第1話 枕を裏返す家
夜になると枕が裏返る家。
原因は、家に住み着いた小妖精の善意だった。
言葉のすれ違いを、セイとジルが整える。
小さな隣人との、少しだけ奇妙な一件。
セイ
ジル
昼下がりのギルドには、紙と革と、古い木の匂いが混じっていた。
壁には依頼書が並び、受付台の向こうでは
記録係が羽ペンを走らせている。
酒場側では、仕事明けの冒険者達が麦酒を飲み、
依頼前の者達が地図を広げていた。
ジルは、その中の一枚を見ていた。
短い黒髪。黒に近い赤の目。高い襟の長袖と
長ズボン。胸当てを身に着け、腰には仕事道具を
収めている。服の色は土や枯れ草に近く、街中では
地味だが、森や古い家屋に入るには都合がいい。
ジルの隣で干し肉を齧っている姿がある。
肩口まで伸びた、少しほつれた金髪。
白い肌に、血色のいい頬。
眠そうな目をした、小柄な少女だった。
セイと呼ばれるその少女は依頼書を覗き込んだ。
「枕?」
「夜になると、枕が裏返るらしい」
「それだけ?」
「依頼書に書いてある分にはね」
セイは少し考え、目を細めた。
「隣人?」
「多分」
「多分、で済ませないでください」
受付台の向こうから、静かな声が飛んだ。
リネスだった。彼女は羽ペンを動かしながら、
空いた手で一枚の書類を差し出す。
「依頼人は三日まともに眠れていません。最初は
一晩に一度。今は寝入るたびに枕が裏返るそうです」
ジルは書類を受け取った。
「怪我人は?」
「いません。物品破損もなし。食べ物の紛失もなし」
セイは真面目な顔で書類を見つめた。
「じゃあ、何が困るの?」
「眠れません」
羽ペンの音が、さらさらと続く。
セイは納得したように頷いた。
「それは困る」
ジルは書類に目を通しながら、さらに尋ねた。
「供え物や礼の報告は?」
「ありません。ただし、依頼人が混乱しています。
現地で確認してください」
その時、酒場側から低い声が飛んだ。
「まだ契約とは限らないぞ」
だらしなく椅子に座っていた一人の男が、酒杯を
片手にこちらを見て言った。姿勢は緩い。
だが、目だけは妙に鋭い。
ロッカと言う名の冒険者だ。ともすればただの
酔っ払いだが、この道の遥かに先達だ。
「小妖精が勝手に枕を裏返してるだけなら、
それはそいつの生活行動だ。人間が戸を開けたり、
飯を食ったりするのと同じだな」
セイはゆっくり瞬きをした。
「勝手にしてるだけ」
「そう。だが、人間が何かを差し出して、向こうが
受け取ると話が変わる」
ジルは書類を畳みながら言った。
「食べ物を置く。場所を作る。頼む。礼をする。
習慣にする」
ロッカは酒杯を置く。
「それで向こうが受け取れば、形になる。形に
なれば、ほどくのが面倒になる」
「渡して、受け取る」
セイが小さく繰り返した。
「そういうことだ。現地の物は口に入れるな。
受け取るな。約束するな。あと、うっかり物で
礼をするな」
「ありがとう、だめ?」
「言葉ならいい場合もある。物が絡むと面倒」
ジルがそう答えると、ロッカは少し顔をしかめた。
「ま、今回は小妖精だろうから、そこまで重くは
ないだろうが。枕返しだけで三日寝かせてないなら、善意の可能性もある」
セイが首を傾げる。
「善意?」
「小妖精の善意は、人間の迷惑とよく似てる」
リネスが、紙面から目を離さずに言った。
「名言のように言わないでください」
「経験則だ」
ロッカは悪びれもせず答えた。
リネスは書き終えた紙をジルに渡す。
「調査許可証です。現地で聞き取りを」
「分かりました」
セイも頷いた。
「行く」
その時、リネスが机の端に置いてあった赤い紙を
一枚、無言で持ち上げた。
