旅立ちの詩
新連載スタートです。
今回の主人公は勇者ではなく、かつて勇者パーティーに同行した吟遊詩人。
英雄譚の裏側と、その真実を描いていけたらと思います。
よろしくお願いします。
オレの名前は、メネス――メネス=トレィロ。
職業は吟遊詩人だ。
寂れた酒場で弾き語りをする、その日暮らしの冴えない男……それが今のオレだ。
だが、オレにも華やかな時代はあった。
何を隠そう――
オレこそが、あの名作【英雄の詩】の作者だからだ。
この国じゃ知らないヤツはいない。
いや、世界一有名な詩と言っても過言じゃない。
本当だぜ?
なんたってオレは、十年前、あの勇者パーティーが魔王を倒す瞬間を、この目で見た一人なんだからな。
その体験を詩にした。
詩は飛ぶように売れたさ。
……まぁ、それしか売れなかったから、今はこんな有様なわけだが。
そして今日も、オレは過去の栄光を引きずりながら、世間に飽きられたその詩を歌い続けている。
なぜ、そんな詩を歌い続けるのかって?
……さぁな。
オレにも分からん。
強いて言うなら――
アイツのことを、オレだけは忘れちゃならない。
だから……かもしれないな。
―
その日も、オレはいつものように酒場で歌っていた。
酔っ払いのリクエストに応え、愚痴を聞き流し、わずかなチップを貰う。
毎日変わらない。
代わり映えのしない夜。
――そう思っていた。
あの噂を耳にするまでは。
『なぁ聞いたか? 北の方で魔物が湧いてるってよ……』
『ああ、オレも聞いたぜ。魔王が復活したって噂だ』
『おいおい、冗談はよしてくれ。復活するには早すぎるだろ……』
――ありえない。
そんなこと、あるはずがない。
なぜなら魔王は、アイツが倒したんだ。
その命と引き換えにして――。
動揺で、リュートの音色が乱れる。
客はそれを見逃さなかった。
『おい! しっかり演奏しろ! こっちは金払ってんだぞ!』
……いや、払われた覚えはないんだが。
そう思いながらも、オレは愛想笑いを浮かべる。
酔っ払いをまともに相手してちゃ、この仕事は務まらない。
これもまあ――
オレなりの処世術ってヤツだ。
それに噂も眉唾物だ。
酔っ払いの噂に動揺するなんてどうかしてるよ、まったく。
自分の肝の小ささに、うんざりしながらオレは歌い続けた。
歌いながら思い出す……何もできないオレが、何故、魔王討伐隊に参加する事になったのか――
――
――
――
それは突然の事だった。
オレは当時、王立大学の学生だった。
学生と言えば聞こえはいいが、その実、将来やりたい事も見つからず、フラフラと遊び回っているような、どうしようもないろくでなしだ。
中流貴族の三男坊。
食うにも寝るにも困らない生活――吟遊詩人気取りでリュートを弾き、酒場を渡り歩く毎日。
そこに舞い込んだのが、
【魔王討伐隊に従属し、その旅路を記録せよ】
という仕事だった。
それは“依頼”なんて生易しいものじゃない。
王命だ。
ある日突然、王宮へ呼び出され、一方的に告げられた。
何でオレだったのか…まぁ、察するに息子の将来を憂いた親が公募に応募でもしたんだろう。
戦闘には参加しなくてもいいって事だったが、危険な旅になることは、分かりきっていた。
嫌だったが、当時のオレは断れるはずもなかった。
オレが嫌々承知したのを知ってか知らずか、家に帰ると両親は飛び上がって喜んだ。
「お前は、家の誉れだ」ってね。
あの時は、さすがにめまいがしたよ…
―
―
―
自慢じゃないが、オレは剣も魔法もソコソコできた。
妙に器用で、昔から大抵の事は、それなりにこなせたんだ。
勉強も。
楽器も。
剣術も。
魔法も。
周りからは「才能がある」なんて言われていた。
……けど、ある時気づいた。
全部、中途半端なんだ。
剣なら、オレより強い奴がいる。
魔法なら、化け物みたいな天才がいる。
学問だって、命を削るように研究してる連中には敵わない。
