〔1〕
アリシアを、しっかり抱きしめることしか出来なかった。
目の前で繰り広げられる戦いは、カレンの力が及ばないところにあったからだ。
『T・アイズ』スタッフが惨状を片付ける中、まるで人形のように生気のない顔でストレイカーは微動だにしない。
どう声を掛けるべきか迷うカレンの前に、一人の青年が歩み寄ってきた。
「初めましてコール刑事、『T・アイズ』保安部のクリストファー・マイヨール大佐です。外部の『ビースト』襲撃に対応していました。ここは、ストレイカーに任せられると思ったのですが……」
ヨーロッパ系の顔立ちにアンバランスな、コーヒー色の肌と肩まで届く艶のある白髪。
握手を求め偏光グラスを外したマイヨール大佐の瞳は、ピジョンブラッド(真紅)の色をしていた。
「それにしても……やり過ぎたな、ロジャー。もう少し、手加減するべきだった。『ビースト』の強靱な肉体を持ってしても、ハイネマンは再起不能だぞ? あの状態では、武装派組織の背後関係が探れない」
マイヨール大佐の声にストレイカーは初めて反応を見せ、冷たい瞳を向けた。
「脳髄を掴みだして、記憶を読めばいい。あんたには、簡単なことだろう?」
優しかったエメラルド色の瞳が、今は世の全てを拒否しているように見えた。
口元に浮かべた笑みは、底知れない闇を覗わせるようでカレンの背筋を凍らせる。
「言葉が過ぎるぞ!」
強い語気で叱咤され、ストレイカーは我に返った。
「あっ……すみません、カレン……僕は……」
きまり悪そうに目を伏せたストレイカーは、カレンの知る優しい少年だった。
悟った口を利き、生意気で、小賢しく、そしてどこか寂しげな。
「いいの……いいのよ。あなたにも生身の感情があると解って、嬉しいわ」
困惑の笑みで応えたストレイカーが、泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。
『T・アイズ』の女性スタッフが、カレンからアリシアを受け取りストレッチャーに載せた。リタの車に置いてあった子猫も、一緒に搬送されると聞いて少し心が和む。
リタはロウ本部長と、『TIDE』の刑事が連行していった。『ハイパー』対応に長けた『T・アイズ』スタッフも一緒だ。
ロウ本部長はマイヨール大佐と目線で挨拶を交わしていたが、その関係を推察する元気が、今のカレンにはなかった。
「カレン、あなたさえ良ければ一緒に『T・アイズ』本部に来てもらえませんか? 『T・アイズ』は『スリーピング・エッグ』と、そうでない人々が共存出来る道を探す機関です。あなたのようなスタッフを、必要としているのです」
ストレイカーの申し出に、カレンはかぶりを振った。
「わたしは、河のこちら側で私に出来ることをすると言ったはずよ。でもきっと……近いうちに、またあなたと仕事をすることになるわ。その時は、美味しいチョコレート用意しておくわね」
きょとんと、目を丸くしたストレイカーは、何のことかすぐに思い当たったらしい。少しだけ嬉しそうな顔で、素直に頷いた。
また意外な子供らしさに、カレンの胸が痛む。
この少年の力が、未来に大きく関わるような気がした。
『バード』という種は、新しい可能性だ。
今は味方かもしれないが、この先どうなるか解らない……。
高い能力を持つ彼等がハイネマンのような理念をもち、人類の敵として立ち塞がることはないと言えるだろうか?
去りぎわ、振り返ったストレイカーに手を振ると、穏やかで優しい笑みが返ってきた。
その笑顔を信じるしかないと、カレンは自分に言い聞かせる。
ガラスが取り払われた窓の向こう、威嚇するかの如く翼を広げ『T・アイズ』本部が眩しく輝いた。
終わり