酒場側にいた冒険者達が、一斉に視線を逸らす。
ロッカも例外ではなかった。
「・・・俺は休日だ」
「まだ何も言っていません」
「赤紙を持った時点で言ってるだろ」
「では、後でお願いします」
「俺は休日だ」
「では、休日明けに」
「逃げ道を塞ぐな」
セイは赤い紙をじっと見た。
「それ、怖い紙?」
「ある意味では」
ジルがそう答えると、リネスは表情を変えないまま
赤紙を机に戻した。
「行ってらっしゃい」
二人はギルドを出た。
依頼人の家は、市場から少し離れた通りにあった。
古いが、手入れはされている。壁には乾いた蔦が
絡み、窓辺には小さな布飾りが吊るされていた。
扉を叩くと、中から疲れた声が返る。
「・・・はい」
出てきたのは、中年の男だった。目の下に濃い隈が
あり、髭も剃り残している。
ジルは許可証を見せた。
「ギルドから来ました。ジルです。こちらはセイ」
セイは小さく頭を下げる。
「こんにちは」
男はほっとしたように肩を落とした。
「助かった・・・。もう、限界で」
「中に入っても構いませんか」
「ええ、もちろんです」
ジルとセイは家に入った。
室内には、男の妻らしき女性と、十歳ほどの少年が
いた。二人とも眠れていない顔をしている。
セイは入った瞬間、棚の上あたりを見た。
「いる」
少年がびくりと肩を跳ねさせる。
ジルは声を落とした。
「見える?」
「ぼんやり。でも、悪くない」
「悪くない?」
「うん。楽しそう。でも、困ってる」
男が眉を寄せた。
「困ってる? 私達ではなく?」
「多分」
セイはまだ棚の上を見ている。
ジルは軽く頷き、家族へ向き直った。
「まず確認します。枕が裏返るようになる前に、
何か変わったことを言ったり、したりしましたか」
家族は顔を見合わせた。
「変わったこと、ですか」
妻が不安そうに聞き返す。
「はい。家の中での会話でも構いません。何かを
嫌がった。困った。やりたくないと言った。
いつもと違う場所に物を置いた。食べ物を置いた。
そういうことです」
男は首を振った。
「物は置いていません。食べ物も」
「礼をした覚えもありません」
妻も続ける。
少年は少し考え込んでから、気まずそうに
口を開いた。
「僕、棚の上に小石とか木の実を置いた事が
あるけど・・・」
ジルの目が少年に向く。
「いつの話?」
「小さい頃。棚の上から声がしたんだ。見たら小さい人形みたいなのがいて・・・。
何度も、一緒に積み木をしたり、紐の引っ張り合いをして遊んだ。その時にあげたんだ」
妻が驚いた顔をした。
「そんな話、初めて聞いたわ」
「言ったら怒られると思ってた」
少年は肩をすぼめる。
「・・・家付きの隣人、か」
小さく呟いたジルの言葉に、父親が反応する。
「・・・小妖精、ですか」
声には確信はなかった。
ただ、昔話や言い伝えの中で聞いたことのある名前を、恐る恐る引き出したような響きだった。
このあたりの家では、小妖精は珍しい存在ではない。
見えないだけで、どこにでもいると言われている。
物を隠す。音を立てる。時には手伝う。
だが、それが目の前で何かを引き起こすのを見る者は少ない。
セイは棚の上を見た。
「覚えてる」
「え?」
棚の上から、小さな音がした。
こつ、こつ。
セイは少年をじっと見た。
「家族だと思ってる」
気配が動く。今度は梁の上で音がした。
こつ。
空気が、ほんの少し揺れた。
ジルは梁の上へ視線を上げた。
「私達は何かしに来たわけじゃない。話をしに来たんだ」
「だから、何も渡さないし、受け取らない」
家の中が静かになる。
外では荷車の車輪が軋み、遠くで誰かが魚の値を
