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第3話 盗作疑惑

# 第3話 盗作疑惑


 学校ポータルの通知には、場所と時間だけが書かれていた。


【本日十六時四十分 進路指導室】


 件名は、応募作品の確認面談について。


 確認。

 その言葉が軽すぎると思った。


 進路指導室は、職員室の奥にある。壁には大学のパンフレットが並び、棚には推薦実績のファイルが立っていた。小説の話をする部屋ではなく、進路を決める部屋だった。


 ノックすると、中から「入って」と声がした。


 榊原先生が机の向こうに座っていた。創作担当の教師で、文芸コンテストの案内をした本人だ。


 机の上には、俺の応募作が置かれていた。


 青いスタンプが押されている。


 校内選考用。


 その横に、白い紙の束がある。赤い付箋に、こう書かれていた。


 類似確認。


 久我が言っていた言葉だった。


「瀬尾、座れ」


 俺は椅子に座った。


「応募作のことで確認する。校内選考の段階で、類似の指摘が出た」


「類似って、何にですか」


「別の応募作品だ。今は作品名と作者名は伏せる」


 榊原先生が、比較表をこちらへ向けた。


 左に俺の応募作。右に比較対象A。赤線がいくつも引かれ、横に「場面構成が近い」「人物の役割が近い」「台詞の機能が近い」と書かれている。


 最初は、何を言われているのか分からなかった。


 自分の作品の文章が、知らない紙の上で、知らない作品と並べられている。しかも、俺の名前ではなく、確認対象みたいに扱われている。


「これ、盗作って言ってますか」


 声が少し裏返った。


「今は断定してない。だから確認してる」


「俺は盗作してません」


「なら説明してくれ」


 俺は比較表を見た。


 手が冷たくなっていた。けれど、ここで怒ったら終わりだと思った。ちゃんと説明しなければいけない。これは進路指導室で、相手は先生で、俺の応募作は推薦資料になるかもしれない作品だった。


「場面構成が近いって言われても、文化祭準備の話なら似るところは出ると思います。人物の役割も、主人公、友人、黙っている相手、みたいに分けたら、似て見えるはずです。台詞の機能っていうのも、謝る場面なら、言い訳っぽい台詞は出ます。俺は比較対象Aを読んでません。読んでないものは盗めません」


 自分でも、思ったより冷静に言えた。


 榊原先生は頷かなかった。


「本文だけなら、その説明もできる」


「本文だけなら?」


「問題は、制作メモにも近い箇所があることだ」


 榊原先生は、別の紙を出した。


 そこには、見覚えのある二行が印刷されていた。


 ――傷つけるつもりはなかった、は、傷つけた側だけが使える便利な言葉。

 ――小説では使える。でも、使うとたぶん最低。


 頭の中が一瞬止まった。


 英語の授業中に打ったメモだった。


 スマホの非公開フォルダに入れた。応募作には使っていない。提出フォームにも入れていない。誰にも見せていない。


 それが、進路指導室の机の上にあった。


「……これ、何ですか」


「制作メモとして関連資料に入っていた」


「入れてません」


「提出データの関連資料に含まれていた」


「入れてないです」


 さっきまでの説明が、全部どこかへ飛んだ。


「これはスマホのメモです。非公開フォルダに入れてた。学校に出してない。応募作にも使ってない。これ、どこから持ってきたんですか」


「瀬尾、落ち着け」


「落ち着けないです。だって、これ、俺しか見られないはずなんですよ」


「提出データに入っていた以上、こちらは確認資料として扱う」


「だから、その提出データに入ってるのがおかしいって言ってるんです」


 声が大きくなった。


 廊下の方で足音がした。俺は一度口を閉じた。でも、すぐにまた言葉が出た。


「俺を疑う前に、そっちを説明してください。俺が盗作したかどうかを確認するなら、俺の非公開メモを学校が持ってる理由も確認してください」


 榊原先生の顔が少し固くなった。


「そこも確認する」


「また確認ですか」


「今ここで断定できることは言えない」


「じゃあ、誰がこれを見たんですか」


「校内選考の確認担当だ」


「何人ですか」


「今は答えられない」


「じゃあ、俺の知らない人がこれを読んだんですね」


 榊原先生は答えなかった。


 机の上には、俺の応募作、比較表、非公開メモの印刷が並んでいる。


 自分のものだったはずの言葉が、全部、学校の資料になっていた。


「盗作はしてません」


 俺は、もう一度言った。


 今度は説明ではなく、怒りを抑えるために言った。


「証明できるか」


「制作履歴ならあります。下書きも、修正前のファイルも、メモも」


「出せるか」


 すぐには答えられなかった。


 出せる。


 でも、そこには見られたくないものが入っている。堀田の言い訳を使った没台詞。篠原を見て書いた人物メモ。昨日の昇降口で黙った女子を、「説明することを諦めた顔」として書いた断片。


 盗作していない証拠にはなるかもしれない。


 でも、それを出せば、俺が誰をどう見て、どう書いたかまで読まれる。


「出せば、誰が読むんですか」


「選考担当と、必要なら進路指導部だ」


「また、俺の知らない人が読むんですね」


「盗作疑惑を晴らすには、材料がいる」


 盗作疑惑。


 榊原先生が、初めてその言葉を使った。


 俺は鞄の持ち手を握った。


「今日は持ち帰らせてください」


「明日までに答えてくれ。説明を出すか。制作履歴を出すか」


「分かりました」


 分かってはいなかった。


 でも、それ以外の返事が出なかった。


 進路指導室を出ると、廊下は暗くなり始めていた。


 スマホを取り出す。非公開フォルダを開く。


 例の二行が、一番上に残っている。


 ――傷つけるつもりはなかった、は、傷つけた側だけが使える便利な言葉。

 ――小説では使える。でも、使うとたぶん最低。


 消そうと思った。


 でも、今消したら、証拠を消したことになる気がした。


 画面の上で、指が止まった。


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