ひまり、鳥栖の団に合流す
リムルの悪質なデマが立ってから1ヶ月が経ったある日のこと。
「本日19:00に団の集会場に集結されたし_______」
学校帰りの電車内で、スマホを眺めていると、空艇団の団員用のTwitterのグループDMに一通のメッセージが届いていた。
前述の通り、ゲームの中で強くなる方法の最適解はギルド__ゲーム内では空挺団と呼ばれる__に加入し、団VS団のイベントに参加して報酬を得ることである。
他の約70万人にも及ぶアクティブプレイヤー達と同様、鳥栖も空挺団の勧誘を受けて加入していたが、基本リアル重視の団のため、DMでメッセージが来るのは稀だった。
考えられる理由はただ1つ。
「新しい団員さんですかね?」
まったりプレイ推奨のこの団は、他と比較してもルールが極めて少ない。新規の団員の加入を団長主導の全体ミーティングで歓迎する__それは団の数少ないルールの1つだった。
「正直、面倒くさいかも……
でも、行かなきゃだよね」
とはいえ、この団はゲーム全体で見ればまだまだ新興の部類で、団員の入れ替わりが激しい。
少し面倒くさそうに眉を顰めながら、彼女はdm欄をそっと閉じるのだった。
「こんばんは~」
ログインするや、一足先に団の集会場へと足を運んだ鳥栖。
集会場は空挺の中の談話室__中世ヨーロッパ風の船をイメージしたためか辺り一面がすべて木の板の組み合わせ(といってもそういうデザインなだけだが)で出来ており、さながらツリーハウスの中にいるような気持ちにさせてくれる。
そして時刻はまだ5時を回ったばかり。
団のメンバーは大多数が社会人であり、定時上がりでもまだ家には帰り着いていないメンバーが殆どということもあり、船の中には誰1人いなかった。
___誰もいないのは珍しいな……
などと思いつつ、団員のプライベート倉庫へと続く廊下を歩いていると。
突如トントンと鳥栖の肩に人の手の感触が走った。
「ひっ」
思わず情けない悲鳴を上げながら鳥栖が後ろを振り向くと。
「あ、ごめ~ん、加奈ちゃん、私だよ、ひまりだよ」
あの特有の甘ったるい汎用ボイスを使うネカマ……有栖川ひまりがそこにいた。
「あっ、ひまりんでしたか…………ん??」
一瞬納得しかけた鳥栖であったが、直後強烈な違和感に襲われた。
〝__何で、ここにいるの??〟
幾ら団に入って日が浅いとはいえ、流石に団員全員と顔合わせが済んでいる。団内でひまりと顔を合わせた記憶はないし、何より甘ったるいボイスを使っているひまりに気づかないなんてことはまずないはずだった。
考えられることは1つ
「団長さんから団員召集かかってたので何事かと思ってたんですけど、ひまりんが新しく加入するってことだったんですね」
「多分せいか~い☆ それにしても偶然だね、まさか同じ団になるなんて
じゃ、私は余った武器をプライベート倉庫に置いてくるから、またね☆」
そう言ってひまりは四輪の箱車を牽きながらにこやかに彼方へと去っていった。
〝___本当に、偶然でしょうか〟
依然として鳥栖の中の強烈な違和感は燻り続けていた。
理由はその時から数日前に、リムルから言われていたことが鳥栖の中で引っかかっていたからである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(数日前)
「なんか、俺の変な噂が広がってるけど何なんだろうな」
公務員の激務から解き放たれたリムルが雑談部屋に戻ると、早速、界隈の中でも騒が……賑やか勢のれびーやほのるるからの洗礼を浴びせられた。
実年齢は恐らく同年代とはいえ、リムルに比べれば彼等の精神年齢は低い。洗礼を浴びせ続けてしばらくするとリムルの歯牙にもかけない態度に飽きてしまったのか、別のFPSのオンラインゲームの話に逃げてしまった。
「大丈夫でしたか?」
そんな彼等が去って行くのを見計らって鳥栖はリムルに話しかけた。
「平気だよ、ああいう輩は直ぐに飽きるって分かってたし、傷ついたとかはないんだが……正直迷惑してるわ。
一体どんな陰湿野郎なんだろうな、こんな嫌らしいことしてくれた奴は」