呼んでいた。その日常の音があるせいで、
梁の上の小さな気配だけが妙にはっきり浮き上がってくる。
ジルは改めて家族を見る。
「他に、最近この家で言ったことはありませんか。
誰かが聞いていたかもしれない言葉です」
男は疲れた顔で考え込んだ。
「私は・・・仕事に行きたくない、と言ったかもしれません」
その瞬間。
寝室の方で、ぽすん、と軽い音がした。
全員が振り向く。
セイが目を細める。
「反応した」
「今の言葉に?」
「うん」
妻が小さく息を呑んだ。
「私も・・・朝なんて来なければいいのに、と
言いました」
ぽすん。
また音がした。
今度は、さっきより少し近い。
少年が青い顔で言う。
「僕、薪運びの手伝い嫌だなって・・・」
ぽすん。
三つ目の音。
寝室に並ぶ枕が、ひとつずつ裏返っているのだと
分かった。
ジルは額に手を当て、少しだけ考えてから言った。
「なるほど」
男が恐る恐る尋ねる。
「何が、なるほどなんですか」
「善意ですね」
「善意でこれですか」
「小妖精ですから」
セイは、寝室の枕と、梁の上を交互に見ている。
「寝なければ、起きられない」
ジルは頷いた。
「起きなければ、仕事にも手伝いにも行かなくて
いい」
妻は力なく寝室の方を見る。
「そんな・・・」
「論理は通っています。隣人の中では」
男が呻いた。
「最悪の方向に」
「まだ、手の打ち様はあります」
「これでですか」
その時、梁の上から小さな声がした。
「シゴト、イヤ」
男の顔が青ざめる。
「俺の声だ・・・」
梁が、かすかにきしむ。
「アサ、ナイ」
妻が口元を押さえた。
「私の・・・」
しばらく間が空く。
「テツダイ、イヤ」
少年がつぶやいた。
「僕の・・・」
セイは静かに言った。
「全部、拾ってる」
「そのまま実行しているんでしょう」
小妖精は、ただ助けているつもりなのだ。
朝が来なければ、嫌なことは起きない。
起きなければ、行かなくていい。
眠ってしまえば朝に起きてしまうから、枕を裏返す。
雑で、迷惑で、しかし確かに善意だった。
ジルは寝室へ向かった。家族も続こうとしたが、
手で制す。
「少し待ってください」
寝室には寝台が三つある。夫婦の寝台と、少年の
寝台。そのすべての枕が、裏返っていた。
セイは枕に触れない。
ジルも触れない。
梁の陰で、何かが揺れている。
小さな手。細い足。布切れのような体。目だけが
丸く光っていた。
セイにはぼんやり見えている。
ジルにも、気配だけは分かった。
ジルは言葉を選ぶ。
「助けようとしているのは、分かる」
梁の陰が揺れた。
「タスケル」
「ああ。だけど、そのやり方だと困るんだ」
小さな気配が止まる。
「コマル?」
セイが枕を見たまま言った。
「寝ないと、もっと嫌になる」
ジルはその言葉を受けて続けた。
「その通りだ。人間は、眠れないと余計に困るんだ。仕事も、手伝いも、朝も、もっと嫌になる」
「モット、イヤ?」
「ああ」
ジルは家族の方をちらりと見る。
男も妻も少年も、寝室の入口で固まっていた。
「この家の人達は、朝を無くして欲しかったわけじゃない。嫌だな、と言っただけなんだ」
「イヤ、イッタ」
「言った。だけど、本当に消して欲しいわけじゃ
ないんだ」
小妖精は理解できない、というように揺れた。
「ヘン」
セイが頷く。
「人間、変」
「そこでまとめない」
ジルの声に、少年が少しだけ笑いそうになった。
緊張で強張っていた家の空気が、ほんの少し緩む。
ジルは梁の方へ向き直った。
「この家の皆を、家族だと思っているんだね」
小さな気配が、また揺れた。
「カゾク」
一家全員が息を呑む。
「一緒に・・・遊んだから?」
