第5話:舞踏会の影
侯爵家の舞踏会が迫っていた。豪華なシャンデリアの光が反射する広間には、上流貴族たちが集まり、華やかなドレスや燕尾服が彩りを添えている。
「……ここが、私の戦場か」
ヴィオレット・フォン・ルクセン──悪役令嬢として描かれる私が、薬瓶を手に立つ舞台。前世の知識と、侯爵家で培った観察力を駆使する時が来た。
舞踏会はただの社交の場ではない。微量の毒や罠が仕込まれた“事件”が起こることを、私はすでに知っていた。
小さな薬瓶をポケットに忍ばせ、怪しい人物を目で追う。侯爵家の客人たちの中には、微妙な緊張を漂わせる者もいる。手に汗を握る瞬間が、すぐそこまで迫っていた。
「ヴィオレット嬢、よく来られましたね」
冷静な声。振り向くと、そこには副家令のレオンハルト・ヴァイスがいた。彼もまた、舞踏会での異変を警戒している。私と同じく、事件の影を見抜いている目だ。
「レオンハルト……今日は、協力をお願いします」
「ええ、君の薬学知識と観察力が頼りですから」
舞踏会が進む中、侯爵家の親族が次々と挨拶を交わす。私は薬瓶を使わず、観察だけで情報を収集する。誰が緊張し、誰が自然か──呼吸や視線の微細な変化から、怪しい動きを見抜く。
そのとき、侯爵の側近が咳き込んだ。微量の毒反応。すぐに蒼花の処方箋を思い出し、解毒剤を差し出す。
「こちらを少しずつ飲んでください」
差し出すと、侯爵家の使用人が驚きと感謝の目を向ける。
「ヴィオレット様……!」
胸の奥が熱くなる。悪役令嬢のレッテルを貼られた私が、誰かを助けることで信頼を積み重ねている──それを実感した瞬間だった。
しかし、舞踏会の影は薄く長く伸びている。誰かがまだ潜んでいる、毒を仕込む計画は完了していない。私は薬瓶を握り、冷静に状況を分析する。
「毒は人を殺すだけでなく、人の秘密を暴く──そして事件は、必ず真相に繋がる」
レオンハルトと視線を交わし、私たちは小さな協力関係を確認する。侯爵家を守り、悪役令嬢の烙印を剥がす戦いは、これから本格的に始まるのだ。
夜空に花火が上がる。光と影が舞踏会を彩る中、薬瓶の中の世界は静かに揺れる。毒と薬、策略と信頼──すべてを調合し、私は自由を手にする。
──次なる事件は、すぐそこに待っているのだから。