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第39話 英雄たちの凱旋

 シャサラザードを先頭に、そしてレヒトを殿に、森の中を歩き続け、ようやくリデル・グ・アルスの街へと戻ったレヒト一行。

 すっかりうなだれているフォード卿は、逃げようともせず、肩を落としたままとぼとぼと歩いている。覚悟を決めたのか、あるいは逃げても無駄だと悟ったのか、それはわからなかったが。

 街の南側にある正門の前に、見知った顔が立っていた。

 一行の姿を確認すると、見知った顔――ファントムが笑みを浮かべて近付いてきた。

「意外と早かったな」

 シャサラザードが笑顔で応える。

「まぁな。この通り、お前が寄こした援軍も活躍してくれたし。……とはいえ、敵には逃げられたよ」

「子供たちが無事に戻ったのだ、それでいい。陛下もお喜びに――いや、苦い顔をするかもしれんな」

 苦笑を浮かべたファントムの言葉に、シャサラザードも頷いてみせる。

「そうだな。……子供たちを救出した英雄の中に天界の使者がいるとなれば――皇帝は天界からの同盟の申し出を、無下に断れなくなったわけだ」

 確かにレヒトは天界の使者であり、真魔界へとやって来たそもそもの理由は、天界と真魔界との間に同盟を結ぶためだったのだが。

 しかし、レヒトはシャサラザードに、そのことは一切話していないはずである。

「な、なんでそれを……」

 目を丸くしたレヒトが問えば、シャサラザードは声をあげて笑った。楽しくて仕方がない、といった様子だ。

「なーに、年の功ってやつかね?」

 からかうようなその言葉に、どう反応すべきか迷っていると、ファントムが苦笑交じりに口を挟んだ。

「レヒト。君の剣はどうした?」

「え。……えぇっ!?」

 自身の腰へと視線を移したレヒトは、驚きに目を瞠った。腰に佩いた大剣――セイクリッド・ティアが消え失せていたからである。その代わりか、腰には華美な装飾の施された儀礼用の長剣が。

 慌てて周囲を見渡すレヒトに、シャサラザードがセイクリッド・ティアを差し出した。

「いやぁ、ちょっとよく見せてもらいたくてさ。遺跡で失敬してきた剣と変えといた」

「あ、あんた……いつの間に……」

 先程の刺客との戦いで使っていたのは確かにセイクリッド・ティアだったはずなので、シャサラザードに変えられたのはその後ということになるが、レヒトはまるで気付かなかった。快やレイヴン、リーンハルトも同じように目を丸くしているので、シャサラザードは誰にも気付かれず、人並み外れた神経を誇るレヒトから、セイクリッド・ティアを奪って見せたということになる。

 決して、並の技量の持ち主にできることではない。

「それ、天魔大戦でレイ=クリスティーヌが振るった剣だろう。見覚えがあったからね、ちょっと見せてもらったんだ。ああ、どこもいじってないし、ちゃんと返すよ」

 シャサラザードは茶目っ気たっぷりにウィンクを送った。

「話したいことはいろいろあるが……とりあえず、子供たちを帰すのが先だな」

 シャサラザードの言葉に、二ヶ月もの間、辛い思いをしていたのだろう子供たちの顔が輝いた。その中の一部を除いて。

「ファントム、街の子供たちを親元に。それと……君の力を借りたいんだが」

「……なにかあったようだな」

 ファントムの問いに対し、シャサラザードは頷き、子供たちの一人――クラリスの頭に手を置いた。

「クラリス……もう一度、君の話を聞きたいな」

 シャサラザードが優しく言えば、クラリスはフォード卿の視線を意識してか、少し躊躇った後、それでもゆっくりと話し始めた。

「クラリスはフォード様の奴隷です。魔界で生まれて、ここにはずっと前に来ました」

「……なるほど、そういうことか」

 事情を理解したらしいファントムが、うなだれたままのフォード卿に視線を向ける。

「……と、いうわけだ。まあ、詳しい話は後でするとして……」

「うむ、わかった」

 ファントムは頷くと、三人の部下を呼んで指示を飛ばす。

「ナギウス、お前は子供たちを親元へ帰せ」

「はっ!」

 命令を受けた、腕に青い鱗を持つ兵士に連れられ、魔精霊の子供たちは一足先に街へと戻って行く。

 残ったのは、魔精霊だろうと思われる二人の幼い子供と、魔界人である数人の子供たち。そのうちクラリス、チェスター、イリア、ロクサーヌの四人はフォード卿の奴隷らしいが、ここには他にも数人の子供たちが残っている。これはフォード卿以外にも、魔界の民を奴隷に使っていた貴族がいた、ということに他ならない。

