第40話 戦士の休息-1-
「うぅん……やっぱり我が家は落ち着くねぇ」
ゆったりとしたソファに腰かけ、シャサラザードは開口一番、そう言い放った。
「……我が家?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「……聞いてない。というか、それってつまり……」
レヒトはセルトラートに視線を移す。
「そう。俺の奥さんだよ」
隣に腰かけたセルトラートの肩を抱いて、シャサラザードはにへらっと笑う。
「趣味悪……ッ!」
声をあげたレイヴンの口を、レヒトは慌てて塞いだ。
「いやぁ、セトは美人だし気立てもいいし、俺にはもったいないね!」
「まあ、サラ。そんな、お客様の前で……」
そう言って笑いあう二人。リーンハルトは両親のラブラブっぷりに慣れているのか、特に気にした様子もなく人数分の紅茶を用意している。
「うーん、見てるこっちが恥ずかしいなぁ……」
「……まったくだ」
小さく呟く快に、レヒトも小声で同意する。
「リン! 待って!」
シンシアは手慣れた様子で紅茶と菓子を用意するリーンハルトの後を、ずっとついて回っている。その微笑ましい光景に、大人たちは揃って相好を崩した。
「お待たせしました、どうぞ」
リーンハルトが紅茶と甘い焼き菓子をテーブルに並べた。
「ありがとう」
「いえ、ごゆっくりお寛ぎください」
礼儀正しく一礼してから席につく。見た目はレイヴンとそれほど違わないというのに、ずいぶんしっかりしているのだな、とレヒトは感心した。チャラチャラしているように見えるシャサラザードだが、子供の躾に関しては意外と厳しいのかもしれない。
「いただきまぁす」
シンシアが焼き菓子を口に運ぶ。しばらくはもくもくと食べていたが、不意に食べるのをやめてしまう。
「シンシア様、どうなさいました?」
リーンハルトが心配そうに声をかける。
「……義母様とケリィにも、食べさせてあげたい」
隣に座るリーンハルトを見上げて、シンシアは小さく呟いた。
「まあ……シンシアは優しいですね。大丈夫ですよ、お二人の分はちゃんと用意してありますからね」
セルトラートが優しく声をかければ、シンシアの幼い顔がぱぁっと明るくなる。
「よかったですね、シンシア様。後で、リーンハルトと一緒に渡しに行きましょう」
「うん!」
シンシアは元気いっぱいに頷いた。
「皆様もどうぞ、召しあがってください」
「すみません、俺たちまでご馳走になってしまって……」
セルトラートは柔らかく微笑む。
「ふふふ、皆様は誘拐事件解決の立役者ですよ?」
「そうそう。子供たちの英雄だぜ」
「そんな……俺は、なにも」
レヒトは頬を掻いた。これは彼が照れた時の癖である。
「確かに今回はなんにもしてないよね、レヒト」
「……それはお互い様だろ、レイヴン。一番の功労者はシャサラザードだろうな。俺たちはなにもできなかった」
「なぁに言ってんだい」
シャサラザードは肩を竦めた。
「俺だってなんもできなかったさ。時間稼ぎどころか、こっちが殺られないようにすんので精一杯! 恐ろしい兄ちゃんだったな」
「サラがそう言うのなら、相当の使い手なのでしょうね」
「ああ、もうヤバいって。しっかし……どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ、あの兄ちゃん」
どこだったかねぇ、とシャサラザードは首を傾げた。
「……」
先程から、快はカップを握ったまま、ずっと黙りこくっている。
「快? ……どうした?」
「え……? あ、ちょっとぼーっとしちゃって……」
なんでもないよ、と微笑む。あの遺跡から戻ってからというもの、どこか様子がおかしかった。
「それよりさ、君らこれからどうすんの?」
興味津々といった様子で尋ねてくるシャサラザードに、レヒトは紅茶を啜りながら言葉を返す。
「精霊人、魔精霊とは同盟を結んだ。残るは竜族だけだ」
「竜族! こりゃまた厄介なとこが残ったもんだねぇ」
「なんで厄介なの?」
レイヴンの疑問には快が答えた。
「竜族は悠久の時を生きるといわれる種族。未だ尽きた命がないといわれるほどに長命なんだ。戦いを好まない穏やかな種族だから、争いばかりを繰り返す人間を――あまり、快く思っていないんだよ」
「いきなり門前払いとか、されなきゃいいね」