返事はない。
けれど、梁の上の気配が少しだけ揺れた。
セイが少年を見る。
「そうだ、って言ってる」
少年は唇を噛み、頷いた。思い出が蘇ったのだろう。少し目が潤んでいる。
「うん」
妻は何か言いかけたが、ジルが目で止めた。
今は、余計な言葉を混ぜる場面ではない。
ジルは梁の陰へ向き直る。
「なら、裏返す時間を変えよう」
小妖精が動きを止める。
「ジカン?」
「そう。夜に枕を裏返すのは、だめ。眠れなく
なるから」
セイが続ける。
「夜は寝る」
「ヨル、ネル」
「うん」
ジルは、裏返った枕を見下ろした。
「その代わり、朝、いつも起きる時間になったら
枕を裏返す。そうすれば、この家の人達は助かる」
家族が顔を上げる。
男が小さく呟いた。
「朝に?」
「はい。朝なら問題無いかと」
少年の表情が変わる。
「それなら・・・助かるね」
妻も、疲れた顔のまま少し笑った。
「ええ。朝なら」
小妖精は、長く黙っていた。
それから、片言の声が落ちてくる。
「・・・アサ?」
「ああ」
「オコス?」
「そう」
セイが短く付け足す。
「朝だけ」
「ヨル、ダメ?」
「夜はだめです」
「アサ、イイ?」
「朝ならいい」
小妖精は考えた。
「カゾク、タスケル」
少年が小さく言った。
「うん。助かる」
ジルはそこで一家に振り返り、声の調子を少しだけ
改めた。
「ただし、食べ物は置かない。物は渡さない。
寝床も作らない」
男が戸惑った顔をする。
「え?」
「物で感謝を表すと、それが形になります。
毎朝起こしてもらった礼として食べ物を置く。
向こうが受け取る。それが続けば、渡すことまで
含めて習慣になります」
妻の顔が強張った。
ジルは続ける。
「そうなると、渡さなかった日に、また夜中に枕を
裏返されるかもしれません」
男は即座に首を振った。
「それは困る」
「絶対に困ります」
妻も真顔で頷く。
少年がおずおずと尋ねた。
「じゃあ、どうすればいいの」
「言葉で」
セイが言った。
「ありがとう、でいい」
少年は梁の上を見上げた。
「ありがとう・・・」
小妖精が小さく声を返す。
「アリガトウ?」
「そう。朝、君が起こしてくれたら、家族が
ありがとうと言う。それで終わり」
セイは枕を見たまま言った。
「物はなし」
「モノ、ナシ」
「ああ。言葉だけ」
梁の上で、何かが納得したように揺れた。
「コトバ」
ぽすん。
枕が一つ、表に戻る。
続いて、もう一つ。
最後に少年の枕が、ゆっくりと戻った。
妻が思わず口を開きかける。
「今はまだ、礼を言わないでください」
ジルがすぐに言う。
妻は慌てて口を押さえ、何度も頷いた。
セイは梁の上を見上げる。
「夜は寝る」
「ネル」
「朝、起こす」
「オコス」
ジルは小さく息を吐いた。
「これで一晩、様子を見ます」
その夜、家族は寝台に入った。
最初の一刻、家は静かだった。
二刻目、床下で小さな足音がした。
セイは目を開ける。
ジルも起きていた。
ぽす。
夫の枕が、ほんの少しだけ動いた。
男が目を覚ましかける。
セイが低く言った。
「だめ」
空気が止まる。
小さな声がした。
「……ヨル、ダメ?」
「夜はだめ」
ジルが答えると、枕はゆっくり元に戻った。
それ以降、朝まで何も起きなかった。
夜明け。
いつも家族が起きる頃。
ぽすん。
男の枕が裏返った。
続いて妻の枕。
最後に少年の枕。
三人が目を覚ます。
しばらく、誰も動かなかった。
男が恐る恐る枕を見る。
「・・・朝だ」
妻が窓を見る。
「本当に、朝」
少年が天井を見上げた。
「起こしてくれた」
棚の上で、小さな声がした。
「オコシタ」