「ツヴァイ。お前はこの子供たちを迎賓館へ。彼らは大切な客人なのだからな。くれぐれも丁重にもてなすように」

 迎賓館とは他国の客人――それも、かなり高い地位にいるような人々を迎えるための施設である。今まで奴隷として酷い扱いを受けていたのだろう子供たちは、驚いたようにお互い視線を交していた。

「了解致しました! さあ君たち、行こうか。大丈夫、もう大丈夫だからね」

 背に力強い茶色の翼を持った兵士が、優しい言葉をかけつつ、魔界人の子供たちを連れて、街の中へと入って行った。

「よし……。グレイグ、お前には部下を率いて、貴族たちの屋敷の捜査にあたってもらう。わずかな痕跡さえ見落とさぬよう、徹底的に調査しろ。もしも異国の民を奴隷として使っていることがわかれば、ただちに城へ連行し、地下牢に監禁するように」

「お任せください」

 最後の一人が部下を引き連れ、街の中に消えるのを見送って、シャサラザードが声をかける。

「さすがは皇室近衛兵団総隊長殿」

 はやすような口調で言ったシャサラザードに、ファントムはたしなめるような視線を送る。

「茶化すな、シャサラザード。……本来ならば証拠を押さえた後に踏み込まねばならないが……そんな悠長なことを言っている場合ではなかろう。陛下のお叱りは甘んじて受けるつもりでいる」

「なに、その心配はないさ。あの皇帝のことだ、他国に付け入られる隙になるような真似をした貴族たちを、許すはずがない。……首が幾つ飛ぶだろうね」

 その言葉に、フォードが青ざめたまま小さく震えたのをレヒトは捉えた。確かに、あの皇帝であればやりかねないとレヒトも思う。だが、断罪されるであろうフォード卿や他の貴族に同情するような神経を、残念ながらレヒトは持ちあわせてはいなかった。

「けど、皇室近衛兵団まで動いてるということは、皇帝陛下もこの事件には心を痛めていらっしゃるのね」

 快がそう言ったのには、ちゃんとした理由がある。

 皇室近衛兵団というのは、皇族の身を守るための精鋭たちである。彼らは常に皇族に付き従い、その身を守っている。たとえ少々、いや、かなりの大事があろうとも、彼らが皇族の側を離れることはないと言っていい。ところが、その隊長を務めるファントムが、皇帝の側を離れてまで、今回の事件の調査にあたっていたのである。

