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【SFアクション中編・完結作品】トゥルー・アイズ  作者: 来栖らいか
第6章 ハイネマン
12/13

〔2〕

 なぜリタが、『ハイパー』なのか?

 オッドマン夫妻を殺したのも、市警本部でカレンを狙ったのも、リタなのだろうか? 

「ええそうよ……そこの坊やは初めてあったときから気付いていたはずよ、同族ですもの」

 なぜ言わなかったと、カレンは責める目でストレイカーを睨んだ。ストレイカーは軽く肩をすくめ苦笑する。

「言えば、信じてもらえましたか? 同族を見分けられるからと言って、犯罪者だと断定は出来ない」

 確かに今なら信じられるが、最初に明かされても不信感が増しただけだろう。

 市警本部ですぐに現れたのも、おそらく独自の判断でリタを見張っていたからだ。

「『スリーピング・エッグ』であることを隠し、普通に生活する者は私に限らず大勢いる。だけど正体が知られて迫害されることに、いつも怯えているのよ? 娘のエミリーは『アンチ・エッグ』に殺されたわ。だから『アンチ・エッグ』に資金提供する、オッドマンを殺した」

 リタの言葉に、カレンは目を見開く。

「オッドマン夫妻は擁護派よ? あなたは間違っているわ!」

「間違っているのはカレン、あなたよ。オッドマンは『スリーピング・エッグ』孤児の保護を隠れ蓑に『アンチ・エッグ』に資金提供していたのよ」

「いったい誰がそんなことを言ったのよ! 信じるに値する情報だと、言い切れるの?」

 一瞬、リタの表情が複雑に歪んだ。

「エミリーを失った、私の気持ちがわかる? 刑事なら人を憎まず犯罪を憎めなんて、綺麗事じゃ済まされない。だけど私は、何を憎めばいいかわからなかった。その時に、『アンチ・エッグ』に資金提供する者達を消すために、力を貸して欲しいと言われたの。『アンチ・エッグ』はテロリストよ、これから生まれる『スリーピング・エッグ』のためにも消し去るのに遠慮はいらない」

「あなたに嘘を吹き込んだのは、クラウス・ハイネマンね? 『スリーピング・エッグ』の子供を引き取った里親が、次々に殺されているわ。ハイネマンが関わっていることは、間違いないのよ」

「……信じないわ」

「落ち着いて考えて、リタ。何が真実なのか、一緒に調べましょう。ロウ本部長も、ストレイカーも力になってくれるわ」

「真実なんてどこにもない、あるのは敵意だけよ! クラウスは、『スリーピング・エッグ』排斥主義を無くしてみせると言った。現状から踏み出さない政府には、少し手荒な手段が必要なのよ!」

「手荒な手段って……何のこと?」

「我々は一人でも多くの仲間を集め、『アンチ・エッグ』と政府に渡り合える力を手に入れるわ」

 カレンの脳裏に、戦慄が走った。恐れていた事態は目の前まで来ている。もはや、回避することは出来ないのか?

 せめて同僚であり親しい友人のリタには、考えを変えて欲しい。

「ハイネマンは、『スリーピング・エッグ』の武装化組織を作るつもりかな? 出来れば、もう少し詳しく覗いたいのですが」

 緋色の剣を手にしたストレイカーが、リタの前に進み出た。

 リタは制するように、広げた両手を前に突き出す。するとカレンの目の前で、黒煙の混じる空気が渦巻いた。

 パシリ、という破裂音。

 周波の高い音が、鼓膜を震わせる。消えたストレイカーの姿を探せば、既にリタの背後で腕を捻りあげていた。

「このっ……裏切り者! あなたも『スリーピング・エッグ』なら、ハイネマンの考えに共感できるはずよ!」

「あいにく僕は、平和主義なんだ」

 裏切り者の言葉にストレイカーは目を細めたが、とぼけた口調で返す。だが瞬時に、その表情が変わった。

「平和主義とは、臆病者のことかね? リタを解放してくれたまえ、貴重な仲間を失いたくない」

 炎上するバスの前に、人影があった。短く刈り上げたクルー・カット、戦闘服とおぼしき黒いスーツ、野性的な顔立ちに鋭い眼光。

 クラウス・ハイネマンは、ストレイカーの倒した『ビースト』を見渡し口元を歪めた。

「君のような仲間がいてくれると我々も心強いのだがね、ストレイカーくん」

「何度も言わせないで欲しいな、僕は平和主義なんですよ」

 誰に対しても、どのような状況でもストレイカーの軽口は相変わらずだ。目を見張る戦闘力を持ちながら、平和主義が聞いて呆れる。

 ハイネマンも同じく思ったのか、小さく溜息を吐いて見せた。

「協力を頼めないのは、実に残念だ。ではここで、消えてもらおう」

 ハイネマンの双肩が隆々と盛り上がり、両手のツメが長く延びた。頬骨まで裂けた口から牙が剥き出し、張り出した額の両脇に獣の耳……。

 銀の体毛に覆われた巨体の『ウルフマン』が、荒々しい咆哮をあげストレイカーに襲いかかった。

 繰り出される突きを舞うようなステップでかわしながらも、壁際に追い込まれたように思えたストレイカーだが、とどめの一撃とばかりに振り上げられたウルフマンの拳を間髪の差で逃れる。