男がジルを見る。
ジルは頷いた。
男は静かに言った。
「ありがとう」
妻も続けた。
「ありがとう」
少年も、少し笑って言う。
「ありがとう」
棚の上で、何かが嬉しそうに揺れた。
部屋の空気は、昨日よりずっと軽かった。
セイは眠そうな顔で言う。
「仕事した」
ジルは頷いた。
「ちゃんとしたね」
「カゾク、タスケタ」
「ああ。助けた」
ジルは最後に家族へ向き直った。
「今後も、礼は言葉だけにしてください。食べ物、布、花、木の実、寝床。どれも置かないように」
男は深く頷いた。
「はい」
「分かりました」
妻も頷く。
少年が少し迷ってから聞いた。
「名前は?」
「名前もつけないでください。呼ぶなら、君、とか、そこの、くらいで」
少年は少し不満そうだったが、頷いた。
「分かった」
セイが棚を見上げる。
「朝だけ」
小妖精は小さく答えた。
「アサ」
ギルドに戻ると、リネスは机で書類を書いていた。
「報告を」
ジルは簡潔に説明した。
家付きの小妖精。少年が幼い頃に遊んでいた事。
小妖精は家族として認識していた事。
家族の愚痴を拾い、朝を避けるために夜中の枕返しを始めた事。
リネスは羽ペンを走らせながら聞いていた。
「供物、返礼、受け取りは?」
「なし。礼は言葉だけに限定しました」
「約束は?」
「明確な形ではありません。ただ、家族として扱われていたようです。なので生活上の役割調整です。夜は枕を動かさない。朝、いつもの時間に起こす」
「妥当です」
リネスは報告書の題を書き込んだ。
「枕を裏返す家。分類、小妖精による生活干渉。
契約未満、ただし家族認識あり。役割調整により
経過観察」
セイは小袋を取り出した。
「ロッカ、ナッツあげる」
酒場側から、ロッカが現れる。
「待ってた」
ジルは半眼で見る。
「話よりナッツですか」
「両方だ」
「まあ、助言は助かりました」
セイはロッカにナッツを渡した。
ロッカは一粒かじる。
「で、善意だったか」
「善意だった」
セイが頷く。
ジルは肩をすくめた。
「かなり雑な」
「小妖精らしいな」
ロッカがそう言った時、リネスが机の端に置いてある赤い紙を一枚持ち上げた。
酒場側の冒険者達が、また一斉に顔を背ける。
ロッカはナッツを噛む手を止めた。
「・・・俺は今、重要な報告を聞いている」
「終わったようなので」
「まだ余韻がある」
「雑用です」
「言ったな。ついに言ったな」
セイは赤い紙を見つめる。
「赤紙、強い」
「かなり強い」
リネスがセイに向き直る。
「セイさんもよろしければ」
セイも顔を背ける。ジルは思わず吹き出した。
リネスは赤紙を掲げたまま、表情を変えない。
またロッカに向き直る。
「ロッカさん」
ロッカは深くため息をついた。
「分かったよ。何だ」
「棚の上の古い依頼書を下ろしてください」
「それだけ?」
「今は」
「今はって言ったぞ」
セイは少し笑った。
ジルも肩をすくめる。
ギルドには、紙と革と古い木の匂いが戻っていた。
世界には、目に見えない隣人がいる。
困りごとになるか、助けになるかは、ほんの少しの
違いだ。
だから冒険者は、言葉を選ぶ。
セイは眠そうな顔で呟いた。
「寝られて、よかった」
ジルは頷いた。
「うん。ひとまずはそれで十分」
リネスは赤紙を下ろし、次の書類に目を落とした。
「では、次です」
ジルが眉を寄せる。
「早くないですか」
セイは首を傾げた。
「次?」
リネスは淡々と言った。
「井戸端に靴が隠されるそうです」
棚の前で、ロッカが吹き出した。
セイは少し考え、真面目な顔で言った。
「それも、困る」
昼下がりのギルドに、羽ペンの音が戻った。