「ああ、それは誘拐された子供たちの中に、この二人がいたからさ」

 シャサラザードが答え、この場に残った二人の幼い子供――背中に蝶の羽がある、リーンハルトがシンシア様と呼んだ子供と、猫のような耳と尻尾を持った子供に視線を向けた。

 どちらも可愛らしい顔立ちだが、レヒトはこの二人に、無意識のうちにとある人物の面影を重ね見ていた。

「シンシア、ケルヴィン。この人たちは天界からのお客様だ。挨拶しなさい」

「はーい、伯父上! シンシアですっ!」

「……ケルヴィンです……」

 シャサラザードが言うと、シンシアは元気いっぱいに、ケルヴィンはおずおずと挨拶した。

 二人の頭に手を置いて、シャサラザードが言う。

「こっちがシンシア=シグルーン、それでこっちがケルヴィン=シグルーン。この国の第一皇子と第二皇子ってわけさ」

 あっさりと言い放たれて、一瞬固まる三人。

「お、皇子様!?」

「そうそう」

 確かにシンシアにはセルトラートの面影があり、ケルヴィンのほうはどことなく皇帝ウィンドリヒに似ている。性格のほうは、だいぶ違うようだが。

「シンシア様、ケルヴィン様。ご無事でなによりでございます」

 ファントムが二人の前に膝を付いて敬礼すると、シンシアがぱぁっと顔を輝かせてその膝にしがみつく。その様子を、一歩離れた場所からケルヴィンが眺めていた。

「怖かったよ、ファントム! けどね、リンが助けてくれたんだよ!」

 シンシアがどこか自慢するように言えば、側に控えるリーンハルトが慌てたように否定した。

「そ、そんな! 私はなにもしておりません!」

 しかしファントムは、わたわたと慌てるリーンハルトには取り合わず、微笑んでシンシアに言葉を返す。

「左様にございますか。それでは、リーンハルトが正式に騎士となる日も近いですね」

「うん! あのね、リンはシンシアのきしになるんだよ! 約束したんだもん!」

「シンシア様、ファントム様! からかうのはおやめください!」

 真っ赤になったリーンハルトが大声で言うと、シンシアが振り向き、少し寂しそうな顔をした。

「……リン、シンシアのきしになってくれないの……?」

「そ、それは……わ、私は……その……」

「……だめなの……?」

 大きな紅玉色の瞳をうるませ、上目遣いに見上げる。

「い、いえ……わ、私はシンシア様の御身を守る騎士です! 今は、まだ見習いの身分てすが……いずれは必ず、シンシア様だけの騎士になりますからっ!」

 耳まで真っ赤に染めてそう宣言したリーンハルトに、満面の笑みを浮かべたシンシアが抱きつく。それを慌てて抱きとめるリーンハルトに、大人たちはくすくすと笑った。

「さあて、とにかく城へ行こうか。ケルヴィンも疲れているだろう?」

「はい、おじうえ……」

 ケルヴィンを肩車したシャサラザードが優しく言えば、ケルヴィンはやはりおずおずと頷いた。だが、どこか安心するのか、その表情は先程よりも柔らかい。

「じゃあファントム、頼めるかい?」

「了解した。……セルトラート様もお待ちかねだ」

 ファントムに先導され、レヒト一行は城への道を歩く。

 街は相変わらず閑散としているが、最初に足を踏み入れたときに満ちていた、悲しみの色は、今はない。そんな街の中を進む一行の前に、城内へと続く、巨大な門が姿を見せた。




 城へと辿り着いた一行は、すぐに玉座の間へと通される。玉座に座ったウィンドリヒと、傍に控えるセルトラート。

「陛下。シャサラザード、ただいま帰還致しました」

 一行を代表し、シャサラザードが敬礼する。

「うむ……よくやった。褒めてつかわす」

「シンシア、ケルヴィン。無事に戻り、喜ばしい限りです」

 セルトラートが二人を見て微笑む。

「はい! 伯母上!」

 シンシアが元気いっぱいに言った。

「シンシア! なんと、怪我をしているではないか!」

 ウィンドリヒが玉座から立ち上がり、シンシアを抱き上げた。

「父様、シンシアは平気だよ。でもね、ケリィが……」

 シンシアが、心配そうにケルヴィンを見た。ウィンドリヒもケルヴィンに視線をやるが、その目は恐ろしく冷たかった。

「……母親がお前を心配していたぞ。顔を見せて来い」

「は、はい……しつれい、いたします……」

 可哀想なくらいに震えて、ケルヴィンは逃げるように玉座の間を退出した。

「あ! ……ケリィ……」

 ケルヴィンの消えた大扉を見つめたまま、シンシアはしゅんと肩を落とした。

「……さて、まずは貴様らの件だな。一人増えているようだが?」

 視線を受け、快は一歩前に出と、うやうやしく礼をする。

「お初にお目にかかります、陛下。精霊界より参りました、彼らと道を同じくする者です。……陛下のお目にかかれたこと、身に余る光栄と存じます」

 レヒトやレイヴンと違って上品な快の物腰に、ウィンドリヒも気をよくしたようだった。このあたりはさすが、といったところか。まあ、美しい女性を前にして、気分を害する男はいないだろう。

「姉上より聞いたが、天界は我が真魔界だけでなく、精霊界とも同盟を結んだとのこと。にわかには信じられぬ話ではあるが……どうやら、真のことであるようだな」

 言って、ウィンドリヒは快、それからレヒトに視線をやった。

 ウィンドリヒとしても、ヘヴンで孤立することだけは避けたいのだろう。ここで申し出を突っぱねると、真魔界は天界、魔界だけでなく、すでに両国と同盟関係にある精霊界とも関係が悪化する。天界の特使である二人とともに、精霊人である快がいたことは大きい。

「……持ってゆくがよい」

 しばしの沈黙のあと、差し出された一枚の書状。

 ふと、セルトラートと視線があう。彼女がウィンドリヒを説得するためにどれだけ心を砕いてくれたのかは、想像に難くない。

「感謝致します、陛下」

 レヒトは深く礼をした。

「話もまとまったようですので……私は屋敷のほうへ戻りましょう」 

「えっ……伯母上……帰っちゃうの?」

 シンシアが泣きそうな顔でセルトラートを見た。それから、父親の傍に立つリーンハルトに視線を移す。

「……リンも?」

「はい。私も戻らなければ……」

「や! シンシア、リンと一緒がいい!」

 シンシアはウィンドリヒの腕から飛び下り、リーンハルトにしがみついた。

「これ、シンシア。あまりわがままを言うものではない。ほら、こっちへおいで」

「……やだ。リンがいい。リンと一緒に行く!」

 困り顔のリーンハルトを見て、セルトラートが微笑んだ。

「ふふ、それでは一緒に行きましょうか。陛下、よろしいですね?」

「……仕方あるまい」

 ウィンドリヒはため息混じりに許可した。シンシアが可愛くて仕方ないのだろう。

「やった!」

「さあ、戻りましょう。皆様も、ご一緒に。美味しい紅茶を用意しますよ」

「はい」

 一行は玉座の間を退出し、セルトラートの屋敷へと向かった。

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