遺跡の構造を熟知していたとしても容易なことではないのだ。

 対して、レイの場合はレヒトと違って居場所がはっきりしているため、ラグネスは簡単に先回りできたというわけだ。

「ふーん……さっき、魔力障壁で僕の爆弾を防いだのはおじさんだね?」

 声に余裕の色を滲ませたミヤが問う。レヒトの位置からでは、背を向けたままのミヤが、どんな表情を見せているのかは伺い知れないが、おそらく、相変わらず笑みを浮かべているのだろう。

「そうだよ。ずっとこの部屋の中に潜んでいたんだ。来なかったらどうしようかと不安に思っていたところだよ」

「へぇ。ずいぶん暇なんだね」

「年寄りになるとね」

 作った笑みを崩すことなく、二人は意味など持たない、皮肉混じりの言葉の応酬を繰り返す。戦意を喪失したわけでも、なにか策があるというわけでもない。仕掛けるきっかけがないから、二人とも動いていないだけだ。

 その証拠に、二人は無防備を装っているが、その実、決して相手からは視線を逸らさず、緊張の糸も緩めてはいない。

 張りつめた空気の中、対峙するラグネスとミヤ。一触即発とは、まさにこのことを言うのだろう。

 ミヤの背後を奪うレヒトとミオも、迂闊には仕掛けられないでいる。レヒトたちがミヤを挟み撃ちにする形だが、状況が不利であることに変わりはないのだ。

 ミヤが二度――一度目は兵士に対し、二度目はガルヴァに対して――レヒトの前で使って見せたあの不可思議な技。防御法がわからない以上、あの技を使われることは防ぎたい。ミオは技を解除することができるらしいが、ミオを戦わせることはできる限り避けたかった。ようやく出会えた肉親を、傷付けさせるような真似だけは――。

 張り詰めていた空気が弾け、レヒトの意識が覚醒した。

 慌てて二人へ視線をやれば、問答無用で仕掛けたのはミヤのほうらしかった。撃ち出される銀の刃のことごとくを、ラグネスは鉄鎖鞭でさばき切る。しかし、このままではラグネスのほうが先に消耗してしまう。

「アハハ。いつまで続くかな」

「試してみるかい? 昔に比べれば衰えたといえ……私も天魔大戦を戦い抜いた者の一人。後れはとらないよ」

 ミヤの放つ銀の矢を、ラグネスは鉄鎖鞭を自在に操り、方向を変え、ミヤに向けて弾く。弾かれた矢を、ミヤは軽いフットワークで難なくかわし、なおも矢を撃ち続ける。彼の武器がボウガンである以上、矢が尽きれば攻撃を封じることができるのだが、それを待っていてはどれだけ時間がかかるかわからない。それに、ミヤにはあの不可思議な技がある。あまり戦いを引き延ばすわけにはいかないのだ。

 なんとか援護したいところだが、レヒトが下手に手を出せるような状況ではない。

「……手出しは無用だよ、レヒト」

 いつもと同じ、穏やかな微笑みを湛えたまま。細められたラグネスの瞳が、強い光を宿す。

「ここは私がなんとかしよう。レイは必ず、私が守る。私は弟を見捨てるような真似はしない」

 その言葉に、ミヤの動きが一瞬とまり――狙いが逸れた矢は、ラグネスのマントを貫いただけ。

 生まれた隙を逃さず、ラグネスが初めて攻勢に転じた。鉄鎖鞭は、狙い違わずミヤの胸を打ち据える。

「くっ……!」

 次の矢を撃ち出そうとしたミヤが、慌てて身を翻す。一気に距離を詰めた、ミオの振るう刃を避けて。

「ミオ、どうして……!」

「……これ以上は、許しません。私が相手になります、ミヤ!」

 ミオに剣の切っ先を向けられ、ミヤが唇を噛み締める。

 構えたボウガンを下ろし、ミヤは小さく息を吐いて。ミオ、そしてレヒトの横をすり抜け、通路の奥へと走りゆく。

「ミ……!」

「やめなさい、レヒト」

 後を追おうとしたレヒトを、ラグネスが押しとどめる。

「……行かせてあげなさい」

 ミヤの消えた通路の奥を見つめたまま、ラグネスは静かにそう言った。

「……とにかく、お二人がご無事で――」

 レヒトの言葉が最後まで続くことはなかった。真横から、凄まじい襲撃を受けたからである。

「あーっと、見付けましたよ、ラグネス様。それがレヒトの奴、どこにもいなくって……」

 側面の壁――もとい、隠し通路へと続く扉であった場所から、ひょっこりと顔を覗かせたのはシャウトだった。

「……レヒトなら、ここにいるけど」

 やや面食らったような表情のラグネス。

「なんだ、こっちにいたんですか。こちとらずっと姫と二人で探し回ってたっつのに。んで、どこです?」

「んー……君の目の前にいるよ」

「目の前ですか? ……お!」

 きょろきょろとあたりを見回すシャウトの視線が、ある一か所で止まる。

 隠し通路の扉の真横に立っていたレヒトは、当然、中から誰かが扉を開ければ、その直撃を受けることになる。もし、扉を開けたのが快であったなら、レヒトは多少痛い思いをするだけで済んだだろうに。少なくとも、吹き飛ばされることだけはなかったはずだ。

 シャウトが自慢の馬鹿力で勢いよく開けた扉に弾かれ、レヒトは反対側の壁に、思い切り頭をぶつけることになったわけである。

「おいおい、なに寝てんだよ、レヒト。こっちは大変だったんだぜ? お前はどこにもいねぇし、どっかで戦ってるような音はしてるし……。おい、レヒト。聞いてるか?」

「レヒトさん! 大丈夫ですか!?」

 傍にしゃがみ込んだシャウトの問いかけにも、心配そうなミオの言葉にも、倒れたままのレヒトが答えられるはずもなく。

「おやおや……だいぶダメージが大きかったようだね」

「そうみたいね、伯父様」

 シャウトに遅れて顔を見せた快とラグネスが顔を見合わせ、くすくすと笑った。

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