リムルは少し眉を顰めながらそう呟く。
「心当たりとかはないんですか?」
「…………あるっちゃある。なんならソイツしかいないと思ってる。鳥栖もよく知ってる奴だよ」
「ひまりん…………ですか?」
「ご名答 やっぱり鳥栖の前でグランドオーダーに負けたことを根に持ってやがるわ、アイツ」
「え?? でも……」
あの場では納得していたはず__そんな言葉が鳥栖の喉元まで出かかった。
〝そう言えば、やけに距離感が近かったような?〟
そんな疑念が頭の中でおぼろげながら浮かび上がった。
そして結局その言葉は遂に口から出ることはなく、2人の間を暫しの静寂が支配した。
「___鳥栖は出会い厨って生き物を知ってる?」
その静寂を打ち破ったのはリムルだった。
「橘さんから以前、クッキーさんって名前の出会い厨が雑談部屋にいたと聞いたことがあります」
「そっか、なら話が早い。
俺が見るに、ひまりもその出会い厨だと思うんだよね
ネカマ臭凄いし」
「ひまりんが……出会い厨??」
ネット初心者である鳥栖には、リムルの言わんとしていることの理解が出来なかった。もし仮にネカマとして女を装うことに何の意味があるのか判らなかった。
「ネカマやってる出会い厨は多いよ。ネカマのが女の警戒感解かれれるから女に近づきやすいし、仮にカミングアウトしたとしても充分仲良くなれているならCO(カットアウト=関係を断つこと)されにくい」
「なるほど?」
鳥栖も『ネット上で知り合った男に女子中学生・女子高校生が連れ去られた』なんてニュースは見たことがある。だが、どうにも自分事のようには思えないというのが正直なところだった。
「他人事ではいられないよ
奴のターゲットは多分鳥栖だからな」
「え!? 」
まるで鳥栖の心の中を見透かすかのようなリムルのその指摘は、まさに青天の霹靂だった。
ヒナノみたいな圧倒的な陽キャでもなく、橘めるのように万人とうまくやれるような人間でもない、自分が当事者になる訳がないと考えていた。勿論リアルでも交際経験はない。興味があるかないかはともかく、モテるタイプの人間ではないと自分では思っていたのだ。
「ま、まさか…………」
「ああいう出会い厨は、個人情報をホイホイ提供してくれるような隙だらけの子か、鳥栖みたいな大人しめの女の子を狙う生物なんだよ」
「…………」
「ひまりの中身は多分おっさんだ、もし仮に鳥栖が狙われていないにしても、一度橘さんに相談した方が良いよ
橘さんはそう言う修羅場をかなり潜り抜けて来てる筈だから、きっと鳥栖の力になってくれる筈だよ」
「…………分かりました」
鳥栖は半信半疑ではあったが、他ならぬリムルの忠告である。
ただ、何となくそうと決めつけるのも早計な気がしてならなかった。ひまりの自分への距離感が何となく近いのは感じてはいたが、まだ鳥栖自身に実害があった訳ではないからだ。
〝自分の心の中に留めておくだけにしておこう〟
当時の鳥栖はそう判断していた。
実はグランデ以降もひまりからちょくちょく誘われてマルチに顔を出しており、その時のひまりには何の異状もなかったからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっぱり橘さんに相談しておこう……」
やはり、自分が狙われているのではないか___
そんなひまりへの疑念がここに来てはじめて鳥栖の脳裏をよぎった。
やはり同じ団に〝たまたま〟来たというのはどう考えても偶然が過ぎる。
そしてもし自分がいるからという理由で団に来たとするなら、事前に相談があって然るべきだ。
だがそんな連絡は彼女の下に一切来ていない。
「こんばんは、橘さん」
その日の夜、早速鳥栖は雑談部屋のルームに参加した。
「やあ、鳥栖ちゃんどうしたの?
いつになくおどおどしてる??」
橘は丁度、太公望やカズヤと談笑しているところだった。
「実は、リムルさんから『橘さんに相談した方が良い』と言われた件がありまして」
「「……詳しく」」
その瞬間、橘と太公望の目がギラッと変わった。
それはまさに、獲物を見つけた!と言わんばかりの猛禽類の目であった。