「あのなぁ……冗談にならないぞ、それ」
「それは、たぶん大丈夫かな」
レヒトが眉を潜めると、快が笑いながら言った。
「僕、竜族の長老様とは何度か会ったことあるから。話くらいは聞いてもらえると思うよ。そこから先は、レヒトの力量だけどね」
「……頑張るさ」
「うわッ、頼りなーい」
「そんなこと言うのはこの口か」
レヒトは隣に座るレイヴンの頬を左右に引っ張る。子供だけあって柔らかいらしく、面白いくらいよく伸びる。
「いにゃーーーッ!」
「君も一緒に来てくれるのか?」
レヒトは快に問いかける。もちろん、じたばた暴れるレイヴンはしっかり押さえ込んで。
「当たり前でしょ?」
快はさも当然とばかりに言った。確かに、竜族に会うためには彼女の協力が必要なのだが。
「最初からついて行くつもりだったのに、気付いたらいないんだもん。びっくりしたよ」
ここまで追い付くのも大変だったんだから、との言葉に、レヒトは小さく苦笑する。
「それは……すまなかった。精霊王様も、しばらく君を休ませたいとおっしゃっていたのに、結局、君を巻き込んでしまうな」
「いいの! 僕が自分からついて行くんだから。それに、女の子の一人旅は危ないって言ってたじゃない」
「……そう言えば」
快と初めて会った時に、そんなことを言ったりもした。あれからまだそう時間は経っていないはずだが、ずいぶんと昔のことのように感じる。
「レヒトが守ってくれれば、それで問題ないでしょ」
快は悪戯っ子のように笑った。
「ああ、任せておけ」
レヒトは力強く頷くが。
「快のほうが強いんじゃない?」
いつの間にか、レヒトの腕から抜け出したレイヴンが、ぽつりと呟いたその言葉。
「お、お前なぁ……! 今日という今日は許さーん!」
「だって事実じゃーん!」
珍しいレヒトの怒声と、楽しそうなレイヴンの笑い声。二人が走り回るせいで、屋敷内は大騒ぎである。
「……せっかくいい雰囲気だったのにねぇ」
「ふふっ、そうですね」
自宅内で始まった追い掛けっこを眺めて、ラブラブ夫婦はにこにこと笑った。
レヒトとレイヴンの追い掛けっこは、遊び疲れたレイヴンが眠ってしまったので強制終了となった。
「お二人は仲良しなんですね。まるで親子のよう」
セルトラートはそう言って微笑む。レヒトは軽い衝撃を受けた。
(俺……そんなに老けて見えるのか?)
レヒト、二十三歳。悩み多き年頃である。
ふと、リーンハルトが窓から差し込む夕日を見て言った。
「もうこんな時間ですか。シンシア様、そろそろ王宮へ戻りましょう」
「……リンは?」
シンシアは上目使いにリーンハルトを見上げた。
「私はご一緒できません。シンシア様とは身分が違いますから……」
「じゃあやだ! 帰らない! リンと一緒がいいもん!」
「あらあら。けど、シンシア。フィーリア様がご心配なさいますよ?」
セルトラートがなだめるように声をかけると、シンシアは寂しそうに俯いた。
「母様……シンシアのこと嫌いだもん……おうちに戻ったら、誰にも会えないもん……」
「シンシア様……」
「じゃあ、今日は泊まっていくかい?」
シャサラザードが優しく言えば、シンシアの幼い顔に、満面の笑みが浮かぶ。
「うん! お泊まりする!」
シャサラザードとセルトラートは、顔を見あわせて微笑んだ。
「というわけだ。リン、陛下にそうお伝えしてくれ。あと、ファントムにも」
「はい、わかりました」
「シンシアも行く!」
「まあ。それではシンシア、ケルヴィンとエリーゼ様に、これをお渡ししてくれますか?」
セルトラートはシンシアに、小さな包みをふたつ手渡した。
「あ、お菓子! うん! ケリィと義母様にあげてくるね!」
「ふふふ。きっと喜びますよ。それではリン、お願いしますね」
「はい、行って参ります」
「行ってきまぁす」
二人は手を繋いで部屋を出て行った。
「……凄い熱愛ぶりだな」
「シンシアには、他に友達と呼べるような相手がいないからねぇ」
「身分が違うから、か?」
王候貴族の生活とは縁遠いレヒトが聞き返すと、シャサラザードは少し困ったような顔をした。
「それもあるんだけどさ……シンシアとケルヴィンの場合は、もっと事情が複雑だからなぁ」
「ええ、そうですね……」
どこか辛そうな二人。
レヒトは、それ以上を聞かないことにした。