 標的を失ったウルフマンの拳は壁にめり込み、縦横無尽の亀裂をつくった。

 脇に付いたストレイカーの剣が、ウルフマンの胴を払う。

 しかし鼻に皺を寄せながら踏み留まりながら、転じてウルフマンの手がストレイカーの右腕を鷲掴みにした。

「俺を他の『ビースト』と一緒にするなよ? なにしろ五十年も、身体能力を高めてきたんだからな」

「知ってるよ、ニコラス・ハルトマン。アンタが五十年なら、僕は八十年だ!」

 掴まれた腕ごと懐に入り、ストレイカーは膝で鳩尾を蹴り上げると自由な左腕で顎に掌底を打った。

 サロンのテーブルをなぎ倒し、ウルフマンは床を揺らす勢いで倒れ込む。

 胸を狙い、剣を振り下ろすストレーカー。俊敏な身のこなしで逃れたウルフマンは、ストレイカーの足を払い、体勢を崩した後頭部に肘鉄を入れた。

 テーブルを二つに裂き、ストレイカーは血泡を吐いて床に伏す。

 パール光沢の大理石を彩る鮮やかな朱を踏みにじり、ウルフマンはストレイカーの脇腹を蹴り上げた。

「勁疾な男だな……我々とは違う覚醒の種らしいが、君のように利口で力のある『スリーピング・エッグ』ならば私の理念に共感できると思うね。いずれ全ての人類が、我々と同族になる事は避けられない事実だ。原種を凌駕する存在だと、認めたまえ。私は来たるべき未来に、手を貸そうとしているだけなのだよ」

「素晴らしく高尚な理念だよ……ではなぜ、擁護派を消す必要があるんだ? 彼等はあんたの理念をバックアップしてくれる、貴重なスポンサーじゃないのか?」

 ゆっくりと上体を起こし、ストレイカーは口元の血を手で拭った。

 苦渋に満ちた表情が、痛手の強さを物語る。

「有力な擁護派を探すのに、哀れな子供達は役に立った。だが擁護派の中でも、我々の武装化に反対する者がいてね。資金提供を断り、政府に通報しようしたので消えてもらった。アリシアの両親は『スリーピング・エッグ』研究者として協力を仰いだが、私の理念に共感してもらえなかったのさ」

「私を……騙したわね!」

 ハイネマンの話を聞き、それまで加勢する機を狙っていたリタが怒りの声を上げた。

「オッドマンに引き取られたらアリシアが不幸になる、エミリーの復讐にもなると言われて手を貸した……だけど私は、アリシアの新しい両親を……幸せを奪っただけなのね? あなたの理念は解るけど、こんな形で協力するのはゴメンだわ!」

 凄まじい形相でリタを睨んだハイネマンは、突然ニタリと口元を緩め舌なめずりをした。

「用が済めば、寿命の短い『ハイパー』などいらないんだよ。我々『ビースト』だけが、支配者となるのだ……死ね!」

 ウルフマンの巨体は軽々と跳躍し、天井を蹴ってリタを狙う。どう猛に裂けた口から剥き出された牙が、リタの喉笛に食い込もうとした時。

 突き出された手刀が、ウルフマンの首根を裂いた。

 ウルフマンより早く、ストレイカーがリタの前に立っていたのだ。

「がっ……ふぅうっ!」

 噴水のように血が噴き出す傷口になおも指を食い込ませ、ストレイカーはウルフマンを高く吊り上げた。

「あんたの利己的な理念は、よくわかった。種の支配だと? ふざけるな……姿形だけでなく、精神までも獣に墜ちた貴様に語る資格はない。僕たちを利用しようとする者は、誰であろうと許せないんだよ!」

「貴様……ハァッ! いったい何者だぁっ!」

「地獄で、教えてやるよ。先に墜ちて、待っていろ!」

 エメラルド色の瞳に、蒼い閃光が走る。

 喉から血塗れの指を引き抜き、身体がくずおれる前にストレイカーはウルフマンの腹を蹴り上げた。

 ウルフマンの巨体は宙を舞い、割れ残っていたガラスを突き破ると外に飛び出す。

 血飛沫が花びらのように、サロンに舞い落ちた。



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