オレは何でもできた。
だからこそ――何一つ、極められなかった。
努力しなくても、それなりに出来てしまう。
だから、本気になる理由も見つからない。
気付けば、何者にもなれないまま、大人になりかけていた。
そんな空っぽのオレに、突然与えられた役目。
――“勇者一行の旅を記録する者”。
今思えば、皮肉な話だ。
何者にもなれなかった男が。
後に“英雄の詩人”なんて呼ばれる事になるんだからな――。
そんな事を考えているうちに、店は閉店間際になっていた。
店の好意で賄いをご馳走になり、黙々と食べていると、ふと人影が近づいてくるのに気づいた。
『お隣、よいかしら?』
『お前か……。お前も相変わらず物好きだな』
『あら、そうかしら? 私はあの詩が好きなの。今じゃ、あの詩を歌うのはアナタくらいだから、毎週わざわざ聴きに来ているのよ?』
『それを物好きだって言ってんだよ』
この女は、ディア=デラクール。
あの魔王討伐隊――勇者パーティーの、三人の生き残りの一人だ。
回復魔法のエキスパートで、こいつがいなかったら、俺たちは間違いなく全滅していただろう。
世間では“白の聖女ディア”などと呼ばれ、今では神殿の要職に就いている。
それにもかかわらず、毎週こうして俺の歌を聴きに来る。
まったく、昔から変わった女だ。
『お前、もしかして暇なのか?』
『暇なわけないじゃない。失礼な人ね』
『お前も、もういい歳だろ? オレなんかのところに来て暇潰してないで、もっとこう……浮いた話の一つでもないのかよ?』
ディアはムッと頬を膨らませた。
本人はクールぶっちゃいるが、昔から感情が顔に出やすい。――本人だけは気付いていないが。
『メネスなんて、もういい歳越してるじゃない。そんな人に言われたくないわ』
強烈なカウンターだった。
オレはテーブルに突っ伏し、そのままうなだれる。
『あら……気にしてたのね』
『現実を真正面から叩きつけるんじゃないよ……そういうのは、オブラートに包んでだな……』
言い終える前に、クスクスと笑い声が聞こえた。
『……何だよ?』
オレはジト目でディアを見る。
『ごめんなさい。でも、こうやって対等に話せる相手なんて、アナタくらいなんだもの。つい楽しくなってしまって』
『そりゃそうだろ。お前は、あの“三英雄”の一人だからな。魔王討伐を成し遂げ、生きて帰ってきた三人の英雄――世間じゃ雲の上の存在だ』
そこまで言って、オレは肩をすくめる。
『……まぁ、オレにとっちゃ、昔から生意気な小娘のままだがな』
『ふふっ、何それ』
ディアが吹き出した。
つられるように、オレも笑う。
……こんなふうに笑ったのは、いつ以来だったか。
ああ、そうか…一週間ぶりか。
―
楽しい時間ってのは、どうしてこうも早く過ぎるんだろうな。
『じゃあ、そろそろ帰るわ』
そう言って、ディアは椅子から立ち上がると、こちらへ向き直った。
『帰る前に一つだけ……あの噂、知ってる?』
立ち上がったディアを見上げながら、オレは首を傾げる。
『何だよ、藪から棒に……あの噂か? 魔王が復活したとか何とかってやつ?』
『ええ。どう思う?』
『どう思うって……ただの酔っ払いの戯言だろ?』
言い終えてディアの顔を見た瞬間、オレは思わず言葉を失った。
真剣な表情だった。
そこにあったのは、不安――そして、恐怖。
……まぁ、今のコイツは神殿のお偉いさんだからな。
魔王復活なんて話は、神殿にとっちゃ笑い話じゃ済まされないんだろう。
『考えすぎなんだよ。魔王は倒された――十年前にな。お前も、その目で見ただろ?』
『確かに……私も見たわ』
ディアは静かに頷く。
『でも、魔王は時が経てば必ず復活してきた。それを、勇者たちが何度も討伐してきたのも事実よ』
『だから考えすぎだって』
オレは肩をすくめながら笑った。
『オレたちの時代の魔王だって、復活したのは何百年ぶりだったんだろ?
そんな簡単に復活されてたら、人間様なんてとっくの昔に滅んでるさ』
ディアの気持ちも分かる。
魔王が復活すれば、魔物は溢れ、世界は荒れる。
そして、また討伐隊が組まれる事になるかもしれない。
前回の討伐隊の生き残り――“三英雄”なら尚更だ。
もう二度と、あの地獄を味わいたくないのだろう。
行ったのは十二人―
帰ってきたのは、三人―
ちなみに、オレはその行った十二人にも帰ってきた三人にも含まれていない。
……何の役にも立たなかったんだから、当然か。
そんな事を考えながら、オレは自嘲気味に笑った。
―
先に店を出たディアの背中を見送る。
家まで送ると言ったが、丁重に断られた。
「自分より弱い人に送ってもらっても意味がない」と言われたが、その通りではある。
少し情けなかったが、愛想笑いを返しておいた。
見送りを終えると、オレも家へ帰る。
家と言っても、ただのボロアパートだ。
その日暮らしのオレにとっちゃ、寝る場所があるだけでも十分ありがたい。
部屋に戻り、ベッドへ倒れ込む。
目を閉じても、頭から離れない言葉があった。
――魔王復活。
『ディアも気にしてたしな……』
独り言を漏らしながら、仰向けになって天井を見つめる。
しばらくして、ふと口をついて出た。
『……確かめに行ってみるか』
言った瞬間、自分で驚いた。
『いやいや、何言ってんだオレ。無理だって』
慌てて否定する。
――のだが。
気づけば旅支度を始めていた。
荷物をまとめながら、自分に言い聞かせる。
『新しい詩のネタになるかもしれんしな。これは仕事だ、仕事』
誰に言い訳しているのかは分からない。
支度を終えると、そのまま眠りについた。
―
出発したのは翌朝だった。
まだ人通りのない大通りを歩きながら、十年前を思い出す。
『あの時は凄かったな……』
大通りを埋め尽くした人々。
歓声。
祝福。
英雄たちを称える声。
あの光景は今でも鮮明に思い出せる。
だが現実に目を向ければ、そこにいるのはオレ一人だった。
突然思い立った旅だ。
誰にも知らせていない。
当然と言えば当然だが、少しだけ寂しい。
もし誰かに伝えていたら――
見送りくらいは来てくれただろうか。
『ハハッ……』
くだらない妄想に、自分で笑ってしまう。
そんなことを考えているうちに、街の出口へ辿り着いていた。
大門の前には、一つの人影。
早朝の朝靄に包まれ、その姿はよく見えない。
白いローブを纏った魔導士だろうか。
気にはなったが、そのまま通り過ぎようとした。
すると――
『ちょっと、無視しないでよ』
聞き覚えのある声だった。
振り返る。
『ディア!?』
思わず声が出る。
そこに立っていたのは、白の聖女。
ディア=デラクール本人だった。
『何でお前がここにいるんだよ!?』
驚くオレに、ディアは呆れたようにため息を吐く。
『それはこっちのセリフよ。一人で行こうとするなんて、バカじゃないの?』
『バカとは何だよ。大丈夫だって。魔物なんて弱いのしか出ないし、オレでも何とかなるだろ』
『何言ってるの?』
ディアの表情が険しくなる。
『魔王が本当に復活していたらどうするのよ』
『だから、復活なんてしてないって――』
そこで、ふと疑問に思った。
『……ところで何でオレが行くって分かったんだ?』
ディアはオレの目を真っ直ぐ見つめた。
そして小さく呟く。
『昨日の話を聞いて……行くと思った……』
意外な答えだった。
『よく分かったな』
『何年の付き合いだと思ってるのよ……これだからまったく』
そう言って視線を逸らす。
何やらブツブツ言っているが聞こえない。
オレは苦笑しながら肩を叩いた。
『新しい詩のネタ探しに行くだけだ。すぐ帰ってくるよ。見送りご苦労さん』
するとディアは眉をひそめた。
『誰が見送りだと言いましたか?』
『……は?』
『私も行くんです』
一瞬、意味が分からなかった。
『昨日その話を持ち出した責任もありますから』
『何言ってんだよ。お前には神殿の仕事があるだろ』
『神殿にはもう伝えてあります』
さらりと言う。
『私は三英雄の一人ですよ。魔王復活の噂を確認しに行くと言えば、誰も反対しません』
完全に職権濫用じゃねぇか。
自由かよ。
だが同時に思う。
ディアがいれば心強い。
何しろコイツは、かつて勇者パーティーを支えた回復魔法の天才だ。
『さぁ』
ディアは踵を返した。
『ボサッとしてないで行きますよ』
朝日に照らされる白いローブ。
その背中を見ながら、オレは苦笑する。
『相変わらず強引だな……』
そう呟いて後を追った。
こうしてオレたちは旅立った。
十年前の真実を辿る旅へ――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
新作『吟遊詩人は今日も英雄の詩を歌う』第一話でした。
今回は主人公のメネスと、かつての仲間であるディアの紹介を兼ねた導入回になります。
次回からは、魔王復活の噂を追う二人の旅が本格的に始まります。
よろしければ感想や評価などいただけると、今後の励みになります。
それでは、また次話でお会いしましょう。




